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第13話 デート?①



 テンペルホーフ=シェーネベルク地区。史跡や語学学校がある付近でペトロたちは戦闘していた。ヨハネは憑依された二十歳前後の若い男性にすでに潜入インフィルトラツィオンしていて、ユダとペトロが戦っている。

 今回の敵は二匹の小型悪魔で、獣のように四つん這いになって襲い掛かって来る。いつものように一方からではない攻撃に、二人は背中合わせになって対峙していた。


「一人から二体出て来るとかあるのか!?」

「これは初めましてだね。憑依された人のトラウマと何か関連してるのかも」


 二人の正面から二体同時に襲い掛かって来て、ユダが先行して攻撃する。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

「「ギ@&ゥ£ッ!」」

「しかも二体が一心同体かのように、片方を攻撃すると必ずもう片方もダメージを食らう」

「双子みたいだな。じゃあ、同時に攻撃するとダメージも倍になるのかな」

「やってみる?」


 二人と距離を取った二体は周囲の建物の外壁を走り、空中で交差し、再びユダとペトロに襲い掛かろうとする。


「∈ケφ、ナ、キ∅ク……」

「ジブ#、ジャηイ、∂ブ#……」

「「祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」」

「「$ψャウσ!」」


 ユダとペトロが同時に降らせた光の雨は、悪魔の身体を貫き弱体化させた。

 その時ヨハネも帰還し、祓魔エクソルツィエレンの準備が整ったユダとペトロは、〈悔責バイヒテ〉と〈誓志アイド〉を具現化させて鎖を断ち切る。


「「天よ、濁りし魂に導きの光を!」」


 そして同時に悪魔を斬り、戦闘は終わった。


 戦い終えて帰る三人は、公園の中を散策しながらのんびり歩いた。


「ペトロもすっかり戦闘に慣れたな」

「そうだな。使徒になって結構経ってるし」

「もう戦力としては十分だね」

「ついでに、積極的にオーディション行って仕事取って来てほしい気もします」

「ヨハネくんも、ペトロくんに期待してくれてるんだね」

「先方の反応を聞いたら、そりゃあ期待したくなりますよ」


 気持ちのいい午後の公園は、ペット連れや老夫婦のちょうどいい散歩道になっている。三人の前からも、歩き始めたばかりの小さい子供が、おもちゃを握り締めながらてとてとと一生懸命走って来て、母親がその後を歩いて追い掛けた。

 その親子とすれ違い、ペトロは立ち止まって何となく振り向いた。「ペトロくん?」ユダが立ち止まっていることに気付いて声を掛けると、ペトロはまた歩き出した。

 ペトロの顔がなんだか元気がないように見えたユダは、適当な話題を振る。


「そう言えば。ペトロくんて部屋で一人の時はいつも寝てるって言ってたけど、何か趣味は見つかってないの?」

「寝てるって……。退屈じゃないのか?」

「退屈だから寝てる」

「悪循環だな」

「だけど。ユダに言われて興味出そうなこと探してみたけど、これと言ってないんだよなぁ」


「そっかぁ……」とユダは少し考える。


「じゃあ。今度一緒にどこか出掛けない?」

「えっ!?」


 それに驚いたのはヨハネだ。「気になる人を誘う」=「デート」に動揺した。


「急に何で」

「出掛けたら、何か面白いことに出会うんじゃないかなと思って」

「ていうか。何でお前と?」

「そこを突っ込まれると回答に困るんだけど……」

「別にいいよ。一人の時間を持て余すのは慣れてるから」


 と、ユダの誘いは軽く断られた。危うく二人のデートが約束されるのを目の前で目撃しかけたヨハネは、内心ものすごくホッとした。




 その週末。朝食のあとしばらくして、ユダはペトロに一つのお願いごとをした。


「あ。そうだペトロくん」

「何?」

「もしも用事がなかったら、買い物に付き合ってくれないかな。買っておきたいものとかちょっと多くて、荷物持ちを手伝ってほしいんだけど」

「特に用事ないから、それくらいいいけど」


 二人が支度をして部屋を出ると、リビングから戻って来たヨハネと出会した。


「二人揃ってどうしたんですか?」

「ちょっと二人で買い物に行って来るよ。ストックなくなりそうなものもあるし」

「そう言えばリビングの方にも……。気付かなくてすみません」

「いいよ。せっかくの休日なんだから、ヨハネくんはのんびり過ごして」

「じゃあ、お願いします」


 二人を見送り、ヨハネは自室に戻った。

 が、その直後。大変な事態になっていることに気付いた。


「二人で買い物…………。え?」

(ちょっと待て。それって……!)


 慌ててバルコニーから下を覗くと、ユダとペトロが車に乗り込む瞬間だった。


「ちょっ。待って……!」


 引き止めの言葉は無念にも届かず、二人を乗せた車は走り去ってしまった。

 呆然と見届けたヨハネは、バルコニーにしゃがみ込んだ。


(僕のバカ! 何ですぐに気付いて『行きます』って言わなかったんだよ! しかも今日は、ヤコブとシモンもデートに出掛けてるし)

「ヤバい。ぼっちだ……」


 無念にも一人取り残されたヨハネは自分の間抜けっぷりに呆れ、慰めてくれる相手もいないのに泣きそうになった。




 ユダの買い物の付き添いで出掛けたペトロは、後部座席に乗っていた。

 ところが、思っていた方向とは違う道を走っていてちょっと不思議に思って訊いた。


「いつものスーパーに行くんじゃないのか?」

「たまには気分を変えようと思って」


 いつもとは違うスーパーに行くのか、とペトロは解釈した。

 その後、車はシュプレー川を越えて、ミッテ地区の外れの方に到着して二人は車を降りた。しかし着いたのは、スーパーではなく映画館だった。


「なんで映画館? 買い物は?」

「買い物も行くけど、その前にいろいろと行きたいところがあって」

「いろいろって……。オレそんなつもりで来たわけじゃないんだけど」


 久し振りにユダに騙されたと思ったペトロは、信用し過ぎたことを少し後悔する。


「言ったでしょ。たまには気分を変えようと思ったって」

「それって、ユダの休日に付き合えってこと?」

「違うよ。きみのため」

「オレの?」

「だって、今日もまた寝て時間を潰しそうだったから。趣味探しって訳じゃないけど、たまにはあちこちぶらりと連れて行ってあげようかなって」


 この前にも外出を誘われていたことを考えれば、行き先がスーパーではないことくらい気付くことができてもおかしくなかったはず。

 信用して簡単に付いて来てしまったけれど、ユダの気遣いにペトロの心はちょっと動いた。


「だからって、騙さなくても」

「買い物はちゃんと行くよ。それに、こういう誘い方しないと来てくれなそうだったし。さ。入ろう」


 誘うことに成功して、ユダは心なしか嬉しそうだ。そんな顔をされてしまったら、言いたいことも言えなくなってしまう。

 ペトロはバカ正直に付いて来たことを少し後悔しつつ、しょうがないから付き合ってやることにした。

 二人は映画を約二時間鑑賞し、映画館を出た。


「面白かったー。気分爽快だね」

「主人公バディの掛け合いが抜群にクールだったし、アクションもめちゃくちゃかっこよかったな」

「あっという間の二時間だっなぁ。続編あったら観てみたいかもね」

「ていうか。お腹空いたー」

「じゃあ。お昼ご飯食べに行こうか」


 再びユダ運転の車に乗り、ミッテ区のハッケシャーマルクトへとやって来た。歴史を重ねた趣がある赤レンガの建物のハッケシャーマルクト駅は、ターミナルであるとともにショッピングや食事も楽しめる場所だ。

 二人は高架下に並ぶ飲食店の中からイタリアンのお店を選び、パルマピザとサラミピザとアボカドスカンピサラダとドリンクを注文し、並べられたテラス席に座った。


「ピザ食べるの久し振りー」


 ペトロはサラミピザを1ピース取り、一口頬張った。


「朝と夜は一緒に食べるけど、バイトの日のお昼は何食べてるの?」

「その日の気分かな。サンドイッチをテイクアウトして公園で食べたりとか、カフェでパンケーキとか、ファストフードとか」

「甘いもの食べてるとこあんまり見たことないけど、パンケーキも食べるんだ。かわいいね」


 また油断していたところにきた不意打ちの「かわいい」に、ペトロは恥ずかしくなってしまう。


「別にかわいくないから。パンケーキくらい、ユダだって食べるだろ」


「かわいい」を否定するように大口を開けて男子らしくピザを食らうと、伸びて垂れたチーズが口の端にピタッとくっ付いた。


「ペトロくん。チーズ付いてる」

「え?」


 ペトロは舌を出して舐め取ろうとするが、顎のあたりに付いたチーズが取れない。すると、正面に座っていたユダが。


「ほら、ここも」


 手を伸ばし、指で残ったチーズを拭い取り、「はい。取れた」そして指に付いたチーズを舐めた。

 その行為にペトロの全身がビリビリッとする。


「は……恥ずかしいことするなって! 誰かに見られたらどうするんだよっ」

「大丈夫。誰も見てないよ」

「外なんだからそういうのやめろよ。カップルだと思われるだろ」

「そう言われると……今日はデートしてるみたいだね」

「デ……ッ!」


 微笑みながら口にしたユダの一言に、ペトロは激しく動揺して頬を赤くする。


「デートじゃない! お前が勝手にオレの休日をコーディネートしてるだけだろ!」

(そういうのを「デート」って言うんじゃないのかな)


 ペトロの反応が予想通り過ぎてあまりにも素直なものだから、ユダは笑って思わず言ってしまう。


「やっぱり、かわいいよ。ペトロくんは」


 ペトロにはその笑みが、周囲を気にしない大人の余裕に見えて憎たらしいが、怒る気になれなくてちょっと臍を曲げるふりをした。


「冗談言ってからかうなよ」

「からかってなんかいないよ。私は社交辞令は言っても、親しい人をからかうことはないよ。ほとんどね」

「全く言わない訳じゃないんだな」

「たまには言うこともあるよ。だけど、大事なことは絶対に冗談なんかにしない」


 コーヒーカップを傾けてユダは言った。その目はペトロに向けられてはいなかったが、心の丈の端を覗かせる表情と、真摯さが滲む声音だけで、嘘はない言葉だとわかる。


(大事なことって……)


 それじゃあ、「かわいい」は本音で言ったのだろうか。「素敵」と言ったことも本音なのだろうか。「好きかもしれない」という告白まがいも、冗談ではないのだろうか……。

 ペトロの胸はまたにわかに熱くなり、モヤモヤする。


「……さて。そろそろ行こうか」

「あとは買い物して帰るのか?」

「他にも一緒に行きたいところがあるんだ」


 どうやら、このデートまがいは、まだ続くようだった。




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