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第12話 におい



「フェイロウ、もう平気なの?」

「ヨキたち、ちゃんとシャノンの護衛してたよ〜」

「ああ、問題はない。ご苦労だった」


 親鳥に駆け寄る雛鳥のように、ぴょんぴょん跳ねて迎える双子をルロウは涼しげに見返す。

 わかれる前の禍々しさと打って代わり、現れたルロウがまとう空気がどこまでも穏やかで静かだった。


(どこかで、休んでいたのかな……だけど)


 闇使いによるクロバナの毒素の吸収。それによる反動や影響、体に起こる症状を、闇使いが他言することはない。

 自身の弱点をさらけ出すようなものだからだ。

 大抵の者に当てはまるのは、倦怠感や熱、頭痛に体調不良だが、人によっては精神的負荷が加わる場合がある。


 個人差はあるものの、一概に言えるのは、毒素の濃度が高いほどに吸収した闇使いには大きな負担がかかるということ。

 それなのにたった数時間離れただけで素知らぬ顔をしているルロウが、シャノンには不思議でたまらなかった。


「ルロウ、本当に……大丈夫ですか?」

「……」


 憂慮に揺れる瞳に見上げられ、ルロウの動きがぴたりととまる。

 その瞬間、なにを思ったのか定かではないが――ルロウは作り物めいた薄笑いをこぼしてシャノンの頭を撫でた。


「ル、ルロウ?」

「そこまで不安にさせているとは、考えが至らなかった。心配をかけたな」

「ルロウがシャノンをよしよししてる!」

「いいな〜ヨキにもやってよ〜」


 そんな双子の言葉をルロウは無視して、施設の敷地を見回した。


「そろそろ戻る頃合いだが、満足ゆくまで話せたか?」

「……あ!」


 ルロウは敷地内に植えられた木の下で、固まるように集まっている子供たちに視線を向ける。 どうやらルロウの只者ではない気配に圧倒され、遠くから傍観していたようだ。


 シャノンは慌てて子供たちのもとに戻り、もう帰らなければいけないことを伝えた。


「おねえちゃん、もう帰っちゃうの?」

「また来てくれる?」

「……うん。また、来られるようにお願いするから。みんなも、元気でいてね。いっぱい食べて、たくさん寝て、仲良くしているんだよ」


 子供たちは寂しそうにしていたが、シャノンが優しい笑顔を向けると同じような顔をして頷いてくれた。

 そうして別れの挨拶を済ませ、ルロウたちのところへ戻ろうとしたとき。一際幼い少女がシャノンの服の端を掴んだ。


「シャノンおねえちゃん」

「マーヤ?」


 マーヤと呼ばれる少女は、シャノンと檻が隣同士だった。

 就寝時は格子越しに身を寄せ合ってマーヤを寝かしつけていた。


「おねんね、苦しくない?」


 マーヤは真っ直ぐにシャノンを見つめ、問いかけてくる。


「おねんね?」


 マーヤは生まれてすぐに舌を焼かれたせいで言葉をうまく話すことができない。こうして短い単語を並べるように会話をするのだが、そもそも話すこと自体が珍しいほど声を発しようとはしなかった。


「苦しくないよ。マーヤも、苦しくない?」


 見世物小屋に囚われていたとき、男の意向に沿わないことをしようものなら鞭で打たれ、痛みで眠れないことも多かった。

 隣同士だったマーヤにはそれを見られていたこともあり、シャノンは自然とそういう意味で「おねんね、苦しくない?」と聞かれたのだと考えた。


「……」


 マーヤは声に出すことはしなかったが、こくりと首を縦に動かして意思を伝えてくる。


「うん、よかった。本当によかった。わたしは大丈夫だから、心配しないで。また、会おうね」


 安心させるように笑いかけると、マーヤはまた何も言わずこくっと頷いた。




 施設から出ると、日は少し傾き始めていた。

 馬車を停めている乗り場まではいささか距離がある。街中を突っ切ることで距離の短縮にはなるが、それでも10分ほど時間がかかった。


(う……脚が、痙攣してる)


 こんなに長く歩いたのは数年ぶりだったため、シャノンの脚は疲労が溜まり震えがではじめていた。


「シャノン?」

「どうしたの〜?」


 突然立ち止まったシャノンに双子は首をひねる。

 シャノンは杖に全体重をかけ、なんとか立ち直すと再び足を前に出した。


「日が暮れる」

「あっ」


 突然、シャノンの足裏が地面から浮いた。

 お腹に圧迫感が伝わってきて、弾かれるように首を動かすと、ルロウの薄い白金色の髪が靡く後頭部が目に入った。


「わ、フェイロウが抱っこしてる」

「いいな〜」


 地面との距離が遠い。シャノンは軽々とルロウの肩に担がれていたのだ。

 こちらを見上げている双子の姿が新鮮だったが、それよりもこの状態のまま歩き始めているルロウに混乱してしまう。


(こ、このまま街の中を歩くの……?)


 もたもた歩こうとしているシャノンを見かねて担ぎあげたのだろうが、いかんせん目立ってしまう。

 落ち着かなくて足をパタパタ動かしていると、ルロウが「おまえ、どこか臓器がかけているのではないか」と言った。


 ルロウは一向にシャノンを離すことはなく、自分のペースで歩を進める。またしてもなにを言っても聞き入れてもらえない状態に、シャノンは脱力してしまう。


 案の定、道行く人には奇怪な目を向けられてしまったが、ルロウはどこ吹く風だった。


(……? なんだろう、この混じった匂い)


 時々ふわりと香ってくる。

 ひとつは、ルロウからいつもかおってくる西華国のお香。


 それとは別に、強い花のような甘やかな香りと、かすかに鼻につく鉄の錆びたような匂いがした。




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