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第11話 聖女のなかの気づき




 その後、シャノンは護衛の双子を連れて無事に養護施設に到着した。

 ヴァレンティーノ家から支援を受けているだけあり、管理がしっかり行き届いた施設だった。


「シャノンおねえちゃん!」

「おねえちゃんっ」

「みんな、久しぶりだね……!」


 見世物小屋にいた子供たちは、手足が欠損していたり、珍奇な姿をしている者が大半だった。

 シャノンを拾った男は、それを見せびらかすことで商売をしていたのである。シャノンは安堵した。心に大きな傷を負った子供たちが、いまこうして笑えている事実に。


「ずっとおねえちゃんに会いたかったの!」

「あのね、いつもご飯をわけてくれて、守ってくれてありがとう」

「おねえちゃんがいたから、みんな一緒に笑っていられるんだよ」

「みんなが元気そうで、本当によかった」


 子供と接するシャノンを遠目に見守っていた双子は、どうにも解せないのか二人でコソコソ話していた。


「……変なの。どうして赤の他人の子供をそこまで心配できるの?」

「ヨキにもわかんない」

「みんな等しく親切にってやつ? シャノン、聖女だもんね」

「ハオ、ヨキ」


 一人一人の子供たちと対話を済ませたあと、つまらなそうな双子の様子に気がついたシャノンが、そっと二人に近づいていく。


「ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。おかげでみんなに会うことができたよ」


 シャノンが本当に嬉しそうに笑うので、双子は揃って口を噤んだ。


「二人とも、どうしたの?」

「さっきヨキと話してたんだ。どうしてシャノンは、赤の他人をそこまで心配できるのかなって」

「やっぱり、聖女だから〜?」

「聖女、だから……?」



 双子の問いに、シャノンは引っかかりのようなものを覚えた。


 世の中の認知にある『聖女』とは、おそらく他人を敬い、人格高潔で、慈愛に満ちた人間。まさに聖なる光のような女人。そう思われているだろう。

 クア教国の教会にいた頃は、シャノンも聖女とは何かを徹底して教育され、世間が思う聖女と違わない思想をもっていた。


(でも、それなら……どうして、わたしはあの時、追放されたの)


 数々の困難に見舞われたシャノンには、あの幼い頃に見てしまった姐聖女と司教の行為の意味がわかる。あれは教会として、決してやってはいけない大罪だった。


 あんな人間がいる場所で聖女が誕生するというのなら、破綻だらけの場所で崇められる聖女とは、なんなのだろう。


 ――全地よ、暁光のもと、よろこびの声をあげよ。

 教会の賛歌でもっとも大切にされている一説。

 始祖の大聖女は夜明けに誕生し、陽の光の祝福を受けて世界に受け入れられたとされているから。


(そっか。わたし、本当は)


 シャノンの中で気づきが芽ばえる。

 自分の扱う力は、まさしく『聖女』にふさわしい癒しの力。

 だけど、シャノンほど聖女であることに嫌悪している人間はいない。

 考えれば考えるほど、首裏に刻まれた印がジクジクと熱くなる。


(ハオも、ヨキも、わたしをきれいな人間だと思っている。自分たちとは相容れない、異質な存在だって。さっきも感じたこの距離は、そういうことだったんだ)


 ルロウを気にかけるシャノンを諭していた双子に感じていた見えない線のようなもの。

 言ってしまえば、自分たちとは一番遠い存在だと思っているのだろう。

 闇夜の一族ヴァレンティーノ。

 その謳い文句を掲げるだけあり、家門色はヴァレンティーノの象徴ともいえるすべてを呑み込む『暗闇』。

 聖女である自分とは、まさに正反対の位置にある一族だ。


 聖女とヴァレンティーノ。

 それはシャノンが考えるよりも、ずっと異端で、不似合い同士なのかもしれない。


 しかし、そんな家門に、シャノンは羨望している。

 きっとその想いを双子は知らない。

 それどころか、シャノンをヴァレンティーノの招き入れたダリアンすらも察せていないのだろう。


 あの夜から、シャノンの心に大きな影響を与えている彼の存在が、どれほどのものか――




「ハオ、ヨキ。わたしは、」


 なにを、どう話せばいいのか。

 頭はまとまっていないのに、シャノンの口からは弁解の声が出ていた。

 双子の無垢な目がシャノンを一瞬だけ映し、不意にその先の景色の中に投げられる。


「あれ、フェイロウ!」

「ほんとだ、フェイロウ〜」

「……!」


 反射的に振り返る。

 シャノンはほっと胸を撫で下ろした。

 街中でシャノンたちから離れていったルロウが、平然とこちらに向かって歩いてきていた。



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