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第21話「私と彼の逃避行」

「時巡さんの能力が『コレクター』と類似した能力だと思われているのは、岳人も知ってるね?」


 竜輝は言った。

『コレクター』の能力は老化を加速させる能力だとされている。彼が台頭し始めた時期に、誇示されるように使われたからだ。

 時巡の能力でもそれが可能であることは大会で分かっており、過去の警察の調査では、老化に関する能力は時巡だけだとされていた。同時に彼女には確かなアリバイがあることも。


「時巡さんは俺たちよりも遥かに早く、ステージ2に覚醒したのではないか、とされている」


 ステージ2への覚醒は、より発展した能力を齎すとされる。


「成長のステージ2。それは自分のクローンを産み出すことが可能なんじゃないかとね」


 ……確かに、それならば一応の説明はつくかもしれない。しかし


「あり得ない。10年前だぞ。そんなに早くから覚醒している筈がない」


 本来、ステージ2は達人が晩年に発現するとされる能力の極地だ。俺たちの年齢で覚醒していることすら、奇跡に近いのである。


「その通り、俺たちの年でも本来あり得ない」


 竜輝がそう前置きして続けた。


「俺たちには分かり辛いけど、例の大会は、大人たちが想定した以上にハイレベルなものだったらしい」

「環境なのか、遺伝的な蓄積なのか、理由は分からないけど。少なくとも既存の常識はもう通用しないと考えられないかな?」


 だから。


「時巡が10年前にステージ2に覚醒していることも、考慮すべきだと?」

「そう。だけど俺も、それを理由に時巡さんが『コレクター』だと決めつけるのはおかしいと思う」


 それに、と竜輝は続けた。


「今の榎木さんは、多分本部の人も、ちょっと冷静じゃなさそうだ。今は逃げた方が良い」

「……分かった。ありがとう」


 礼を言い、電話を切る。

 しかし誰を頼るべきか。


 信頼できて、かつアウトロー気味な人物となると。


「……ユリさんかあ」




  *




 何か知らないところで面白いことになってるな。

 というのが私の正直な、そう正直な感想だった。


『レジスタンス』が私に感づいたのは、甚だ不愉快で最悪だけど、予想の範囲内ではある。要は確かな証拠がなければ良いのだ。人々には納得できる理由が必要で、奴らにはそれが薄い。


 ただ想定外だったのは、様子見かっ飛ばして私を拘束しようと考えていることだろうか。しかしそれは私に不利を齎さない。


 私は『コレクター』でなくとも、『ミュージアム』の一員なのだ。『コレクター』が守る理由には十分だ。

 そして私は分身能力により『コレクター』として問題なく活動でき、追う『レジスタンス』を背後から強襲できる。

 ちょうどアリスを追う『真世界』を潰した時のようにだ。


「でも何で北海道?」


 事情を(ある程度伏せられていたが)説明し終えた岳人に聞いた。


「ユリさんに頼ろうかと……嫌だったか?」


 しまった。顔に出ていたか。


「あの人苦手」

「気持ちは分かる。でも我慢してくれ」


『レジスタンス』がどう出てくるか分からないため、飛行機は使わず車で行くらしい(逃避行とか超楽しそうと思っているのは秘密だ)。


「レジ……組織とやらは公的機関じゃないんでしょう? なら検閲とかもなさそうね」

「そうだな。だからこそ出方が分からないのもある」


 しかし逃避行も『レジスタンス』の本部が見つかるまでか。見つけ次第粉砕してしまうし。


(……岳人との関係も、これが最後か)


 流石に事が済めば、私が『コレクター』と関係があることは隠し通せないだろう。だから私たちの関係も、これが最後だ。


「時巡、不安なのは分かるが」


 当然私の真意など知らない岳人は見当違いなことを言う。


「俺は何があっても時巡を守る。だから安心してくれ」


 岳人の言葉に、私は「ありがとう」とだけ返した。




  *




「……判断の早い男だ」


 十字岳人と時巡優子が共に逃げたという報せを聞いて、榎木文太は逆に感心してしまった。


 こちらの行動は迅速だったはずだ。彼にも混乱があったはず。にも関わらず超えてきたのは賞賛に値する。それが敵対行動でなければ完璧だった。


「いやあ、連絡が来たタイミングが絶妙だったな榎木さん。間が悪いってのはこういうことを言うんだな」

「言っている場合か成田。俺たちが責任取るんだぞ」


 成田は能天気に笑っているが、本部の人間が何を言ってくるか。


 電話が鳴った。

 恐る恐る受話器を手に取る。


「……はい」

「やあやあ。事情は丸っと把握しているから言い訳も弁明も必要ないですよ」


 その声には、聞き覚えがあった。


「みんなご存じ最明蓮華が解決するから、座して待っていてくださいな」


 世界最強。この世の正義の切り札が、遂に動くと宣言した。




  *




 さてさて、本体がお楽しみ中の頃、新本部の私の方は大変な状況だったのは想像に難くないと思う。


「――以前の騒動により発生した離反者の排除は完了しました。こちらがリストになります」

「後で見る。もう下がっていいよ佐藤君。小野川『レジスタンス』は?」

「時巡優子を追跡中ですが、未だ足取りをつかめていないようです」

「そんな事はどうでもいい。本拠地は?」

「……もう暫しの時間を頂きたく」


 前回の事故は大方片付いたか?

 リストの人物を精査するのは時間が掛かる。こっそり分身に確認させるべきか。


(いや、しばらくは事態は停滞する筈。なら大丈夫か)


 電話が鳴った。

 机の上を確認するが、私のではなさそうだ。小野川に視線を向ける。


「出ていいよ」

「は、ありがとうございます」


 彼が電話している間にリストに目を通す。


(うげ、亜門もだったか。手土産にNo.5の首持ってかれなかったのは幸いだな)


 奴は『警備員』として登用したが、今度からはもっと信用を大事にすべきかもしれない。


(でも雑魚を登用してもな……)

「『コレクター』、『レジスタンス』についてですが……」


 小野川の声は、隠しきれないほど震えていた。


「時巡優子を捕捉したようです」

「速いね。まあ、このまま新年を迎えても困るけどさ」

「ええ、まあ、そうですね」


 ……ん?


「……」

「……」

「…………それで?」

「その、追手がですね」


 小野川は意を決したように言った。


「最明蓮華、のようでして」

「…………ん?」


 最明蓮華。世界最強の?


(飛ばしすぎだろ……様子見とかなさらないんです?)


 いや計画全部吹き飛んだんだけど。どうしてくれんだおい。


「し、しかしですね。同時にアジトのおおよその位置も把握しました!」

「先言え馬鹿! 場所は!?」


 それが分かれば何とかなる!


「そ、それが奥多摩の山中のいずれかで、正確な場所までは……!」

「必要ない!」


 こんな時のため、『ミュージアム』は何時でも動かせるようにしてあるのだ。

 館長へ電話を掛ける。


「No.2、No.3を奥多摩へ! 計画通りだ!」


 元より奴らの本分は広域殲滅。小細工など不要。全てを滅ぼしてしまえば良い。


「No.5を小野川に渡せ。予定にない貸出? 黙れ殺すぞ!」


 電話を切り言った。


「小野川聞いてたな! 何としてでも最明蓮華を足止めしろ!」

「しょ、承知しました『コレクター』!」


 これからは時間の勝負だ。


「遊んだ分、きっちり働けよ、本体!」




  *




(いやそんな事言われても)


 分身の無茶ぶりに私は内心で愚痴った。


 横目で岳人を盗み見る。

 長時間の運転で疲れているようだった。


 次いでバックミラーを確認する。

 以前から追跡には気を付けていたが、私は気づかなかった。


(まずは追跡者の炙り出しから、だね)

「岳人、運転変わるよ」

「え、ありがたいが、運転でき――ちょっ、今すぐか!?」


 岳人と強引に席を代わり、アクセルを思いっきり踏み抜いた。


「時巡!? 時巡!?」

「大丈夫大丈夫。私に任せなさい」


 舗装された道路を抜け、あぜ道へ突っ込む。

 後続の車が一台。同じく加速してあぜ道を進んだ。


「……追手か!?」

「Yesだよ! カーチェイスの時間だ!」

「テンション上がってるだろ!」


 畑を超え林に突っ込み時には庭を素通りし、カーチェイスは続いた。


「撒いたんじゃないか!?」

「ん、そだ……おお?」


 急に車が動かなく、というか浮いてる?


「おいたはそこまでにしましょう」


 空中から、その女は降り立った。

 オーロラのように移り変わる、極彩色の眼光と足元まで伸びる髪。


「……最明蓮華。お早い到着で」

「……本物、だよなあ」


 相手の力量など、見ただけで判る筈がない。

 その筈なのに、最明蓮華の圧倒的な存在感が、これが世界の頂だと、確かに信じさせた。


 急激な浮遊感と共に、車が落下した。

 車から降り、何とかならないものかと思案する。


(……戦ってみるか)

「やるのか?」

「やるでしょ」


 案外大したことないかもしれないし。


 サイドミラーをへし折り、全力で投擲する。それに岳人が能力を加え、さらに加速させる。


「斥力操作でしたっけ? その程度なら私にもできますが」


 サイドミラーは静止することなく、投げた勢いのまま返ってくる。それを弾き飛ばしながら走り出す。


 体に異様な負荷がかかった。まるで全身に重りでも着けているようだ。


「動けるのですね。私を上回る、素晴らしいエネルギー量です。ですが」

「あ……」


 意識が薄くなる。これは……


「時巡!」


 岳人の声が、どうしようもなく遠のく。


「貴方の周囲から酸素を取り除きました。まだ聞こえていると、二度説明せずに済むのですが」


 私と貴方の実力差を。薄れゆく意識の中、彼女はそう言っているように聞こえた。




  *




 遠くの空には灰色のスモッグが轟いていた。


 あれはNo.5の能力だろう。足止めの務めを珍しく、真面目に果たそうとしているのだ。


(あと5kmぐらい? この調子だと1分で着くな)


 そして私たちは今、最明蓮華の能力により超高速で飛行していた。


「最明さん、最明さん。このままだと私たちあれにぶつかります。明らか怪しいので迂回しましょう」

「いいえ突っ切ります。貴方たちなら大丈夫ですよ」

「無茶苦茶だ……!」

「誰かー! 助けてー! 最明蓮華に殺されるー!!!」

「……ッ!!!」


 No.5の能力は広範囲に煙を放出する能力だ。粒子の一粒まで彼女の意思が行き届いており、妨害から探知までなんでもござれだ。

 非常に目立つことと、本人のサボり癖が欠点ではあるが、並の能力者では束になっても敵わない。

 問題は最明蓮華が並とはほど遠く、そしてあの煙は、鉄以上の硬度にできるということである。


 目前に迫った煙の壁に、思わず目をつむった。


 衝突はあまりにも静かだった。目前で停止したのではないかと思われる程に。恐る恐る目を開けると、先ほどと変わらず灰色の壁。否、四方全てが煙となっていた。周囲の空気ごと、煙中に潜り込んだのだ。


(最明蓮華の念動力で煙を押しのけている?)


 いくらエネルギー量が多くとも、操作精度は特化型が上回る筈だ。それにNo.5は私が選りすぐった能力者だぞ。


(……手を抜いてるわけじゃないだろうな)


 そう思わずに、いいや、思いたくなってしまう。これに喧嘩を売ったなど、考えるだけで震えてくる。


「面倒ですね」


 しかし、現状の評価すら――


 煙が晴れる。

 太陽が一瞬顔を見せた。しかし地上にはすぐに大きな影が被さってしまっていた。


 一塊になった煙の塊が、巨大な天蓋となって空に浮かんでいるからだ。


「これは……」

「……悪夢だな」


 味方であるはずの岳人にすら、信じがたい能力者。


 これを倒すには。


(能力そのものを無効化するか、世界を破壊する力をぶつけるより、他にない……)


 ならば予定通りだ。何の問題もない。

 今、最明蓮華は足を止めているのだから。

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