「ペトロくん。付いて来られてる?」
「大丈夫!」
悪魔の出現を感知したユダとペトロとヨハネは、現場へ急行していた。
「ヤコブとシモンが先に到着してるはずです!」
「休日だから人手も多い。なるべく早く片付けよう!」
到着したのはトール通りなど五つの通りが交差し、多くの飲食店などの店舗や史跡や大学があり、地下鉄駅もある交差点だ。
すでに交差点を中心に展開されていた
「お待たせ!」
「待ってたぜ!」
「状況は?」
「絶好調弱らせ中!」
「ヴ@%ゥ!」鎌の腕を持つ悪魔は、振るった勢いでその腕を切り離した。黒い鎌は地面を裂きながら走り、使徒はそれぞれ回避する。
「……∂メン、ナ§イ……∀ナタ……ゴ∑……」
鎖から負のエネルギーを吸い取る悪魔の腕は再生し、独り言のような呻き声で使徒の動揺を誘う。
「誰が行く?」
「じゃあボクが……」
「オレが行く」
シモンが立候補しようとしたが、ペトロが名乗りを上げた。
「ペトロくん」
「行かせてくれ」
ユダは初めて挑むペトロを案じるが、決意を固めた表情を見て止めることは諦めた。
「……わかった。気を付けて」
「宜しくね、ペトロ」
「無理するなよ」
「行って来い!」
ヨハネたちに応援されたペトロは大きく頷き、倒れる女性の傍らに座り手を握った。
《潜入《インフィルトラツィオン》!》
「……さあ。私たちはこっちをやるよ」
「四人掛かりでいかなくてもよさそうだけどな」
「じゃあ、ジャンケンして誰が戦うか決める?」
「平等にそうするか! せーの! ジャンケン……」
「こら、ふざけるな」
「二人とも。そんなこと言ってると……」
今度は空中から黒い鎌が二つ飛んで来た。回避した四人がいた場所の地面が大きなバツを描いて抉られる。
「狙われるよ?」
「わーったよ。真面目にやるって……。
「℃ア§ァ……ッ! ガ£ッ!」
悪魔は攻撃したヤコブを目掛けて反撃し、街灯を切り倒した。軽々と見切ったヤコブは、通りの中心の時計塔の上に着地する。
「飛び道具だから油断はできないが、手こずることはなさそうだな」
「ペトロが頑張ってくれてるから、ボクたちも頑張ろ!」
ヨハネたちは目の前の敵を倒すことに一点集中する。しかしユダだけは、初めて
(ペトロくん……)
憑依された女性の深層に潜ったペトロは、真っ暗な深海のような中を深く深く降りて行き、底に行き着いた。
(ここが、深層……?)
何もないだだっ広い暗い空間は、宇宙に投げ出されたような感覚だ。先が見えないせいで、どこまでも続き、歩いてもどこにも行き着かない無限の世界の恐ろしさを感じる。
辺りには何枚もの写真と、思い出の品の数々。その中に現実とは違う服装の女性が項垂れて座り込み、何か呟いていた。
「私はあなたを裏切った……。愛していたあなたがいたのに、新しい人を愛して幸せになってしまっている……。喪ったあなたのことを、ずっと愛すると誓ったのに……」
女性の左手の薬指には、結婚指輪が嵌められている。そしてその手元には、違う結婚指輪が二つ落ちていた。
(もしかして……。旦那さんがいたけど、亡くしたのか? だけど今は再婚して、新しい家庭を築いてる。それが前の旦那さんに対して罪深く思ってるのか……)
「ただ再婚するだけならよかった……。けれど、あなたとのあいだにできなかった子供ができて……嬉しいと思ってしまったの……。私は、子供なんていなくてもいいって言ってくれたあなたとなら、一生幸せに暮らせると……。なのに……」
(亡くした旦那さんと、どんなかたちでも幸せになることを嬉しく思っていた。だけど、新しい幸せのかたちを……“子供がいる”という幸せを知ってしまって、罪悪感を抱いてる……?)
「ごめんなさい……。あなたを裏切ってしまって、ごめんなさい……」
女性は恐ろしい出来事に遭遇してトラウマを抱えているのではなさそうだったが、何を罪悪感と思い苦しんでいるのかはわかった。
ところがペトロは、さっきまでの決意の火を小さくさせてしまった。
(どうしよう……。オレは結婚なんてしてないし、好きな人もいない。同じ経験をしてないから、何を言ってあげたらいいのかわからない)
自分とは全く違う境遇であることに戸惑った。自分と似た体験をした人だと勝手に想像していたせいで、イレギュラーな事態に混乱する。
女性は繰り返し、亡き元夫への謝罪を呟いている。目の前で苦しんでいる彼女を救えるのは、ペトロ一人しかいない。
(何の気持ちに対して寄り添ったらいいのか、わからない……)
「
「
「グ&$¿……ッ!」
使徒は攻撃を継続しているが、悪魔が弱まる気配は一向になくしぶとく反撃してくる。それどころか、黒い鎌が分裂するという攻撃に進化し、使徒を手こずらせていた。
使徒は建物の壁も足場にして縦横無尽に回避するが、建物も道路も壊され続けている。
「なかなかしぶといな!」
「と言うか。なんで攻撃の威力が弱まらないの!?」
「ペトロのやつ、上手くやってんだろうな?」
「初めてだから、ちょっと手こずってるのかも」
「ユダ。誰かもう一人潜った方が……」
ヨハネは初心者のペトロのサポートが必要ではと提案するが、ユダは懸念の表情をする。
「いや。二人掛かりでの経験はないし、相互干渉のバランスを考えると、憑依された人にどんな影響が残るかわからない」
(二人掛かりでできればいいんだろうけど、干渉の比類が偏ってしまう。悪魔による負の感情の膨張と波長の増大と、私たち使徒の干渉の波長は、一人ずつがちょうどいい。それが倍ともなると、相手に負荷をかけてしまうかもしれない)
「とりあえず、攻撃ぶち込みまくるしかないってことだよな!」
出窓を足場にヤコブは光の玉から光線を放つ。
「それにこれは、ペトロくんの初めての救済だ。その意気込みを信じて私たちが外から全力でサポートしよう!」
「そうだね。ペトロを信じよう!」
「やってくれますよ。きっと」
ユダだけでなくヨハネたちも、初めて
「とは言ってもダルい!」
「ヤコブ……」
しかし、長期戦を避けたいのも本音だ。
「それじゃあ。一発大きいのぶち込んでおこうか────
ユダが手を翳した先の悪魔は大きな光に包まれ、光は爆発するように激しく弾けた。「ア"%≮Ψ……ッ!」
「
間髪を入れずヨハネが拘束し、悪魔は動けなくなった。足掻くが、腕も張り付けにされているので攻撃もできない。
「これで少しは大人しくなるだろ」
拘束を解ける悪魔はそうそういない。ペトロが帰還するのを信じて、一同はひたすら待つことにした。
(ペトロくん。どうか彼女を救って。きみだけが頼りなんだ)
ユダは、ペトロがやり遂げてくれることを心の中で祈った。