『コレクター』と推測された時巡優子を捕縛。同時に逃亡の手助けをした十字岳人についても身柄を取り押さえた。
現在は拠点の1つである廃旅館に監禁中。
今後の処遇については本部壊滅のため無期限保留。
*
「この3日間、『レジスタンス』の活動は見られておりません。最明蓮華が健在なのは気がかりですが、最早組織としての体を成していないかと」
「最明蓮華が立て直しに労力を注いでくれれば、時間稼ぎになるね」
一息つける、とはいかないか。最明蓮華が目の上のたんこぶなのは変わりない。アリスの確保を急がなければ。
その旨を小野川に伝える。
「……はい。足取りは掴めておりますので、暫しお待ちを」
また歯切れの悪い。
(内通者はまだ残っている? 流石に小野川ではないか。スパイにしても『レジスタンス』の壊滅はやりすぎだ)
「多少派手になっても構わないから。確実に確保しなさい」
「承知しました。それと、No.5とNo.9の奪還は如何しましょうか?」
No.9つまり私だが、正直現状維持で構わない。
分身の制限時間は定期的に分身を本体にすることでリセットできる。ステージ2には事実上制限時間はない。
むしろ私が『コレクター』でないことを証明してくれるので、助かるまである。
No.5は助けても良いが労力に見合わない気がする。
(でも『ミュージアム』の展示品を助けないのもそれはそれで問題あるかな。館長もうるさいし)
「……最明蓮華の動向に注意して、『警備員』を中心に組織する。人員の管理は館長で、現場指揮はNo.2にやらせるよ。君はアリスの確保に注力しなさい」
「承知しました」
No.2はそういうのをやりたがっていたし、ちょうど良いだろう。装置の生産も安定しているから、そっちから宮田を引き抜いて補助をさせよう。
(まあ、引き際さえ勉強させればいいしね)
失敗しても問題はないのだ。既に大勢は決した。これからは世界に向けて力をつける時だ。
あ、それと時巡優子は死んだことにした方が良いか。
*
水無月竜輝は自身の力不足に無力感を感じていたが、決して表に出すまいと努めていた。
とはいえ所属していた組織が壊滅したのは、中々に堪えた。それも自分に責があるのだ。しかし懺悔はできない。秘密は胸に仕舞わなければアリスを守れない。
そんな竜輝の様子を見て、真相を知らないであろう、一時的に同行していた最明蓮華が彼に声をかけた。
「竜輝はアリスの護衛。貴方が気に病む必要はないのですよ」
「……ありがとうございます。でも、1人で時巡さんの監視なんて大丈夫なのですか?」
岳人と時巡さんは彼女に捕らえられ、現在は拠点の1つに拘束されている。
もしも時巡さんが『コレクター』ならば、その拠点は本部以上に危険な場所になるだろう。そこを1人で抑えるなど、流石に世界最強といえど無茶ではないか。
「大丈夫だから、私は世界最強なんです」
気負った風もなく、最明蓮華は言った。
だが最明蓮華は嘘をついていた。
彼女は時巡優子を放置するつもりなのだ。
『コレクター』がアリスに執心しているのも、自身にとって彼女が脅威であるのも理解していた。
だから抑えるべきはアリスである。時巡優子の正体が何であれ、『コレクター』が問題なく活動できているのも3日間で確認した。
組織の力が弱まった今、『コレクター』は確実にアリスを確保しようと深追いする。私が人質のそばに居ると思わせれば、なおさらだ。
(追手は手練れ。都合3度逃げられましたが、次はありませんよ)
そして、敵はまんまと餌に食いついた。
*
アリスの確保は失敗。最明蓮華に嵌められたと気づいた時には、全てが遅かった。
(……最早アリスは諦めるしかないか)
アリスは痛いが、代用は効く。致命的だったのは、小野川が死んだことだ。
奴は最明蓮華の手に落ちる際、自ら命を絶ったという。持っている情報が桁違いだったので、それを考えてのことだろうが。
(……失くしたものを数えても、仕方がないか)
私は受話器を手に取った。彼は予約していないので、館長に連絡する必要があった。
「No.1を使う。異論はないよな?」
世界を滅ぼす能力者。
今こそ彼を使うべきだと、遅すぎた決断を下した。
*
『ミュージアム』展示No.1『
3年前イスラエル
イスラエル跡地、と言うように。現在イスラエルという国は存在しない。あの地は最早人が住める環境にないのだ。
衛星写真からは濃い霧で遮られ観測できず、踏み込んだ探検隊は1人の例外なく帰ってこなかった。慎重を期し霧の境界線から観測器を差し込んだところ、大気の大部分が気化した鉄で構成されていることが分かった。しかし気温は摂氏マイナス10度、気圧も3000hPa程度であり、鉄の沸点にはほど遠かった。
まさしく異界という表現が相応しい。
それをたった1人が(複数でもおかしいが)
私が信じられたのは、この目でその瞬間を見ていたからに他ならない。
あの男を中心に、世界が変革していったのだ。如何なる能力者も無力となる、絶対なる異界が。
きっかけはよくあることだった。彼は暴漢に襲われ、ナイフを突きつけられていた。私は何とはなしに眺めていたが、私のほかにも目撃者がいた。
その男は警官で、すぐさま暴漢を取り押さえようとした。暴漢は半場恐慌状態に陥り、ナイフを彼の首筋に突き立てた。皮膚が裂け、一滴の血がナイフに沿って流れ落ちた。
そして彼は自らの身を守るために、能力を発動した。
その結果が国1つの消滅である。
彼が国際社会に残した影響は大きく、私の庇護下にあることは知られていない。
当然それが知られれば、『コレクター』は世界を敵に回すことになるだろう。例えNo.1が死んだ後でもだ。だからこその最終手段。使ってはならない切り札なのだ。
それをただ一人の人間に切るというのは、勿論あってはならないことだ。どう計算しても割に合わない。例えそれが世界最強でもだ。世界には彼のような能力者が、隠れ住んでいる可能性も大いにありうる以上は。
(だけどこれ以上最明蓮華を放置すれば、必ず私に辿りつく)
あってはならないが、そうしなければならない。敗戦国の血迷った指導者の気持ちが分かってしまった。気がする。
(まずは、No.1を説得しないとな)
以前確認した時、やはり能力の使用に否定的だった。彼が使う気になる状況を作らなければならない。
*
「私の言いたいことは分かるだろうし、君の意見もあるだろうけど。まずはこの記事を見てよ」
『コレクター』はそう言って、新聞を手渡してきた。
彼女は俺の命の恩人だ。
祖国を滅ぼした後、彼女の助けがなければ俺はとうの昔に死んでいたことだろう。
生物の時を操る能力を持ち、そしておそらくもう1つ、写し身を作る能力がある。
最も、それは些細なことだ。重要なのは俺は彼女のためならば、身を粉にする覚悟がある
(それも、結局は上辺だけの決意なのだろうか)
今こそ恩を返す時だというのに、未だ決心がつかなかったのだ。
躊躇するのは、世界を思ってのことではない。もしそうなら一度だって発動している筈がないのだ。
憂鬱な気分を誤魔化すように、新聞に目を通す。
そこに記されていたのは、まさしくイスラエルについて。
フランス社民党代表が、イスラエル奪還を掲げたと報道されていた。
「選挙に向けたアピールだとは思うけどね」
『コレクター』が言った。
「こんな時期に言うくらいだから、何か有力な手掛かりでも見つけたんじゃないかな」
続けて言う。
「君の能力は決して攻略できない訳じゃない。だからそう気負うなよ」
それは確かに希望だっただろう。
『コレクター』は世界には不可逆な影響はないと言ってくれているのだろう。実際はこの能力が普通――使おうとも追われる心配がない――かもしれない可能性に胸を撫でおろしたのが事実だが。
それに僅かに鬱々としていたが、『コレクター』は気が付くことなく話を進める。
「それでも一応ね、発動地点は人気のない場所にしようと思うんだ」
地図を取り出し続けた。
そして太平洋の、ある一点を指した。
「ここに氷雪系の超能力発生装置で足場を作る。この辺りの公海は島もないし、船も飛行機も通らない」
「……分かりました。しかし、最明蓮華は誘いに乗るでしょうか」
「来るよ。最明蓮華はこちらが追い詰められているのを知っている。だけどNo.2とNo.3は健在。その気になれば日本を壊せるのは示している」
今までの悪行によって、何をせずとも国1つを人質に取れるということか。
『コレクター』は「それに」と愉快げに言った。
「最明蓮華は自らが最強であるという自負がある。だから薙ぎ払えば良い。そうでしょう?」
同意を示すように、彼女は問いかけた。
確かに自分の負けは想定していない。
*
「悩みますね」
『コレクター』から座標と果たし状が送られてきた。
「挑発に乗る必要はないと思いますが」
同行していた水無月竜輝が言った。
確かに普通に考えれば、誘い込んだ間に何らかの目的を果たすのだろう。
「ですが無視はできません。本拠地壊滅の現場から、『コレクター』は少なくとも2人は大規模破壊能力者を保持しています」
東京と大阪で同時に破壊行為をされてしまえば、私1人では防げない。
「貴方が離れれば、二か所が破壊される可能性があるのでは?」
「意味がないですね。『コレクター』はテロリストではありませんから。無差別な破壊はあくまで交渉用の手札でしかないです」
だからやはり『コレクター』の目的が何かということだが、やはりアリスだろうか。
(アリスを連れて行けば良い。でもそれを『コレクター』が予測できないでしょうか)
「『コレクター』は」
アリスが私と行動を共にして初めて、意見を言おうとしていた。
彼女は今でも慣れない。強力無比な能力を持っているというのもあるが、それ以上に、言葉では言い表せない異物感がある。
確かに彼女は人の姿で、人の言葉を話している。しかし、人とは明らかに心の在り方が異なるのだ。
彼女は自らの危機的状況にも無関心に思えた。だから意見を述べるのは意外だった。
「蓮華を倒すつもりだよ。小細工はしない」
「何を言うかと思えば」
だが、確かに『コレクター』が思いあがっている可能性もあった。
「なら折檻案です」
アリスを何時でも助けられる範囲まで運び、『コレクター』の刺客を倒す。
「アリスの護衛は、竜輝君は今回お休みです」
船での移動、停泊になる。
『コレクター』が船ごと破壊する可能性がある以上、護衛役は飛行能力が必須だ。
「小鳥遊華さん。頼んでも良いですか?」
先日新しく仲間になった能力者。亡き友人の敵を討つという、やや後ろ向きな動機ではあるが、実力は確かだ。
彼女は不満げではあるが、同意を示した。
「そうと決まれば、『コレクター』にお返事をしましょうか」
この決戦後、『コレクター』の名は世界に轟くことになる。
時巡優子は覚悟の上で、最明蓮華には想定できない。
アリスは常と変わらず、ただ微笑んでいた。