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第16話 北の大地へ

 時巡優子は幼い頃に母を失っている。

 理由は小鳥遊にも分からないそうだ。彼女が出逢った頃には既に亡くなっており、父との関係もどこかぎこちなかったそうだ。


美姫みきちゃんなら、何か知ってるかも」


 彼女達の中学までの同級生であり、時巡とは幼稚園から同じだったらしい。中学二年生の折、北海道に転校したのだとか。


「ええ、と。そう、このお店だよ」


 何でも親が脱サラしてジンギスカン屋を始めたのだとか。幸いにも、情報誌に載る程に繁盛しているらしい。小鳥遊が本屋で見せた雑誌には、ジンギスカン特有の鍋に、食欲をそそる肉と、もやし中心の野菜が盛り付けられていた。


「連絡はもう取ってないのか?」

「あの時は携帯無かったし、色々ごたついてたみたいだからね、ないよ」

「そうか、じゃあこの情報誌だけが頼りになるのか」


(……電話、じゃ少し聞きづらいな)

「まさか岳人」


 小鳥遊が信じられないものを見るような顔で言った。

 そのまさかである。


「ああ、北海道に行く」

「ええ……」


 そうとなれば善は急げである。

 絶句する小鳥遊を尻目に、俺は情報誌をレジへと持っていった。




  *




 千歳空港に降り立った俺に、声をかける女が居た。


「おっスー、岳人、久しぶりだね!」

「何で居るんですか、ユリさん」


 その人は今も東京で業務に就いている筈の年齢不詳、自称肉体年齢18歳のユリさんだった。


「左遷されたんだよぅ。色々あってねえ」

「そうですか。高橋所長はやっとユリさんから解放されたんですね」

「そうだねえ、今頃バカンスを楽しんでるんじゃないかな」

「バカンスって、この忙しいだろう時期に」


 なにせ『コレクター』と呼ばれる悪党が絶賛暴れている最中なのだ。公僕が休んでいる暇などあるのだろうか。


「ま、今まで頑張って来たし、それぐらいは許されるべきだよ。そう言う岳人君は学校サボって旅行かな?」

「いや……まあ、そうです。俺だって頑張って来たでしょう?」


 完全な私情だし、バカンスと言えばバカンスだろう。


(でも態々着陸時間に合わせて来たぐらいだし、事情は知っているんだろうな)


 一体どういう情報網を持っているのだろうか。だが厄介事を押し付けてくるだろうことは容易に想像もできた。

 俺はどんな顔をしていたのか、少なくとも内心が透けていたのだろう。ユリさんは意地悪い顔で言った。


「バカンスを堪能するなら、もうひと踏ん張りしてからだよ。さ、行こうか」


 俺がもう部外者等という常識は、彼女の中では存在しないのだろう。当たり前のように俺の手を引き、車へと押し込まれた。




  *




 2時間ほどのドライブを終え、ようやく車から降ろされた。だがそこが目的地ではない。これから先は車が使えないだけなのである。


「さあ、山登りの時間だよ!」

「いや、ユリさん。俺そんな装備持ってないですけど」

「ちょっとだからへーきへーき」


 そう言ってユリさんは、山道を逸れ歩き出した。これは本格的に命の心配をする必要があるかもしれない。


「そろそろ事情を話して欲しいんですけど、せめて」

「あーん? 仕方ないなあ」


 不承不承に語るには、山火事が起こったのだそうだ。

 雪山で火事。どういうことかと詳細を尋ねても、見れば分かるの一点張りだった。


 恐ろしいことに日が暮れ始めたころ、ようやく目的地に着いた。後先考えず逃げるべきだったという思考は、すぐさま隅に追いやられる。それほどの光景だったのだ。


 山火事等という表現は不適切だ。確かに木々は黒焦げで炭化しているけれど、それは外周部だけ。中心部には抉れた地面だけが顔を覗かせていた。

 直径100mはあろうかというその窪みは、クレーターそのものだった。


「おやユリさん、おかえりなさい……ってその少年は?」

「ただいまマー君、これは私の助手です」

「助手て、部外者連れてきちゃ駄目じゃないですか……」


 マー君と呼ばれたその男は、20代頃だろうか。線の細い体に、気弱な風体を隠しきれない男だった。


「あー、君。ユリさんに無理矢理連れてこられたんだろう。今日はもう遅いから泊まるとして、明日はちゃんと帰るんだよ」

「すいません。ご迷惑をおかけします」

「いや、君は悪くないからそう畏まらないで」


 以心伝心とはこのことか。きっとテレパシー持ちなのだろう。そうとしか思えない程スムーズに現状が伝わったようだ。単純にユリさんが迷惑大王なだけかもしれない。


「何さあ、私が悪いのかよ」


 悪いに決まってんだろ。

 面倒ごとを避けるように、俺達は内心でツッコミを済ませた。




  *




 簡易テントには都合よく一人分の余裕があった。全部ユリさんが悪いのだろう。


「それで、結局あれは何なんですか?」


 視線をクレーターに向ける。態々雪山で寝泊りしている程の異常事態だ。巻き込まれたからには、少しぐらい事情が知りたかった。


「あー……。正直ね、僕らもあれの事情を全く知らないんだ」


 マー君こと前田さんが言うには、管理者から通報を受け駆けつけた時には、もうあの状態だったらしい。

 突如として(それこそ隕石が落ちるよりも唐突に)あれは出来上がったらしい。


「……能力者、なんてことがありえるんですか?」

「可能性は、ゼロじゃないよ。正直僕は、某国が開発した新兵器だと睨んでいるけどね」

「確かにそっちの方が現実的かもですね」

「いやそれなら何でここなんだよ。自分の国でやるだろ」


 そう言って笑うのは、林さんである。こちらは前田さんとは対照的に、大柄で大雑把な人だった。


「ははは、どっちにせよ迷惑千万だね」


 中性的な女性である田村さんが同意を示し、現状を笑いあう。


 いずれの3人も署内では若手であり、雪山に泊まるという貧乏くじを押し付けられた同士である。


「ああ、さぶさぶ。みんな楽しそうだねえ」


 トイレから帰還したユリさんが焚き火の前にしゃがみ込む。

 手をこする様子は、何というか、妙に年寄りくさかった。

 そして恐れを知らぬ田村さんが口にする。


「ユリさんは節々が痛む年頃だろう。無理をしたら駄目だよ」

「いい度胸してんじゃん。心配ご無用そんな年齢はとっくに過ぎてますぅ」


 ぶつくさと文句を言う様はやっぱり年寄りくさかった。

 ユリさんにはどうにも頭が上がらなかったが、彼女に勝てる相手が居ることを知れたのが、今日の何よりの収穫だったに違いない。


 そして眠りにつき、凍え死にすることなく夜を越えて、朝食の準備中、それは起こった。


 耳を潰さんとばかりの爆音。地を揺らす振動。明らかな異常事態。


「な、何だあ!? 空爆か!?」

「さあね! でもと無関係ということもないだろう!」


 空は快晴。林さんが言う敵襲ではないだろう。田村さんが示す通り、このクレーターは無関係ではあるまい。

 いや、そんな事はどうでも良い。


(今は……!)

「よっしゃ! じゃあ私先に行ってくるぅ!」

「ユ、ユリさん単独行動は! まずは本部に連絡して応援を!」

「おっしゃ前田任せた! 田村、十字、ユリさんに続くぞ!」

「林さぁん!?」


 前田さんに任せ、俺も駆けだす。


「2人とも、乗れ!」


 林さんは、言い終える頃には全身を白い毛で覆った、大柄なばんえい馬へと姿を変えていた。

 変身能力。しかしその巨体ながら、途轍もない速度で駆ける林さんに乗り、途中ユリさんを回収して現地へと辿り着いた。

 未だ黒煙がくすぶり、地面は冬とも思えない熱気を吐き出していた。


 そして、そこに居たのはたった一人の人間。


「おお、でっけえ馬」


 雪山をなめ切ったTシャツとジーンズ。燃え盛るような赤髪の男。

 そして、見覚えのある巨大な筒。


「お前がこれやったのか?」

「喋ったあ!? ……あ、そっか変身能力か。焦って損したぜ」


 特に緊張を感じさせない男は気前よく「そうだ!」と回答した。


「それじゃあ、事情を聞かせて貰えるかな」

「あー、それは意味ないだろ」

「どうしてだい? 理由次第では許されるよ。うちは柔軟だからね」

「いや、そうじゃねえ。目撃者は消せって言われてるから、事情なんて聞いても意味ないって話」


 事も無げに、男は言った。

 絶句する俺達に、更に男は言葉を続ける。


「『ミュージアム』が展示No.3『極小恒星フレア』。修行の成果を見せてやるよ!」


 言葉と共に、火球が放たれる。流石にそれは問題にならない。だが俺は注意を促した。


「あいつが背負ってるのは、超能力発生装置だ! あいつは能力を2つ使える!」

「あれが……!」

「ていうか『ミュージアム』って言った!? ちょっとやばいかもね! 突っ込んでくる!」


 そう言ってユリさんは、止める間もなく飛び降り、宣言通り真っすぐ男へ向かった。


「こいやあ」

「よし行くぜ! ファイヤーーボール!」


 先ほどと同じ火球を放たれ、あろうことかユリさんは正面から受け、そして押し切った。


「お、ナイスパワー!」

「死ぬほど痛かったからお返しするね!」


 実際、常人ならば死んでいただろう。不老不死。そのステージ2である超再生能力が故に可能な特攻だ。


(これであいつは何らかの手札を切る筈)


 だが、男はユリさんの拳を、防御すらせずに受けた。

 その意外な行動に、真っ先に口を動かしたのは男自身である。


「あ? 何だ大したパワーじゃねえな。じゃあ火がシケてただけか」


 ユリさんは一度大きく後退すると、困り気に言った。


「結構いいパンチだったと思うけど。防御系の能力持ち?」


 何らかの硬化能力。そう考えるのが自然だった。

 だが、この男は、この巨大なクレーターを作り出した男である。


「いや発火能力だろ。目玉めんたま付いて……、あ、これかあ」


 そう言って、男は背中の装置を思い出したかのように触った。


「そりゃあ勘違いするよな、悪かった。こっちも俺も、同じ発火能力だよ」

「同じ? 何で?」

「火力の調整用に、練習だな。でも上手くいかねえな。あんなシケた火しか出せねえ」


 肉体の強さは、持っている超能力エネルギーに比例する。

 もしも本当に発火能力しかなく、男の肉体が専用の能力に比重する頑強さを持つのなら、奴が持つエネルギー、ひいては能力も――


「よし! じゃあ俺の炎を見せてやるよ!」


 発火能力の域を越えた――


「いくぜ! これが俺の! 最小火力だ!」


 ――惑星規模の力太陽フレアに迫るという事なのか。




 空が、業火で埋め尽くされた。




「危ないところでしたね」


 死んだと思ったその瞬間、森の中に居て、目の前には前田さんが居た。


「こ、ここは?」

「近くの森です。僕の瞬間移動では100mほどしか移動できませんが、何とか間に合いましたね」


 瞬間移動。

 比較的知名度があるが、実際に見るのは初めてだ。彼は謙遜するが、100mも連れを連れて移動できるなら十分だろう。


「このまま逃げてしまおう。あれは私たちの手に負える相手じゃない」

「癪だが、その通りだな。見つかる前にとっとと「いや、逃がさねえよ?」


 背後には、既に男が立っていた。

 この数秒で、正確にこちらを捕捉し、忍び寄る。やはり常人の身体能力ではない。


「あ、変な気を起こすなよ。ばっちり会話は聞こえてたからな、瞬間移動は100mが限界なんだろ?」

「っ……! ですが、あの炎を避けるぐらいならできますよ……!」

「あの程度ならな。でも言ったろ。最小火力だって。俺だってむやみやたらに燃やしたい訳じゃないのよ」


 確かに男は言っていた。最小火力だと。そして、背の発火能力は火力の調整、練習用だと。


(鵜呑みにするわけにもいかないが……)


 無視して背を向けるのは、あまりにもリスキー過ぎた。男が嘘をついているようにも思えないのだ。


「じゃあ何か。黙って俺達は焼け死ねってことかい」

「あー……、どうすっかなあ。そんなこと言ったらお前たち逃げるだろ?」


 男は呑気に頭を掻いていた。そして「そうだ」と名案かのように言った。


「俺は能力を使わない。それなら多少は勝ち目もあるだろ」

「は?」


 返事をする間もなく、男は装置を降ろした。それが意思表示だと言わんばかりである。


「作戦タイムいいかな?」

「いいぞ。じゃあ俺耳塞いでるから」


 田村さんの馬鹿げた提案に、男は快く同意した。そして耳に指を思いっきり差し込んでいた。流石にあれでは聞こえないだろう。というか痛くないのだろうか。


(……ちょ、調子が狂う!)


 だが提案者の田村さんとユリさんは特に気にした風もなく、作戦会議を行うようだった。


「ぶっちゃけカッチカチだったから、物理じゃ難しいと思うよ」

「うん、確かにあの熱量を生み出すエネルギーならカッチカチだろうね。マー君はこう、瞬間移動の応用で、空間をねじ切れたりできないかな?」

「む、無茶言わないでくださいよ。そんなの出来ませんって」


 どうやらこの間抜けな会議が一番現実的な対策になってしまうようだ。俺は観念して会話に混ざることにした。


「応援呼んだんですよね。それが来るのはどれくらいですか?」

「早くても3時間だろうな。耐久戦は現実的じゃないだろ。スタミナだって向こうが上だ」

「うん、どうだろう。このまま作戦タイムを3時間やらせていただくのは」

「流石にそれは無理でしょ。ていうか応援来たら能力使われない?」

「いざとなったら使うでしょうね。なら倒すにしても、負けを悟られないように倒す必要がありそうですね」

「そ、それは可能なんでしょうか?」

「無理だろうね。そこは賭けよう。相手の単純ばかさに」

「……マジかよ。でもそれしかねえのか?」


 そもそも現状が相手の好意に甘えているようなものである。不甲斐ないが、最後まで相手に甘える他ないだろう。こちらもスポーツマンシップに則り正々堂々と戦うが、それは相手が誰であれ同じである。そう誓ったからだ。


「とりあえず、能力を教えて欲しいです。俺は引力と斥力を操れます」

「私は知ってると思うけど、不老不死だよ。ていうか岳人、ちょっと見ない間にステージ上がったの?」

「ええ、まあ」

「マジかよ。ステージ2が2人とか、最強の部隊じゃねえか? あ、俺は見ての通り変身能力だ。身体能力には自信があるが、俺が突っ込んでみるか?」

「それは向こうのパワーを見てからにしよう。わたしの能力は水の操作だ。生成も出来るけど、雪も操作対象だから、必要なさそうだけどね」

「僕の能力は瞬間移動です。先ほども言いましたが、全員を移動できるのは100mが限界です。人数が減ればもう少し伸びますが」

「ユリさん抜かせばどのくらいです?」

「150mほどでしょうね。相手の出力が分からない以上、やはり無理はできないでしょう」

「ちょっと君たち? なんで私を見捨てる前提なのかな? そんな事したら末代まで祟るよ?」

「俺達が末代にならなきゃいいけどな。ま、最悪ユリさんが生き残るから何とかなるだろ」

「私はこれ以上死に別れは嫌なんだよなあ。というわけで君たち頑張りなさいよ」

「うん、わたしも死ぬのはごめんだから頑張るのは賛成だ。具体的にはどう頑張ろうか」

「攻撃性が高いのは、岳人と林の能力じゃない?」

「善処はしますが、作戦は?」

「……頑張る?」

「せめて疑問形はやめてくれねえかなユリさん」

「じゃ、じゃあ、僕と田村さんでサポートするので、お二人が攻撃というのはどうでしょう」

「……まあ、ないよりましか」

「私は?」

「肉壁」

「酷くない? みんな私に対する敬意が不足してるよ」

「よし、まとまったところで戦いに行こうか。頑張ろう」

「はぁ~~~~~。しょうがないなガキどもめ」


 そして林さんと俺、ユリさんが前に出る。

 男が耳から手を引き抜き言った。


「準備終わったか?」

「おお、待たせたな。んじゃ、早速行かせてもらうぜ」


 蹄を響かせ、林さんが一息で間合いを詰めた。巨体を持ち上げ、前足を勢いよく振り下ろす。

 常人ならばミンチになる一撃。だが、男は落ちてきたボールを掴むような仕草で、右手で受け止めようとする。


(――今!)


 重力場を生成。必殺の一撃を、更に強化する。


 大地が揺れ、周囲に積もった雪がどさりと落ちる。


「お?」


 男は声を漏らす。

 だがその程度。一切ポーズを変えず、その一撃を受けきって見せたのだ。


「少し痺れたぜ。じゃあこっちの番だな!」


 左手を握り拳へと変える。それは、きっとどんな兵器よりも恐ろしい凶器だろう。

 しかし 田村さんが雪を操り視界を塞ぐ。


「よ、と!」

「うわ、目に雪が」


 男は呑気にも手で雪を払う。明らかに油断しているが、戦力差を考えればそれも当然か。しかしどうしたものか。


「岳人君」


 前田さんが小声で話しかけてくる。


「ゲートを設置しようかと。何とか潜らせられないかな」


 エネルギー差の問題で、直接の転移は難しいが、ゲートを作成し潜らせることは可能という事か。

 しかしこちらもエネルギー差がありすぎて、能力を直接作用させることは難しい。


(斥力操作は座標指定では使用できない。しかし重力操作では動かすことは出来ない)


 俺の能力は、基本的には止める能力だ。ステージ2により斥力操作が可能になってからは、能動的に動かすことが出来るようになったが、相手が相手だ。


(……それでも、俺の能力なら。やはり斥力操作を軸に考えるべきか)


 小石を拾う。これを射出してみるか。


「前田さん」

「よし、行くぞ」


 男の背後の空間が歪む。そして空模様が映し出された。上空に広がる疎らな雲と同じ景色だ。

 俺は小石に限界までエネルギーを注ぎ、反発力を発生させる。


 弾丸もかくやと思われる速度で射出される。それは狙い違わず男の額に命中し、しかし命中と共に砕け散った。


「痛ってぇな」


 その程度の攻撃。後退させるどころか、薄皮一枚破けない。


(駄目、か)


 やはり基礎能力に差がありすぎる。これは、本格的に不味いかもしれない。


「少しはやれるやつがいたか?」


 男と目が合う。一瞬の弱気が隙となり、強烈な死の風が胸に入り込んだ。凍えた体が硬直する。


「はい、ぼさっとしない!」


 突き飛ばされる。突き飛ばしたユリさんが入れ替わるように俺のいた場所に滑り込み、そして、俺が喰らう筈だった一撃をその身に受けた。

 鮮血が舞う。鳩尾を狙った男の貫き手は貫通するどころか、肉も、骨も容赦なく吹き飛ばしたのだ。心臓も当然のように吹き飛んだ。人間ならば、間違いなく即死。しかしユリさんは男の腕を掴んだ。


「うお、何だ!?」


 驚愕する男の腕が、再生したユリさんの肉に沈む。


「キモち悪!」

「どっこいしょお!」


 腕を起点に、男の体が持ち上がる。


「前田ぁ!」

「は、はい!」


 新たなゲートがユリさんの目前に広がる。男は投げ込まれる寸前、ユリさんの頭部を破壊する。ユリさんの体が揺らぐ。その気を逃さず、男は離脱した。


「何でフォローしないの!」

「す、すみません」


 そうだ、ボケっと見てる場合じゃなかった。今のは千載一遇のチャンスだった筈だ。


「今ので分かったでしょ。いくら力があっても体重は変わらない。投げ飛ばすくらいは余裕でしょ。例え能力が使えなくても、出来ることなんていくらでもある」

「うん、わたしの能力なら目くらましはできるね。近づくのは絶対にごめんだけど」

「俺は、近づかなきゃいけないけどな。ユリさんフォロー頼みますよ、マジで」


 全員が戦う前と同じ調子で言った。

 一瞬でも諦めたのは、どうやら俺だけだったらしい。


「ああ、ビビったわ。再生能力ってやつか? しかも何かやばそうなもん作ってたな。瞬間移動の応用か?」

「ありゃりゃ、狙いがバレたか。でもまあ、それならそれで、やりようがあるね」


 ユリさんは最後に「どうやら、戦い慣れていないみたいだし」と付け加えた。

 言われてみれば、男はこちらの能力に対しあまりにも無防備だ。強者故の油断かとも思ったが、単純に経験が不足していると考えたほうが腑に落ちる。

 しかし狙いはやはり前田さんの転移だろう。彼にはどうやらまだ考えがあるようなので、俺は次の手を歪曲した形で口にし、相手の思考を攪乱する。


「田村さん、雪だるまを作ってみませんか。なるべく大きいのを」

「うん、いいね。勿論君も手伝ってくれるんだろうね」

「ああ、勿論」


 俺の狙いを察したのか、田村さんは笑みを浮かべ雪を集積する。


 斥力操作による射出は発想としては悪くない。問題は、弾丸だ。小石では小さく、脆過ぎた。

 だから田村さんと俺の能力で雪を固め、巨大で強固な砲弾を作り出す。


「何だか分からんが、もう好きにはさせねえよ!」


 男は相も変わらず恐ろしい速度で繰り出してきた。だが、流石にもう目が慣れた。今となっては対処の容易な、馬鹿の一つ覚えでしかない。


「こっちのセリフだ!」

「ぬお!」


 だから林さんは、横やりからの突進が可能になった。速度は男が上だが、質量は林さんが上だ。男は無様に吹き飛ばされる。

 だがそれもつかの間。大したダメージもないのだろう。男はこちらに駆け寄った。しかし俺達に手が届くことはない。男が触れる前に、俺達は瞬間移動した。


「うぜえ!」


 男に苛つきが出始めた。良くない兆候だ。もしも男が約束を反故にしてしまえば、全てがひっくり返る。


(……まだだ。ギリギリまで引き付けろ!)

「後、少し!」


 焦る気持ちを押さえ、雪玉の作成に注力する。この攻撃は致命傷には至らない。だが無視はできない。この場で最も相応しい攻撃なのだ。


 男は地面に手を突き刺し、大きく手を振るった。雪と、土や小石が襲い掛かる。俺が先ほどした攻撃と遜色ない速さ。そして、比較にならない攻撃範囲。


「林!」

「おう!」


 林さんとユリさんが身を挺して俺達を庇う。

 ユリさんはともかく、林さんは無視できないダメージを負った。これで形になる。


「良し、いきますよ田村さん!」

「了解」

「はっ! ならそれが最後の攻撃だな!」


 引力と斥力、そして水の操作により生み出された常軌を越えた砲弾が、男を襲う。


「オラぁ!」


 男は避けなかった。それが、問題にならないことは誰の目にも明らかだったからだ。

 あの雪玉では、正面から当てても大きなダメージは期待できず、例え不意打ちが急所に当たっても、致命傷には至らないだろう。だからこれも、所詮は陽動でしかないのだ。


 男は砲弾を受け止め、少しだけ後退した後、突如として体勢を崩した。断崖絶壁から一歩踏み出したかのようであり、しかしそれは決して比喩表現ではなかった。


 ある筈の大地が、男の足元から消えていたのだ。

 前田さんのゲートが、足元に展開されていたのである。今まで横方向にしか展開されていたそれが、落とし穴のように出来上がったのだ。

 男は虚を突かれ、雪玉と共に落ちていく。そのゲートが繋がるのは、遥か上空。


「岳人君、田村さん!」

「「了解」」


 声をそろえて能力を発動する。

 男は、自由落下程度なら楽に耐えるだろう。

 だが高重力下ならば。落ちた先に、鋭利な氷の柱が突き刺さっていたならば。


 それは、紛れもなく致命傷である。


「ガッ!!!」


 人間が落ちたとは思えない衝撃音が山に響きわたる。辺りに散った血は赤く、そこでようやく、この男も人間なのだと胸を撫で下ろした。

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