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第8話「本戦開始」

 学生闘技大会開会式が、東京ドームにて開催される。


 今は総理によるスピーチ中だ。それが終わり次第、控室に居る私たちが入場することになる。

 私は紫を基調とした学校指定のユニフォームに身を包み、同じ服を着た岳人へ言った。


「緊張してる?」

「……」


 最近岳人が何時にも増して冷たい。


 つと彼の視線があらぬ方向を向いているのに気がついた。

 視線の先に居たのは、水無月竜輝。


(じゃあ私のヒントは機能したわけだ。岳人もこの大会を通して彼と接触するつもりかな?)


 でも岳人コミュ障だし大丈夫なのかな。無理な気がする。


(それとも殴り合いが友情に繋がるとか、そういう?)


 無為な思考に意識を割いている間に、私たちの出番が来たようだ。


 能力科を有する学校指定枠から32名。そしてそれ以外の自由枠から2名。

 学生最強が、この34人の中から選ばれるのだ。


 私たちの登場に観客がわっと沸く。

 司会者が大音量のスピーカーを通して言った。


「試合形式はトーナメント! 男女別に戦い、それぞれのトーナメントを勝ち上がった者達が最強を競います!」


 そしてモニターに参加者の名前が浮かび上がり、線によって繋がれる。


「さあ、たった今組み合わせが決まりました! 名前が赤く浮かび上がった方は右のゲートへ! 青く浮かび上がった方は左のゲートから選手控室に移動願います!」


「ただし!」一層力強く司会者が言った。


「初戦を飾る名誉ある決闘者、時巡優子、荒木白百合両選手はそれぞれの色のついた、所定の位置へ移動ください!」


 互いに同じユニフォームを着た2人が向かい合う。


 荒木白百合。

 私と学内予選を勝ち進み、決勝戦を競い合った仲である。


 能力は茨の付いた蔦の生成と操作。

 前回、私は最初避ける素振りを見せ、相手の守りが薄くなった瞬間を狙い、茨によるダメージをこらえ一撃を与えて勝利した。


 今回は初めから自傷を覚悟で攻め続ける。

 ダメージレースで競り勝てる相手だ。


 私が試合を組み立てている間にも、司会者がルール説明を続ける。


「今両選手が立っている一辺80m、正方形の石畳がバトルフィールドになります! 石畳以外に体をつけたその瞬間、当選手は失格となり相手が勝利します!」

「そして、殺害した場合も失格となります!」

「以上がルールとなります! 選手両名、準備はよろしいでしょうか!」


 私と荒木白百合が同意を示す。


 審判がこちらに向かってくる間、荒木白百合が口を開く。


「時巡さん。もしも、私が以前と同じ戦法を取るとお考えなら、改めたほうがよろしくてよ」

「へえ、つまり君は、以前は実力を隠していたわけだ」

「ええ。そして、初戦が貴方で幸運でした」


 審判が配置に付く。

 間もなく戦端が開かれる。


 荒木白百合はそれに構うことなく続けた。


「貴方に私は倒せない」


 審判が手を降ろす。

 その瞬間、私は速攻をかけ、荒木白百合は自身を中心に茨を展開し、球体と化した。


 私は構わず蹴り飛ばし、しかし場外から余裕をもって止まった。


 だがもう二度三度で場外まで蹴とばせる。

 確かに決定打はないが、ルールが悪かった。倒せずとも私の勝ちだ。


 その私の予想、いや、思い上がりはすぐさま叩き潰される。


 球体は円柱に肥大化し、手足が生えた。

 比喩ではない。その蔦は正しく手を、足を象っていたのだから。


 10mはあろう、蔦の巨人は一歩踏み出した。

 石畳が悲鳴を上げたようにひび割れた。


2……」


 意図せず口から漏れた。


 あの巨人は、明らかに蔦の操作などという段階ステージを越えている。


 再定義による能力の更なる発展。

 天才が晩年に漸く至るというそれに、この女は到達しているというのか。


(そんなことが……可能、なんだろうな。切り替えるしかない)


 今は、この難敵に立ち向かわなければならない。


 巨人が手を振り上げる。

 怠慢な動きに見えるそれは、しかし終端速度は恐ろしい速さで、威力は想像を絶するものになることは容易に想像できた。


 その拳を私は余裕をもって大きく避ける。

 砕けた石畳が弾丸のように私を襲うが、それは大した問題ではない。


 蔦の巨人の拳の周囲が、不自然にひび割れていく。

 拳による衝撃ではない。それならば今も割れ続ける筈がない。

 見れば、巨人の足元も同様に、ひび割れが侵食していた。


「ッ!」


 その意味は理解できた。

 あれは、蔦が地面の中を伸びているのだ。間もなく姿を現し、フィールド全体を覆うだろう。


 無論、それは私に致命的なダメージを与えられない。

 動きを阻害するのが精々で、しかし十分な働きだ。


 動きを止めれば、巨人がとどめを刺すのだから。


「はぁ」


 私は大きく息を吐いた。

 覚悟を決めなければならないからだ。


「フフ」


 そして次の瞬間、勝利を確信しているだろう荒木白百合を嘲笑った。

 実力を隠していたのは、何もお前だけではないのだ。


 私はこの闘技大会で、初めて能力を使用する。


 本来使うつもりはなかった。

 だが、流石に一回戦敗退では格好がつかないだろう。


 私は巨人の腕を駆け上る。

 ここにきての特攻は読めなかったのか、動きが止まる。


 巨人が再起動した瞬間、私は跳躍し、巨人の頭部に着地する。

 そして茨が手に喰いこむのを構わず手をつき、そして叫んだ。


「朽ちろ!」


 能力を発動する。

 蔦の巨人は限界まで成長している。ならば、後は枯れるだけだ。


 巨人全体が瞬く間に茶色く枯れ、力を失い地面に倒れ込む。そして粒子となって消えていった。


 後に残るのは、目を見開いた荒木白百合と、その首を握る私だけ。


「ま、参りました」


 その言葉を以て、私の勝利が決定した。




 *




 初戦が会場に与えたダメージは深刻だった。何せフィールド全体を蔦が這ったのだ。表面だけでなく、内部までボロボロである。

 だがものの数分で修復されることになる。優秀な能力者のアピールに余念がない奴らだ。

 初戦では大した活躍は見られなかったが、回復持ちの能力者も相応に優秀なのだろう。即死でもなければ、回復させられるのではなかろうか。


 問題といえば、私が能力を使用し老化させたことについてだけれど。

 実際能力の解釈によって可能であろう、という推察を裏付けただけで、10年前の殺害事件を今更掘り返しはしないだろう。岳人は疑いを深めるかもしれないが、それだけである。

 勿論使わないに越したことはないし、予定もなかったが、あくまでも遊びのようなものである。今ではトーナメントの方が重要だ。


 試合終了後、私は控室に戻ったが、岳人も水無月竜輝も青グループの控室だった。


 今日の試合が全て終了し、私たちは宿泊施設に案内された。

 違う色のグループと話すなら、ここの談話室を使う事になる。私はそこで水無月竜輝と接触するつもりだ。

 ちなみにこの施設自体は、試合に負けても大会が終わるまでは使用可能だ。


(やっぱり負けたほうが良かったんじゃ?)


 水無月竜輝は誰かと既に話していた。

 あれは確か、彼と同じ学校の村田晴路だったか。


「やあ、隣良いかな?」


 多少強引でも構わない。何故なら私は美人だからだ。


 私は水無月竜輝の隣に座る。


「君は水無月竜輝君で、奥の君は村田晴路君だよね。逆シードの。私は時巡優子。よろしくね」


 人数の関係上、試合数が1つ多くなる組み合わせがある。ただの場繋ぎだったが、村田晴路は予想以上に喰いついてきた。


「そうなんだよ、昔から俺って運が無くて。あ、よろしくね、優子ちゃん」

「優子で良いよ、晴路」


 ちゃん付けはつい最近不快な思い出が出来たので否定する。ついでに私も君呼びは止めることにする。


「まずは竜輝、一回戦突破おめでとう。晴路はもう2戦して、やっと対等だね」

「ちょいちょい、もっと優しくしてくれよぉ」

「私の優しさは高いけど?」

「んー、じゃあ食後の一杯を」

「そこはご飯そのものを奢れよ」


 私たちの間からくすくすと笑いが漏れた。水無月竜輝だ。

 随分と控え目に笑うんだな。私のイメージでは、彼はもっと粗暴だと思ったのだが。どうにも伝え聞いた彼とギャップがある。


「会ったばかりなのに、随分と仲良しだね」

「私は竜輝とも仲良くなりたいな」

「逆ナンじゃん。竜輝様は流石のイケメンでございますね」


 確かに顔は良いが、私としてはもう少し鼻が小さいほうが良い。


「おい」


 ドスの効いた、聞き覚えのある声が背後から響く。

 振り返ると、そこに居たのはやはり岳人である。


「やあ岳人、随分と機嫌が悪そうだね」

「ええ、と。知り合い?」


 晴路が萎縮するのも分かる。

 私は機嫌が悪いと言ったが、それは過少申告である。率直に言って、岳人は殺気立っていた。


「君は……」


 竜輝が意味ありげに呟いた。

 面識があるにしろ、ないにしろ、少し奇妙な呟きである。


「彼は岳人。私のクラスメイトだよ。竜輝は何か知ってるの?」

「前にちょっと……」

「前に? その時岳人何か面白い事でもしてたのかな?」

「時巡。俺のことは良いだろう」


 そのまま岳人は"俺は機嫌が悪い"と言わんばかりに行儀悪く私の隣に座った。

 そして私の苦情を遮り言った。


「俺も水無月竜輝。お前のことは知っている。以前立てこもり事件を解決していたな」

「うん、でも君も――」


 と、また妙な間を竜輝は持たせた。

 しかし本当に控え目な男だ。自身の手柄は誇りたくなるものだろうに。


 それにしても、"君も"?


「立てこもり事件、岳人もその場に居たの?」

「いや――」

「そうなんだ、彼が居なければ解決できなかったよ」

「へえ」

「え、何々、それ初耳!」


 岳人の制止を振り切って、竜輝は話し始めた。


 あの時、あの場所に岳人も居たのだと。

 そして彼こそがその能力により、犯人を取り押さえ、自分はただ徒に騒ぐことしかできなかったのだと。

 にも関わらず、岳人は自分に手柄を譲ったのだと。


 それはまるで罪の懺悔のようで、予想だにしない重い空気が私たちを覆った。


「岳人、何でそんなことしたの?」

「いや、俺はただ目立ちたくなかっただけで……」


 言いようのない罪悪感が岳人を襲ったのだろう。史上初の素直な回答が返ってきた。


「そ、そういえばさ。竜輝はもう戦ったけど、どうだった? 会場の雰囲気とか、相手とか」


 これもう戦った私がする質問じゃないな。ちょっと動揺したせいだ。

 だが竜輝以外の2人が同調したお陰で、それが気にされることはなさそうで安心した。


「うーん、そうだね。やっぱり緊張したかな」

「あきらかキンチョーしてたもんな。でも最後は調子戻ってたろ」

「それどころじゃなかったからね。相手強かったから」


 何とか危機を脱したようだ。

 そろそろ本命について触れても良いだろうか。


「みんなは、どうしてこの大会に参加したの?」


 水無月竜輝の目的は、アリスを守れる男になることだ。彼女を守れる強さを得るため、この大会に参加したのである。

 初めに答えたのは、特に裏はないであろう晴路である。


「ぶっちゃけノリで参加したからなあ。強いて言えば、出会いを」


 晴路は最後まで言い切る前に目を逸らした。


(? まあ、こいつはどうでも良いか)


「岳人は何でだっけ?」

「え、あ、ああ」


 岳人はあからさまに動揺していたが、すぐに気を取り直して言った。


「俺は自分の実力が知りたかったからだな」

「俺も似たようなものかな」


 よし、予想通り竜輝は含みを持たせた言い方をした。後は深掘りし、アリスと会えるように会話を誘導すれば良い。


「似たようなものかあ。岳人のとは違うの?」

「え、うん、そうだね。今俺がどこまでやれるか、が正確かな」

「今の自分の強さを知りたかったんだね。上昇志向なんだ。理由がありそうだね」

「強くなりたい理由は……うん、あるよ」


 ……何か、またしんみりしてきたな。でも今回は引くわけにはいかないのだ。


「どんな理由?」

「守りたい人がいるんだ。だから、俺は強くならないと」

「あぁ、それってアリスちゃん?」


 ダイレクトな答えは、晴路の口から出た。私もアリスの動向を全て把握しているわけじゃない。彼と知り合いということは、アリスは意外と出歩いているのだろうか。


「……アリス」


 岳人が小さく呟いた。私も気を付けていなければ、聞き逃していただろう。


 この様子なら、きちんとアリスと『真世界』に関わりがあることは調べがついたようだ。

 さあ、どうする岳人。忠犬を気取るなら。上司の命令を守り、『真世界』への接触を避け、この場は私の妨害をすべきだ。でも復讐者なら、自分の属する勢力も、命令も無視して。『真世界』に一歩でも近づくため、私に同調したくならないか?


「……」


 岳人は何も言わなかった。

 彼の牙は折れていない。それが、私にはとても愛おしく思えた。


「アリス、外国の人? 気になるな、その子と竜輝の関係が」


 会話を進め、私はアリスと出会う約束を取り付けた。

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