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ep.3 二人目 隣の席の飯田奈美 後編

 昭和のいつか。どこかにある街。季節は春。


 九時になる少し前。

 飯田奈美の手紙に呼び出された俺は、指定された東公園に向かって自転車を飛ばしている最中だ。


 おそらく告白と思われるが、実はあまり嬉しくない。そりゃあ飯田を小学生の時から知ってるし、好意を向けられて嬉しい気持ちもある。

 しかし男の方から告白するもんだというこだわりは外せない。


 それに彼女の用事が別のことだという可能性もある。


『ずっと前からお前のことが嫌いでした』とかな。

 などとアホなこと考えてるうちに東公園の入り口に着く。

 正式には市営の臨海公園だ。

 巨大な埋立地の一画に体育館やら野球場、テニスコートを備える大型公園。

 昼間はそこそこ賑わうが夜になれば秘め事目的の車が出入りするだけ、ほぼ無人。 


 去年、ガンマニアの悪友に『新しく買ったエアガンの試射するから』って強引に付き合わされたなぁ。


 さてどこにいるのかな。

 ブランコや砂場のある一画、水銀灯に白く照らされた場所に飯田奈美が立っていた。


「わざわざごめん。学校じゃあれ以上話せないから」 


 いつもと雰囲気が違う飯田奈美。


「別にいいよ。改まって話って何?」

「佐藤優子さんのこと」

「それ? 昼に言った通り、あの子とは何でもないよ」

「◯◯君から佐藤さんの移り香がするのは何故?」 

「……」

「◯◯君が数学の授業をサボって保健室へ行った後は必ずそうなの。それと微かな血の匂いも……」


 心当たりあり過ぎる。


「なぁ飯田、それって人間の嗅覚を超越してないか? びっくり人間か?」

「ねぇ答えて。佐藤さんと保健室で何してるの?」


 めんどくさい。どうしたものか。


「それ、飯田に何か関係ある? お前、俺の母ちゃんってわけじゃないし」

「それは……」


「あ〜あ。姉さん、まだるっこしい事やめようよ」


 いきなり背後から声をかけられ、振り向くと飯田の妹がいた。


「由美! 何しに来たの!」

「姉さんは私に任せてくれたらいいのに、こんな遠回りな事してるのが歯痒いのよ」


 飯田妹の腕が伸びたかと思うと俺の身体は拘束される。何だ、これ……腕なのか?


 質感は確かに人間の腕だが。肘関節や手首がなくて、蛇のように俺の体に巻き付いている。特撮番組に出てくる怪人かよ!

 俺は抵抗するがびくともしない。凄い力だ。


「私が押さえとくから、さっさと済ませたら?」

「由美! ◯◯君を離して!」


 飯田が駆け寄り、俺に巻きつく妹の腕を掴んだかと思うと、引き剥がした。姉も怪力。


「ちよっと! 姉さん!」


 そして飯田の腕も伸びて妹を拘束する。姉妹だ、同じことできるよな。


「◯◯君、姉さんのこと嫌い?」

「嫌いじゃないが……恋愛対象として好きってわけでもない。それよりお前らって何? 人間じゃなさそうだが」

「人間よ。あなた達とは別の」

「は?」

「あなた達、いわゆる現世人類とはずっと昔に枝分かれして進化したってこと」

「な、な」


 生物の進化系統図が頭に浮かぶ。


「そうよ。こんなこと生物の教科書に載ってないし。私達はこうやって人間に紛れて暮らしてる。洞窟の奥や地下から地上に出た一族が私たちのご先祖さま。あなた達がつけた不名誉な呼び方で言うなら“鬼”」


 様々な伝承に残る人ならざるモノ、鬼。飯田の妹はなんの感情見えない目を真っ直ぐ俺に向けて、絞り出すように話していく。


「姉さんは発情期を迎えちゃって……強く交尾を望む欲求に私たちは抗えない」

「……由美、やめて」


 俯いたまま、飯田は小さく呟く。


「でも! お姉ちゃんは同族の誰にも興味がなくて。好きなのは◯◯君、あなたなの!」

「やめて!」


「私はただそれを叶えてあげようって気になっただけ」

「……」

「私達は人間との生殖は可能なの。身体は自由に弄れるし」

「……生殖」

「由美! やめて!」


 俺の隣の席にホモサピエンスとは違う人類、こんな言い方俺もしたくはないけど“鬼”が座っていたのか……。伝奇SFみたいな事実に頭の中が混乱中だ。


「異様に鋭い嗅覚はそれでか」

「そうよ。元々暗いところで生きてたから、視覚より嗅覚や聴覚が発達してるわけ。◯◯君の身体に付着した匂い、今日も佐藤さんと接触したでしょ?」


 近寄っただけでわかるのか? 飯田姉妹に隠し事出来ねぇなこりゃ。


「あーすまんが、飯田がどういう人間だろうと……そういう気は無い」

「だって。どうする? 姉さん」

「◯◯君、ごめんなさい!」


 そう言い残して飯田は妹を拘束したまま大きく跳躍し、公園の木を軽々と飛び越えて去っていった。走り高跳びで金メダル取れるぞ、あれ。


「あら、飯田さんの恋は実らなかったのね」


 佐藤優子だ。呆然としている俺の隣に立つ。


「どこから現れてんの?」

「面白そうだったから見てたの。それに◯◯君は私の大事なパートナーだし、危なくなったら助けようかなって」

「血液提供者だしな」

「そうよ、君は貴重な人なの。摂るとアレルギーを起こして死に至る血液もある。だから誰の血でもいいってわけでもない」

「そうなんだ」


 意外だった。


「あの子らみたいな存在を知ってる?」

「彼女は鬼って言ってたけど、妖怪伝承の正体だったりするかもね?」

「長生きのあんたでも詳しくは知らないのか」

「そりゃあね。あの妹さんの言う通り、地下や洞窟で暮らしてたんでしょう? 私は接点ないわよ」

「そりゃそうか。というか佐藤さんが吸血鬼ってだけでも大事おおごとなのに、さらに不思議生物がいるとは……」

「私達も吸血“鬼”と呼ばれてるのよ」

「……そうだね」


 飯田のことを“鬼”と呼ぶのは抵抗あるな……。


「異種族恋愛が成就するとこ見たかったけど」

「ワイドショー見てるおばちゃんみたいだよ、佐藤さん」

「あら失礼ね。ねえ、飯田さんじゃダメなの?」

「言う義理はないけど……単に恋愛対象じゃないってだけだ」 

「彼女、男子に大人気なのに」

「そんなの人それぞれってこと。俺帰る」


 佐藤優子、割と好みなのであまり長く話したくない。


「来月あたり、またお願いね」 

「飯田に佐藤さんの正体バレてるんじゃないか?」

「どっちでもいいわ。仮に知ってたとしても、お互いひっそり生きていきたいから騒ぎは起こさないでしょ」


 それもそうか。


「じゃおやすみなさい、◯◯君」

「おやすみ」


 自転車をかっ飛ばし、いつものように家の近くのビール自販機へ急ぐ。今夜は飲まなきゃ寝られそうにない。


 ビールの五百缶を片手にしばらく家の近くを彷徨いながら『明日はどんな顔すりゃいいんだろう』と結論の出ないことを考え続けた。


 ああすんなり仲良くできる彼女が欲しい。

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