峰との再会から、一週間が経った。
「そのピアス、気に入ってんのね」
シフトで被った森川にそう言われ、千尋はびくりっと身を震わせた。そのまま誤魔化すように「はい、まあ」とうすら笑いを返す。
実際あれ以来、毎日のように峰からもらったピアスを着けていた。親指の爪ほどの大きさの菱形は、千尋の耳たぶに強い存在感を示している。
「でも実際着けてるの見ると可愛いね、それ」
「あ……昨日も、これ見てこのピアス売れたんです」
「やっぱり店員がモデルっていうのはあるよね、千尋くん顔も良いから余計に映えるのはあるかも」
「いやそんな……」
どう返せばいいか分からずにいると、森川は「そういえば」と口を開いた。
「そのピアスくれてたイケメンさんさ、あれ結局何者なの? 知り合いではあるんだろうけど」
そういえば、あの後かなり忙しくなりそのあたりの話を森川にしていなかった気がする。
今は客の入店もないし、雑談としてならいいかもしれない。
「高二の時の、担任なんです」
「そなの? 結構若くなかった?」
「若く見えるけど、今確か三十二歳とかですよ」
「へー見えないねぇ」
確かあの時、峰は初めて担任を持ったと言っていた気がする。そんなことをぼんやり思い出しながら、千尋は続けた。
「僕、高校の時ちょっと色々あって不登校みたいになっちゃってて。その時親身になってくれてて……卒業以来、会ってなかったんですけど」
「あーなるほど、恩師みたいな感じなんだ」
森川はそれで納得してくれたらしい。そのタイミングで入店があり、森川は「いらっしゃいませー」と元気よく接客へと向かった。
どちらにせよ、森川に話せることといえばそれくらいだ。それ以外の……とくに千尋が彼にどんな気持ちを抱いているかなんて、言えるわけもない。
とりあえず商品の定期洗浄を始めようとすると、森川が駆け足で本棚へと向かっていくのが見えた。恐らく、以前の顧客なので顧客名簿を確認しに行ったのだろう。千尋にもあの客には見覚えがあった。
(……そうか)
峰にもあの時、顧客名簿を書いてもらった。つまりあそこには、連絡先と住所も入っている。
そこまで考えて、慌てて首を振る。
(いやだめだろ、それは社会人として)
それでも、動悸が止まらない。気付いてしまったからには、止められない。
あれだけ、ずっと会いたかった。母校にまで会いに行ったのにもう異動した後だった、と聞いた時の裏切られた気持ちがずっと燻っていたのは事実だ。
(そうだ、先生は裏切ったんだ。僕のこと)
……六年前に交わしたあの約束を、裏切ったのは彼の方だ。
その事実は、千尋を突き動かすのに十分な内容だった。
(……来ちゃった)
顧客名簿に記されていた峰の住所は、駅四つ分向こうの地域にあるマンションだった。小綺麗で、安くはないということがすぐに分かる。
結局あの後千尋はこっそりと顧客名簿を確認し、退勤後峰の家にまで来たのだった。一応連絡先にあった電話番号にかけてみようと思ったが、彼は千尋の番号を知らないため出てもらえない可能性があると思い……直接、出向いたのだった。
現在時刻、二十一時過ぎ。仕事を終えて、もうすでに帰宅しているだろう。
(引かれちゃうかなぁ)
それでも、来てしまったからには止められない。
ずっと、彼に会いたかった。正直、先日会ってその欲は止められたと思っていた。しかし、そんなわけはなかった。
(だってずっと……忘れられなかったんだから)
意を決して、マンションへと一歩踏み出す。
オートロックなのは想定済みだったので、機械に峰の部屋番号を打ち込む。その手は、少し震えていた。
会って何を話すか、までは頭が回っていない。ただ、会いたい。それだけの気持ちだった。
(まるでストーカーじゃん、僕)
部屋番号を、入力し終えた。ピンポーン、と軽やかな音が鳴る。しかし、応答は無い。
留守なのだろうか、と思った瞬間だった。機械のそばにあるオートロックのドアが、開いた。
「わ、すみませんっ」
邪魔になると思い、慌ててのけぞる。しかし、そこに居たのは。
「……え」
思わず、そんな声が漏れた。相手のうちの一人も同じく驚いたようだったが、声を漏らすまではいかなかったらしい。
彼は……峰は、千尋を見開いた目で見ていた。しかしそれは、一瞬だけだった。
「行くぞ、早く」
「はいはい」
返事したのは、千尋ではなかった。もっと甘い、まるで女のような声。
峰の腕には、男の腕が絡みついていた。まるで……街中でよく見かけるような恋人のような絡み方だった。
そしてその男の腕には……先日、峰がピアスと共に購入したブレスレットが光っていた。