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第2話「彼は今私について調べているのかな」

 十字岳人は異能取締課に所属する公務員である。

 仕事内容、立場は秘されているが、発行されたIDカードは正式なものであり、機密事項へのアクセス権も持ち合わせている(彼の立場では全てを閲覧することは叶わないが)。


 職場へいつも通り裏口からひっそりと入り、備え付けのPCを起動する。

 起動するまでの間、学校での出来事を思い出していた。


「テロは怖いよね。もう起きないと良いね」


 時巡優子。

 彼のクラスメイトである女が放った言葉だ。


 彼は自らの過去を語ったことなどないし、そもそも初対面である。

 万が一過去の彼を知っていたとしても、名字も変わっている。関連性を見出すことは難しいはずだ。

 にも関わらずである。あの女は挑発するようにこちらの過去に触れてきた。


(何者だ、あの女)


 一般人の調査などしないから、データベースからは大した情報は得られないだろう。しかし、何の用意もなしで対峙するよりかは遥かにマシだ。あれ以降話しかけてくることはなかったが、それはそれでこちらの考えを読まれたかのようで不気味だった。


「何……?」


 思わず呟く。

 彼女に対するデータが、予想以上に膨大だったからだ。


 一般人とは思えないデータ量。よほどの重要人物でなければ、これほどまでに調査はしない。


 それこそ、彼の探し求めた相手のような……。


「や、珍しいね。調べごと?」


 急に肩を叩かれ、椅子を蹴とばすように立ち上がり振り向いた。


「お、驚かせないで下さい。先輩」

「修行が足りないなあ」


 けらけらと軽快に笑うのは、現在同じ高校に通っている、2つの意味で先輩に当たるユリさんだ。

 小柄故にただでさえ長い緑髪が、ポニーテールに結い上げてなお腰まで伸びている。度どころかガラスさえない年季の入った伊達眼鏡を掛けているのも普段と同じだ。

 俺が子供の頃から今と変わりない容姿だったので、高校生の筈がないが……この思考は危険なので破棄する。


 俺の動揺など意に介さず、彼女はパソコンの画面を覗き込み、にんまりと意地悪な笑みを浮かべた。


「遂に、遂に岳人にも春が来たんだねえ、お姉さん感慨深いよ」


 そんなわけない。

 これ見よがしに溜息をつくと、彼女は「つまんなーい」と間延びした声を上げた後、真剣な表情へと一変させた。

 自然と背が伸びる。驚いて立ち上がって、そのままなのが幸いした。座ったままだったらさぞ居心地が悪かっただろう。


「君の権限の範囲での調べものなら咎める気はないから、気を楽にしていいよ」


 そう前置きされて、はいそうですかと姿勢を崩せるはずもない。

 彼女の見定めるような目の前で、隙を見せるのは憚れた。


 彼女はゆったりと言った。

「どうして時巡優子について調べているの」と。


 一瞬逡巡した後、”隠し事は後が酷い”という直感に従い、今日起きたことを話した。

 ユリさんはポーカーフェイスだ。俺では次の彼女の行動すら読めない。


 彼女は柔らかな笑みを浮かべて言った。


「優子ちゃんは、昔調査対象だったことがあったんだよ」


 昔、が何時の事を指すのかは聞かなかった。

 言っても良いことならば補足してくれるし、そうでなければ聞けることすら聞けなくなる。だから俺は黙って耳を傾けることにした。


「君も知っていると思うけど、『フューチャー』を名乗る犯罪者集団がいたでしょう?

 その発端、怪死事件の容疑者が彼女だったんだよ」


 『フューチャー』?

 確か、10年前にそんな組織が世間を騒がせていたと聞いたことがある。

 その首領は証拠不十分だとかで、しびれを切らせた当時の所長が暗殺を実行。流石に問題ありとされ、責任を追及される形で辞任したと聞いている。

 結局、その首領の男が本当に黒幕であったかは分からず仕舞いだ。未だ未解決の事柄も多く、発端とやらの容疑者もそうなのだろう。


 しかし、彼女はその時はまだ5歳か6歳。幼すぎる。ありえない話だ。


 俺の戸惑いが顔に出ていたのだろう。ユリさんはくすりと笑った。


「正常な判断だよ。私も当時、遂に所長の頭がおかしくなったのかぁと思ったもの」


 当時……10年前、年齢。いや、この思考は禁止したのだった。


「でも本当に、あの特異な能力殺人を実行可能な能力者が、彼女しかいなかったんだ」


 能力は戸籍に紐づけられた最重要情報だ。

 能力殺人の際は、全国民のデータが洗い出される。その際容疑者が1人になることも、あるのかもしれない。


「彼女の能力は『成長』。これを解釈すれば、老死させることも可能

 年齢の問題も、自分自身を成長させればクリアできる


 仮定に仮定を重ねた空論だ。

 当時の空気は知れないが、能力殺人を解決できないのは課の沽券に関わることだ。よほど追い詰められていたのだろう。


「だから異例ともいえる、1か月の張り込みが実施されたんだ。でも結果は白。事件は未解決のまま、膨大な資料だけが残されたのでしたとさ」


 ちゃんちゃん、と彼女はわざとらしく涙をぬぐう仕草を見せて話を打ち切った。


 しかし、疑問は残る。


「じゃあどうして俺の過去を知っていて、しかも仄めかしたんだ?」

「さあ? 偶然じゃないかな。深く考えると、その資料の山みたいになっちゃうよー」


 そう言い残し、ユリさんは部屋を後にした。


「む」


 しかし、そう言われても気になってしまうのが人のサガだ。

 せっかく開いたことだし、資料に目を通すことにした。


 調査内容は家族構成等の基本情報と、そして1か月の張り込みが全てだった。

 当時5歳の子供に過去の調査は不要だろうし、ユリさんが言った通り、調査を打ち切ってからのデータはない。


 その1か月のデータも大半は家を見張っているものだった。第三者との接触は皆無で、そこに特記すべき点はない。


 事件発生日も同様だ。

 確かなアリバイがある。


「分かり切っていたことだな」


 時間の無駄だった。

 パソコンの電源を落とし、部屋を後にする。


 無駄なことにこれ以上意識を割いても仕方がない。

 俺がするべきは仇を探すこと。そしてその時が来るまで、牙を研ぎ続けることなのだ。


 部屋を出ようとし、扉の向こうに人の気配があることに気がついた。

 一歩下がり、扉が開くのを見届ける。


「お、いたいた」


 扉を開けたのは中年の大柄な男。

 俺の上司である、高橋たかはし次郎じろうだ。


「お疲れ様です、仕事ですか」

「ん、まあ、そんなとこ」


「まあ、座ろうや」と高橋所長は言い、キャスター付きの椅子をゴロゴロと並べた。

 わざわざ資料室で話すことだ。さほど重要な要件ではないのだろう。


「闘技大会知ってるよな?」

「え、まあ、噂程度には」


 時代錯誤で、きな臭い噂ばかりの。

 関わりたくないことは確かだ。


「あれ、お前出なさい」


 嫌です、とは言えないのだろうな。


 俺の目的は復讐だが、達成までの道のりは随分遠いようだった。

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