決勝戦は流石に観客も多く、私たちは恥を忍んで選手出入り口席から観戦することにした。
「岳人!」
竜輝が大声で岳人の名を呼び、こちらに走り寄ってきた。
「心配してたんだよ。あの後どれだけ連絡しても出てくれないから」
「ああ、悪かったな。竜輝」
岳人が素直に返事をしたのがよほど意外だったのか、竜輝は目を丸くして言葉を失っていた。
だが再起動すると、こちらも釣られて笑いそうな笑顔で言った。
「良かった。元気になったみたいだね」
「ああ、ところで、こんなところで油売ってて良いのか?」
何を隠そうこの竜輝こそ決勝戦出場者である。まさか勝ち進むとは私も思わなかった。賭け試合に熱中してた奴らにとっては発狂ものだろう。
「それが、解説の人がまだ会場に来ていないらしくてね。待機中だよ」
「解説? 誰だ」
「岳人知らないの? 今日の解説は
「ああ、世界最強の」
世界最強の能力者、最明蓮華。
今日の客入りが良いのは、彼女の影響もゼロではあるまい。
最明蓮華が時間にルーズだとは聞いたことがないが、まあ、そういう事もあるだろう。
談笑していた私たちに、何の前触れもなく、爆炎が襲い掛かる。
「時……!」
「え」
岳人が私を押し倒し、盾になる。
「く!!!」
竜輝がすかさず電撃を放ち、その爆炎を齎した能力者を打ち倒す。
「岳人!」
直撃を喰らった岳人の背中は酷い火傷だ。今すぐ治療しなくては。
だが、そうも言っていられない状況のようだ。ドームから悲鳴が響き渡る。
何があった。混乱する私と対照的に、竜輝が酷く冷静に言った。
「時巡さん。岳人を連れて早く逃げるんだ」
そのお陰か、私も少し冷静になった。そして漸くその下手人を視界に入れる。
その男は、巨大な酸素ボンベのような、銀の円柱を背負っていた。
(超能力発生装置……!)
あれを現在実用化しているのは『真世界』だけだ。工場の襲撃でいくらかは裏に流れたかもしれないが、ドーム内の混乱を考えれば組織的な襲撃であることは間違いない。
(最明蓮華がいないのも、『真世界』の仕業か。そこまでのリスクを犯したのは……)
(……分からない。でもここをピンポイントで先行して攻撃したということは、この場に本来居るはずだった竜輝を狙ってのことだ。とうとう後が無くなって、報復だけでもしようという事かな)
それが分かったところで、私の行動が変わることはないのだけど。
「気を付けてね」
「勿論。俺は強いんだ」
竜輝も自分が狙われていることは分かっているだろう。それでも彼はこちらを元気づけるように言った。
私は気絶した岳人を背負い、会場を後にしようとする。
だが当然、敵は1人ではないのだ。私はすぐに接敵した。
敵は2人。こちらに気付いたが、反応が鈍い。私が触れる方が速い。
だが2人は、こちらが触る前に突如として倒れ伏した。床がひび割れる程の勢いで倒れた彼らは、明らかに気を失っている。
重力操作による攻撃。岳人が目を覚ましたのだ。
「岳人、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ。降ろしてくれ」
私は少し迷ったが、彼の言う通りにした。
「岳人、分かってると思うけど、戦える体じゃないよ」
「……かもな」
彼は言葉では肯定したが、逃げるつもりなどないらしい。
「……じゃあな。逃げ切れよ」
私は、岳人を止めなかった。
色々理由はある。
残るのは危険だから。『コレクター』として状況を把握し、動きたいから。そして――
『それでも俺は、正しい道を模索し続ける』
彼の決意を聞いた。
今この瞬間こそが間違いなく『真世界』との決着の時となる。その大事な瞬間から、どんな理由であれ逃げてしまえば、彼の決意は露と消えてしまうと理解してしまったからだ。
私は彼の背中から目を逸らし、会場を後にする。
私も、私自身が決めた道を歩み続けなければならないからだ。
(と、カッコつけたは良いものの)
会場の方はまだ混乱しているが、既に職員用の通路は制圧済みのようだ。嫌に静かで、何時接敵するか分かったものじゃない。
(分身を先行させる、のはリスクが高すぎるか)
最も不味いのは、焦って私の分身能力が露呈することだ。
今の私は変装していない。もし分身が見つかってしまえば、例え見失わせたとしても、あらぬ疑惑を寄せられるかもしれない。
乱雑に置かれたダンボールの裏に隠れる。
見通しの良い通路に、銀の筒を1つ背負った男がいた。
(悲鳴は許さない。能力による瞬殺がベスト)
まず靴を脱ぎ、なるべく足音が出ないよう工夫する。
そして男が背を向けた瞬間、慎重に、しかし速攻で駆け寄る。
男は背を向けたまま、顔だけをこちらに向ける。
その顔は、醜い笑顔で歪んでいて。次の瞬間、私の視界は炎で埋まった。
「あ」
(発火能力。この火力は耐えられないな。ていうか私に気づいてたな。感知系の能力か。そっか、装置があれば、2つ能力使えるもんね)
炎の勢いは強く、通路を埋め尽くしてるわけで、横に避けることも、速度から後ろに逃げるのも駄目そうだった。
(まじか。こんなとこで死ぬの、私)
心は意外にも平穏に、死を受け入れていた。
炎が迫る。死が訪れる。
その時。
カチリと、私の中の何かが切り替わった。
私は即座に分身を作成。場所は炎の向こう側、敵の前だ。
そして意識を俯瞰させる。
私は本体ではなくなり、分身を本体へ変更する。
分身は燃え尽き、私は敵をその手に掛ける。
(……今まで、どうやっても進展はなかったのに、どうして突然)
分身能力のステージ2。それは分身を本体へ、本体を分身へ変える能力。
それが死を目前にして、発現したのだろうか?
(まあ、便利だから良いか)
とりあえず私は、本部の分身を本体へ変更する。
同時に本部の分身が持っていた記憶が流れ込んだ。
(そういえば、本体が本部に来るのは初めてだな)
ここってこんな匂いなんだ、と。そんなどうでも良いことを考えつつ、私はドーム内部の情報を部下に伝えることにした。
*
会場は酷い有様だった。
観客席の一部は燃え、凍り、倒壊し、血塗られていた。
死体の中には、観客の他に例の機械を背負っている人間も大勢いた。
だが、既に生きている人間はいない。会場の中心、コロッセウムを除いて。
戦っていたのは竜輝と、6本の円柱を背負った壮年の男だ。
戦況は竜輝が押されていた。既に左手をやられているのか、動きがぎこちない。
龍を象った氷の塊が竜輝を襲う。
それを俺は、能力を以て地に伏れさせる。
「岳人!?」
「要らない心配はするなよ。敵の事を教えろ」
竜輝はやや躊躇していたようだが、すぐに俺の意を汲んで答えた。
「金縛り、衝撃波、氷の操作精製、後は筋力も増強されているかも」
「不明な能力は最大4つか」
筋力の増強が能力で、男自身が無能力者なら残り2つだが。
「相談は終えたか?」
男は厳かとも言える調子で言った。
「随分な余裕だな」
「無論だ」
男は変らぬ調子で答えた。
「世界は変わったのだ。能力者は使い捨ての道具に堕ちた。道具を恐れるは矮小である」
男は指差し、爪の先に氷が凝縮する。
「真世界の幕開けを、身を以て知るが良い」
弾丸が射出される。回避――
(体が動かない。金縛りか)
だが問題はない。重力場を作成し、弾丸を無力化する。
「重力操作、良い能力だ。部下に使わせてやろう」
「だが」男は続けて言った。
「雷は間に合っている」
「くっ!」
側面から回り込んでいた竜輝を衝撃波で吹き飛ばし、更に回り込んで、背後から襲った雷撃を氷の壁で防ぐ。
(背面から防いだ!? 視線は完全にこちらに向けていた。感知系の能力か)
以前戦った工場長は4つの能力だが、全てが単純な能力だった。
だがこの男はバリエーションを揃えている。感知系も備えていると考えて間違いないだろう。
ただ1人にこれだけ希少度の高い能力を集めるとは、よほど『真世界』が信頼する――
(まさか)
疑念がよぎる。口にしないわけにはいかなかった。
「お前が、『真世界』の頭領か」
男は答えた。
「それがどうした」
さも当然のように出された答えに、俺の心は不思議と凪いでいた。
思い出すのは、昨日、時巡に解された俺の願い。
(ああ、そうだな。復讐はする。だが、それは俺の全てじゃない)
俺はヒーローであるために、憎悪に支配され、暴力を振るう訳にはいかない。
だから、俺は当然のようにこう返した。
「なら御用改めってやつだ。諸々の罪、きっちり償ってもらうぞ」
男は、ここに来て初めて表情を崩した。思い通りの返事が来なかったことに、不快感を露わにするような。
「私の真世界に、
地面を這うように氷が伸びる。これならたしかに俺の能力では止められない。
だが逆にこれは好機だ。
俺の能力を、攻撃に使えるのだから。
「お前の世界なんぞ」
敵の遥か上空へと飛んだ、竜輝を加速させる。
「来るわけないだろう!」
「来るわけがない!」
稲妻を纏った強烈な蹴りが、分厚い氷のドームを粉砕する。衝撃波と氷では、今の竜輝を止めるには不十分だ。
まさに雷が落ちたような衝撃音が響く。
石畳は崩壊し、土煙となって着弾点を覆う。
金縛りは、未だ解けていない。氷の侵攻が再開する。
「グ、オオオ!!!」
金縛りを強引に振りほどき、氷から逃れる。全身の疲労が酷い。この方法での脱出は、出来てあと2回か3回だろう。
土煙から飛び出してきた竜輝を受け止める。
「グッ!」
凄まじい勢いだ。
膂力の強化とは言っていたが、これほどの物だったのか。
「岳人、済まない。多分、あれが6つ目の能力だ。見誤った」
土煙が晴れる。
竜輝の言葉の意味は、すぐに分かった。
「変身能力!」
数ある能力の中でも、最も戦闘に適した能力群だとされる能力。
考慮してしかるべきだった。しかし、無意識に候補から外していた。本来の能力者ならば、戦いが始まればすぐに変身するからだ。
多数の能力を持つが故に取れる戦略。それに俺達はまんまと嵌っていた。
「褒めてやろう」
男、いや、今となっては狼男と呼ぶべきか。
変身能力の中でも最も有名で、幾つかの物語にも現れる、戦闘能力が確約された異形。その姿へと変えた狼男が鋭い牙を剥き出し、大きく裂けた口を開いた。
「使う予定のなかった能力を使わせたことを」
そして狼男は忌々しく言った。
「何せ私の美意識に反するのでな」
変身能力者の決まり文句であろうか。聞き覚えのあるフレーズは、しかし殺意が乗せられると途端に身が震えるようになる。
「褒美だ。死ぬがよい」
殺意の言葉に相応しい獰猛さで、狼男が迫る。
「竜輝!」
「分かってる!」
俺は最も効果的であろう、座標指定の重力操作を行う。同時に竜輝が電撃を地面に這わせる。
だが。
「何だと!?」
敵は多少勢いを落としつつも、駆け続ける。
(コンクリートさえ自重で陥没する重力場だぞ!?)
増強能力と変身の組み合わせ。圧倒的な暴力は、俺の予想を遥かに超えていた。
(まずい。打撃を喰らえば、タダでは済まないぞ)
間もなく敵は重力圏を抜ける。
(
決断を下す前に、竜輝が前に出た。
「岳人! クッションよろしく!」
竜輝が前に出て、右腕を盾にしようとする。その全身からは雷が漏れ出ていた。
(電撃により筋肉を収縮させているのか? だが、その程度では)
しかし今更何を言っても遅い。
狼男は雷に構うことなく、強烈な爪を突き出した。
(チッ!)
俺は内心で舌打ちをして、せめてとばかりに能力を発動する。
俺達は吹き飛ばされ、壁に激突する。
意識は、何とか失わずに済んだ。視界が明滅するが、些細な問題だろう。
「岳人……」
竜輝は驚きを露わにするように呟いた。
竜輝も辛うじて死を免れた。だが右手は見るも無残な有様で、左手は俺が来た時から使えず、蹴りを放った右足も骨が突き出ていた。
だが、竜輝の戦意は衰えていない。
「もし君が俺の想像通りなら、作戦があるんだけど」
「何だ」
敵は電撃が堪えたのか、数瞬の間はありそうだ。作戦を聞く時間なら取れそうだった。
「あいつは、能力者じゃない。問題は、あのでっかいカプセルだと思うんだ」
「だから」と竜輝は言った。
「あの機械。君なら外せるんじゃないか?」
水無月竜輝。勘のいい男だ。
「ああ。だが、少なくともあいつに触る必要がある。もうひと働きできるか?」
「きついね。でも、やらない訳にもいかないよね」
正直、俺も背骨が折れていないのが奇跡みたいな状況だ。でも竜輝が言うように、やらない訳にもいかない。
「小賢しい! だが、これで終わりだ!」
敵が瞬く間に接近する。
先ほどの焼き直しのように、俺は重力場を生成する。
だが同じ結果には決してならない。
竜輝は右手が使えないし、背中は壁だ。
同じように右手が突き出される。まともに喰らえば、竜輝共々貫通する。先の攻撃もそうだが、本来なら絶対に吹き飛ばされたりしないのだ。
必殺の一撃である。だが、それが予測できていたなら、対処も可能だ。
同じ攻撃だという確証はなかった。だからこれはただの賭けで、だが俺達は勝利した。
竜輝の圧縮された雷撃と、俺達の渾身の回避行動が実り、爪は空振る。伸びた腕を俺はすかさず掴んだ。能力を発動する。
ボルトの軋む音。それは一瞬で破断音に変わり、敵の能力の源が遥か遠方に吹き飛ばされた。
「……は?」
狼男は、ただの人間へと戻る。状況を把握出来ていない男に重力を浴びせる。
「な、なんだ、今のは?」
男はまだ俺の能力を把握出来ていないようだった。
答えてやる義理はないが、教えてやる。
「ステージ2。俺の能力は、引力と斥力を操る」
時巡のお陰で開けた俺の新たな能力。斥力を操ることにより、本来なら貫く筈だった爪から逃れ、体に頑丈に取り付けられていた装置を吹き飛ばした。
「能力は再定義され、その姿を変える。無能力者には、難しい話だったか?」
敵は黙り込んだ。顔が伏せられているので、その表情は伺い知れない。
だが、これで俺達の『真世界』との戦いは――
「岳人!」
竜輝が俺と共に倒れ込む、次の瞬間、俺達のいた場所に何者かが着地する。
「導師様。ここは撤退を」
新手、しかも今奴は何と言った。
「逃がすか……!」
声を振り絞るが、体がついていかない。とうに限界など越えていたのだ。
新手の男は俺に一瞥すらせず、導師と呼ばれた男を抱える。
導師と目が合った。
「覚えていろ、この恨み、必ず……!」
そう言い残し、導師と新手の男は去った。
「……望むところだ」
俺は、消えていく背中を睨み続けた。
*
湿気が籠り、刺激臭が鼻をつく。
下水道とは、おおよそ人が居るべき環境ではないが故、逃走経路に最適だった。
「おのれ、おのれ、おのれ」
言葉が止まらない。能力者風情に、後れを取ったという事実が口を止めさせない。
「十字岳人、水無月竜輝……!」
あの2人には、工場を襲撃され、そして今、このような場所を移動させられる羽目になった。許せない、絶対に許さない。
「殺す、殺す、殺す」
呪詛が止まらない。恨みは幾ら吐き出そうと、心の内から湧いて出る。
「砕いてやる、刻んでやる、磨り潰し「それは無理だね」
呪詛の言葉が、この場ではありえない筈の、女の言葉によって遮られる。
部下は足を止めていた。それは当然、目の前に邪魔者がいたからだ。
その女は、その血のように紅い瞳以外は、取り立てて特徴のない女だった。だが、記憶の片隅には、その女の名前があった。
「……時巡優子。貴様、何者だ」
大会に参加していた、十字岳人と水無月竜輝の仲間。
この場所に居るはずなどない人間。疑問は至極あっさりと答えられた。
「その名前は、この場合では相応しくないね。私は一応、君のライバルだったつもりだよ。『真世界』の導師様」
「まさか」
この、まだ20にも満たない女が。
「『コレクター』、貴様が!」
「正解。初めまして、お互い苦労させられたね」
その言葉に、冷静でいることは不可能だった。
「苦労、だと!? 貴様、貴様のせいで! そうだ、十字岳人も水無月竜輝もどうでも良い! 貴様さえいなければ!!!」
そう、敵はこいつだ。こいつさえ消せば、全てが上手くいく。
「殺せ、いますぐこいつを殺せぇ!!!」
「仰せのままに、導師様」
部下は俺の前に繰り出し、静かに構える。
この男は俺の側近。その実力は、最明蓮華にすら見劣りしない!
「見誤ったな、『コレクター』。護衛もつけずに現れるとは」
「まさか、君の実力はよぉく知ってるよ。その上で、私はここにいる」
部下はその能力を発動しようとし、突如膝をつく。
「ば、馬鹿な……」
呆然と、部下が倒れゆくのを眺める。
『コレクター』がいた。部下の目前、背後、そして、元の場所にも。
「ど、どういう……」
2人目の『コレクター』が、笑いをこらえて言った。
「良い顔だ。私はね」
そう言って、『コレクター』は俺の額に触れる。最早抵抗する気力も失せていた。
「君が欲してやまなかった超能力を、2つ持って産まれたのさ」
自らが、老い衰えていくのが分かる。
『コレクター』が続ける。
「さようなら。超能力発生装置は、私が上手く使うから、安心していいよ」
最早怨恨は心になく、あるのは後悔だけだった。
こんな奴がいると知っていれば、あのような装置など作らなかったのに。