「時巡さんの能力が『コレクター』と類似した能力だと思われているのは、岳人も知ってるね?」
竜輝は言った。
『コレクター』の能力は老化を加速させる能力だとされている。彼が台頭し始めた時期に、誇示されるように使われたからだ。
時巡の能力でもそれが可能であることは大会で分かっており、過去の警察の調査では、老化に関する能力は時巡だけだとされていた。同時に彼女には確かなアリバイがあることも。
「時巡さんは俺たちよりも遥かに早く、ステージ2に覚醒したのではないか、とされている」
ステージ2への覚醒は、より発展した能力を齎すとされる。
「成長のステージ2。それは自分のクローンを産み出すことが可能なんじゃないかとね」
……確かに、それならば一応の説明はつくかもしれない。しかし
「あり得ない。10年前だぞ。そんなに早くから覚醒している筈がない」
本来、ステージ2は達人が晩年に発現するとされる能力の極地だ。俺たちの年齢で覚醒していることすら、奇跡に近いのである。
「その通り、俺たちの年でも本来あり得ない」
竜輝がそう前置きして続けた。
「俺たちには分かり辛いけど、例の大会は、大人たちが想定した以上にハイレベルなものだったらしい」
「環境なのか、遺伝的な蓄積なのか、理由は分からないけど。少なくとも既存の常識はもう通用しないと考えられないかな?」
だから。
「時巡が10年前にステージ2に覚醒していることも、考慮すべきだと?」
「そう。だけど俺も、それを理由に時巡さんが『コレクター』だと決めつけるのはおかしいと思う」
それに、と竜輝は続けた。
「今の榎木さんは、多分本部の人も、ちょっと冷静じゃなさそうだ。今は逃げた方が良い」
「……分かった。ありがとう」
礼を言い、電話を切る。
しかし誰を頼るべきか。
信頼できて、かつアウトロー気味な人物となると。
「……ユリさんかあ」
*
何か知らないところで面白いことになってるな。
というのが私の正直な、そう正直な感想だった。
『レジスタンス』が私に感づいたのは、甚だ不愉快で最悪だけど、予想の範囲内ではある。要は確かな証拠がなければ良いのだ。人々には納得できる理由が必要で、奴らにはそれが薄い。
ただ想定外だったのは、様子見かっ飛ばして私を拘束しようと考えていることだろうか。しかしそれは私に不利を齎さない。
私は『コレクター』でなくとも、『ミュージアム』の一員なのだ。『コレクター』が守る理由には十分だ。
そして私は分身能力により『コレクター』として問題なく活動でき、追う『レジスタンス』を背後から強襲できる。
ちょうどアリスを追う『真世界』を潰した時のようにだ。
「でも何で北海道?」
事情を(ある程度伏せられていたが)説明し終えた岳人に聞いた。
「ユリさんに頼ろうかと……嫌だったか?」
しまった。顔に出ていたか。
「あの人苦手」
「気持ちは分かる。でも我慢してくれ」
『レジスタンス』がどう出てくるか分からないため、飛行機は使わず車で行くらしい(逃避行とか超楽しそうと思っているのは秘密だ)。
「レジ……組織とやらは公的機関じゃないんでしょう? なら検閲とかもなさそうね」
「そうだな。だからこそ出方が分からないのもある」
しかし逃避行も『レジスタンス』の本部が見つかるまでか。見つけ次第粉砕してしまうし。
(……岳人との関係も、これが最後か)
流石に事が済めば、私が『コレクター』と関係があることは隠し通せないだろう。だから私たちの関係も、これが最後だ。
「時巡、不安なのは分かるが」
当然私の真意など知らない岳人は見当違いなことを言う。
「俺は何があっても時巡を守る。だから安心してくれ」
岳人の言葉に、私は「ありがとう」とだけ返した。
*
「……判断の早い男だ」
十字岳人と時巡優子が共に逃げたという報せを聞いて、榎木文太は逆に感心してしまった。
こちらの行動は迅速だったはずだ。彼にも混乱があったはず。にも関わらず超えてきたのは賞賛に値する。それが敵対行動でなければ完璧だった。
「いやあ、連絡が来たタイミングが絶妙だったな榎木さん。間が悪いってのはこういうことを言うんだな」
「言っている場合か成田。俺たちが責任取るんだぞ」
成田は能天気に笑っているが、本部の人間が何を言ってくるか。
電話が鳴った。
恐る恐る受話器を手に取る。
「……はい」
「やあやあ。事情は丸っと把握しているから言い訳も弁明も必要ないですよ」
その声には、聞き覚えがあった。
「みんなご存じ最明蓮華が解決するから、座して待っていてくださいな」
世界最強。この世の正義の切り札が、遂に動くと宣言した。
*
さてさて、本体がお楽しみ中の頃、新本部の私の方は大変な状況だったのは想像に難くないと思う。
「――以前の騒動により発生した離反者の排除は完了しました。こちらがリストになります」
「後で見る。もう下がっていいよ佐藤君。小野川『レジスタンス』は?」
「時巡優子を追跡中ですが、未だ足取りをつかめていないようです」
「そんな事はどうでもいい。本拠地は?」
「……もう暫しの時間を頂きたく」
前回の事故は大方片付いたか?
リストの人物を精査するのは時間が掛かる。こっそり分身に確認させるべきか。
(いや、しばらくは事態は停滞する筈。なら大丈夫か)
電話が鳴った。
机の上を確認するが、私のではなさそうだ。小野川に視線を向ける。
「出ていいよ」
「は、ありがとうございます」
彼が電話している間にリストに目を通す。
(うげ、亜門もだったか。手土産にNo.5の首持ってかれなかったのは幸いだな)
奴は『警備員』として登用したが、今度からはもっと信用を大事にすべきかもしれない。
(でも雑魚を登用してもな……)
「『コレクター』、『レジスタンス』についてですが……」
小野川の声は、隠しきれないほど震えていた。
「時巡優子を捕捉したようです」
「速いね。まあ、このまま新年を迎えても困るけどさ」
「ええ、まあ、そうですね」
……ん?
「……」
「……」
「…………それで?」
「その、追手がですね」
小野川は意を決したように言った。
「最明蓮華、のようでして」
「…………ん?」
最明蓮華。世界最強の?
(飛ばしすぎだろ……様子見とかなさらないんです?)
いや計画全部吹き飛んだんだけど。どうしてくれんだおい。
「し、しかしですね。同時にアジトのおおよその位置も把握しました!」
「先言え馬鹿! 場所は!?」
それが分かれば何とかなる!
「そ、それが奥多摩の山中のいずれかで、正確な場所までは……!」
「必要ない!」
こんな時のため、『ミュージアム』は何時でも動かせるようにしてあるのだ。
館長へ電話を掛ける。
「No.2、No.3を奥多摩へ! 計画通りだ!」
元より奴らの本分は広域殲滅。小細工など不要。全てを滅ぼしてしまえば良い。
「No.5を小野川に渡せ。予定にない貸出? 黙れ殺すぞ!」
電話を切り言った。
「小野川聞いてたな! 何としてでも最明蓮華を足止めしろ!」
「しょ、承知しました『コレクター』!」
これからは時間の勝負だ。
「遊んだ分、きっちり働けよ、本体!」
*
(いやそんな事言われても)
分身の無茶ぶりに私は内心で愚痴った。
横目で岳人を盗み見る。
長時間の運転で疲れているようだった。
次いでバックミラーを確認する。
以前から追跡には気を付けていたが、私は気づかなかった。
(まずは追跡者の炙り出しから、だね)
「岳人、運転変わるよ」
「え、ありがたいが、運転でき――ちょっ、今すぐか!?」
岳人と強引に席を代わり、アクセルを思いっきり踏み抜いた。
「時巡!? 時巡!?」
「大丈夫大丈夫。私に任せなさい」
舗装された道路を抜け、あぜ道へ突っ込む。
後続の車が一台。同じく加速してあぜ道を進んだ。
「……追手か!?」
「Yesだよ! カーチェイスの時間だ!」
「テンション上がってるだろ!」
畑を超え林に突っ込み時には庭を素通りし、カーチェイスは続いた。
「撒いたんじゃないか!?」
「ん、そだ……おお?」
急に車が動かなく、というか浮いてる?
「おいたはそこまでにしましょう」
空中から、その女は降り立った。
オーロラのように移り変わる、極彩色の眼光と足元まで伸びる髪。
「……最明蓮華。お早い到着で」
「……本物、だよなあ」
相手の力量など、見ただけで判る筈がない。
その筈なのに、最明蓮華の圧倒的な存在感が、これが世界の頂だと、確かに信じさせた。
急激な浮遊感と共に、車が落下した。
車から降り、何とかならないものかと思案する。
(……戦ってみるか)
「やるのか?」
「やるでしょ」
案外大したことないかもしれないし。
サイドミラーをへし折り、全力で投擲する。それに岳人が能力を加え、さらに加速させる。
「斥力操作でしたっけ? その程度なら私にもできますが」
サイドミラーは静止することなく、投げた勢いのまま返ってくる。それを弾き飛ばしながら走り出す。
体に異様な負荷がかかった。まるで全身に重りでも着けているようだ。
「動けるのですね。私を上回る、素晴らしいエネルギー量です。ですが」
「あ……」
意識が薄くなる。これは……
「時巡!」
岳人の声が、どうしようもなく遠のく。
「貴方の周囲から酸素を取り除きました。まだ聞こえていると、二度説明せずに済むのですが」
私と貴方の実力差を。薄れゆく意識の中、彼女はそう言っているように聞こえた。
*
遠くの空には灰色のスモッグが轟いていた。
あれはNo.5の能力だろう。足止めの務めを珍しく、真面目に果たそうとしているのだ。
(あと5kmぐらい? この調子だと1分で着くな)
そして私たちは今、最明蓮華の能力により超高速で飛行していた。
「最明さん、最明さん。このままだと私たちあれにぶつかります。明らか怪しいので迂回しましょう」
「いいえ突っ切ります。貴方たちなら大丈夫ですよ」
「無茶苦茶だ……!」
「誰かー! 助けてー! 最明蓮華に殺されるー!!!」
「……ッ!!!」
No.5の能力は広範囲に煙を放出する能力だ。粒子の一粒まで彼女の意思が行き届いており、妨害から探知までなんでもござれだ。
非常に目立つことと、本人のサボり癖が欠点ではあるが、並の能力者では束になっても敵わない。
問題は最明蓮華が並とはほど遠く、そしてあの煙は、鉄以上の硬度にできるということである。
目前に迫った煙の壁に、思わず目をつむった。
衝突はあまりにも静かだった。目前で停止したのではないかと思われる程に。恐る恐る目を開けると、先ほどと変わらず灰色の壁。否、四方全てが煙となっていた。周囲の空気ごと、煙中に潜り込んだのだ。
(最明蓮華の念動力で煙を押しのけている?)
いくらエネルギー量が多くとも、操作精度は特化型が上回る筈だ。それにNo.5は私が選りすぐった能力者だぞ。
(……手を抜いてるわけじゃないだろうな)
そう思わずに、いいや、思いたくなってしまう。これに喧嘩を売ったなど、考えるだけで震えてくる。
「面倒ですね」
しかし、現状の評価すら――
煙が晴れる。
太陽が一瞬顔を見せた。しかし地上にはすぐに大きな影が被さってしまっていた。
一塊になった煙の塊が、巨大な天蓋となって空に浮かんでいるからだ。
「これは……」
「……悪夢だな」
味方であるはずの岳人にすら、信じがたい能力者。
これを倒すには。
(能力そのものを無効化するか、世界を破壊する力をぶつけるより、他にない……)
ならば予定通りだ。何の問題もない。
今、最明蓮華は足を止めているのだから。