ルロウとの再会から数日が経った。シャノンの部屋にはほぼ毎日、ハオとヨキが遊びにきている。
今日はハオが華衣と西華の装飾を持ってきたので、シャノンは大人しく着飾らされていた。
手持ち無沙汰になったヨキは、マリーとサーラが用意してくれたお茶菓子を摘みつつ、自分の武器の手入れをしている。
「どうしてフェイロウかって〜? 西華ではそう呼ばれてたからだよ。フェイってほかの国の人間は言いづらいんだって〜。だからフェイと同じ意味のルに変えて、ルロウ〜!」
「西華は名前ひとつでも色々使い分けたりするから、呼び方がいくつあってもべつに不思議じゃないよ。フェイロウが西華名、ルロウが帝国名、愛称でフェイとか。あ、でもフェイは誰にも呼ばせていないと思う」
「それじゃあ、ハオとヨキにもほかに名前があるの?」
「ヨキはヨキ、ハオはハオだけ〜。フェイロウがくれた名前だから、これだけでいい〜」
「ルロウ様が、くれた?」
何気なく言ったヨキの言葉に引っかかり、シャノンは聞き返す。
「ぼくもヨキも、西華の無法地帯で生まれたの。赤子のころに捨てられて、ある程度大きくなるまではその辺の住人に育てられた」
「それは、当主様が言っていた暗黒街とは、違うところ?」
「全然ちがう〜! 暗黒街は『黒明会』っていう闇使いの縄張り。無法地帯はゴミ捨て場〜」
「ゴミ捨て場?」
「うん。要らないものを捨てる場所。なんでも捨てられるよ、ぼくたちみたいな産まれたばかりの子供とかー」
「そんな……」
シャノンは双子の生い立ちを聞いて絶句する。
教会で育てられたようなものであるシャノンは、無法地帯の存在を知ってはいても詳しくは教えられなかった。
身寄りのない子供は孤児院で引き取られるのが当たり前だと思っていたし、現にクア教国では教会が管理する孤児院が多くある。
しかし、西華国はクア教国ほどに身寄りのない人間を引き受けてくれる孤児院が限られているらしい。
「詳しくは知らないけど、後宮費と祭祀費にとんでもないお金がかかってるんだって。年貢や税が払えなくなって無法地帯に逃げ込む人もたくさんいたなー」
「……ハオとヨキは、その無法地帯で、ルロウ様に会ったのね」
「ううん、ちが〜う。ヨキとハオは、無法地帯のやつらに殺されそうになって、暗黒街の近くまで逃げ込んだんだ〜。そこでフェイロウが助けてくれた感じ〜」
「殺されそうに? どうして?」
「ぼくたちが、過剰有毒者だから。みんな怖がって、早く殺そうって必死になってたの」
クロバナの毒素を吸い込んだ有毒者。そして、その毒素を通常よりも過度に体内に取り込んでしまう体質を過剰有毒者という。
過剰有毒者の特徴は、毒素を吸収しすぎるあまりに、爪や唇が黒く変色してしまうことが一番にあげられる。手遅れになると黒い斑点が表れ、近くの人間に毒素を移してしまう場合もあるため、迅速な対処が必要だった。
「無法地帯にいる有毒者なんて、まず闇使いに会えるわけない。偉い人から順番に毒素を吸い取ってもらうから、西華の無法地帯には毒素で死んだ人間がゴロゴロいたよ」
「ヨキとハオもね、爪も口が真っ黒で、ここで死ぬんだろうな〜ってあきらめてた。そしたら、たまたまフェイロウが通りがかったんだ〜」
「ルロウ様が……」
「あのときのフェイロウ、かっこよかったな。いまもだけどね。追いかけられてたぼくたちに『邪魔、どけ』って冷たく言ってね!」
「え?」
ハオは恍惚とした顔でそのときを思い出しているが、まさかの発言に耳を疑った。
「邪魔っていわれて逃げたかったけど、ヨキもハオも力が入らなくて〜。そのあいだに追いつかれたけど、フェイロウが大人たちを皆殺しにしてくれたんだ〜」
「それで、最後にぼくたちの体の毒素を吸い取ってくれた。お金も払えないのにどうしてって聞いたら、『おまえらの毒素がもっとも濃く吸収しがいがある』って! しびれるー!」
「…………」
裏を返せば、過剰有毒者である双子を最優先に考えた発言にも思える。けれど、ルロウはそう生易しい性格だろうか。
(でも、ハオとヨキが助けられたことにはかわりない。わたしも、その一人だから)
たとえ善意の人助けではなくても、救われた心があり、事実がある。双子たちの昔話を耳にして、また一つルロウのことを知っていく。
「フェイロウと一緒にいたくて追いかけてたら、フェイロウも諦めてヨキたちを置いてくれるようになったんだ〜」
「元々、ぼくたち名前がなかったから、フェイロウが持ってた始末済みの名簿表から選んで、ハオとヨキって名づけてくれたんだよ」
「し、始末済み……」
何はともあれ、双子たちは自分の名を気に入っている。
シャノンはそれでいいと思うことにした。
そしていまでも、定期的にルロウが双子の毒素を吸収しているらしい。
(だけど、過剰有毒者の毒素を吸収し続けるなんて……ルロウ様の体は……)
体内の魔力に闇の属性反応がある闇使いは、クロバナの毒素を吸収できる。
闇使いとして実力がある者、取り込んだ毒素をうまく体に押しとどめられる者ほど、身体的負荷が大きい。
ましてやヴァレンティーノの当主や、時期当主の負担は想像を絶するものだろう。
(この大陸にいるかぎり、毒素の脅威はずっと付きまとう。多くの闇使いが、自分の体を犠牲にして吸収に務めてる。でも、誰にでも限界はあって……そうなれば)
シャノンの胸に、不安が過った。