「大した事ないな」
反『コレクター』、仮に『レジスタンス』とでもしようか。それが彼らに対する感想だった。
そもそも圧倒的に人員が足りていない。あくまで急造の組織だということだ。
最明蓮華が属していると聞いた時は血の気が引いたが、所詮は暴力装置でしかない。
「なのに何でまだアリスが捕まってないのかなあ」
現在アリスは『レジスタンス』に保護されている。
動向も分かっているのだ。なのにどうしてか、アリスはのらりくらりと私の手をすり抜ける。
小野川が答える。
「……裏切者、でしょう」
「それ」
私は小野川を指差す。
「アリスに逃げられたのは3度目だよ。そろそろ絞り込みは済むんじゃないかな」
逃げられるたびに、こちらも消耗しているのだ。
少しでも時間を稼がれると、最明蓮華が現れる。その時は尻尾切りして凌ぐしかないのである。
「それは……」
小野川が言い淀む。彼にしては珍しい、が。
「お前は今までよく働いたけど、これ以上の失敗はお前が
「ち、違います! 『コレクター』、決してそのような事は!」
小野川が血相を変えて言った。
「私もそう思う。だから、君に残された選択肢は2つだ」
私は二本指を立て、片方を折り曲げる。
「現状通り、裏切者を探っていく」
もう一本の指を折る。
「もう1つ、『レジスタンス』共を先に潰してしまう。本拠地さえ分かれば、『ミュージアム』が対処する」
裏切者など関係ない。組織の核そのものを潰せば、それでゲームセットである。私としては後者の方が好みですらある。
「ああ、もう一つあるだろうけど。それがどんなに愚かな選択肢か、付き合いの長い君なら分かってるよね?」
私は優しく問いかけたが、彼の顔からは血の気が引いたままだった。
*
時巡小太郎は新宿でその日暮らしをしている。
「ほら、あいつだよ」
ホームレス仲間の男に礼品を渡し、俺はその男に話しかけた。
「時巡小太郎だな?」
その男は、なるほど確かに時巡優子の面影があった。
脂ぎってはいるが、深い黒髪。瞳の色は緑だが、目元は似ている。襤褸を纏わず、清潔にしてスーツでも着ていれば、彼女の横に並ぶ姿が目に浮かぶ。
男は面食らっているようだった。知らない男に名前を呼ばれたら、そうもなるだろう。
「俺は時巡優子の――」
そこまで言った所で、遮られる。「帰ってくれ」と、悲鳴のような金切り声で。
彼は明らかに怯えていた。理由は明白だ。時巡優子という言葉で怯えていたのだから。
「落ち着いてください。俺は彼女の指示で来たわけではありません。むしろ逆です」
自分は味方だと、ゆっくりと言い聞かせる。
続けていくうち、彼は幾分か落ち着いてきたようだった。
(……何なんだ)
決して外には出せない悪態を内心で呟く。
実の娘だぞ。それがどうして、これほど怯える相手となりうるのだ。
「俺は時巡優子を調査しています。彼女の過去について、貴方に話を聞きたい」
「……」
時巡小太郎は押し黙った。
過去に何かがあり、今の彼を形作っているのは分かる。そしてそれが――
「貴方の奥さんの死。その時のことについて、お話して頂きたい」
おそらくは、その時が契機であろうことも。
彼の口を閉ざされたままだ。
もう一つ、俺の言葉が必要だ。
それが何か、確かな証拠はない。だが状況を踏まえれば、推測は十分できた。
だがその言葉は、俺の心が否定する。そんなことが、彼女に限ってはありえないと告げる。
(ただの言葉だ)
ありえない、ありえない。
「その死の真相。事故ではなく、事件の犯人を捕まえるために」
時巡優子が、実の母親と、そのお腹にいた胎児を殺したなど。そんなことがありえて良い筈がないのだ。
*
当時、ただの事故として処理されたことだ。だがそれなりに話題性があると見えて、小さいながらもその記事は存在した。
『階段から転落か。妊娠女性、胎児と共に死亡』
時巡
「女の子だったよ」
時巡小太郎が言った。
「優子……は、おとなしい子だった。夜泣きなんて一度もなかったし、成長してからも、我儘なんて聞いたことがなかった」
「ただ」
彼は身震いした。
「時々、視線を感じるんだ。心底冷えるような、おどろおどろしい視線」
「視線の元には、いつもあの子がいた。そして決まってあの子は視線を逸らしていた」
「あれが勘違いであって欲しかった」
「契機が、妹が産まれれば」
彼の声は震え、涙さえ流していた。
だが、肝心なことがまだ、聞けていない。
「小太郎さん。一体、あの日に何があったのですか」
あの日、彼の自我が限界に達した日。時巡凛明の命日。
「分からないんだ」
その日は、何でもない日だったのだそうだ。
「全部、全部終わっていた。残っていたのは――」
時巡小太郎は、最後絞り出すように「あれだけだ」と言った。
*
「あ、蹴った」
母親が微笑んでいた。
(……うん)
意識は明瞭。最初の私の疑問は、これが
私、時巡優子には2つの人生がある。
超能力のない私と、ある私。前者が真であり、後者が偽。
しかし母親を見ても、判断がつかない。
(はて?)
いや、そんな事はないだろう。
偽物の母親は、もっと不自然な感じではなかっただろうか。
改めて母親を見る。
彼女は膨らんだ腹を愛おしそうに撫でる。そしてこちらへ顔を向けた。
「優子ちゃんも触る?」
だらけた顔だ。警戒心を忘れきった、久しぶりに見た母親の顔。
(記憶通り……でも)
自分の手は、この時からこんなに大きくなかった。
私は当時の姿ではなく、今の私の姿だったのだ。
不自然な状況。だからこれは追憶ではなく、夢だ。
(今更、なんでこんな夢を)
今の私はもちろん、前世の私だって、この平和な世界の延長線上には居ない。
(……だから、せめて、妹だけは。そう考えてたんだっけ)
「
半場強引に、お母さんが私の手をお腹に持っていく。
手がめり込み、吸い込まれるように私は胎内へと落ちていった。
視界がぐるりと回る。
目を開けると、私は外にいた。
公園の出入口。公園と道路の間には階段があり、あまり人通りが多くない。
(何、罪悪感でも感じてるの?)
見下ろした先には、血に塗れた偽物の母親の姿。
万が一ということがあったからだ。
あの胎の中に居るのは、偽物の妹に違いない。
だが、もし私と同じように本物だったら。
それは本物の世界であの子が死んだということになってしまう。
だが産まれてさえいなければ。
この世に生を受ける前ならば、間に合うはずなのだ。
もぞりと、女が動いた。
(糾弾でもするつもり? くだらない。もう一度殺してやるよ)
階段を降りる。そしてどうも、想像とは違っていたことに気が付いた。
動いていたのは、女の股。今、そこから産まれ出でようとしている者がいるのだ。そいつの髪は
(ああ)
そういえば、これは
「『コレクター』が私と同じくらいの女の子だったなんてビックリだよ。ちょっと幻滅」
這い出してきた見知った少女が、羊水に塗れたまま立ち上がる。
「青木霧江……!」
「会いたかったぜ、ベイベー」
既に死んだはずの女が、私の夢に侵入していた。