目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話「死闘の末に」

 超能力発生装置なるものを支給された。


 中の能力は夢に侵入し、深層心理を操る能力らしい。


 ……複雑な能力だ。

 あたしの能力は触れた相手が最も意識しているものを幻視する能力。頭の上に出てくる。はっきり言って何の役にも立たない能力だ。むしろ邪魔。

 同じ相手の脳に干渉する能力だからと抜擢されたらしいが、身に余りすぎる代物である。


 しかしあまりにも報酬が魅力的だったのだ。


「かんぱーい!」


 真っ当な仕事の十倍はある報酬!

 おかげであたしは今日も彼のお店に顔を出せた。


「今日も良い飲みっぷりだねえ、久美ちゃん?」


 アルク君はいつも通り笑っていた。でもいけないぞ、女の子の名前を間違うなんて。


「もう、私は霧江だよ、誰と間違えたの?」

「え、あれ?」


 彼はビックリするほど慌てていた。そんな姿も絵になるのだから、ちょっとずるい。


「そ、そうだったね、ごめんね霧江ちゃん」

「じゃあチューしてくれたら許してあげる」

「じゃあ、チュー」

「チュー!」


「あははははははははははは」




 ……………………。




「あ、あれ?」


 気が付いたら横になっていた。というか眠っていたらしい。少しぼんやりとしていて――


「え、や! 時間!」


 慌てて時計を見る。遅刻する!?


「……今日土曜か」


 慌てて損した。

 でも一度慌てたせいで、完全に眠気が吹き飛んでしまったらしい。

 顔だけでも洗っておこうと洗面台に向かった。


 洗面台には、当たり前だが鏡がある。


「…………誰?」


 鏡には、一重で、傷んだ茶髪。肌もガサガサの冴えない女がいた。


 どうやら、まだ夢の中らしい。




  *


 夢は現実を侵食し、身も心も塗り替える。


  *




 唇を強く噛みしめ、痛みにより覚醒した。

 夢はガラスが割れるように崩れ去り、目前に居た青木霧江も消滅した。


 代わりに現れたのは、象のような鼻を持つ獣。


 反射的に蹴り飛ばす。それは壁に激突し、棚に置いてあった書類が落ちた。獣は特に堪えた様子もなく四足で立ち上がる。


(……獏、かな?)


 全長は2m半ほどだろうか。顔は人間の面影を残しているが、特徴的にそう呼ばれる生き物だろう。


「『コレクター』、また会えたねえ?」


 そして、あり得ないことだが、これは青木霧江のようだった。


(変身能力? な筈ない。霧江はもちろん、装置の持ち主もそんな能力じゃない)


 悠長に考えている時間はなさそうだった。

 瞼が異常に重いのだ。耐え難い眠気が体を襲う。


(この、体は、もう無理か)


 背に腹は代えられない。この私は破棄し、別の分身を本体へ再設定した。

 意識はクリアになった。改めて思考する。


(眠らせる能力。持っちゃいけない奴が発現しやがった……!)


 おそらくはステージ2。いや、あれのからして、青木霧江はステージ3だ。


 超能力の更なる進化。

 三段目のそれは、副作用を伴うものらしい。


 人間の領域を超えた肉体の変異。


 通常の能力者も、能力に対応するため肉体が変異している。

 火の能力者は火傷をしにくいし、氷の能力者は南極でも半袖で過ごせる。


 だがその変異も、人間の姿を留めたものだ。

 ステージ3ではそのストッパーが外れてしまう。能力が暴走状態になる、らしい。


 私もステージ3を見たのは初めてだ。というか、現代で初めての人間かもしれない。

 それほど希少な存在なのだ。先の副作用も、数少ない実例が皆そうだったからそうなのだろう、程度の憶測だ。


「ショットガンじゃ、無理か……!?」


 しかしステージ3の考察などは後だ。

 あれは私の深部に踏み入った。可及的速やかつ秘密裡に処理しなければならない。


 ステージ2に上がるとエネルギー量も倍増する。ステージ3もきっとそうなのだろう。事実、エネルギー量の多い筈の私が、奴の能力に抵抗できなかった。

 そしてあの巨体。身体能力は当然人間以上だろう。素手ではどうあっても勝ち目がない。


「グレネード、ガトリング、火炎放射器と……」


 武器庫をひっくり返し、有用そうな物を漁っていた手が止まる。

 掘り出したのは、いつか売人が渡したアタッシュケース。


「毒か」


 売人は最明蓮華に使うならこれと言っていた。

 もしかしたら、これが一番有用かもしれない。


(100mだっけ。範囲が広すぎるけど仕方ない)


 私はアタッシュケースを開け、中の筒をポケットに押し込んだ。


(ガスマスクも用意して……良し!)


 私は『コレクター』の居城へと歩を進めた。


(眠りへ落ちる時間は、およそ3分。分身を取り替えながら、可能な限り一人だと思わせる)


 いつかはバレるだろうが、有効打が見つかるまで時間を稼げればそれで良い。


 部屋には異変に気づき、入り込んだ部下が倒れていた。


「やっぱり一人で戻ってきた」


 私は青木霧江に回答せず、火炎放射器のトリガーを引いた。

 業火が部屋全体を覆いつくし、仕込んでいた証拠隠滅用の燃料に引火する。


 洪水のような火から、一足先に廊下へと逃れた。


 騒ぎになった以上この拠点はこうする他ない。第一の証拠隠滅はこれで完了だ。


 火災探知機がけたたましく鳴り響き、スプリンクラーが作動する。当然その程度で鎮火する炎ではなく、怪物もまた、燃え尽きる筈もなかった。


「そっちがその気ならさあ!」


 目立った外傷はなし。表皮に生えた毛が僅かに焦げているくらいか。


 グレネードを投擲し、別の部屋に避難する。

 その間に分身の入れ替えを行い、睡眠時間をリセットする。


「うらあ!」


 青木霧江は壁を難なく粉砕し、私に一直線に迫る。

 ガトリングを起動する。これは航空機に取り付ける物を無理やり手持ちに改造した一品だ。さあ、どうだろうか。


「キャアアアアアア!!!」


 流石に堪えたか。弾丸から逃れようと大きく迂回する。その際側面に向かって打ち込んだが。


(効いてはいるけど、殺しきれるか?)


 頭に当たった弾は頭蓋骨に弾かれていた。腹を狙った攻撃も、どうにも分厚い皮膚に威力を殺されている気がする。


 霧江が逃げた方向から、彼女のではない悲鳴が起きる。

 このビル全てが『コレクター』の物ではない。更に言うなら、外も無人の荒野ではないのだ。もはや騒ぎは止められまい。


「チ」


 ガトリングを抱えたまま、霧江を追う。何にせよ、見失うわけにはいかない。


 眠る人々を尻目に、霧江が開けたであろう階下への穴を飛び降りる。下はドラッグストアだったか。天井の穴以外は、棚に陳列された菓子やら何やらが落ちているくらいで、化け物が通った形跡はない。


「おい」


 私は隅で蹲っていた店員に話しかける。怯えているのは、さて、私か霧江かどちらだろうか。


「ここに怪物が――」


 背後からの衝撃。


(馬鹿な!?)


 首をひねり、その姿を見て驚愕する。

 体の一部が透けていた。巨体を物陰に隠すこともなく、姿を隠していたのだ。


(あんたの能力と全然関係ないでしょ!? この化け物が備えた特性ってこと!?)


 変身能力が、変身した生物の機能を余さず持っているのと同じなのだと理解した。だからあんな姿でここまで来れたのだろう。もう少し考えるべきだった。

 しかしそれが光学迷彩だなんて悪い冗談だが、そういうものとして飲み込むしかない。


(この体は、駄目そうだな……)


 無防備に背中から受けたのだ。どうも脊髄をやったらしく、下半身の感覚がない。壁に顔面を思いっきりぶつけた、というより壁を粉砕したので、ガスマスクも壊れただろう。


「終わりだね、バイバイ!」


 霧江の前足が私の胸を押しつぶす。

 最後の一息で、私は叫んだ。


「お前がな!」


 化学兵器。毒ガスのスイッチを、私は押した。


 毒ガスの放出は凄まじいものだった。

 多分だけど、何らかの超能力を利用したものだったに違いない。そうとしか思えないほど、ガスは速やかに、周囲の生物を殲滅した。


「お、おげぇえ”ァ」


 直近で浴びた霧江は嘔吐しつつも死んではいなかった。事が終わったらクレームを入れておこうか。


(しないけど)


 残念ながら、青木霧江はここに居なかったことになるのだから。


「あ、え、なに、


 霧江は最早立ち上がる気力もなさそうだった。足をがくがくと震わせ、しかし腹が地面から離せない。

 そしてまるで夢でも見ているように呟いたのだ。


 総勢10人の私が、ナイフを手に持つ姿を見て。


 ざくりと傷穴へ向けナイフを突きつける。何度も何度も突き刺し続ける。それも繰り返すと、ナイフの方が先に音を上げた。ナイフの折れた分身は消滅し、次の私に居場所を譲る。


「お姉……」


 霧江が何やらうわ言のようなものを呟いたが、私には耳を傾ける理由がなかった。

 そして、遂に霧江は動かなくなったのだ。




  *




 1999年、今世紀最悪と呼ばれたテロ事件 東京ドーム襲撃から半年も経たずにそれは起こった。

 都心にて毒ガス散布による無差別テロ。被害者は300人を超え、その大体数が死亡したおぞましき事件だ。

 犯人は今なお不明。これといった声明もなく、ただの小規模な実験だったとも噂された。人々の間に漂う重苦しい空気はより一層陰鬱なものへとなっていた。


「『コレクター』だ」


 誰かが囁いた。

 それが真実であることなど、その誰かは知る由もないであろうが。


 だが確かに、『コレクター』を追う者たちの脳裏には、無意識にだが刷り込まれていたのだろう。


「映像を入手した」


 榎木が言った。

 例の毒ガス事件は、一切事前に情報を入手できず、また世間一般と同じように、目的すら不明なままだった。


「監視カメラは破壊されていたはずでは?」


 竜輝が言った。

 街中には多くのカメラがあったが、その全てが破壊されたと、確かにそう聞いていたが。


「これは携帯電話の写真だ。撮ってた奴がいたんだよ」


 逃げもせずとは危機感がない。最も、範囲を考えれば逃げたところで無駄だっただろうが。


「画質は粗いが、これでも本部の連中が見やすくしたもんだ」


 そう前書きして、榎木が写真を机に置いた。携帯電話のカメラ機能だ。それを拡大したのだから、見れたものじゃなかった。だが、それは確かに映っていた。


「これは、変身能力者と、軍人、ですか?」


 そう。そこには確かに巨獣と、巨大な銃を持った人間が佇んでいた。


「軍人ではないだろうな。こんな馬鹿でかいガトリングを採用している軍隊なんて存在しない」


 そして榎木は巨獣の腹、おそらく弾痕を指差した。


「弾痕のあった死体は見つかっていない。つまりこのデカブツは、現場から運ばれた」


 生死は不明だが、残しておくことはできなかったということだ。


「そしてもう一つ。この人間の方はガスマスクをつけている」


 顔には、確かにそれらしきものが見えた。


「……つまり、この人が犯人だと?」

「そうとしか考えられない、それと」


 この現場近くのビルが二棟崩壊している。おそらく一棟はダミー。本命の方にはただの火災では考えられない焼け跡が残されていたのだという。報道されていなかった情報だ。だが、だとすると。


「証拠隠滅。しかし、あまりにも粗すぎる」

「そうだ。だから、これは下手人にとっても想定外であった可能性が高い。そして」


 核心に迫るように言った。


「この辺りは『コレクター』の拠点があったと推察されていた」


 榎木は興奮を隠しきれないようだった。


「これだけの規模、秘密兵器を事故に投入してみせた! そんなことが一構成員に出来る筈がない!」


 写真に爪を立て、穴が開きそうになるほど何度もたたく。


「この女が、『コレクター』であると、本部は推察している!」

「ええと」


 興奮した榎木に若干引きながら、竜輝が言った。


「女なんです?」


 その問いには、今扉を開けて帰宅した成田が答えた。


「そうそう。骨格とかからな。あと榎木さん声でけえって。キャラも崩れてるしさ」


 成田の指摘に、榎木は唸り顔を抑えた。


「……顔洗ってくる」


 ばつが悪そうに、そそくさと榎木は退室した。


「榎木さん、意外と熱血なんですね」

「あの人は『コレクター』に恨みがあるからな。で、どこまで話聞いてたんだ」


 女が『コレクター』だと考えられていることを伝えた。


「そかそか。ちなみに本部には変な能力者が居てな、見ただけで年齢が分かるそうな」


 それは、何とも局所的な能力者だ。どんな能力が役に立つか分からないものだ。


「年齢は、15歳。ま、『コレクター』は年を誤魔化せるみたいだし、参考程度な」


 十年前、『コレクター』が台頭し始めた時期。奇妙な死体が作られたために、そう推測されている。


(だが、それも時を進めるだけ。もしも逆ができないなら、同い年になるのか)


 その黒髪の女を、じっと眺める。


(………………………………まさか)


 生物の時間を進める能力。同い年。黒髪。女。そして、つい先日出会った男とした、時巡のあってはならない疑惑。


(……嘘だ)

「岳人?」


 何も考えたくなかった。

 飛び出し、ただ走り続ける。


 走って走って走って。ありえざる記憶を消耗させる。


「はあ、はあ、はあ」


 息が切れ立ち止まった。記憶の摩耗より、スタミナ切れの方が速かった。

 無意識に走っていたが、帰巣本能とでも云うのか、自分のアパートに着いていた。


「は、はは……」


 思わず笑ってしまう。

 今になって、急に飛び出した言い訳を考えないといけないと、理性的に状況を俯瞰していたからだ。


 ドアノブに手を掛け鍵を差し回す。ドアには鍵が掛かったままだった。締め忘れていたのだ。

 もう一度鍵を回し、ドアを開ける。


「おかえり、岳人」

「時巡……」


 時巡優子が部屋の真ん中に座っていた。


「久しぶり、だな。部屋に来るのは」


 自分でも分かるほど、言葉がぎこちなかった。

 時巡は僅かに首を傾げたが、言及せず手招きする。


「そうかもね。最近は、ちょっと忙しかったからかな」


 何故、とは勿論口にしなかった。

 時巡に促されるまま隣に座る。


 彼女はごろりと転がり、俺の膝に頭を乗せた。


 心臓が止まったかと思った。


「――――最近、昔のことをよく思い出す」


 時巡がぽつりぽつりと語りだした。

 瞼は半場閉じ、微睡んでいるように見える。


「私、妹が居てね。愛って言うんだけど」


 産まれることがなかった妹のことは知っている。彼女の言葉に耳を傾けた。


「私と違ってくせっ毛で、要領が悪くて、止めろって言ってるのにニキビ潰しちゃうどうしようもない妹だったよ」


 散々な言いようだが、そもそも妹は産まれていない。

 だから彼女が語るのは、ありえたかもしれない夢の話だ。


「でも、だからかな。私にとっては目に入れても痛くない大事な子だったよ」


 その気持ちは、俺にも分かる。そして理解できるからこそ、改めて思った。


(時巡は、『コレクター』なんかじゃない。母親も、殺してなんて、いない)


「だから、腎臓の一つくらいあげたって構わない。それで、あの子が幸せになれるなら」


 腎臓?

 一体彼女の中ではどういった設定が練られているのだろうか。


「だから、邪魔をするなら……」


 最後の方は、聞き取ることはできなかった。彼女の瞼は完全に降り、今では穏やかな寝息を立てている。

 慎重に膝とクッションを入れ替え、立ち上がった。

 その時電話がけたたましく鳴った。慌てて電話に出る。


「も、もしもし」


 時巡を起こさないよう、外に出た。


「岳人、落ち着いて聞いてほしい」


 電話先の人物は竜輝だった。

 そうだった。飛び出した言い訳を考えないといけないのだった。


 だが、そんな心配などすぐに吹き飛んだ。


「組織は、時巡さんが『コレクター』だと断定した」


 吹き飛んだ思考の替わりなどなく、ただただ頭が真っ白になった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?