目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話「侵食する悪意」

 超能力発生装置について、少し困ったことが判明した。


 それは耐用年数が1年ほどしかないということだ。


 超能力は持っているだけでは意味がない。

 修練をして、初めて実用に耐えうるものである。


 複雑な能力は、訓練に要する時間を考えれば、1年というのはあまりにも短い。だから装置に入れるのは、替えの効くよう多くの人間が持ち、かつシンプルな能力がメインになるだろう。


「それで、青木霧江の処分は如何様にいたしましょうか」


 小野川が言った。

『真世界』が実質的に滅んだ今、霧江の処分が彼に残された最後の仕事になるか。


(ううむ、小野川は有能で、信用もできるしな。能力者狩りも彼に任せてしまおうか)


 それはそれとして、霧江の問題だ。


 彼女が私に裏切りと取れる行為を働いたことはすぐに分かった。

 本来なら豚のエサにしてやる所だが、彼女の能力はあまりに有用過ぎる。


 装置に組み込んでも、特異過ぎるために十全に能力を行使できるか分からない。出来たとして、装置の寿命は限界でも1年だ。


 彼女自身はそれほど私に悪感情を向けていない。より竜輝を優先しているだけで。だからまだ使えるとは思うが、裏切りを許すのは私の体面的にも問題がある。


(水無月竜輝は中々問題人物だな)


 アリスは勿論、彼自身の戦闘能力も馬鹿にできないラインまで引きあがっている。こんなことになると知っていたなら、早々に排除していたのに。


(……いや、いや。状況が変わった今、どちらにせよアリスは確保する必要が? なら竜輝はどう転んでも……)


 悩む私に、小野川が控え目に催促する。


「……超能力発生装置に入れる。その辺りは宮田に任せてるから、引き渡しだけよろしく」

「承知しました。それでは私は『真世界』の残党処理に戻ります」


 退出しようとする小野川を引き留め、先ほど考えていた能力者狩りについて私は説明した。




  *




「おはよう、岳人」


 時巡に挨拶を返し、俺は席に座った。


 色々なことがあったが、大会も終わり俺達は日常に戻っていた。


(結局、『真世界』の頭領は捕まっていない)


 ドームでの戦闘は苛烈だった。

 奴らはあの時日本で最も警備の厚かった施設を制圧したが、下手人はほぼあの世か牢獄に送られた。

 それほどの人員を消費したのだ。実質的に『真世界』は再起不能だろう。だがしこりの残る終わりであることに変わりはなかった。


 ホームルームが始まった。

 教師が酷く張り詰めた顔で説明する。


 クラスメイトの1人、佐藤鈴音が行方不明だと。


 クラス中がざわめく。

 まことしやかに囁かれるのは、『コレクター』と呼ばれる存在。


 既に一般にも周知され始めたその存在は、以前は特異な能力者を集めていた者の名で、そして今は強引な手で汎用能力を収集し始めた者だ。


 その変化の理由は、超能力発生装置と呼ばれる機械であることは間違いない。


 俺が『真世界』の工場を襲撃したその日、同じく『コレクター』の配下も襲撃していたのだ。そして研究資料を奪われていたことは、当時から分かっていたことである。


『真世界』が滅び、『コレクター』が大々的に動き出した。盛者必衰とは言うが、このような形で実感したくはなかった。


 複雑な気分だ。現状を考えれば、『真世界』が暗躍していた時の方が遥かにマシだった。


(しかし、『コレクター』はどうやって最明蓮華に対処するつもりだ?)


 あの日、世界最強たる最明蓮華もまた『真世界』の刺客3人から襲撃を受けていた。


 相手は彼女が現れるまで最強と呼ばれていた、ジェニファー・ペトケビッチ。暗殺成功率100%、暗殺者ヨアヒム・プレヒト。1人大隊、傭兵ハミルトン・フレッカー。

 錚々たる面々が超能力発生装置まで用い、同時に襲撃した。


 結果は、彼ら3人以外の人的被害はゼロ。人々が行きかう街中での襲撃であったにも関わらずだ。


 誰もが最明蓮華が最強だと思いつつも、それすら過小評価であったことを思い知らされた。

 圧倒的という言葉すら生温い。何人なんびとも足元にすら及ばない異次元の強さ。


(可能性があるとすれば、超能力そのものを無効化するアリス)


 俺も彼女がどの程度の力を持つかは知らないが、僅かにでも可能性があるのは彼女以外にないだろう。


 教師の簡易な説明の後、日常はつつがなく送られた。授業を受け、昼食を取り、また授業を受け、気がつけば放課後だ。


「それじゃあ、また明日、岳人、華」


 俺はそれに同じく挨拶を返す。


「ねえ」


 時巡が去った後、小鳥遊が俺に言った。


「優子、何かおかしくない? なんか、なんか違う気がする」


 それは俺も感じていた違和感だ。

 俺は零次が俺のせいで欠けてしまった影響だとも考えたが、それも違う気がする。


(……そうだ、この違和感は、あの大会の日、俺と別れるまでは感じなかった)


 無事あの地獄と化した会場から逃げられた彼女と再会してから。あの時から妙な違和感を感じていなかっただろうか。


(分からない。だが、俺が踏み入って良い問題かどうか)


 その考えを、首を振って否定する。


 違うだろう。俺は、もし彼女に何かあったのだとしたら、例え彼女が否定しようと解決するべきではないのか。


(それが、ヒーローだろう)


「なあ、小鳥遊」


 だから俺は言った。


「俺が知らない時巡の事、教えてくれないか」


 それが、解決の糸口になる気がするのだ。




  *




 分身能力の強化は私の生活に劇的な変化をもたらした。

 以前は本体に一貫性を持たせるため、本体が『コレクター』として活動することは稀だった。しかし分身と本体が誰に悟られることなく成り代わることが可能になった以上、本体である私が本部務めになるのは自然なことだった。


(うん、学校に行った分身も、特に問題はないな)


 どちらも私なのだから当然と言えば当然だが、やはり不安ではあったのだ。

 しかし数日の観察の後、特に問題はないだろうことが分かった。


「真希絵」


 私は部下の1人、常にそばに置いている少女を呼んだ。


「は、はい。何でしょう、『コレクター』」


 緊張した様子の真希絵が返事をする。


「大した用事じゃないよ。木村からの報告が来てないけど、そっちに来てたりする?」

「木村さんですか……? いえ、私の方は特に」

「そう、真希絵の方にも来てないか」


 真希絵の緊張は解けていないようだった。

 最近はずっとこんな調子だ。真希絵なりに、最近の情勢の変化に思うことがあるのだろう。


(悪いことをしているのは知っていただろうけど、最近はニュース番組でも話題に上がるしね)


 最初期の『フューチャー』時代以来だろうか。あの時は派手にやり過ぎて、組織自体を解体せざるを得なかったのだ。主要メンバーは逃がせたが、あの時はまだ真希絵はいなかった。


 悪事の実感が今更湧いてきたというのも、ありえない話ではない。対策が必要か?


(そうだね、折角だし)


 青木霧江の件もある。私にとって残す能力者を、分かりやすく示すべきだろう。


「真希絵、唐突だけど、君にお願いがあるんだ」

「お願い、ですか?」


 幸い、そのための組織は既にある(ケチがついてはいるけれど)。


「うん、君には『ミュージアム』に所属してもらう。それだけの価値を『コレクター』が認めていると、そう考えておいてよ」




  *




 剣崎亜美は元『真世界』の構成員であり、現在は政府に属している。いわゆる司法取引というやつで、協力の見返りに罪を軽くしようと日夜努力しているのだ。


(これもママとパパのため)


 亜美に兄弟はいない。いなくて良かったと思っている。こんな重しを背負うのは自分だけで十分だから。


 亜美は今『コレクター』と呼ばれる犯罪者について調査している。

 10年前から活動しているらしいが、ドーム襲撃後『真世界』の勢いが落ちてから急速に勢力を拡大している者だ。


 廃ビルに屯している半ぐれが勢力の一員らしく、たった今制圧を完了したところだ。戦闘はわたしの得意分野である。『真世界』でのノウハウを活かせる職に就けたのはありがたい。


「亜美ちゃん」


 同行していた(というか監視である。流石にまだ信用はされていない)、高橋さんが声をかける。


「ご苦労様。でもね」


 彼はスプラッター映画さながらの一室を見回しため息をついた。サラウンドなうめき声も良い感じのアクセントになっていると思う。


「やりすぎ。次からは後処理のことも考えようね」

「ん、了解。政府は万年金欠。失念してた」


 いつもなら、相手の心を折るために派手に戦う。だが確かに言われてみれば掃除が大変だ。それなりの出費になるのだろう。


「そういうことじゃないんだけどな」と高橋さんはボヤく。


 彼は元々わたしも所属させられた異能取締課の所長だったらしい。だがわたしの前任者がやらかしたことで、降格処分を受けたのである。

 そのやらかし野郎の名前は十字岳人。退職し今はただの学生のようだ。引継ぎもなしに辞められたので非常に困っている。しかも当の本人は、のほほんと過ごしているのだからクソでございます。


 高橋さんは電話を手渡し言った。


「木村所長へ報告しておいてよ。その間に、俺は情報収集しておくから」

「了解」


 木村所長は『コレクター』特別対策室と、異能取締課の両方の長である。

 というより、ユリさんによれば異能取締課は実質的に特別対策室の下位組織のような扱いらしい。そのため重要な情報は流れてこず、今のような使い走りのような仕事しか回ってこない。

 そのような事態になったのは、現在異能犯罪の9割が『コレクター』傘下の者の仕業というのが表向きの理由らしいが、わたしとしてはチンピラをシバく方が性に合っているのだから問題はない。


「……」


 電話はいつまでたってもコール音が鳴りやまない。数十秒もたって、ようやくプツリという音が耳に入る。しかし電話口からは機械的な音声が。


「あ、圏外」


 電話を見ると、画面に表示されている文字は圏外。

 ここは街中である。圏外など通常であれば起こりえない。それ即ち――


「亜美ちゃん、気を付けて」

「了解」


 気がつけば窓から差し込む光が、赤黒く染まっていた。

 割れた窓から見える世界は、とてもこの世のものとは思えない、一面の血の海。流れる風は、既に濃かった血の匂いをより濃いものへと変貌させていく。


(スプラッターじゃなくて、ホラーだった)


 既に再起不能となっていた筈の、不良たちが立ち上がる。

 その表情は青白く、まるっきり生気が抜けていた。


「まるでゾンビみたい。そういう能力?」

「いいや、超能力エネルギーは感じない。信じがたいが、これがこの世界のルールだな」


 高橋さんは、見えざるものを見ることが出来る。それは超能力に用いられるエネルギーも例外ではなく、あれが能力によるものならば看破できる。


「つまりは一種の転送能力だな。異世界にビルごと飛ばされたってこった」

「それあり?」

「ありえない、と言えないのが超能力だな」


 のんびり話している時間はそれまでだった。ゾンビらしく、彼らは襲い掛かってきたのだ。


 ゾンビの足を両断し無力化する。流石に高橋さんも苦言を呈さない。


「屋上だ。ここに来る前、でかい力がそこからビルを包み込んだ!」

「了解」


 ゾンビは所詮ゾンビ。ちゃちな拳銃でも対処できる相手など問題にはならない。

 だが、次に現れたのは羽の生えた醜悪な怪物だった。


 窓から飛び込んできたそれを、4つの剣を駆使して切り刻む。肉片と変えてもなお、それは蠢いていた。


「不味いぞ。どんどん数が増えていく!」


 高橋さんの言う通り、窓から続々と侵入してくる。そしてそれは羽の生えているもの限定だ。それ以外は、血の海を泳ぎビルへと入って来る。泳いでくるものの数は、飛ぶものの数の比ではない。


 わたしは剣を手に持ち、操作能力により自らを加速する。高橋さんは当然のようにわたしのスピードに付いてくる。密かながらスピードには自信があったが、以前の大会で戦った時巡優子といい、わたしのスピードに迫る相手がどんどん出てきて自信を失いそうだ。


 四苦八苦の末、漸くわたしたちは屋上に辿り着く。

 そこにいたのはこの世界で初めて出逢った人間らしい人間。雨傘を差し鉄の手すりに腰掛けた、レースだらけのロングドレスを纏ったゴスロリファッションの女。


「貴方方の能力で、ここまで来られるとは思っておりませんでしたわ」

「……」


 女の言葉に耳を貸す必要などない。何せ怪物どもが今もこの場を目指しているのだ。


 この超能力は複雑怪奇だ。ならば通常の能力と異なり、制約があるのは間違いない。戦略的に、本人もこの空間に居る必要などないのだ。


(つまり能力者の無力化が、この能力の解除条件)


 その点においては、高橋さんとも意見が一致した。


 斬撃は跳躍により躱され、女は羽虫の怪物の背に着地する。

 そして同時に、別の怪物の相手を私はせざるを得なくなる。


「礼儀のなっていない娘ね。名乗りぐらいはさせなさいな」


 怪物の処理を終え、剣を足場に女へと肉薄する。


「『ミュージアム』が展示No.4『黄泉戸喫インフェクション』。以後お見知りおきを」

「ん、死んで」


 足場の怪物ごと切り上げる。中心線より左にずらして斬る。そうすることで、女は余裕のある方向へ避けるのだ。

 そしてその先には、驚くべきことに、怪物を足場に宙を駆けてきた高橋さんがいる。


「あら」

「手荒だが、許してくれよ!」


 高橋さんが女に抱き着き拘束する。後はわたしが斬撃を叩き込めばそれで終わりだ。


 剣を遠隔操作し、女だけを切り裂くような軌道を作る。


 剣は、女を中心に発生した雷に阻まれる。雷をもろに浴びた高橋さんの拘束も解け、屋上へと叩きつけられる。


「……!?」


 驚愕が収まらないうちに、てすりに着地した女がスカートをめくりあげる。

 そこにあったのは、わたしも良く知る銀の筒。だが、それは本来の長さの半分程度しかない。私が知るそれなら、スカートの中に隠すことなど不可能なはずだった。


「小さいでしょう? これは試作品です。、大きさは変えられますからね」

「おま、え。それがどういう意味だと……!」


 雷を受けた高橋さんが、絞りだすように言った。わたしも理由は理解できた。素材のことはよく知っている。だが、まさか、本当にそんなことが人間にできるのか。


(……なるほど、『コレクター』。これは許しちゃ駄目だ)


 わたしはこの時、生まれて初めて正義感というものを胸に抱いた。


 屋上の扉が吹き飛ばされる。泳いできたものたちの、第1波が辿り着いてしまったのだ。


 わたしは剣を生成する。

 だが今から作る剣は、今までの剣とは違う。


 荒木白百合、十字岳人。彼らはその領域へと辿り着いている。わたしでも届く領域だと、わたしは知っている。


 そして今、正義という歯車が、わたしを完成させた。

 激情が体を巡り、一点に集約するイメージ。新たな能力の土台が構築される。


 高ぶる想いを注ぎ、その剣を現出させる。


 刀身だけでわたしの身長を越える大剣。それは、光の粒子を纏い、更に肥大化する。

 ぐるりと回るように剣を振るう。屋上全体を覆う、光の刃が、怪物たちを切り払う。


 圧倒的な破壊。剣の規模を越えたその力こそ――


「……ステージ2。随分と大雑把な力ですこと」

「うん、これはエクスカリバーと名づけよう」


 わたしは大剣を消し、新たな剣を生成する。今度はレイピアのように細い、刺突向きの剣。

 女は既に晒した手札、雷撃で追撃する。わたしの剣も同時に、雷撃を放ち相殺する。


「んな……!」

「ええと、サンダーブレード」


 わたしは使い慣れたただの剣を2本生成し、挟むように斬撃を振るう。


 「くっ……!」


 女は広げた傘を盾に受ける。意外と硬い。逃げるだけの猶予を持たれてしまった。


 ……硬い?


(違う。普段のわたしなら、殺しきれた)


 いくら強固な素材だとしても、たかが傘に手こずる筈がない。

 思えば、屋上を駆けるわたしの足は、何か遅くなかったか。


「亜美ちゃん!」


 高橋さんが叫ぶ。


「超能力エネルギーが減っている! この世界じゃ、使っても補充されないんだ!」


 聞いたことがある。

 強力な超能力は、エネルギーの自然回復を上回ってしまう。その時体中を巡るエネルギーも減少するから、身体能力が下がるのだと。


 わたしには無縁な話だと思っていた。

 でもこの世界ではそもそも自然回復が発生せず、そしておそらく。わたしのステージ2は燃費が悪い。


「……あと何回使える?」

「光の剣は、後2回が限界だろうね」


 後2回。


「ふ、ふふ。いいえ、後1回よ?」


 女が半笑いで言う。地上の第2波が屋上に着いたのだ。わたしは大剣を生成し、再度薙ぎ払う。


「あら、地上の敵は消えたけど、空から来ていることも忘れていないわよね?」


 女の言う通りだった。空にはもう大群と言って差し支えない怪物達が犇めいていたのだ。


 剣が重い。身体能力の低下が深刻なラインまで来ている。果たしてこれで戦えるだろうか。


「亜美ちゃん」


 高橋さんの手がわたしの頭に置かれる。ぽんぽんと、軽く叩かれた。


「後はおじさんに任せなさい。最後の一撃は、任せるかもだけどね」

「あら、非戦闘能力のおじ様に、何が出来るのかしら」

「そりゃあ」


 高橋さんが構える。


「今から確認する。若いもんにはまだまだ負けられねえよ」


 怒りが。

 一線を超えた者達への。

 彼らに対して無力な自身への怒りが。


 能力を新たなステージへ引き上げる。


「ステージ2。俺の能力は、俺にしか見えない」

「は? ――あぁ”!?」


 突如、女が吹き飛ぶ。


 高橋さんは動いていない。だが、彼の能力が原因であることは歴然だった。

 殺到した羽付き達も、同様に不可視の何かによって吹き飛ばされていく。


(元は、見えないものを見る、目の超能力だった筈。ならあれは、視線を媒介にした攻撃能力?)


 推測しかできない。見えない攻撃だ。それがどういった代物かなど、高橋さんにしか分からない。


 女は鼻が潰れ、血を勢いよく流していた。顔面にモロに食らったのだろう。叫び声も息がつまったような鼻声だった。


「ざけるなよ!」


 女は言葉の勢いとは裏腹に、屋上から飛び降り逃げた。


 正しい選択だ。高橋さんの攻撃は恐らく視線が通る必要がある。階下に降りるのは合理的。、怪物たちが下から来る以上、逃げるならそちらが合理的。


 だからそれは、わたしが屋上へ来る前から描いていた絵と同じで、そのための仕込みは当然してあった。


「ぎゃ!!?」

「チェックメイト」


 階下に潜ませていた剣群6本を射出した。そのうちの一本から、確かな手ごたえが返ってきた。


 羽付きたちがまたも迫る。残された力は少ないが、女の死までは十分凌げる――


「弾けろォ!!!」


 ひときわ大きな声が響く。それと同時、羽付きたちが膨れ上がり、炸裂した。


「キャハハハハハハハ!!!!!」


 炸裂音に耳がやられる。だが、その不快な笑い声と、水に落ちる音だけは、奇妙にも耳に届いた。


 爆音にやられた耳が、元に戻る。


 女は死んだのだろう。

 体が浮遊感を感じ、あるべき世界へと戻ろうとする。


 しかし、


「戻らない」

「うん、原因は、これだろうね」


 そう言って、高橋さんが腕に着いた肉片を拭う。


 それは先ほど破裂した怪物の欠片だ。

 自爆しただけあり、わたしたちにも少なくないダメージがあった。


 その肉片が、体に喰いこむくらいには。


 体に入り込んだこの世界のものが、帰還を阻害しているのだ。


「インフェクション、と名乗っていたね。なるほど、俺達は感染してしまったわけだ」

「でも仲間判定じゃないみたい」


 階下から登ってきた怪物たちが殺到する。空からも変わらず、怪物たちが集っていた。


「最期まで戦う覚悟はできた?」

「最初からそのつもり」


「頼もしい限りだよ」と高橋さんは言って、不可視の打撃を放った。

 わたしも剣を手に、怪物たちへ斬りかかる。


 この命果てるまで、わたしたちは戦い続ける。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?