ルロウが足の赴くままに入っていった店は、杖・ステッキの専門店だった。
彼の後を追う双子に促されるように入店したシャノンは、高級感のある雰囲気に気後れしてしまう。
「ルロウさ……」
「……」
「ル、ルロウ。お買い物ですか?」
「ああ、おまえのな」
「わたしの?」
うっかり少し前までの呼び方に戻りそうになるが、ルロウは無言のままそれを矯正してみせる。
この呼び名は固定なのね、と奔放な態度に振り回されながら彼のもとに歩み寄ると、ルロウは店内の商品を顎で指した。
「おまえに杖を買い与えるようにと、そう言われている。好きなものを選べ」
「わたしの、杖ですか?」
「杖があれば、もっと安定するし、歩くときの支えになるよね」
「キラキラしてるのがいっぱいだ〜!」
そう言って双子は店の中を物色し始めた。
「ねえ、それってフェイロウのお金で買うの?」
「ああ」
「えっ!?」
施設に行くことが今日の目的だったシャノンは、さすがに買ってもらうなんて悪いと遠慮する素振りを見せる。
「あの、わたしは杖がなくても何とか歩けますから」
「……何度も双子に支えられていただろう?」
「それは……」
ルロウの見定めるような視線に、シャノンは押し黙った。
ティータイムのときは隣同士に座っているものの、ルロウとこのように意見を交えた会話というのは極めて稀なことで、気恥しさのようなものが出てしまう。
ましてやルロウの資金で杖を買うなんて、と思っていると、ルロウはひそかに眉を寄せた。
「おれは、すでに決まったことを掘り起こして時間をかけることが嫌いだ。意味、わかるか?」
さっさと選べ。そう言われていることだけはわかる。
ルロウはとくに苛ついていたり、怒っているというわけではない。
ただ、いつも通り空っぽな感情のまま向けられた視線に、シャノンの背筋が妙にぞわついた。
「ほかに意見は、あるか」
「いえ、ありません」
ごねていても仕方がないので、シャノンはルロウに背を向けて杖を選ぶことに専念する。
「シャノン、いいの見つけた!」
できるだけ安いものを狙っていたシャノンだが、「これ、絶対にシャノンに似合う!」と自信満々にハオがとびきりの一本を抱えて走ってくる。
長さや装飾はたしかにシャノンに合うものだった。しかし、値段がとんでもない額で、シャノンは思わずルロウを振り返る。
「決まりだな」
躊躇など一切せず、ルロウは即決してしまった。
ここでまた遠慮しても同じ会話が繰り広げられるだけだと悟ったシャノンは、せめて会計の邪魔にならないようにと店の隅の方で待つ。
(このお店、装飾品も少し置いているんだ)
シャノンの目に入ったのは、色とりどりのリボンが並べられた商品棚だ。
杖の装飾用として置かれているようだが、髪飾りと併用できるもののようでデザインが豊富である。
(これ……)
シャノンがじっとリボンを見つめていると、耳元でひんやりとした声が聞こえてきた。
「それが、気に入ったのか?」
「ルロウ……! いえ、そういうわけでは」
「ついでだ、どれがいい?」
ルロウは隣に立つと、商品棚を眺めて言った。
「いいえ、本当に欲しいというわけではなかったので。それに、わたしはもう、着るもの、食べるもの、住むところ……すでに十分なものをいただいています」
ダリアンと利害関係が一致した上での待遇とはいえ、なんでもかんでも買ってもらうのは違うと、シャノンは首を振る。
すると、ルロウはうっすらあった笑みを消して不思議そうにした。
「では、どうして、見ていた?」
「…………ルロウの瞳の色に似ていると思って見ていただけです。透き通るようにきれいな、
「おれの目が、透き通るように、きれい……?」
言葉にしてみるとなんだか気恥ずかしくなってくる。
ルロウは意外そうな声を出し、それから不敵にうっすらと笑んだ。
「――そう言われては、余計になにか買い与えてやりたくなる。慎み深い、おれの婚約者に」
少し、甘さを含んだ声音にシャノンの目が瞬いた。
「えっ……」
「へえ、珍しい! フェイロウが自分から女にものを買ってあげるなんて。よかったね、シャノン」
会計の対応をしていたハオは、シャノンの杖を片手に目を大きく見開いた。本当に珍しいのか、感情が驚きに満ちている。
「いいな〜ヨキたちにも買ってよフェイロウ〜」
「おまえらには金を渡していただろう。おれが甘やかすのは、婚約者だけだ」
ルロウは機嫌良さそうにヨキをあしらいながら、店員のほうへ向かっていく。
その手には、彼の瞳の色と同じ、真っ赤なリボンが握られていた。
(ルロウも、わたしが正式な婚約者じゃないことは知っているはずなのに。ティータイムでのときといい、たまに甘やかすような言葉と、態度をとってくる……心臓に悪いなぁ)
「あんなこと言うフェイロウ、はじめてだよ。一体どうしたんだろうね、ヨキ」
「ちょっといつもと違うよね〜」
「やっぱりシャノンのことは、ちゃんと婚約者として認めてるってことなのかな! シャノン、あのリボンあとで髪につけてあげるね」
「うん、ありがとう」
クア教国といい、見世物小屋といい。こんなふうに扱われたことがなかったシャノンは、どぎまぎしながら双子と一緒にルロウの戻りを待つのだった。
(気のせい、かな)
……そのとき何となく、チクッとした痺れが首裏に走った気がした。