闘技大会は3日目を終え、一回戦の全てが消化された。
ひとまず大会は1日の休息を挟む。
休息日には、何やら超能力を用いた芸術祭が催されるようだ。
大会参加者には息抜きとなるのだろうが、私は相も変わらず事情が違った。
今日はアリスと会う約束の日だからだ。
「うわ、待ち合わせ場所。駅の方が良かったかな」
「この様子じゃ、駅も大して変わらなそうだけどな」
私と岳人は、東京ドーム前広場が人でごった返しているのを、呆然と見ながら言った。
「大会の時はこんなに人居なかったのに」
「所詮は一回戦だからな。それに今日は展示ブースもある」
誰と待ち合わせしているかと言うと、アリスは勿論だが華と零次、竜輝たちともである。
お互いの友達同士で交流しようという感じだ。
「しくったなあ。もっとちゃんと決めとけば良かった」
「そうだな、それは俺も――」
私に誰かがぶつかり、思わず前に倒れかける。
岳人が私の腕を掴み支える。
「危ないな。お前は離れるなよ」
「……それ、もう一回言って?」
「あ? 何でだよ」
「良いから」
「……言わない」
「言って」
「言わない」
とにかく。
集合にはもうしばらく時間が必要なようだった。
*
「あー、ムカつくぜ」
「僻むなよ。人生には3度モテ期があるって言うだろ」
人混みをかき分けながら、相棒を嗜める。
道中のカップルを見ての発言だ。
艶やかな黒髪の少女と、体格の良い男。恐らく高校生くらいだろう。絵にかいたような美男美女だった。
相棒は人差し指をじっと見つめていた。
モテ期は既に一度消化済みらしい。それも彼の意にそぐわない時期なのは、不満な顔を見れば明らかだった。
「ま、そう気を落とすなよ。今日はハッピーデイだろ?」
「ヒヒ」
相棒は、歯ぎしりにも似た、卑屈な笑い声を漏らす。
「ああ、今日はボケカス共にとって、忘れられない日になるな」
相棒は機嫌を直したようだ。
心の底から安堵し、誰にも悟られぬよう鞄に視線を移す。
相棒の能力なしに、この爆弾は十全の威力を発揮できないのだから。
*
待ち合わせ場所を変え、何度も電話で確認し、私たちはようやく合流した。
「アリス、電話持ってない……」
1人、アリスという少女を除いて。
竜輝の絶望的な発言に、私たちの間に緊張が走る。そもそも竜輝はアリスの回収のため、晴路と共に家に帰った筈なのだ。それがどうしてこうなった。
「トイレに行ってたら、居なくなってたんだ」
と言う事らしい。
零次が困り顔で言った。
「どうしようか。別れたら二の舞になりそうだし、みんなで一緒に探すべきだと思うけど」
「その前に迷子センター行くべきでしょ」
華が提案したのが正道だ。零次の懸念も最もだったので、私たちはぞろぞろと連れ歩き迷子センターに行く。が、結果は空振り。アナウンスを出し、一応は知り合いである晴路が残ることになった。
そして再度私たちは頭を抱えることになるのだが。
(アリスは監視対象の筈。分身に現状さえ伝えられれば、すぐに居場所が分かるんだけど)
電話なら一発だが、流石にそれは私の正体に繋がるので無理だ。
会場には分身が居ない。
だから視覚聴覚の共有による情報源は、本部の分身になる。その分身はちょうど電話を終えたところだった。
「本体も聞いてたと思うけど、念のためリピートするね」
「爆弾が会場のあちこちに仕掛けられているから、巻き込まれないよう会場を離れること。爆弾テロは、私たちはノータッチで決定したから」
最悪だった。
爆弾を発見した班と、アリス監視中の班、横の連携が出来ていない。
(監視中の班に分身が注意喚起すれば問題ないけど、あいつの中では、アリスは私が会場から離すことになってるはず。ちょっと分の悪い賭けだなあ)
結論。
(私たちが何とかするしかないじゃん……)
それにはまず、この場の全員で爆弾を発見しなければならない。
(爆弾の設置場所は報告されている。近くで、全員が行ける場所……)
私は提案する体で、目的地へと誘導する。
「とりあえず、人気のない場所探そうよ。目が見えないなら、人のいる場所は避けるんじゃないかな」
「そうだね、アリスはあまり人混みが得意じゃないし」
「でも目は閉じてるけど、周囲の状況は把握できているみたいだよ」と竜輝は不思議な言葉を付け加えた。
目的地はフロアから展示ブースとは真逆の位置にある、従業員用通路出口。その近くの茂みの中だ。
私は当然のように先頭を歩き、目的地を目指す。
探しながらの道行ゆえ、移動は緩やかだ。私に別の目的があることを悟られぬよう、逸る気持ちが足に反映されぬよう、細心の注意を払う。
実際爆発までの時間も、爆弾の威力も不明だ。
(私も直接見ればある程度の事は分かるけど、不安だ)
随分と長く感じられた移動を終え、目的地へと着く。そこは思った通り、人の気配がまばらだった。アリスが居ないことはすぐにわかった。
「うーん、ここにも居ないね」
「意外なとこに座ってたりしてね」
私はそう言って茂みを掻き分ける。
「いや、そんなとこには居ないでしょ、流石に」
華がそう言って笑いかけるが、私は返事をせず、爆弾に意識を集中させた。
(時限式の信管。時計を改造したのか。後40分で爆発する。……何だこれ?)
小指ほどのカプセルが側面に張り付いていた。それは何の装置とも繋がっていないらしく、指で簡単に引きはがせた。
「それ、爆弾?」
後ろから覗き込んだ華が言った。
私が肯定すると、華は「わお」と言った。
「どうしたの?」
「爆弾と聞こえたが」
「え、爆弾? おもちゃとかじゃなくて?」
ぞろぞろと竜輝、岳人、零次が集まってきた。
私は半歩右にズレ、それを見せる。
「プラスチック爆弾だな……」
「でも何でこんな場所に? ここじゃあ大した被害は出ないと思うけど」
「そんなことよりさ、こんなカプセルが張り付いてたんだけど」
「え、ちょ、なんで君たちそんな冷静なの!?」
零次の混乱をよそに、岳人がカプセルを手に取る。
「見ただけじゃ分からないな」
そう言って、岳人はカプセルを無理やり引きちぎる。
内部には黒い粉が入っていた。岳人は指でつまみ、その匂いを嗅いだ。
「黒色火薬だな」
「爆弾に関係ある、よね。それで起爆するのかな?」
竜輝はそう言うが、外側に僅かに貼り付けた黒色火薬では雷管の代わりにはならないだろう。だが無関係であるというのも考えづらい。
「無理だな」
「なら超能力だね。理論を考えても仕方がない」
「だろうな。時限式の他に、遠隔起爆の手段として貼り付けたのだろうさ」
「なるほど、超能力にはこういう使い方もあるんだね。あまり良い気はしないけど、勉強になった」
恐らく当初の計画には、その能力者は居なかったのだろう。雑な仕掛けがその証だ。
議論する私たちを他所に、白けたように華が言った。
「で、それどうすんの?」
「小鳥遊がどうしてそんな雑なのか分からないけど、俺もそれを早くどうにかするべきだと思うな」
零次の発言も最もである。
竜輝が真っ先に言った。
「多分、爆弾はこれ1つじゃないよね。どう考えても場所が悪すぎる」
「ああ、しかも遠隔でも爆破できるなら、騒ぎになるのは不味い。焦った犯人が起爆させるかもしれない」
「なら――」
私は笑みを浮かべて言った。
「私たちで解決するしかないね」
「うん、そうだね」
「そうだな」
責任感の強い竜輝と、一応警官の岳人が同調した。
「まじかよ……」
「それで、どうやって犯人探すの?」
華が爆弾を鼻に近づけて言った。
「爆弾の匂いは辿れるけど、犯人は分からないね」
「むしろ何で辿れるんだ、警察犬か。だがお手柄だぞ小鳥遊」
華は爆弾の匂いを嗅いでからずっと鼻を抑えている。鼻だけの変身は彼女の美的感覚から外れているらしい。
「2チームに別れる」
岳人が言った。
「爆弾探しと、犯人捜しを並行して行う。小鳥遊は勿論爆弾班だ」
「私解除方法知らないけど?」
「……俺は出来るが、時巡は?」
「無理。そんな技能あるの岳人だけでしょ」
「逆になんで岳人君は出来るの……?」
「じゃあ岳人と小鳥遊は爆弾班だね。残り3人が犯人探しかな」
「ああ、そっちは人数が多いほうが良いだろう。爆弾も被害の多い箇所だけ取り除いたら、俺達もそっちに合流する」
華と岳人が移動を始めた。その足取りに迷いはない。あの2人ならすぐに合流できそうだ。
「私たちはどうしようか」
竜輝は顎に手を当て、真剣な顔で言った。
「爆弾はむき出しだったから、犯人は多くの荷物が入りそうで、それも中身の少ない鞄やリュックサックを持ってる筈だよ」
「す、凄いな。そんな事思いつきもしなかった」
「そうだね、お手柄だよ竜輝」
正直私も、素直に関心した。
私が提案するつもりだったけど、必要なさそうだ。本当は私が提案するつもりだったけど。
私たちは別れ、それぞれ人の多いであろう場所へ移動した。私はドーム内の正面エントランスだ。
(一応、岳人にも犯人の考察は伝えたから、一通り見回れるはずだけど)
今は待つしかないだろう。
私は自販機で買った謎の炭酸飲料を口に運んだ。
*
爆弾は一通り設置し終えた。
「ああ、やっと軽くなった」
俺を相棒と呼ぶ男は、肩を回しながら愚痴を漏らした。
「だいたい、あんな重いものを1人で持たせるなんて、上の奴らは何を考えてんだか」
愚痴る男に、声と共に缶を投げた。
「ほれ」
「何だ、これ」
ラベルには見たことのない商品名が書かれている。一応炭酸飲料らしいが。
「知らね、でもまあ、大丈夫だろ」
「無責任だな」
男は一口飲み、眉をひそめた。
「どうだ?」
「コーラ。でも嫌な甘さだ。口ん中がねばつく」
まずそうだな。自分の分は買わなくて良かった。
歩きながらも男はちびちびと飲み続け、ドーム正面エントランス、そろそろ建物から出ようという辺りだ。ついに男は音を上げた。
「だめだ、捨てるわ」
「仕方ねえなあ。あっちにゴミ箱が――」
ゴミ箱の前には、男と同じ缶を持っていた少女が、今にも缶を手放そうとしていた。
「やあ、君もこのコーラにやられたのかい?」
男の行動は早かった。
すぐさま相手と自分の共通点に目を付け、ナンパを始めたのだ。こういうのがモテる秘訣なのだとしたら、俺には一生無理だ。
「はぁ?」
少女は不快感を隠そうともしない。
だが男は動じなかった。
「このコーラだよ。珍しい物好きは――」
「おい」
男の肩を掴む。
ナンパは構わないが、今すべきでないのは俺にも分かる。
男は小声で言った。
「大丈夫だって、時間まで後30分もある。それまでに決めるから」
「……10分で決めろよ」
「その鞄」
突如少女が口を開いた。
先ほどとは打って変わり、楽し気な声だ。
何故か悪寒が走る。だが男はそう感じなかったらしく、笑顔でこう返した。
「ああ、これは何でもないよ。お土産を買おうと思ったんだけど、欲しいものがなくてね」
聞いてもいない事情まで男は言った。確かに聞かれた際の、事前に決め合わせていた内容だが。
少女は鼻で笑い言った。
「そう、私はてっきり爆弾でも入れていたのかと」
俺は悪寒の正体を察し、胸ポケットから発煙筒を取り出した。そして能力により着火する。
俺の能力は爆発。
マーキングした任意の爆発物を爆発させ、そしてその能力での爆発は
俺がテロ犯に雇われたのは、この誘爆能力を買われてだ。時限式では不安が残るため、俺の能力を遠隔式の雷管に変えようという算段である。
(爆弾が見つかったらすぐに爆発させろと言われてたが、敷地から出ねえと俺も巻き込まれる!)
悲鳴をバックに俺は全力で走る。だが、逃げた方向が悪かった。敷地どころか建物からも出られていない。
動揺し過ぎだ。この混乱なら、追えやしない。俺は走るのをやめ、背後を振り向いた。
「嘘だろ!?」
あの少女は、既にこちらに向かって真っすぐ走っていたのだ。
(速い! 追いつかれる!)
今いるのは従業員用の通路だ。人質に出来る人間も居ない。だが、少し行けば丁字路に着く。
(誰か居てくれ!)
必死の願いが通じたのか、そこには1人の少女が居た。
雪のように白い肌と髪。そして、閉じられた目が――
「あ」
世界が崩壊していく。全身の熱という熱が奪われていく。
逃げなければならない。視線を逸らさなければならない。その虹彩も、結膜も、目に名づけられた全ての部位が、黒く染まった異形の眼球から。
「あ、ぁぁぁ……」
だが、それは叶わず、俺の意識は闇に溶けた。
*
爆弾テロの犯人は力なく倒れた。
私は男が倒れる前に感じた悪寒に冷や汗を流しながらも、その男が倒れた丁字路に着いた。
そして――
「こんにちは、お姉さん」
声を掛けられた。鈴のようでいて、脳髄に直接刻み込まれたかに錯覚させる不快な音色。
私は声の主に向き直る。努めて冷静さを装い答えた。
「初めまして、アリス」
私は自分の選択に後悔した。
会うべきではなかったのだと、この目で見てようやく理解したからだ。
怪物は利用することも、排除することも。そして、近づくことさえしてはならなかったのだと。