「よろしい。では三日後、魔族の村アンドレールへと向かうとしよう」
ボンボワールはにこりと笑みを浮かべた。その手にマッチとぬいぐるみの姿があったのは言うまでもない。
【期限は君の魔法が強制的に解除される一週間。それまでに何としてでも助け出せ】
――アンドレール
スコッティは陰鬱な表情のまま馬車に乗っていた。服装は無理やり着せられた上等な貴族風衣装、頭にはなぜかシルクハット。どこぞの成金かと言いたくなる風采だ。スコッティは服装はなんでもいいと思っていたが、ボンボワール曰く見た目は重要とのこと。場違い感は当たり前のように強い。
「……くそ。何が良くて魔族なんて」
馬車の中は比較的ぎゅうぎゅう詰めになっていた。多くから魔族特有の甘ったるい匂いが漂ってきて気持ち悪くなる。スコッティは鼻をつまみながら必死に吐き気を堪えていた。すると隣にいたふくよかな身体と親しみやすいスマイルを持つ男が声をかけてきた。
「この馬車にいるってことは、君も魔王城の清掃志願かい? それが勝負服かな?」
スコッティはまさか自分とは思わなかったため思わずガンを飛ばしてしまう。
「あぁ? あ、あぁはい。魔王城で働くのは夢だったんです。でも他の仕事は特定の魔法が必須だったり戦闘部隊だったりでちょっと僕には向いてないかなって」
何とか軌道修正したスコッティ。顔を引きつらせながらも様子をうかがっていると、男は笑顔を崩さずに答えた。
「分かる分かる。僕も命を賭けたくはないし、だからといって魔王様のお眼鏡に敵うような高等魔法は持ってない」
男はあははと笑いながら頭を掻いた。スコッティも頷く。
「高等魔法なんて覚えるだけでも金が必要ですからねぇ。俺も絶対無理です」
この世において魔法はとても崇高な奇跡の術として崇められており、その習得には教会による特殊な儀式が必要だった。それには無駄に金がかかるうえ身体的な負担が生じるため、ほとんどの人は欲しいとも思ってない。特に高等魔法は下手すれば家買えるし、現にこの世に普及する大抵の技術は別の理論を用いている。
「だよねぇ。高等魔法を複数使える幹部様なんてもう別次元だよ。でも知ってるかい? 中には神等魔法をも使える方がいらっしゃるって」
そりゃあ魔王金あるし……なんて思っていると後半に興味深い言葉。というより恐ろしいが正しいか。スコッティは顔の引きつりレベルが数十倍にも磨かれる。
「神等って……勇者とか賢者とかそういうような奴らが使えるとされる魔法ですよね。魔王様はともかく他の方々も?」
「うん。二人か三人程いるらしい」
「ふざけ怖いですね。怒られないようにしないと」
一瞬素が出そうになり顔面蒼白のスコッティ。だが声を小さく話していたからか上手く流される。
「だよねぇ怖いよねぇ。ま、僕たちはまず選考を突破しないといけないんだけどね」
「え?」
選考……。スコッティは事前に何も聞いていない。だがまだあれのことかもという希望はある。
「選考って分析魔法を通る検査のことですか?」
「あれ、知らないで志願したの?」
どうやら違うようだ。これは命の危機かもと不安を募らせるスコッティ。
「それもやるけど選考は別にあるよー」
「ど、どんな……ですかね? お、俺結構世間に疎い……もんで……」
無理難題を要求されれば確実に殺し合いに発展する。そして死ぬのは自分だとスコッティは胸中で嘆いた。魔王城に入るための選考となれば、対策なしで合格をもらえるようなものではないだろう。かなりまずい。
「だ、大丈夫だよー。僕たちは衣服の畳み方とか清掃技術がメインだからー」
男は必死に優しくしてくれるもスコッティには大問題。使用人レベルの清掃スキルなど持ち合わせていないのだ。いや、普通の人よりも低いかもしれない。家はぬいぐるみを置く部屋以外全て汚いのだから。
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわ」
「だ、大丈夫かい!? し、深呼吸して!」