「遅いのよいつもいつも」
やめろ……やめてくれ……。
「あなたはいつも、私が苦しんだ後にたどり着く」
言うな。言うんじゃない。
「ね? ちゃんと、あの犯罪者を殺してあげたわよ?」
少女の下には、血まみれで横たわる男の姿があった。
「眠い」
梓苅弘人は授業中にもかかわらず机に突っ伏していた。額に跡が付くことも気にせずひたすらに夢の世界を堪能している。
「おい!」
頭に教科書の角が落ちてくる。一点集中で痛みが迫り弘人は素っ頓狂な声をあげた。
ハッと顔をあげると、ぶっ刺さったと思われる衝撃地点に触れる。特に穴が空いた形跡はなくひとまず安堵するが、すぐ横で国語教師の竜胆が鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「すみません寝てました」
「寝てましたじゃねぇ!」
再度の教科書攻撃。これは予備動作があったため手で受け流す。
「グハッ!」
もう片方の手を見ていなかった。頭に大きなたんこぶができる。
「……ったくお前は元気なのかなんなのか……」
竜胆はため息をつくと黒板前まで戻って行った。
他の生徒はというと、この期間特に騒ぐことなく自分の教科書を読んだり傍観したりしていた。毎日のように起きているためもう慣れてしまっていたのだ。
「ぷぷぷ……」
しかし、そんないつもの光景でもなおまだ何かがツボに入っている人がいた。
隣席の坂下幸音だ。長い髪を後ろで1つに束ねている、明るく友達も多いどこでにもいる普通の運動部少女。彼女は弘人が寝ていることに竜胆が気付くと、待っていましたと言うように目を輝かせて楽しそうにこちらを眺める。クラス唯一の茶番劇ファンとも言うべき人間だった。
「今日も弘人君の負けだったね」
「そうだね」
静かに話しかけてくる幸音。弘人は何がそんなに面白いのか分からず、冷たくあしらう。
「今度はさ、受け流すんじゃなくて、普通に避けちゃえば? こう、しゅんしゅんって」
身体を大きく揺らしながら何かを避ける動きを見せる幸音。自分が言えることではないが、授業中だぞと弘人は突っ込みたかった。
「うーん、やっぱこっちの方が」
「坂下! 何でお前も! 静かに受けろ!」
「ご、ごめんなさい!」
案の定竜胆に叱られる幸音。
「もうお前ら付き合っちまえよ。問題児同士」
竜胆が言うと笑いが巻き起こった。他人の色恋沙汰は何故か盛り上がるのが理解できないと弘人は顔が引きつる。もう何か言い返すのも面倒くさい。
「……」
「弘人君と私はただの仲良い友だちですよ先生!」
「仲良くは無いよ」
主に幸音が一方的に絡んでくるだけであって、特に友人だとは思っていなかった。勿論学年が切り替わってクラスが同じになってからはそれなりに話していたが、それはただのクラスメイトとしてだ。
「へ?」
想定外の言葉を言われたようで少し眉を下げる幸音。
「……」
言い方を間違えたと弘人は頭を抱えた。
「コホンっ、すまんすまん。じゃっ、授業続けるぞー」
弘人の発言で微妙になった空気を変えるべく竜胆はいじりをやめる。
以降は皆淡々と板書を行い、何事も無く竜胆の授業は終わった。
室内が一斉に異なる話題でざわめき立つ中、弘人は大きくあくびをして目をこする。
「……ね、むい……」
やっと邪魔されずに眠れる。弘人は机にまた頭をぶつけようと下を向くが、幸音に阻止された。
「ねーねー弘人君。休み時間中も寝てるけど暇なの? たまには身体動かそうよー、あ、そうそうSKMで回って来たんだけどさー、これ面白いよー」
幸音はスマホを取り出すと、身体の柔らかい男女が超人的な動きをする動画を見せてきた。無駄に大きい効果音や大げさな編集、普通に凄いのだから普通の編集でいいだろと弘人は思う。
「へぇ」
「弘人君は出来る?」
「え?」
何をどう考えればこんな狭い箱に俺が入れると思うのか理解できない。弘人は幸音の謎発言に対し、頭を小さく横に振った。
「無理でしょこんなの」
「弘人君でも無理かー」
だから何で俺ならできると思う!? と口に出しそうになるが堪える。ポーカーフェイスを装うのだ。そうすればつまらなくなって別の人の所へ行くだろう。
「弘人君でも出来ないのかー」
「だから何で俺ならできると思うの!?」
しつこすぎて思わず口に出てしまった。弘人はすぐに話をすり替える。
「あーそういや次の授業って」
「弘人君が凄い力持ってるからだよ!」
「続けるな」
「ていうかさーさっきの発言なーに? 私友達じゃないの? ひどいよ弘人君」
「ごめんなさい友達です」