春、暖かな嵐の中をカラスが風に流されながら飛んでいる。
「あれでいて、存外、気性が荒いんだよ」
冬が言った。
「春は、僕らが嫌いなのさ。」
残雪は冬に耳打ちするように言った。
「だって、芽吹く緑をいつまでも覆っているからね。」
冬は少し考えた顔で、うんうんと頷くと、真っ白だった雪原に想いを馳せた。
残雪は春の風に舞った土埃で黒く汚れている。
冬は少し申し訳なさそうに
「残雪も早くこちらにおいでよ。春風に追いやられて居心地も悪いだろう?」
残雪は苦笑いすると
「春風とはまともに話したこと無いよ。あいつ等ったら、謎解きの探偵の如く、暴くのが好きだからね。雪はなんでもかんでも隠してしまうからいけないって悪口を言っていたよ。」
冬は雪の事を思い出した。
繊細な雪の事だ。口にはしなくとも、早々と"あちら"へ帰ってしまったのも頷ける。
"あちら"
そう、僕ら季節は消えて無くなる訳じゃない。"あちら"に帰って行くだけなのだ。
残雪には申し訳ないけど、と前置きして
冬は"あちら"に帰る支度をしている。
「何か持っていくかい?」
残雪は冬に問いかけた。
「うーん。秋に貰ったドングリの帽子と、春がくれた四季咲きの薔薇の話だけで十分かな。」
冬はポケットの中を探ると四季咲きの薔薇の話とドングリの帽子を残雪に見せた。
「わ。ドングリの帽子!良いなぁー僕も欲しいって秋に言っておいてよ。」
冬はフフフと笑って
「僕の宝物だけど、残雪にあげようか。春は秋と仲良くしたがっているから、もし、春が辛かったら、ドングリの帽子をお守りにすると良いよ。」
埃まみれの残雪の頭にちょこんとドングリの帽子を冬は被せてあげた。
「ありがとう。これで、安心して溶けて行けるよ。春や春風に自慢してやるんだ。」
「溶けたら"あちら"においでよね。待ってるからさ。」
冬は、"あちら"のドアを開けると、残雪に手を振って去っていった。
するとどうだろう。曇天からポツリポツリと雨降りだした。
雨は優しく残雪を溶かしていく。
カラスが一羽、暖かな雨に打たれながら、カァと一鳴きした。