「妹が魔王軍に捕まったぁ?」
今日一番の声が轟いた気がしたスコッティ。向かい側に座るもじゃひげの男ボンボワールは神妙な面持ちで続けた。
「あぁ。シスターとして布教活動に邁進していた時だ。突如魔王軍に襲われ連れ去られたという」
スコッティは大げさに笑うと深々とソファーに座り込む。
「そこに強い奴はいなかったのか。魔族共がいくら強いといっても人間にもいかれた連中はいるはずだ。平和ボケした村にはいなくても、シスター護衛の奴ぐらいはいるだろう? 教会はそこまで阿呆じゃねぇ」
手をあげてやはり再度笑うスコッティ。全くやる気を感じさせない。だがボンボワールは言った。
「殺されたよ」
その言葉に流石のスコッティも顔が引きつる。
「おいおい……何のための護衛だよ馬鹿野郎……。ん? で、その護衛様が死んだとして、俺を呼んだのは何故だ? 俺は騎士でも傭兵でもないただの一般人。護衛よりも弱いぞ」
心の底からの疑問符を打ち付けたスコッティ。護衛が勝てないような相手と戦えなんていう無茶ぶりは無いと思っているが……。
「君には彼女を救い出して欲しいと思っている」
無茶ぶりのようだった。この人は馬鹿なのかもしれない。
「無理ですわぁ! 魔王城の近くに行ったら秒殺だぜ。最近話題の勇者様御一行にでも頼むんだな。聖剣抜いた奴いたんだろ?」
今まで誰一人抜くことが叶わなかった聖剣を入手した男がいるという話しは風の噂に聞いていた。彼らはどうやら魔王討伐の為に選りすぐりのメンバーでパーティーを組んだようなので、魔王の台頭が終わるのも時間の問題だろう。
「勇者様はまだ辺境の街におりますゆえ……たどり着くのは時間が」
ボンボワールが答えると、スコッティは辺境を思い浮かべてやはり笑う。
「使えねぇ勇者だなぁ。民の為世界の為とかほざいているみたいだけど、どうせ女目当てだろ。勇者ともなれば大量に寄ってくるんだからな」
「口を慎みなさいスコッティ。勇者様は英雄なのだぞ。お前とは住む世界が違うんだ」
後半馬鹿にされてもなお特に興味を示さないスコッティ。
「へいへいすんませんね。だが無理なことぐらい理解しろ。まず魔族の敷地内にこんちは~って入れる化け物は勇者御一行ぐらい。他の奴らは一歩でも足入れたらあの世だな」
魔族の敷地は厳重なセキュリティが敷かれており、人間の侵入を許さない。あれほどまで高度な魔法が施されている場所になど行こうと考える馬鹿はいない。
「一つ方法がある。これならトラップ魔法も制限されるはずだ」
ボンボワールは少しにやりとさせて言った。スコッティは理解が追いつかない。
「方法?」
「魔王は今、城の清掃や魔王軍に参画する魔族を大々的に募集している。恐らく勇者を迎え撃つための準備だろう」
そう言われ、スコッティは天井を見上げてパンパンと手を叩いた。
「おけおけ読めた読めた。でも残念! 俺は見た目悪党面かもしれねぇが、魔族じゃない立派な善人でーす。俺程良い奴もそうはいないだろう」
スコッティは目つきが鋭いうえに陰鬱なオーラが醸し出されているため、悪党と言われればそう見える身なりだ。だが悪さを働いたことなど一度もない。
「そうかもな。そこで君の偽装魔法の出番だ」
ボンボワールは見透かすように言った。スコッティは首を横に振る。
「そんなもん秒速で破られる無理無理」
「君なら問題ない」
ボンボワールはなぜかこちらへ信頼を置いているようだ。だがスコッティには身に覚えがない。
「無理でーす。絶対に。俺を高く評価してくれるのは有難いが女ではなく現実を見てくれ。魔王の側近共は全員怪物。最強クラスの騎士が何人殺されたことか」
魔王軍の実力を見ればスコッティが一人行ったところで何も覆せないのは明白。騎士は入るだけで相当な実力が必要にも拘らず、その中のトップですらやられるのだ。
スコッティは無理無理これだからじじいはと悪口を呟く。すると遮るようにボンボワールは口を開いた。
「大丈夫だ。私の独自魔法で君の魔法を上から保護する。分析魔法は魔族が使うとされる高等ランクであっても三段階解除程度。そのうえ君の偽装魔法は自動修復タイプの神等ランク。何度やろうと底まではいかない筈だ」
「つまり禁忌魔法で無理やりって作戦ね。まぁ確かにあんたなら出来るのかもしれん。ただ」
「ただ?」
ボンボワールを指さすスコッティ。
「あんた一つ勘違いしているぞ。俺はどっかの大衆小説に出て来るような主人公じゃねぇ。26年生きてきて未だハーレム経験もなければ俺を賞賛する奴らも見たことねぇ。仮にだ。仮に俺の魔法がどれだけ高度だろうが、破れる奴は必ずいる。俺は最強じゃねぇんだ。この世の連中の大半は俺より上。これがリアルってやつだよ。諦めな」
スコッティは長々と言い終えると、立ち上がって部屋を後にしようと身を翻す。
「だが君はやらざるを得ない筈だ」
その言葉にスコッティの動きが止まる。
「……知ってたのか」
振り返り、冷たい双眸でボンボワールを睨む。彼は肯定するよう軽く頷いた。
「あぁ。妹を一度だけ何があっても助けるという誓約。あれは今も有効化されている。今救わなければ彼女の命はないだろう。つまり、今を逃せば君は誓約の力により寿命の半分と両腕を削除される。いいのか」
幼いころ両親によって蝕まれた呪い。スコッティにとっては理不尽でしかないものだ。スコッティは少し悲しい顔をのぞかせ……ることなんて無かった普通の顔で答える。
「別にいいかなぁ。生きてても楽しいこと無いし、クズがのさばる世界で生きるのは死ぬより辛い」
「妹がオークに辱められてもいいのか?」
「ああ」
「本当にそう思っているのか?」
「おう。だって妹っつったって父のお気に入りってだけじゃん。俺はあいつと常に比べられて地獄だったんだぜ。いい気味だよ」
妹と父にどんなことがあったのか思い出して苦虫を嚙み潰したように顔を歪ますスコッティ。対するボンボワールは諭すような表情で優しく言葉を投げた。
「君は誰よりも人の痛みを理解できる人間の筈だ」
「知らねぇな。俺は今後も人様に自慢できる人生を歩む気はない」
「なら分かった。君の大事にしているうさぎさんぬいぐるみは焼却しよう」
「やります。やらせてください」