「そうか、君はもともと眞白だった人なのか……出会った時にも言ったと思うけど、命の受け渡しをした後は、本当にどうなるのか分からなかったんだ。それに関しては、本当に申し訳なかった」
今までの経緯を伝えると、眞白の姿をしたリュエルはそう言って頭を下げた。そうそう、ルーメア星での名前はリュエル゠レフュージというらしい。
「いや、それはもういいの。これから私たちがどうなるのか、色々と知っておきたくて。とりあえず、リュエルは今後どう生きていくつもりなの?」
「ど、どう生きるって……もちろん、普通の地球の人間として生きていくだけさ。怪我もするし、病気もする。きっと、寿命だって他の地球人たちと変わらない」
「地球人として生きることは、ルーメア人よりラクだったりするの?」
そう言うと、眞白の顔でリュエルは笑った。
「全然、正反対だよ。僕たちルーメア人の寿命は二千年ほどある。身体を持っていない分、殆ど劣化しないんだ。寒くも暑くも、痛くも痒くもない、ずっとずっと心地いい毎日が続くんだ。——でもね。僕はそれが退屈で仕方なかった。もちろん、信じられないくらいリアルなシミュレーターはあるんだよ。寒がったり、暑がったり、痛がったりすることだって出来るシミュレーターがね。でも僕は、それじゃ満足できなかったんだ」
「マ……マゾって事?」
「ちっ、違う! その苦しみの先になにがあるのかなって。ほら、こっちで言うとマラソンみたいなものだよ」
マラソンか……そう言ってもらえると、少しだけ分かる気がする。
「それより、君は何で死のうとしたんだよ。すごく優しいお母さんがいるってのに」
そう、すごく優しいお母さん。
——だけど、私を苦しめていたのも、そのお母さん。
「リュエルには分かってもらえないよ」
「そ、そんなことあるか! 今朝だって、お弁当作ってくれて、ちょっと変えた前髪にも気づいてくれて——」
「それが嫌だって言うの!!」
つい、大声を出してしまった。子連れのお母さんがこちらをジッと見ている。
この姿で、大声を出すのは気をつけないと……
「お母さんはね、良い学校にも入れてくれて、塾にも行かせてくれて、私だけスマホを持ってないって言ったらリサイクルショップで買ってきてくれて……お母さん自身は、化粧品の一つも持ってないんだよ? それが私には凄い重荷で……」
私が通う高校は、基本的にアルバイトが禁止されている。もし禁止されていないとしても、お母さんはアルバイトをさせてくれなかっただろう。
「僕は君が生きてきた情報は全て受け継いでいる。だから、クラスメイトの名前も分かるし、君の部屋のどこに何があるのかも知っている。シングルマザーのお母さんが、国の補助を受けたくないってことも知っている。でもね、君の想いや気持ちまでは受け継いでいないんだよ。——分かるかな? このニュアンス」
「今日、教室でキョロキョロしてたのは、どういう事? 情報は受け継いでいるんだよね?」
「例えばそうだな……旅行前に写真や動画で景色を知っていても、現地に行くと違う感動があるだろ? これなら伝わるかい?」
なるほど……確かにそれなら分かる気がする。私は「分かった」と返事をした。
「それでもやっぱり、君が死のうとしたのは理解できないよ。この身体を貰っておいて、こんなことを言うのもなんだけど……」
「今の私は17歳。お母さんは大学にも通わせるつもりなの。私だけは立派に社会に出て欲しいってそう願ってるの。でもさ、大学卒業まであと何年あると思う? ずっとずっと、私のために、私のためだけに働き続けるんだよ? それが私には苦しくって……」
「で、でも、奨学金制度とか、他にも色々あるだろう?」
「お母さんは私を賢い子だって思ってるけど、そんなことないの。常盤高校だって良い高校だよ。私は本当に、本当に必死で受験勉強をした。それでも、ギリギリのギリギリで滑り込めたんだ。それなのに、眞白は賢いって、眞白なら絶対大丈夫だって、お母さんはいつもそうやって……」
東雲悠真の大きな体を震わせ、私はポタポタと涙をこぼした。