件の男を倒した後(信じられないことに生きていた。やはり化物)、俺はそそくさとその場を後にした。
一応はこれで義理を果たしたはずだ。まあ、何だかんだで、また協力が必要なら手伝うのもやぶさかではないが。
それはさておき。
遅れに遅れて目的地であるジンギスカン屋に着いた。時刻は午後3時。昼には遅く、夕には早い、営業時間外である。
電話によれば、勝手に入っていいとのことだったので、扉を開ける。扉に取り付けてあったベルが鳴った。
「いらっしゃーい。遅かったね」
エプロンを着けた、巻き毛の女が椅子に座ったまま出迎えた。
「すみません。色々あって」
「良いよぉ。どうせ暇だったし」
座るよう催促する女に従い、対面に座る。
「それじゃあ自己紹介から始めようかな。私は
「俺は十字岳人。今日はありがとう」
「早速だけど」と続けて言う。
「時巡について、知ってることを教えて欲しい」
「んー、事情は華から聞いてるけど、私もそんな詳しい訳じゃないよ? これも伝えたと思うけど」
「構わない。藁にも縋る状態なんだ」
「そ。じゃあ順を追って話そうかあ」
初めて会ったのは、幼稚園の入園式だ。皆がそわそわと落ち着かない中、1人だけ気だるげにしていたのが印象的だった。
それから暫くの間、優子は孤立していた。子供ながらに、近寄りがたい雰囲気だったからだ。
「んー、確か、病気なんじゃないかって噂だったかな」
「病気?」
「そ。何かいっつも顔色悪くてねえ。浮いた子だったなあ」
だから、幼稚園時代ではほとんど関わりがなかった。
関係が変わったのは、小学校に上がった後だ。ぼこぼこにされて半泣きの優子が、華と一緒に居たのを見つけてからだ。
「いやー、面白かったなあ。それから怪我した2人を治し始めたんだった」
反応に困る話だった。小鳥遊からは何でもない出会いだったと聞いていたが、そんな事があったとは。
2人の決闘ごっこ(ごっこ?)はそれからも続いたらしい。時巡が妙に戦いなれている理由が思わぬ形で判明した。
「……そう、なのか。それはそうと、幼稚園では、特に気になることはなかったのか?」
「うー……。そういえば、優子のお母さんが死んだのはその時期だっけ?」
「ああ、2月頃、卒園間近の頃だな。どんな様子だった?」
それぐらいの時期だと聞いた。
そうだ、帰ったら当時の新聞でも探してみよう。何か手掛かりがあるかもしれない。
そして松本美姫が当時の時巡について答えた。
「別に? いつもと同じ、青白い顔だったよ。今考えたらおかしいよねー」
松本美姫は、「それも優子らしいかな?」と言って笑った。
*
結局のところ、無駄足だったのだろうか。
確かなことは分からず、逆に無くしたはずの疑惑が再浮上してきた。
(母親の死に、何も思わなかったのか?)
そんな筈はない。
昔は明らかに顔色が悪かったと言っていたし、もう少し家庭に踏み入れる必要がありそうだが……。
(父親か……)
残された手掛かりはそれしかない。時巡本人の手を借りるわけにはいかないし、家を張るしかないか。
「それは無理だと思うよ?」
だが小鳥遊が否定した。
「どうしてだ?」
「優子が父親と仲悪いのは知ってるでしょ? 家にも帰ってないみたいだよ」
「……そこまで深刻なのか?」
確かに以前そんな話を病院でしていた。
しかし家に帰らない程とは、尋常ではない。
「何があったんだよ」
「優子は知らないの一点張りだったね。頑固な時はとことん頑固だからね」
「父親に聞くしかないが……」
小鳥遊は首をすくめて降参の意を示した。これっぽちも心当たりはないらしい。
「……調査、探偵か」
「とうとうプロに頼むんだ。金あんの?」
「ある。伝手もないわけじゃない」
あまり大事にはしたくないが、こんな所で止めるわけにもいかないだろう。
俺は携帯を取り出し、アポを取り付けた。
*
時巡優子とやらの、父親の所在を調べるだけの簡単な依頼だ。
旧友からの久々の依頼はすぐに解決しそうだった。
閑古鳥が鳴く探偵事務所、その主はほくそ笑んだ。
父親の名前は時巡小太郎。5年前まで水道局に勤めていた男だ。
だがそれ以降の足取りは掴めなかった。探偵の笑顔も消えた。
退社の理由は不明だったが、退社直前の様子を聞き込みしたところ、精神疾患の類であろうことが予想された。しかし通院していた様子もなく、やはり足取りは掴めない。
(こりゃあ、どっかでおっ死んでるんじゃねーかね)
となれば樹海でも探すか?
自嘲して益体もない考えを振り払った。5年ものの仏さんじゃあ本人確認も出来やしない。
(こうなりゃあ、次の当てが外れたら適当に死人を仕立て上げるか)
と、依頼を流す決意を固めたところで、最後の抵抗である手掛かりに視線を向けた。
そこに居るのは時巡優子。目標の娘だ。
依頼者からは時巡優子には感づかれないように、とのことだったので、直接には接触しない。しかし彼女ならば知っているだろう。仮にも親子なのだ。
時巡優子は学校から帰宅する際、真っすぐに家には帰らず、近くの商店街に繰り出した。1人暮らしとのことだし、買い物をしてから帰るつもりなのだろう。
時巡優子はふらりと骨董品店に入った。狭い店だ。一緒に入るわけにはいかない。店の外で待機していたが、10分経っても出てこなかった。
まさか、と思い店に入ろうと足を進めた時、背後から声を掛けられた。
「お前、何者?」
そこに居たのは、時巡優子だった。
「あそこの店主とは顔見知りなんだ。だから裏口から出させてもらったよ」
背後に回っていた理屈は、ご丁寧にも説明してくれた。
そして言外に、尾行に気がついていたとも告げられたのである。
「俺は探偵で、ある人の依頼であんたの父親を探していたんだ。それだけだ、本当だ」
あまりにも鋭い眼光に、命の危機を察した口は速やかに目的を告げた。商売柄後ろめたい連中とも絡むことはあるが、これほど冷や汗をかいたのは産まれて初めてだった。
「ふうん。で、誰の依頼?」
「そ、それは……」
口をつぐむ。命は惜しいが、これでも探偵としての矜持ぐらいは持っていた。自分でも驚きの事実だ。
時巡優子は1つ舌打ちをした後、素早く周囲を見渡した。
「まあ、いいでしょう」
そう言って、時巡優子はいくらか雰囲気をやわらげた。そしてようやく、ただの女子高生が本職にも勝る殺気を放った事実に慄いた。
「言っておくけど、私も父の行方なんて知らないよ。だから鬱陶しい真似は辞めてよね」
「そ、そうか。ご丁寧にありがとな。じゃあ帰らせてもらうわ」
今日の事は胸に秘めておこう。そして金輪際あれに関わるまい。
そう心に決めて、帰路に着いた。
*
「嘘はなかったんだよね?」
「ええ、間違いなく」
私は骨董品店に戻り、店主に再度確認した。
この男は嘘を探知する能力を持っている。
そのせいで私が『コレクター』だと知られたわけだが、殺さなかったのは英断だったに違いない。
「どう思う? 正直私は混乱してるけど」
「そうですねえ。私も同感ですので、No.6に相談してみては?」
「……まあ、どっちでも良いならあいつに聞いてみるのも良いか」
誰が、何故、私の父親を探しているのか見当もつかなかった。
私はてっきり最近所属することになった『ミュージアム』関連の探りかと思った。万が一私が『コレクター』だとバレたのなら最悪だったが、それはないようで安心した。
相談は本体に任せれば良いだろう。私はそのまま帰路に着いた。
そして本体である私はNo.6の近場の分身を本体に変え、彼のバーに足を踏み入れた。
変装を解き、椅子に腰かける。
「やあ優子。まだ店は開いてないけど、君のためならすぐに用意するぜ」
「未成年だからジュースで良いよ」
判断力が落ちるので私は酒は飲まない。
彼は私の適当な理由に相槌を打ち、グラスへオレンジジュースを注いだ。
この男もまた、時巡優子が『コレクター』だと知る人物だ。しかも私が2つの能力を持っていることすら看破した。
その真実に至った根拠などなかった。彼の驚異的な
なので彼を頼るのは、重要度が低かったり、他にどうしようもない神頼みの時ぐらいだ。
私は今日会った探偵について話した。
「気にしなくて良いんじゃない?」
「あんたがそう言うならそうかもしれないけど、気になるじゃん」
彼は気にするなと言うが、私もこのままでは寝つきが悪くなりそうだ。
「俺が思うに、個人的な理由だと思うぜ? 優子の正体じゃなくて、優子自身に興味があるのさ」
「私自身? なるほど、その線があるか」
『コレクター』とは関係がなく、私自身に興味がある人物。かつ探偵を雇うような発想を持つとしたら、岳人か?
(理由は分からないけど、私について探るなら、美姫にも話を聞いている可能性があるか?)
私は久々に美姫に連絡を取り、そして最近岳人に会ったことを突きとめた。
当たりだ。後は理由だけど……何だろう、全く分からない。
「言ったろ」
No.6が言った。
「優子自身に興味があるのさ。モテると大変だよな、お互い」
「……あんたモテるの? でも、まあ、それなら良いけど、いや良くないな。後ろめたいこといっぱいあるし」
対策が必要だが、大々的に駒は動かせない――
「――そういえば、No.3を倒したのも岳人だったな」
あの馬鹿は無事回収できたが、部下を動かす理由にはなる。
岳人には別のことに頭を悩ませてもらうことにしよう。
「No.6。君護衛欲しいって言ってたよね?」
「最近物騒だしな、戦うのも苦手だし」
「うん、じゃあ『警備員』の面接を始めよう」
面接方法は、勿論戦闘だ。