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第17話「時巡について調べてみました!」

 件の男を倒した後(信じられないことに生きていた。やはり化物)、俺はそそくさとその場を後にした。

 一応はこれで義理を果たしたはずだ。まあ、何だかんだで、また協力が必要なら手伝うのもやぶさかではないが。


 それはさておき。


 遅れに遅れて目的地であるジンギスカン屋に着いた。時刻は午後3時。昼には遅く、夕には早い、営業時間外である。

 電話によれば、勝手に入っていいとのことだったので、扉を開ける。扉に取り付けてあったベルが鳴った。


「いらっしゃーい。遅かったね」


 エプロンを着けた、巻き毛の女が椅子に座ったまま出迎えた。


「すみません。色々あって」

「良いよぉ。どうせ暇だったし」


 座るよう催促する女に従い、対面に座る。


「それじゃあ自己紹介から始めようかな。私は松本まつもと美姫みき。ジンギスカン屋さんでーす」

「俺は十字岳人。今日はありがとう」


「早速だけど」と続けて言う。


「時巡について、知ってることを教えて欲しい」

「んー、事情は華から聞いてるけど、私もそんな詳しい訳じゃないよ? これも伝えたと思うけど」

「構わない。藁にも縋る状態なんだ」

「そ。じゃあ順を追って話そうかあ」


 初めて会ったのは、幼稚園の入園式だ。皆がそわそわと落ち着かない中、1人だけ気だるげにしていたのが印象的だった。

 それから暫くの間、優子は孤立していた。子供ながらに、近寄りがたい雰囲気だったからだ。


「んー、確か、病気なんじゃないかって噂だったかな」

「病気?」

「そ。何かいっつも顔色悪くてねえ。浮いた子だったなあ」


 だから、幼稚園時代ではほとんど関わりがなかった。

 関係が変わったのは、小学校に上がった後だ。ぼこぼこにされて半泣きの優子が、華と一緒に居たのを見つけてからだ。


「いやー、面白かったなあ。それから怪我した2人を治し始めたんだった」


 反応に困る話だった。小鳥遊からは何でもない出会いだったと聞いていたが、そんな事があったとは。

 2人の決闘ごっこ(ごっこ?)はそれからも続いたらしい。時巡が妙に戦いなれている理由が思わぬ形で判明した。


「……そう、なのか。それはそうと、幼稚園では、特に気になることはなかったのか?」

「うー……。そういえば、優子のお母さんが死んだのはその時期だっけ?」

「ああ、2月頃、卒園間近の頃だな。どんな様子だった?」


 それぐらいの時期だと聞いた。

 そうだ、帰ったら当時の新聞でも探してみよう。何か手掛かりがあるかもしれない。


 そして松本美姫が当時の時巡について答えた。


「別に? いつもと同じ、青白い顔だったよ。今考えたらおかしいよねー」


 松本美姫は、「それも優子らしいかな?」と言って笑った。




  *




 結局のところ、無駄足だったのだろうか。

 確かなことは分からず、逆に無くしたはずの疑惑が再浮上してきた。


(母親の死に、何も思わなかったのか?)


 そんな筈はない。

 昔は明らかに顔色が悪かったと言っていたし、もう少し家庭に踏み入れる必要がありそうだが……。


(父親か……)


 残された手掛かりはそれしかない。時巡本人の手を借りるわけにはいかないし、家を張るしかないか。


「それは無理だと思うよ?」


 だが小鳥遊が否定した。


「どうしてだ?」

「優子が父親と仲悪いのは知ってるでしょ? 家にも帰ってないみたいだよ」

「……そこまで深刻なのか?」


 確かに以前そんな話を病院でしていた。

 しかし家に帰らない程とは、尋常ではない。


「何があったんだよ」

「優子は知らないの一点張りだったね。頑固な時はとことん頑固だからね」

「父親に聞くしかないが……」


 小鳥遊は首をすくめて降参の意を示した。これっぽちも心当たりはないらしい。


「……調査、探偵か」

「とうとうプロに頼むんだ。金あんの?」

「ある。伝手もないわけじゃない」


 あまり大事にはしたくないが、こんな所で止めるわけにもいかないだろう。

 俺は携帯を取り出し、アポを取り付けた。




  *




 時巡優子とやらの、父親の所在を調べるだけの簡単な依頼だ。


 旧友からの久々の依頼はすぐに解決しそうだった。

 閑古鳥が鳴く探偵事務所、その主はほくそ笑んだ。


 父親の名前は時巡小太郎。5年前まで水道局に勤めていた男だ。

 だがそれ以降の足取りは掴めなかった。探偵の笑顔も消えた。


 退社の理由は不明だったが、退社直前の様子を聞き込みしたところ、精神疾患の類であろうことが予想された。しかし通院していた様子もなく、やはり足取りは掴めない。


(こりゃあ、どっかでおっ死んでるんじゃねーかね)


 となれば樹海でも探すか?

 自嘲して益体もない考えを振り払った。5年ものの仏さんじゃあ本人確認も出来やしない。


(こうなりゃあ、次の当てが外れたら適当に死人を仕立て上げるか)


 と、依頼を流す決意を固めたところで、最後の抵抗である手掛かりに視線を向けた。


 そこに居るのは時巡優子。目標の娘だ。


 依頼者からは時巡優子には感づかれないように、とのことだったので、直接には接触しない。しかし彼女ならば知っているだろう。仮にも親子なのだ。


 時巡優子は学校から帰宅する際、真っすぐに家には帰らず、近くの商店街に繰り出した。1人暮らしとのことだし、買い物をしてから帰るつもりなのだろう。

 時巡優子はふらりと骨董品店に入った。狭い店だ。一緒に入るわけにはいかない。店の外で待機していたが、10分経っても出てこなかった。


 まさか、と思い店に入ろうと足を進めた時、背後から声を掛けられた。


「お前、何者?」


 そこに居たのは、時巡優子だった。


「あそこの店主とは顔見知りなんだ。だから裏口から出させてもらったよ」


 背後に回っていた理屈は、ご丁寧にも説明してくれた。

 そして言外に、尾行に気がついていたとも告げられたのである。


「俺は探偵で、ある人の依頼であんたの父親を探していたんだ。それだけだ、本当だ」


 あまりにも鋭い眼光に、命の危機を察した口は速やかに目的を告げた。商売柄後ろめたい連中とも絡むことはあるが、これほど冷や汗をかいたのは産まれて初めてだった。


「ふうん。で、誰の依頼?」

「そ、それは……」


 口をつぐむ。命は惜しいが、これでも探偵としての矜持ぐらいは持っていた。自分でも驚きの事実だ。


 時巡優子は1つ舌打ちをした後、素早く周囲を見渡した。


「まあ、いいでしょう」


 そう言って、時巡優子はいくらか雰囲気をやわらげた。そしてようやく、ただの女子高生が本職にも勝る殺気を放った事実に慄いた。


「言っておくけど、私も父の行方なんて知らないよ。だから鬱陶しい真似は辞めてよね」

「そ、そうか。ご丁寧にありがとな。じゃあ帰らせてもらうわ」


 今日の事は胸に秘めておこう。そして金輪際あれに関わるまい。

 そう心に決めて、帰路に着いた。




  *




「嘘はなかったんだよね?」

「ええ、間違いなく」


 私は骨董品店に戻り、店主に再度確認した。


 この男は嘘を探知する能力を持っている。

 そのせいで私が『コレクター』だと知られたわけだが、殺さなかったのは英断だったに違いない。


「どう思う? 正直私は混乱してるけど」

「そうですねえ。私も同感ですので、No.6に相談してみては?」

「……まあ、どっちでも良いならあいつに聞いてみるのも良いか」


 誰が、何故、私の父親を探しているのか見当もつかなかった。

 私はてっきり最近所属することになった『ミュージアム』関連の探りかと思った。万が一私が『コレクター』だとバレたのなら最悪だったが、それはないようで安心した。


 相談は本体に任せれば良いだろう。私はそのまま帰路に着いた。




 そして本体である私はNo.6の近場の分身を本体に変え、彼のバーに足を踏み入れた。

 変装を解き、椅子に腰かける。


「やあ優子。まだ店は開いてないけど、君のためならすぐに用意するぜ」

「未成年だからジュースで良いよ」


 判断力が落ちるので私は酒は飲まない。

 彼は私の適当な理由に相槌を打ち、グラスへオレンジジュースを注いだ。


 この男もまた、時巡優子が『コレクター』だと知る人物だ。しかも私が2つの能力を持っていることすら看破した。

 その真実に至った根拠などなかった。彼の驚異的な超能力かんに依るものだ。だから私は彼の能力を信じざるを得なかったが、やはり何の根拠も示せない予言など当てにはできない。

 なので彼を頼るのは、重要度が低かったり、他にどうしようもない神頼みの時ぐらいだ。


 私は今日会った探偵について話した。


「気にしなくて良いんじゃない?」

「あんたがそう言うならそうかもしれないけど、気になるじゃん」


 彼は気にするなと言うが、私もこのままでは寝つきが悪くなりそうだ。


「俺が思うに、個人的な理由だと思うぜ? 優子の正体じゃなくて、優子自身に興味があるのさ」

「私自身? なるほど、その線があるか」


『コレクター』とは関係がなく、私自身に興味がある人物。かつ探偵を雇うような発想を持つとしたら、岳人か?


(理由は分からないけど、私について探るなら、美姫にも話を聞いている可能性があるか?)


 私は久々に美姫に連絡を取り、そして最近岳人に会ったことを突きとめた。

 当たりだ。後は理由だけど……何だろう、全く分からない。


「言ったろ」


 No.6が言った。


「優子自身に興味があるのさ。モテると大変だよな、お互い」

「……あんたモテるの? でも、まあ、それなら良いけど、いや良くないな。後ろめたいこといっぱいあるし」


 対策が必要だが、大々的に駒は動かせない――


「――そういえば、No.3を倒したのも岳人だったな」


 あの馬鹿は無事回収できたが、部下を動かす理由にはなる。

 岳人には別のことに頭を悩ませてもらうことにしよう。


「No.6。君護衛欲しいって言ってたよね?」

「最近物騒だしな、戦うのも苦手だし」

「うん、じゃあ『警備員』の面接を始めよう」


 面接方法は、勿論戦闘だ。


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