学生闘技大会開会式が、東京ドームにて開催される。
今は総理によるスピーチ中だ。それが終わり次第、控室に居る私たちが入場することになる。
私は紫を基調とした学校指定のユニフォームに身を包み、同じ服を着た岳人へ言った。
「緊張してる?」
「……」
最近岳人が何時にも増して冷たい。
つと彼の視線があらぬ方向を向いているのに気がついた。
視線の先に居たのは、水無月竜輝。
(じゃあ私のヒントは機能したわけだ。岳人もこの大会を通して彼と接触するつもりかな?)
でも岳人コミュ障だし大丈夫なのかな。無理な気がする。
(それとも殴り合いが友情に繋がるとか、そういう?)
無為な思考に意識を割いている間に、私たちの出番が来たようだ。
能力科を有する学校指定枠から32名。そしてそれ以外の自由枠から2名。
学生最強が、この34人の中から選ばれるのだ。
私たちの登場に観客がわっと沸く。
司会者が大音量のスピーカーを通して言った。
「試合形式はトーナメント! 男女別に戦い、それぞれのトーナメントを勝ち上がった者達が最強を競います!」
そしてモニターに参加者の名前が浮かび上がり、線によって繋がれる。
「さあ、たった今組み合わせが決まりました! 名前が赤く浮かび上がった方は右のゲートへ! 青く浮かび上がった方は左のゲートから選手控室に移動願います!」
「ただし!」一層力強く司会者が言った。
「初戦を飾る名誉ある決闘者、時巡優子、荒木白百合両選手はそれぞれの色のついた、所定の位置へ移動ください!」
互いに同じユニフォームを着た2人が向かい合う。
荒木白百合。
私と学内予選を勝ち進み、決勝戦を競い合った仲である。
能力は茨の付いた蔦の生成と操作。
前回、私は最初避ける素振りを見せ、相手の守りが薄くなった瞬間を狙い、茨によるダメージをこらえ一撃を与えて勝利した。
今回は初めから自傷を覚悟で攻め続ける。
ダメージレースで競り勝てる相手だ。
私が試合を組み立てている間にも、司会者がルール説明を続ける。
「今両選手が立っている一辺80m、正方形の石畳がバトルフィールドになります! 石畳以外に体をつけたその瞬間、当選手は失格となり相手が勝利します!」
「そして、殺害した場合も失格となります!」
「以上がルールとなります! 選手両名、準備はよろしいでしょうか!」
私と荒木白百合が同意を示す。
審判がこちらに向かってくる間、荒木白百合が口を開く。
「時巡さん。もしも、私が以前と同じ戦法を取るとお考えなら、改めたほうがよろしくてよ」
「へえ、つまり君は、以前は実力を隠していたわけだ」
「ええ。そして、初戦が貴方で幸運でした」
審判が配置に付く。
間もなく戦端が開かれる。
荒木白百合はそれに構うことなく続けた。
「貴方に私は倒せない」
審判が手を降ろす。
その瞬間、私は速攻をかけ、荒木白百合は自身を中心に茨を展開し、球体と化した。
私は構わず蹴り飛ばし、しかし場外から余裕をもって止まった。
だがもう二度三度で場外まで蹴とばせる。
確かに決定打はないが、ルールが悪かった。倒せずとも私の勝ちだ。
その私の予想、いや、思い上がりはすぐさま叩き潰される。
球体は円柱に肥大化し、手足が生えた。
比喩ではない。その蔦は正しく手を、足を象っていたのだから。
10mはあろう、蔦の巨人は一歩踏み出した。
石畳が悲鳴を上げたようにひび割れた。
「
意図せず口から漏れた。
あの巨人は、明らかに蔦の操作などという
再定義による能力の更なる発展。
天才が晩年に漸く至るというそれに、この女は到達しているというのか。
(そんなことが……可能、なんだろうな。切り替えるしかない)
今は、この難敵に立ち向かわなければならない。
巨人が手を振り上げる。
怠慢な動きに見えるそれは、しかし終端速度は恐ろしい速さで、威力は想像を絶するものになることは容易に想像できた。
その拳を私は余裕をもって大きく避ける。
砕けた石畳が弾丸のように私を襲うが、それは大した問題ではない。
蔦の巨人の拳の周囲が、不自然にひび割れていく。
拳による衝撃ではない。それならば今も割れ続ける筈がない。
見れば、巨人の足元も同様に、ひび割れが侵食していた。
「ッ!」
その意味は理解できた。
あれは、蔦が地面の中を伸びているのだ。間もなく姿を現し、フィールド全体を覆うだろう。
無論、それは私に致命的なダメージを与えられない。
動きを阻害するのが精々で、しかし十分な働きだ。
動きを止めれば、巨人がとどめを刺すのだから。
「はぁ」
私は大きく息を吐いた。
覚悟を決めなければならないからだ。
「フフ」
そして次の瞬間、勝利を確信しているだろう荒木白百合を嘲笑った。
実力を隠していたのは、何もお前だけではないのだ。
私はこの闘技大会で、初めて能力を使用する。
本来使うつもりはなかった。
だが、流石に一回戦敗退では格好がつかないだろう。
私は巨人の腕を駆け上る。
ここにきての特攻は読めなかったのか、動きが止まる。
巨人が再起動した瞬間、私は跳躍し、巨人の頭部に着地する。
そして茨が手に喰いこむのを構わず手をつき、そして叫んだ。
「朽ちろ!」
能力を発動する。
蔦の巨人は限界まで成長している。ならば、後は枯れるだけだ。
巨人全体が瞬く間に茶色く枯れ、力を失い地面に倒れ込む。そして粒子となって消えていった。
後に残るのは、目を見開いた荒木白百合と、その首を握る私だけ。
「ま、参りました」
その言葉を以て、私の勝利が決定した。
*
初戦が会場に与えたダメージは深刻だった。何せフィールド全体を蔦が這ったのだ。表面だけでなく、内部までボロボロである。
だがものの数分で修復されることになる。優秀な能力者のアピールに余念がない奴らだ。
初戦では大した活躍は見られなかったが、回復持ちの能力者も相応に優秀なのだろう。即死でもなければ、回復させられるのではなかろうか。
問題といえば、私が能力を使用し老化させたことについてだけれど。
実際能力の解釈によって可能であろう、という推察を裏付けただけで、10年前の殺害事件を今更掘り返しはしないだろう。岳人は疑いを深めるかもしれないが、それだけである。
勿論使わないに越したことはないし、予定もなかったが、あくまでも遊びのようなものである。今ではトーナメントの方が重要だ。
試合終了後、私は控室に戻ったが、岳人も水無月竜輝も青グループの控室だった。
今日の試合が全て終了し、私たちは宿泊施設に案内された。
違う色のグループと話すなら、ここの談話室を使う事になる。私はそこで水無月竜輝と接触するつもりだ。
ちなみにこの施設自体は、試合に負けても大会が終わるまでは使用可能だ。
(やっぱり負けたほうが良かったんじゃ?)
水無月竜輝は誰かと既に話していた。
あれは確か、彼と同じ学校の村田晴路だったか。
「やあ、隣良いかな?」
多少強引でも構わない。何故なら私は美人だからだ。
私は水無月竜輝の隣に座る。
「君は水無月竜輝君で、奥の君は村田晴路君だよね。逆シードの。私は時巡優子。よろしくね」
人数の関係上、試合数が1つ多くなる組み合わせがある。ただの場繋ぎだったが、村田晴路は予想以上に喰いついてきた。
「そうなんだよ、昔から俺って運が無くて。あ、よろしくね、優子ちゃん」
「優子で良いよ、晴路」
ちゃん付けはつい最近不快な思い出が出来たので否定する。ついでに私も君呼びは止めることにする。
「まずは竜輝、一回戦突破おめでとう。晴路はもう2戦して、やっと対等だね」
「ちょいちょい、もっと優しくしてくれよぉ」
「私の優しさは高いけど?」
「んー、じゃあ食後の一杯を」
「そこはご飯そのものを奢れよ」
私たちの間からくすくすと笑いが漏れた。水無月竜輝だ。
随分と控え目に笑うんだな。私のイメージでは、彼はもっと粗暴だと思ったのだが。どうにも伝え聞いた彼とギャップがある。
「会ったばかりなのに、随分と仲良しだね」
「私は竜輝とも仲良くなりたいな」
「逆ナンじゃん。竜輝様は流石のイケメンでございますね」
確かに顔は良いが、私としてはもう少し鼻が小さいほうが良い。
「おい」
ドスの効いた、聞き覚えのある声が背後から響く。
振り返ると、そこに居たのはやはり岳人である。
「やあ岳人、随分と機嫌が悪そうだね」
「ええ、と。知り合い?」
晴路が萎縮するのも分かる。
私は機嫌が悪いと言ったが、それは過少申告である。率直に言って、岳人は殺気立っていた。
「君は……」
竜輝が意味ありげに呟いた。
面識があるにしろ、ないにしろ、少し奇妙な呟きである。
「彼は岳人。私のクラスメイトだよ。竜輝は何か知ってるの?」
「前にちょっと……」
「前に? その時岳人何か面白い事でもしてたのかな?」
「時巡。俺のことは良いだろう」
そのまま岳人は"俺は機嫌が悪い"と言わんばかりに行儀悪く私の隣に座った。
そして私の苦情を遮り言った。
「俺も水無月竜輝。お前のことは知っている。以前立てこもり事件を解決していたな」
「うん、でも君も――」
と、また妙な間を竜輝は持たせた。
しかし本当に控え目な男だ。自身の手柄は誇りたくなるものだろうに。
それにしても、"君も"?
「立てこもり事件、岳人もその場に居たの?」
「いや――」
「そうなんだ、彼が居なければ解決できなかったよ」
「へえ」
「え、何々、それ初耳!」
岳人の制止を振り切って、竜輝は話し始めた。
あの時、あの場所に岳人も居たのだと。
そして彼こそがその能力により、犯人を取り押さえ、自分はただ徒に騒ぐことしかできなかったのだと。
にも関わらず、岳人は自分に手柄を譲ったのだと。
それはまるで罪の懺悔のようで、予想だにしない重い空気が私たちを覆った。
「岳人、何でそんなことしたの?」
「いや、俺はただ目立ちたくなかっただけで……」
言いようのない罪悪感が岳人を襲ったのだろう。史上初の素直な回答が返ってきた。
「そ、そういえばさ。竜輝はもう戦ったけど、どうだった? 会場の雰囲気とか、相手とか」
これもう戦った私がする質問じゃないな。ちょっと動揺したせいだ。
だが竜輝以外の2人が同調したお陰で、それが気にされることはなさそうで安心した。
「うーん、そうだね。やっぱり緊張したかな」
「あきらかキンチョーしてたもんな。でも最後は調子戻ってたろ」
「それどころじゃなかったからね。相手強かったから」
何とか危機を脱したようだ。
そろそろ本命について触れても良いだろうか。
「みんなは、どうしてこの大会に参加したの?」
水無月竜輝の目的は、アリスを守れる男になることだ。彼女を守れる強さを得るため、この大会に参加したのである。
初めに答えたのは、特に裏はないであろう晴路である。
「ぶっちゃけノリで参加したからなあ。強いて言えば、出会いを」
晴路は最後まで言い切る前に目を逸らした。
(? まあ、こいつはどうでも良いか)
「岳人は何でだっけ?」
「え、あ、ああ」
岳人はあからさまに動揺していたが、すぐに気を取り直して言った。
「俺は自分の実力が知りたかったからだな」
「俺も似たようなものかな」
よし、予想通り竜輝は含みを持たせた言い方をした。後は深掘りし、アリスと会えるように会話を誘導すれば良い。
「似たようなものかあ。岳人のとは違うの?」
「え、うん、そうだね。今俺がどこまでやれるか、が正確かな」
「今の自分の強さを知りたかったんだね。上昇志向なんだ。理由がありそうだね」
「強くなりたい理由は……うん、あるよ」
……何か、またしんみりしてきたな。でも今回は引くわけにはいかないのだ。
「どんな理由?」
「守りたい人がいるんだ。だから、俺は強くならないと」
「あぁ、それってアリスちゃん?」
ダイレクトな答えは、晴路の口から出た。私もアリスの動向を全て把握しているわけじゃない。彼と知り合いということは、アリスは意外と出歩いているのだろうか。
「……アリス」
岳人が小さく呟いた。私も気を付けていなければ、聞き逃していただろう。
この様子なら、きちんとアリスと『真世界』に関わりがあることは調べがついたようだ。
さあ、どうする岳人。忠犬を気取るなら。上司の命令を守り、『真世界』への接触を避け、この場は私の妨害をすべきだ。でも復讐者なら、自分の属する勢力も、命令も無視して。『真世界』に一歩でも近づくため、私に同調したくならないか?
「……」
岳人は何も言わなかった。
彼の牙は折れていない。それが、私にはとても愛おしく思えた。
「アリス、外国の人? 気になるな、その子と竜輝の関係が」
会話を進め、私はアリスと出会う約束を取り付けた。