人類発祥以来、ほとんどの人が能力者だったらしい。
どういう歴史を辿ったのかが不思議だが、どうも私たちの世界と相違ないように思える。日本だし、西暦も使われている。しかして本年は1989年である。私の令和はどこに行った? それにしても昔のテレビってあんなに分厚かったんだね、ブラウン管ってやつ?
しかしまずは私の話を。
全身麻酔から目覚めたら、胎児になっていた。
麻酔は初めてだったし、こういう夢とか、幻でも見ているのかなと最初は思ったけど、生まれて1年も経てば、そうではないことに嫌でも気がつかされた。
転生という言葉が脳裏をよぎる。
私は腎臓移植の提供側だったのだけれど、手術失敗で死亡とか、そんなことってあるだろうか。前世そんなに悪いことしてないぞ。
それに、提供された側がどうなったのかも問題だ。というかそっちの方が遥かに気になる。そっちも駄目だったら死んでも死にきれないぞ。
(何とか確かめないと)
そうして私はベビーベッドで決意を固めたのだった。
それから4年間。藁にも縋る思いだった私だけれど、不幸中の幸いか、この世界には超能力が実在しているらしいことを知った。
そう、超能力である。
まずは私の能力を説明しよう。
私の能力は2つだが、まずふつう能力は1人につき1つであるという前提がある。
2つ持ちというのは大変珍しいもので、2000年前の例のあの人が、2つ持っていたとのこと(眉唾話なので、ありえないと断じても良いのでは?)。
1つ目の能力は『成長』。
植えた種を急速にお花に変移させられる。成長させることが出来るのだ。対象は生物全般。人間につかえば赤ちゃんも一気にビールが飲めるお年頃になるだろう。
ただしこの能力で成長したものは、緩やかに元に戻っていく。朝顔の花はつぼみになり、最終的には種へと戻る。
成長速度はかなり自由度があり、花が咲くまで数秒から数分までコントロールできた。戻る速度はコントロールできない。
また、対象が死んだ場合にも戻る。ただし死んだという事実は変わらず、胴体を裂いた蝶は、胴体を裂かれた芋虫へとなっていた(蛹を経由する以上、胴体の状態が保存されるわけないのに、不思議なものだ)。
そして2つ目は分身だ。
自分と寸分たがわない自分を生み出せる。洋服もきちんとコピーされる。気がつかなかった服のほつれまで完璧にだ。ただし分身が使用できる能力は成長のみである。
分身の視覚、聴覚から得られた情報はリアルタイムで本体に送信される。消えろと念じると一瞬で消え、分身作成後に手に入れた物はその場に取り残される。
60m範囲に作成でき、持続時間は72時間。作成後は特に行動範囲に制限は無い。少なくとも東京から大阪までは問題ない。
あと、数だけど、これがなんと最大500体まで可能である。
調べた限りでは、これはちょっと異常な数字だ。
分身能力は辞典にも載っていたが普通は片手で数えられる程度。
ありえない2つ目の能力の、異常な性能。
これを私は、いわゆる転生特典、チートだと判断した。
せっかく素晴らしいプレゼントを貰ったのだから、もしいるのなら神様には恩返しするべきだろう。
出会えたらだけどね。恩返しする前に、一発殴っておくけどね。誰のせいでこんな苦労するはめになったと思ってるんだ。
まあしかし、残念ながらこの能力では世界の壁は越えられないだろう。
つまるところ、私は最低限世界の壁を越えられる者を探す必要がある。
それも可能な限り急ぎたい。
同じ時が流れているのなら手遅れだけど、竜宮城みたいに、時の流れが異なるかもしれないのだ。早ければ
早く、早くだ。
そのためにも、出来ることは全てするべきだろう。
決意を新たに、私は能力を発動した。
*
ネオン煌めく夜の街。
蛾と同じように喧騒も光に集まるようで、路地裏は静かなものだった。遠くに響く喧騒が、まるでこの場がまどろみの中にあるようだと思われた。
実際、中には酒をしこたま浴び、まどろみの中に居る者もいた。
古びたスーツを気崩し、ふらふらと歩く男が正にそうである。
彼は時代に乗り遅れた人間だ。やれ周囲の人間が土地だの株だので盛り上がっているなか、踏ん切りがつかず黙々と働いていた男である。
別にそれが間違いだとは思わなかったが、羽振りの良い同僚を見ていると、それが本当に良かったのか不安になるし、妻にも「なぜあなたは臆病なのか」と馬鹿にされる日々である。
いや、しかし、ネズミ講なる詐欺も流行っていると聞くし、自分のような人間には堅実が一番である筈だ。
そう自分に言い聞かせるが、酒が進んでしまう日がある。今日がその日だった。
「あ、と、と。すみません」
酒で千鳥足だし、そもそも路地裏は足場が悪い。座っていた人の足に躓いてしまった。
不思議だった。なぜ自分はこんなところを歩いているのだろう。別段近道でもないのに。
ちょっとしたアクシデントで酒が少し抜けた彼は、踵を返して元の道に戻ろうとした。
「あ」
思わず声が漏れた。
彼が躓いてしまった人の顔を、見てしまったからだ。
その
白目をむき、ピクリとも動かない。
聞いたことがある。最近流行りの、脱法ドラッグというやつの症状だ。
こんな老人になってまで、そんな物に手を伸ばしてしまう人生とは、どんなに恐ろしいだろうか。
彼は身震いした。
視線を外そうとして、気付く。
つい考え事をして、長く見ていたせいで気付いてしまった。
「お爺さん?」
声をかけ、そっと、彼の首、動脈の辺りに触れる。
彼の心臓は強く脈打っていた。だが、この老人は……。
「きゅ、救急車……!」
彼は駆けだした。
堅実で、真っ当な大人として、責務を果たしに行ったのだ。
*
怪奇、老死する若者。
ワイドショーがおどろおどろしく報道するには、
能力殺人自体はそう珍しくないとはいえ、流石に異常で、かつ視聴者の興味を引く題材として便利なのであろう。
「怖いわねえ」
まっ昼間、居間でだらける母親が呟いた。
第2子を妊娠中とはいえ、だらけすぎるのは如何なものだろうか。
まあ、それはさておき。
この事件の犯人は私だ。ちょっとしたアクシデントがあったのである。
アクシデントについてもさておいて。
私の能力は成長。
成長は行き過ぎれば即ち老化である。100年も進めれば大概は殺すことができる。
黒幕としてふるまう時は、成長を老化として使うつもりだ。
(この方法なら、捕まらないことも分かったしね)
能力による捜査は、流石に予測がつかなかったので大きな賭けだった。初めて殺した夜は中々眠れなかったのを今でも覚えている。
しかし蓋を開ければ、私に捜査の手が掛かることはなかった。賭けに勝ったのだ。
(いや、単純に年齢所以で捜査線上から外れただけかもしれないけど)
だとしても、あと10年もすれば捜査状況が分かる地位の人間も味方につけられるだろう。
(分身500人による人海戦術。未来知識の犯罪、アイデアからなる財力、人材の確保)
準備は着々と進んでいる。
今はまだ半ぐれ集団でしかないが、いずれは真っ当な企業も立ち上げ、未来知識を存分に活かして支配を広げていくつもりだ。
そうすれば、この世界にいる能力者を把握できる。
(でも、どうやって能力者に協力させようか)
金で済めばそれで良いが。
ううむ、展望が見えてくると別の問題が湧いてくるな。
(まあ、それは追々)
分身から送られてくる情報を頭に叩き込み、当面の目標である資金繰りに精を出すこととした。
*
そして月日は経ち、舞台は移る。
東京襟糸高等学校。
能力科を有する高校は全国で8ほどあるが、この学院はその中で最も偏差値が高い。いわば能力者のエリートが通う学校である。
今この学校では1年に1度の恒例行事が開催されていた。
桜花びら舞い、期待と不安に興奮した声が幾重も重なる、入学式である。
私も主役の1人であり、いつになく緊張していた。
「優子ー!」
背後から私の名前を呼ぶ声に、緊張を悟られないよう、表情を整えてから返事を返す。
「おはよう、
「おはよー、やっぱ優子だった」
私の後ろ姿は、ひどく凡庸だ。
肩まで伸びた黒髪に、背丈も体格も、一般的な女学生と変わらない。
よくもまあ、自信満々に名前を呼べたものだ。
違っていたら、どうするつもりだったのか。
まあ、華ならそれを切っ掛けに、その子と仲良く名乗るのだろうな。華はそんな子だ。
入学式早々、髪を金に染めてしまった彼女は色々な意味で輝いていた。
「ラメスプレー、髪にかけてる?」
「うん、いいでしょ。優子にもかけてあげようか?」
「やめとく、目付けられるのも嫌だし」
「ふへへ、相変わらず良い子ちゃんだね。人生楽しまなきゃ損だよ?」
少なくとも良い子ちゃんではない。鼻で笑い、私は「お互い入学出来て良かったね」などと祝辞を述べた。
それから適当に中身のない会話を楽しみつつ、教室へと向かった。
能力科は1クラスのみ、私と華は、掲示板で喜声を上げる新入生を横目にクラスへと向かう。
華は「いいなあ」と羨んでいたが、正直私はクラス替えが嫌いなので、1クラスで良かったと思っている。
「でも、私は華は普通科に行くと思ってたよ」
「えー、親友に対して酷くない?」
「そういう意味じゃなくて。華は自分の能力が嫌いなのかと思ってた」
華の能力は、竜化。
ドラゴンに変身する戦闘能力に特化した能力である。
部分的な変身も可能なので、中々使い勝手が良いと思うが、見た目が彼女のお気に召さないらしく、あまり使いたがらないのだ。
「やー、そうなんだけどさ」
と、華は歯切れ悪く言った。
「私の能力は一応Aランクだしさ、将来のこと考えたら、活かさない方が損じゃん?」
能力はその性能により、ランク付けがなされる。
皆さんご存じの通り、人とは格付けがお好きなもので。能力者が自慢する時は、このランクを引き合いに出す場合が多い。
(噂では、入試基準もこのランクが基になってるらしいし)
私の成長も、Aランクである。
老化と分身は隠して、成長に絞っての査定だったが、特異な能力はそれだけでランクが上がりがちだ。
「でも活かすって、災害救助とか?」
「それなあ。戦闘系の能力はこれだから困る」
優子はいいよねえ、と彼女は言った。
確かに、成長の能力は研究機関にとっては喉から手が出るほど欲しい能力だろう。
華が困っているように、戦闘系はあまり就活には役立たない。この世界は異能まみれの癖に中々平和だ。
数年前までは冷戦下だったが、当事国の1つである大国が潰れ、少なくとも私たちにとっては、戦争はテレビの中だけの代物に成り下がってしまったからだ。
(とはいえ、水面下では争いの火種がたっぷりあるけどね)
つい数年前にも日本でテロがあったし、世界のどこかではやはり戦争は現役だ。
と、そんなことを考えつつ華との雑談をしていると、教室へと着いていた。
教室にはクラスの半分ほどの人数、15人くらいが既に集まっていた。
予鈴まで後10分ほど。3つの大きなグループと、2人3人の集まりが既に形成されている。
同じ中学だったり、入試で仲良くなったり。もう少し時代が進んでいれば、SNSでの知り合いが一番多くなるのだろうか。ともかく、あらかじめ準備をしておくというのは大事なことだ。
ちなみに私と華は小学校以来の友達だが、彼女は誰にでも気安く話しかけるきらいがある。当時はそれに救われたし、これから救われる人もいるだろう。
「あ、華おはよー」「時巡さんもおはよー」
女子メインで構成されたグループに、私たちも混ざっていく。
教室へ入った時に確認したが、まだ本命が現れていないようなのである。
私がこの学校へ入ったのには当然理由がある。
有益な能力は優れた環境に集まるからだと考えたからだ。
裏でも収集しているが、表でも注意を払うべきだろう。
特に学生は私の調査網から外れやすい。
それともう1つ。
私の頭を悩ませているこの世界特有の問題を解決するためである。
時刻は25分。予鈴を示す音楽がスピーカーから鳴った。
それと同時、
彼は8年前の無差別テロにて両親を失っている。その後半年足らずで里親に引き取られ、特に問題行動もなく穏やかに暮らしている――というのが表向きの設定だ。
彼はとある組織の一員である。
合法、非合法問わず、あらゆる手段を用いて異能犯罪の取り締まりを責務とする、一応政府公認の秘密組織らしい。
どういった経緯で勧誘されたのかは分からなかったが、件のテロ、能力を用いたテロであるからして。加入した理由はその辺りだろう。
ちなみにそのテロを起こしたのは私じゃないよ。別の組織。非能力者団体の1つ『真世界』を名乗る組織である。
この世界には能力者が溢れかえっている。しかし、全ての人間が能力者ではないのだ。
彼らは共通して、生まれた時から能力を持たない。
それ以外に共通点はなく、人種、性別、時代。一切の因果なく、唐突に産まれ落ちる。
そのため非能力者は先天性の病気として扱われ、また”欠けている”と長らく考えられているために、酷く差別されやすい。
そしてそのためにこの世界特有の問題が発生した。
その『真世界』が画策している計画が『世界中の人間を非能力者に変える』というものなのである。私の計画にクリーンヒットしているそれを、許すわけにはいかない。
残念ながら詳細までは知ることが出来なかったが、世界的な犯罪者組織である『真世界』。何をしでかすか分からない以上、早々に潰しておかなければならない。
『真世界』にご執心であり、その捜査員である十字岳人は仲良くしておきたいメンバーダントツの1位だ。
それと重力操作は珍しいので確保しておきたいのもある。ワンチャン成長して世界に穴を開けたりできないかなと思ってる。3年間共に過ごすわけだし、上手いこと誘導してあげれば良いだろう。
で、肝心のファーストコンタクトだが、彼は話しかけるなオーラを全開にし、全てを遠ざけるように孤立しているのである。
予鈴から本鈴の5分間。彼は沈黙を貫くらしい。
勿論私が許さない。笑顔で言った。
「ギリギリの到着だったね。計算してた?」
私と彼の机は隣だ。工作を結構頑張ったので褒めて欲しい。
その成果により話しかけることには成功したのだが、何と彼は私を無視。人の努力を無に還そうなんて許せないな?
HR開始まであと5分。何としてでも振り向かせて見せる。
「入学式はHRの後なんだって、何話すんだろうね」
正直私も興味ないので、返事がないのも納得といえば納得である。
しかしこれでは埒が明かない。
当初の予定とはズレるが、こちらも手札の1つを切ることにしよう。
タイミングを見計らう。
がらがらがらと、扉が音をたてて開いた。先生の登場である。
生徒の意識がそちらへ向く、この一瞬。
「テロは怖いよね。もう起きないと良いね」
「――――何だと?」
会話の流れ次第では自然な、しかしこの状況ではあまりにも不自然な発言。
お前の過去を知っているぞ、と言外に告げられた彼は、睨みつけながらこちらを向いた。はい私の勝ち。
軌道修正。何も知らない健気なヒロインから、ミステリアスなヒロインへと変更。
はてさて、色々と計画に変更が必要そうだが、ただ1つはっきりと言えることがある。
彼をからかうのは、結構楽しい。
『人生楽しく』
華の助言通り、学生生活は楽しいものにできるかもしれない。
私の胸は高鳴っていた。