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第15話「『ミュージアム』」

「報告が遅れた事情は理解したよ」

「幸いです。ついでに展示品を紛失したことを、館長に伝えていただければ助かるのですが」

「嫌だね。死体すら残ってないとか何言われるか分かったもんじゃない。自分で言って」

「残念です。気が滅入りますよ、本当に」


 いけしゃあしゃあと木村が言った。


 こいつは掌握できない部下を始末しようと画策し、『ミュージアム』の展示品の使用許可を求めてきたのだ。

 それは特に問題なかったので承諾したが、結果は相打ちだった。

 しかもNo.4の性質上、死体が見つかることはない。普段なら大歓迎なのだが、館長相手は別だった。あいつ面倒くさい。


(それにしても、これでNo.4、7、8を失ったことになるのか)


 No.7は正確には能力は失われていないが、今まで欠けることのなかった『ミュージアム』の人員にも死者が出始めた。


(一度招集するべきかな)


 展示品どもが何を考えているのか正直分からないが、私だったら不安になるだろう。


 工場の方も予定通り進んでいる。もうじき超能力発生装置も量産が始まるだろう。大々的に行動を開始するし、そうなれば『ミュージアム』も動かすことになるだろう。その時を見据え、装置の訓練も彼らに課さなければならない。


(……うん。色々、当初描いていた『ミュージアム』の在り方から外れるね。説明は必要か)


 当初は強力だけど、使い勝手の悪い決戦兵器どもを囲うための制度だった。

 まあ、それも少しずつズレていったが、原点はそこなのだ。


 私は木村に言った。


「館長に伝えておいてよ。"開館の準備をしておけ"、てね」

「……承知しました。流石は『コレクター』。館長への用事の押し付け。見事な手際でございます」

「でしょう? 私も部下から学ぶんだよ」


 木村は笑って「人は学びの連続ですね。それでは失礼します」と、やはりいけしゃあしゃあと言って退室した。




  *




「もう皆集まっているかな?」

「当然です。貴賓に対して展示品が遅れる筈がない」


 館長の先導の元、扉があけられる。

 私は悪趣味な人形から意識を外し、7人の男女へ視線を向けた。


「そ、それでは。まず私から紹介させていただきます」


 ほとんど毎日顔を合わせている、時枝真希絵がトップバッターらしい。

 緊張を隠しきれない真希絵がつっかえながら言った。


「No.10『雷鳴蘇生セイム』。改めまして、よろしくお願いします」


 そして次に、が言った。


「No.9『老若断定ブリーダー』。私が一番の新人になるのかな。初めまして『コレクター』」


 大会にも出たし、そろそろ私自身がフリーなのは不自然に感じたのだ。だから私の分身を『ミュージアム』に所属させることにした。

 そして『コレクター』とNo.9の関係を知っている、枯れ木じみた長身の男が続けて言った。


「新人ね。よろしくな、No.9。今更自己紹介もないと思うが、彼女のために言っておくぜ」

「No.6『第六感プレコグニション』。常人よりも少しだけセンスのある男さ」


 No.6が、だらりと寝転み煙草を吹かす女に対し、目線で催促した。

 女は気だるげに


「No.5『煙霧障害領域テンペスト』」


 最低限の言葉のみ吐き、煙草をくわえ直した。


「……ん? ああ、次俺か」


 暫しの静寂の後、逆立った赤毛の男が言った。


「No.3『極小恒星フレア』。よろしくなあ!」


 隣にいた神経質そうな男が耳を抑えた。


「No.2『幻獣大狼フェンリル』。少し黙れ、No.3」

「ああ、耳良いもんな。忘れてたよ、悪かった」

「……うむ」


 そして最後の1人、『ミュージアム』を創立するに当たった、強力かつ希少。しかし死蔵せざるを得ない能力者。


「No.1『終焉を告げる者アポカリプス』。ハハ、相変わらず愉快だな『ミュージアム』!」


 快活な笑い声をあげて、褐色白髪の男が最後に自己紹介を締め括った。


「うん、みんな変わりないようで何よりだよ。聞いてると思うけど、『ミュージアム』の方針を変えることにしたんだ」

「マジかよばーちゃん、俺ぁ初耳だぞ」

「うん、じゃあ改めて説明しようか」


 絶対にNo.3が上の空だっただけだと思うが、No.5も怪しそうな雰囲気を感じたので説明することにした。


「『真世界』から素晴らしいプレゼントを貰ってね。君たちには試運転をして欲しいんだ」

「お、良いぞ。どんな道具だ?」

「黙ってろ。『コレクター』、それはNo.4が使っていた超能力発生装置というやつでしょうか」

「うん、その通りだよ」


 No.4は何処からか聞きつけ強請ねだってきたのだ。

 ちょうど良かったので渡したが、役に立ったのだろうか。


「特にNo.1は能力を使う感覚に慣れておいてね」

「それは、俺の能力が必要になるということですか『コレクター』」

「そうだね。場合によっては、だけど」


 最明蓮華と戦うのに、戦力が不足するということもない。


(アリスを確保できれば、その限りでもないけど)


 あれとは関わるまいと思っていたが、事情が変わった。殺してから能力を回収できるようになったのだ。そして彼女の能力ならば、戦わずして世界を取れる。


 真世界がその手法を選ばなかったのは、制圧に時間を掛ける前提だったからだろう。しかし一度蹂躙してしまえば、私の場合、後は手持ちの能力者だけで占領できる。


(『真世界』は非能力者による統治を望んだからだろうけど、私には関係ないね)


 正直、私にもこの世界が歪に思える時がある。それこそ世界を滅ぼせる能力者も存在するのだ。そのような個人を許容すべきではないという考えは妥当だ。


「できれば使いたくはないが、備えだけはしておきます」

「良い心がけだね。他のみんなも、戦いに備えておこうね」

「おう、戦いなんて久しぶりだな。腕が鳴るぜ!」

「俺が出るまでもないとは思いますが、『コレクター』が仰るのならば」

「あー、あんま良い予感はしないけど、仕方がないね」

「わ。私もですよね。頑張ります」

「ほどほどに気負っておくよ」

「すはー」


 それぞれが思い思いの返事をし(最後は返事か? 煙草やめてほしい)、『ミュージアム』は閉館の時間となった。




  *




 さて、やるべきことは早々に行うべきである。


 アリスの能力は目視することで発動する。ならば話は簡単だ。能力の関係ない攻撃で殺傷すれば良い。


 私のフロント企業が所有する港の倉庫に、ずらりと並べられているのは様々な銃器である。


「おお、壮観だね」

「『コレクター』のためでしたら、この程度の装備いつでも差し上げますとも」


 慇懃な態度は、私が大枚を叩いただけではあるまい。

 この男、野村は時勢をよく読んでいる。


『コレクター』は『真世界』亡き今日本の裏を掌握したと言って良い。それをいち早く察したこの男は、私が欲した物をすぐさま用意して見せた。


「しかし求めておいて何だけどね、能力者に銃はどの程度効くんだい?」

「相手に寄ります。しかし一定レベルの能力者ならば、9mm程度では内臓まで届かないでしょう」

「一定レベルね」


 能力者は持っているエネルギー量により身体能力が一変する。問題はそのエネルギー量が測れないという事だ。


(思った以上にその手の能力は希少だった。能力の偏りを感じる)


 私の手駒で辛うじて測れるのが、No.6の第六感だけである。それによれば、アリスのエネルギー量は人の域を遥かに超えている、らしい。


「最明蓮華を殺すなら、どの武器を君は選ぶ?」


 ならば私が把握している最強を想定すれば良い。


(それで足りるとは、私の勘は囁いていないけど)


 こればっかりは仕方がない。というか私の苦手意識が判断の邪魔をしている気がする。


(やだなぁ、関わりたくないなぁ。でもなぁ)


 使わない、理由がない。私の目的のために、私の心が邪魔ならば。それをまずは殺さなくては。


 しかし私の懸念は野村の想定を超えていたらしく、一瞬だけ怪訝な顔を見せてから素早く笑顔を張り付けた。


「最明蓮華ならば、私はこの武器を使いますね」


 野村は陳列された銃器ではなく、その奥に隠されるように置かれていたアタッシュケースを取り出した。


(こいつ、読んでたな。やるわ)


 となると、先ほど一瞬見せた怪訝な顔は演技か。単純な強さ以外の力を持つやつは、これだから困る。


「それは?」

「無色透明、無臭の毒ガスを半径100m内にまき散らす、いわゆる化学兵器というやつですよ」

「……個人相手だよ?」

「個人を超えた相手には、この程度は必要……いえ、私が用意できる武器で、最も可能性があるのがこれになる、というだけなのですがね」


 つまり正攻法では、携行可能な武器では勝ち目がないということか。何やらこいつには他に目的がありそうだが……。


「参考になったよ、ありがとう」

「いえいえとんでもない。正直、確実に勝てる兵器をお渡しできないのが心苦しいのです」

「勝ち目があるだけで十分さ。これからも何かあればよろしく頼むよ」


 そうして私たちは握手を交わし、取引を完了した。毒ガスは最終手段だ。先ずは銃器での制圧を試みよう。


(世界を相手にする前哨戦。ケチがつかないと良いけど)


 アリスよ、お願いだから早々に死んで、私の不安を掻き消してくれと。身勝手な願いを託しながら、武器の搬送を眺めていた。

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