座標まで後20kmほど。水平線の彼方に小舟を発見した時、霧が突如発生した。
霧が体に纏わりつき、体が重くなる。まるで岳人の重力操作を受けたかのようだ。
「……ここからは歩いて行きましょう」
最明さんは何を言っているんだ。
下は海なのだ。
……海の筈だったのだが。
果たして堕ちるように着地した場所は、確かに地上だったのだ。
たまたま孤島が真下にあったのだ、等という妄言は吐かない。
海というフィールドそのものを塗り替える能力者。それが最明蓮華を倒す『コレクター』秘蔵の刺客なのだろう。
最明さんは地面に手を触れた。
ひび割れ、ぺんぺん草1つ生えない荒野。だがその土は金属光沢を放っており、明らかに普通の大地ではないことが察せられた。
「鉄の地面と霧。聞き覚えがあります。とりあえず空気は猛毒ですので、私がフィルターを掛けています。あまり離れないでください」
「……多分、私は大丈夫だと思うんですけど」
この体は毒全般が効かない。竜の体は特別なのだ。
「万が一がありますので。可能な限り――」
最明さんはそこで言葉を切った。
それが難しいであろうことは最明さんも感じ取ったのであろう。
奇妙な気配が複数。周囲を取り囲むように点在しているのだ。人間の気配ではない。それより遥かに強大だと感じた。
「まずは視界を開きます。アリスさんは何があっても目を閉じ続けてくださいね」
最明さんが言った。アリスの能力が暴発すれば、こちらも窮地に立たされる。私としてもこの場で人間に戻るのは非常に困る。
アリスは頷き、最初と同じように私に抱きついた。特に不安がる様子もない。肝が据わっているのは良いことだ。
「今広がっているのは厳密には霧ではありません。ただの空気です。この世界の空気は有色なのです。ですが、クリアにすることもできるんですよ、と!」
宣言通り、霧――最明さんが言うに有色の空気は遠方に押しのけられた。
現れたるは全身を錆で覆った巨人。だが巨人は錆付きなど微塵も感じさせない滑らかな動きで悠々と歩いている。
巨人の一体が口を開いた。口内が光り輝く。
光線が発射された。
「ビーム!?」
「視線を開けたのは失敗だったかもですね」
最明さんが不思議な力で弾いたが、弾いた先の地面がドロドロに溶けていた。速度、威力共に人間に対して向けるには明らかに過剰な攻撃だった。
最も、それは私には過少だったが。
「うらあ!」
翼と両足を推進力に駆け、巨人を切り裂いた。錆付いた皮膚がひしゃげ、内部のよく分からない機構ごと粉砕する。
たかだか鉄の兵器にやられるようでは、モンスターなどやってられない。
「小鳥遊さん! 護衛なんですからあまり前に出ないでください!」
「それじゃ駄目でしょ。囲まれてるんだから、私はともかく2人が危ないよ」
「は、2人?」
迫っていた3体の巨人が身をかがめ、ぎちぎちという不協和音を奏でながら更に小さく丸まっていく。
燃料が爆発したのか、巨人は跡形もなく爆発した。
「私はアリスさんの心配をしているのです。最強でも守り切れないことがありますからね」
そう言った彼女の表情からは、言葉からは想像できないほど自信に満ち溢れていた。
最初は面食らったが、この程度ならば問題なく進軍できそうだった。
*
「世界最強は伊達ではないか」
No.1が小さく呟いたのを捉えた。
「状況を共有しろNo.1」
「ああ、そうだったな」
No.1は軽く謝罪し、相手が順調に進軍している状況を伝えた。
(数キロ先の状況も詳細に把握できる。これが世界の支配者というやつか)
No.1の能力は厳密には異界の主――あるいは神との契約能力だ。本人はあくまで契約を交わすだけであり、その能力の規模と内包するエネルギー量が比例しない、特異な能力者。
No.4も同様の能力だったが、奴は異界へ転送させる契約しか交わせていないのにも関わらず、No.1には侵食させた世界を支配する権限すら与えられている。
異界の主の性格の差か、あるいはNo.1がそれだけ特別なのか。『コレクター』が切り札と呼ぶに足る能力であることは納得した。
(……ふん。最明蓮華とNo.1をぶつける『コレクター』の采配は流石と言うべきか)
だが、あの最明蓮華に付いてきた竜の能力者は『コレクター』の想定から外れていよう。
生意気だ。我が物顔で自らの力を誇示しているトカゲ女。
(奴だけは俺が倒す)
「あまり離れないでくれ。この世界の空気を濾過するのは結構な手間なんだ」
「必要ない」
No.1が注意を促すが、俺がどういった存在か理解が及んでいないようだ。
「俺は終焉世界の獣。この程度の環境が枷になるわけないだろう」
変身する。
爪は伸び硬度が増し、牙が生える。全身に白銀の毛を纏わせ、両手を前足へと呼び変える。
最強の獣である俺に適応できぬ環境などない。
*
「獣の臭いがする」
「獣ですか。世界観にそぐわない敵ですね」
この世界は全てが鉄で構成された世界なのだ。最明さんが調べたが、炭素が一切存在しない。私たちの世界で言う生物が存在する筈がなかった。
「最明さん、アリス任せます」
「貴方の強さは理解したので尊重しますが、それほどの相手ですか?」
「んー」
確かに強そうではある。だが正直に言ってしまえば、2人で協力すれば問題なく勝てそうだ。
「でも私が倒したいんです」
臭いがするのだ。
己が無敵だと、強烈な自己を主張する獣の臭いが。
その思い上がりを叩き潰したいと、強烈に本能が刺激されるのである。
「仕方がないですね。手早く倒して合流してくださいよ」
「ありがとうございます」
アリスを託し飛翔する。獣もまっすぐこちらへ向かっている。
(あれか)
全長10mほど、白銀の毛色の狼か。サイズはあまりこちらと変わらないが。
(少し挨拶してやろうか)
炎のブレスを飛ばす。
狼は生意気にも、氷のブレスで返答してきた。
爆発的に水蒸気が発生し、瞬時に鉄の世界を塗り替える。
爆風を突き抜け狼に噛みつく。相手も同じように噛みついた。
だがこちらの牙は体毛に阻まれ、あちらの牙は鱗を貫けない。
「オオオオオオオオオ!!!」
吠えたのはどちらだったか。おそらく両方だろう。
小鳥遊華と『ミュージアム』がNo.2。二体の怪物が最強を決しようとしていた。
*
「『ミュージアム』が展示No.9『
「時巡さん。君と戦うことになるとは思わなかったよ」
水無月竜輝と交戦することになったが、特に問題はないだろう。あれば本体が何かしらの干渉をしてくる筈だし。
とはいえ今後の活動を考えて、衆目の中で姿を晒すわけにもいかない。戦場は廃工場。国会襲撃を防ごうとした『レジスタンス』に先制攻撃を仕掛けた形になる。今頃は別の分身が目的を遂行しているだろう。
(しかし敵戦力が低いな。上手いこと殺されないといけないけど)
電撃を全身に浴びたが、構わず竜輝を殴りとばした。
「能力者の戦いは、エネルギーのぶつけ合いだ。雷撃も結局はエネルギーが形を変えたものに過ぎないからね」
超能力エネルギーは反発する。だから一見全く異なる能力でも、ぶつかり合い相殺する。
防御側が相手の攻撃エネルギーを大きく上回る力を持っているのなら、全ての攻撃を無視できるわけだ。
「だから能力者は! 副次的に能力を使うんだろう!?」
竜輝が血を吐き出しながら叫び、磁力で操った鉄くずを飛ばしてきた。
彼の言う通り、エネルギー同士のぶつけ合いではなく、能力を使い起こした現象を攻撃に利用すればその限りではない。
飛ばした鉄くず自体にはエネルギーは含まれておらず、エネルギーの相殺は起こらない。
「超能力エネルギーは、身体能力を強化する」
だが竜輝の間接攻撃では私を倒せない。彼が飛ばせる鉄くず程度では、私の肉体強度を上回れない。
再び竜輝を殴る。今度は地面に叩きつけた。
「勝ち目がないよね。諦めたら?」
竜輝は歯を食いしばっているが、まだ諦めていないようだ。
(それにしても)
苦し紛れに放った雷撃をあえて受け、竜輝を蹴り飛ばす。
何というか、こう――
(程よい雑魚を嬲るのは、超楽しいな!)
最近変なのばっかり相手してたから余裕が無かったが、やはりこういう相手が一番楽しい!
諦めが悪いのが最高だ!
(おっと負けなきゃいけないんだった)
楽しいが、それは困るのだ。
(何とか逆転の目を用意してあげたいけど。けど)
「ぐ、ああああああ!!!」
「おっとっと、うっかり右肩を踏みつぶしてしまった。立てるかい、竜輝」
右手を握り強引に振り回す。何と右手が取れてしまったではないか!
「ぷ、くく」
思わず漏れた笑い声を必死に堪える。しかしこれはどう逆転されたものか!
(駄目だねこりゃ。竜輝は諦めて他の手を考えよう)
そうと決まれば遊びは終わりだ。
思えば竜輝には今まで散々迷惑を掛けられてきた。だがそれももう終わりだと思うと、感慨深いものがある。
竜輝は血みどろになりながらも立ち上がった。全身の骨も内臓も大変なことになっているだろうに、よくもまあ、そこまで頑張れるものだ。
「アリスのためかな? 血も繋がってない他人のために良くそこまでやれるね」
「オ、ガ、ガ」
どうやら言語能力を失ってしまったらしい。だいぶ頭もぶつけたし、とどめを刺す必要もないかもしれない。
「ガガガガガガガガガガ」
「うっさ。殺せば止まるかな」
機械がきしむような声を上げる竜輝が不快だったので、やはり殺しておくことにした。
次第にボリュームが上がっているように感じるのは、私が近づいているからだけではないだろう。不協和音は既に不快では済まない段階に進んでいる。
「ギャギャギャギャギャギャギャ」
「何だよもう」
殴れる距離まで近づいても叫ぶだけだ。今までの殴り心地からして、全力で頭を叩けば潰せるだろう。
右手を振りかぶったところで、妙な点が気になってしまった。
(……喉が震えてない。口から出ているだけで、異音は発声が原因じゃない?)
この時さっさと殴るべきだったと、数瞬後に後悔した。
「起きて、竜輝」
鈴のようでいて、脳髄に直接刻み込まれたかに錯覚させる不快な音色。
その言葉は正しく脳髄、いや心、魂? に直接刻まれたのだ。聴覚を通した声ではなかった。まさしくテレパシー。
「オオオオオオオオ!!!」
その言葉と共に、今度は確かに喉を震わせて竜輝が叫んだ。同時に
「痛った!」
咄嗟に盾にした左腕は、どうやら折れてしまったらしい。熱を持ったように痛む。
「う、嘘でしょ!?」
竜輝の捥げた右肩から、巨大な機械が生えていた。その機械は二本の真っすぐな鉄柱が隙間を開けた構成となっており、開いた中心には小さな筒のような物があった。
それらがバチバチと放電しており、照準を定めるように、こちらへ向けられていた。
「ア」
不味い。何が不味いって、このままでは竜輝の
だから私自身が言葉にしなければ!
「ガアアアアアアア!!!」
たった3つの音節すら口にできず、竜輝の咆哮と共に、私の意識は断絶した。