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第5-1話 盲信双子と気まぐれ香主




「ルロウ、これは命令だ」


 要らん、と言ったルロウに、ダリアンは当主としての威厳をもって声を発した。


「……」


 ルロウが瞳を細め、じろりとダリアンを見上げたときである。


「フェイロウ、フェイロウ〜!」

「朝ゴハンできてるよー」

「ハオ特製の薬膳粥〜。もうヨキお腹すいた〜」



 無遠慮に扉が開けられ、入ってきたのは黒髪の男女だった。よく似た顔立ちから察するに、双子のようである。


「黙れ」


 ルロウは気だるげに双子を諌める。

 しかし、双子は気にする様子もなくルロウの寝台に突撃した。


「フェイロウ、またオンナ連れ込んだでしょ」

「さっき、クサイにおいのやつらがキャンキャン騒いで出てったよ〜」

「おまえたち、当主の御前だ」


 ルロウが顎をしゃくると、双子はわざとらしく「あ!」と声をあげて寝台から下りる。

 とことこ歩いてダリアンの前まで来た双子は、右手を拳に、左手を掌にして胸の前で合わせて頭をさげた。


「当主サマ、おはよう」

「当主サマ、となりの子供はなに?」


 双子の少年……ヨキの無邪気な眼がシャノンに向く。


「おれの婚約者だそうだ」


 数分前に「要らん」と言っておきながら、ほかの説明を使うのが面倒になったようで、ルロウは双子にそう言った。

 双子は目を輝かせながらシャノンを注視する。


「えっ、フェイロウの!?」

「こんな子供なのに!? ヨキたちよりちっちゃいよ〜?」

「歳が離れすぎじゃないの? アンタいくつ?」

「じゅ、15です」


 シャノンの年齢を聞いた双子は、お互い顔を見合わせて驚愕に震えた。感情豊かな反応であるため考えていることが丸わかりである。


「え、え! フェイロウと四つしか変わらないよ? 姿はこんな子供なのに?」

「でもヨキたちは13歳だから、ちょっとおねえさんだ〜! ぜんぜん見えね〜!」


 ルロウとは違い興味津々でシャノンとの距離を詰める双子。シャノンが気圧されていると背後に立つダリアンが庇うように双子を落ち着かせる。


「お前たちのペースに巻き込まれると、こいつが倒れる」

「倒れる!? なんで〜!?」

「体でも弱いんじゃないの。服の上からでもわかるくらい細っこいもん」


 ハオがシャノンを下から覗くように観察すると、赤を主色とした衣服の裾と袖が蝶の羽ばたきのようにふわりと動いた。

 初めて目にする不思議な装いに、シャノンは釘付けになる。可愛らしいハオの顔も相まって思わず「きれい……」と呟くと、ハオはぱちぱちと瞬きをした。


「フェイロウ、ぼくのことキレイだって! ぼくこの子すき! フェイロウの婚約者として認めてもいいよ!」


 ツンとした態度から一変し、機嫌を良くしてにこにこ笑うハオに、シャノンはかすかな違和感を見つけた。


(ぼく? そういえば、声もちょっと低いような……)


 しかし、そんな女性も世の中にはいるだろうと思っていれば。


「ハオ、あまり馴れ馴れしく引っ付くんじゃない。そんななりでもお前は男だろう。ルロウの婚約者だっていう女に抱きつくやつがあるか」


(男の子……)

 双子は兄弟だった。

 シャノンは内心びっくりして会話を聞く。


「当主サマ、頭がかたいよ。フェイロウはそんなこと気にしないもん」

「そうそう、だよね〜フェイロウ〜」


 双子がくるりと振り向くと、ルロウは寝台を離れて服を着込んでいるところだった。

 双子と同じように、見慣れない形をした衣服。


(男の人が、スカート?)


 シャツやジャケットなどではない。ドレスのように裾は長いがあまり膨らみはなく、下穿きもしっかり着ている。スカートというわけでもないようだ。


(教国の装いとも違うから、西華国の服かも)


 それは双子と同じように袖が広がりのある作りをしており、鮮やかで調和がとれた染色の生地と、金糸で縫い込まれた刺繍は見事なものだった。


「冷めた食事を食う気にはなれん。話の続きは食堂で構わないだろう、義父殿」

「フェイロウがいいって。当主サマ、シャノン、早くおいでよ」

「ゴハンゴハン〜」


 ダリアンの了承を聞かないまま、ルロウは気の赴くままに寝室を出ていく。そんなルロウと、彼の両端を雛鳥のようについて歩く双子の背をシャノンは呆然と目にしていた。


「あれが、ルロウだ」


 義理の息子の婚約者になることを提案したのは言わずもがなダリアンだ。しかし、ルロウに関することは今日までほとんど伝えられていなかった。


 だけど、シャノンにはその理由が何となくわかった気がする。

 説明を受けるよりも、実際に見て確かめたほうが「ルロウ」という人物像が掴めたような気がした。


(……ルロウ様)


 一緒の空間に少しいただけでそう思えてしまえるほどに、ルロウはどこか危うく、浮世離れした人間だった。



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