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第2話 スカウト



 数時間後。アルバイトを終わらせたペトロは、渡された名刺に書いてある住所に向かった。

 ネオクラシック建築の集合住宅アルトバウが建ち並ぶ、クロイツベルク区のヴィリバルト=アレクシス通りの一角の、ミルキーホワイトの壁の五階建てのアルトバウ。

 二つあるキャラメル色の扉のうち左の扉の前で立ち止まり、掲げられている小さな看板と名刺の社名を照らし合わせる。

 確認したペトロは、呼び出しブザーを鳴らす。するとすぐに扉が開き、ユダが出迎えた。


「いらっしゃい。待ってました」


「どうぞ入って」と促されたペトロはオフィスに入り、奥の応接スペースでユダとヨハネと向かい合わせに座った。

 出されたコーヒーカップから香ばしい中に苦味と酸味を感じる香りが漂う中、話はお互いの自己紹介から始まった。


「さっきは不躾に声を掛けてしまってすみませんでした。改めまして、私は『使徒』で、このJ3Sヤットドライエスの社長の、ユダ・フランツ・ノイベルトと申します」

「同じく僕も『使徒』で、事務所の副社長兼事務の、ヨハネ・モランです」


 ヨハネからも名刺を渡された。にこやかなユダに対して、ヨハネは仕事モードなのか口角が上がっていない。


「きみの名前は?」

「ペトロ。ペトロ・ブリュールです」

「ペトロくん、か。見た目が中性的だから、男の子か女の子かわからなかったよ」

「よく間違われてナンパされます。間違われ過ぎて、もう軽くあしらえるようになりましたけど」


 ペトロは呆れを通り越して気疲れした様子で答えた。


「使徒が自ら会社をやってるんですね」

「ご存知の通り、ありがたくも世間から認めてもらえているおかげで、企業のイメージキャラクターなどに起用させて頂いていますから。仕事の受け皿を用意するために、自分たちでその環境を整えたんです」

「二足のわらじ、大変そうですね」


 ペトロは他人事感を丸出しで言った。


「そうでもないですよ。飽くまで使徒としての役目が私たちの最優先するべきことなので、仕事の方は支障が出ない程度にセーブしてます」

「それで。オレに話って何ですか。まさか、芸能活動に誘おうとしてませんよね?」

「それもですが、重要な理由は他にあります」


 それまでにこやかに話していたユダの表情が、真剣なものに変わった。


使徒わたしたちの仲間になってほしいんです」

「オレが、使徒に?」


 一驚したペトロはコーヒーを飲もうとした手を止めた。


「ペトロくんには、その素質があります。さっき戦闘領域内にいたことも、その証明です」


 戦闘領域レギオン・シュラハト内は、悪魔と使徒しか立ち入ることができない仕組みになっている。それは、一般人が巻き込まれ不要な犠牲が出るのを防ぐためだ。

 その領域内に入ることができたから使徒になれると言われても、ペトロにはそんな自覚は皆無だ。


「でも、オレに素質なんて……」

「それじゃあ。私たちがなぜ戦っているのか、その理由を説明します」


 ヨハネは、全てをリーダーのユダに任せて沈黙を続けていた。


「数ヶ月前からこの街に悪魔が現れ始めているのは、知っての通りです。あの悪魔たちは、過去に過酷な経験をして心に傷を負った人々───つまり、トラウマを抱えてその魂を濁らせた人間を狙って憑依し、負のエネルギーを貪っています。神から力を与えられた私たち使徒は、人間の魂が悪魔の餌となることを阻止するために戦い始めました。憑依する悪魔を祓い、憑依された人の魂を浄化するために……。ペトロくんは、何度か私たちの戦いを見たことがありますよね?」

「はい。今日以外にもあります」

「じゃあ。どうやって戦っているかも何となく?」

「魔法みたいな力と、それから、武器を使ってますよね」

「そう。戦闘方法は二つあります。一つは、悪魔を弱らせ人間の魂を浄化する祓魔エクソルツィエレン。もう一つは、悪魔を祓うための武器を使う方法です。私たちはその武器を『ハーツヴンデ』と呼んでいます」

「『ハーツヴンデ』……」

「ハーツヴンデは、自身の中にあるトラウマを具現化させたものです。私たちもそれぞれ、過去に巻き込まれた出来事によってトラウマを抱えている。その力を具現化させ、人々を救う武器としているんです」


 それを初めて聞いたペトロはまた驚いた。使徒は選ばれた特別な力を持った者たちだと思っていた。それに間違いはないが、自身のトラウマを力に変換するという戦い方をしているなんて考えもしなかった。


「ペトロくん。きみにも、思い当たることがありませんか。思い出す度に身体が震えたり、胸が握り潰されるほど苦しかったり、どうしようもなく悲しくなる記憶が」


 問われたペトロは視線を伏せた。脳裏に記憶の断片が走ると、無意識に身体に入った力が手を拳に変え、暴れようとする気持ちを落ち着かせようと自然と深呼吸をした。


「私たちは、一度嫌というほど苦しめられた人々を再び苦しめる悪魔を許さない。平穏を生きる人々の心を掻き乱すのを見過ごせない。きみも同じように考えてくれるなら、仲間になってほしいんです。けれどそれには、危険が伴います」

「危険?」

「私たちは、自分の傷を晒して戦っているようなものです。そして救う人によっては、自身の傷を抉ることになります。悪魔にこちらの心の内を悟られてピンポイントで攻撃されることはありませんが、避けて来たものと向き合う覚悟が必要です」

「向き合う覚悟……」


 真剣に話すユダの表情につられるように、ペトロもにわかに緊張し出す。その機微を感じたユダは、穏やかな空気に変えた。


「ちょっと怖がらせてしまったかもしれませんが、危険な戦いを強いる訳ではないので安心して下さい。どんな状況になっても、一緒にいる仲間が必ず支えます。それに戦うことで、自身の“弱み”が“強み”となる可能性が秘められていると思いますから」

「あんたたちは、今までそうやって戦って来たんだよな」

「そうだ。ユダが言ったようにキツいこともある。けど、これまで誰一人として抜ける仲間はいなかった。それが、使徒として戦う上で保証できることと言ってもいい」


 ずっと口を閉じていたヨハネは、ユダをサポートするように仲間同士の絆の存在を言葉だけで示した。


「それらを承知で私たちの理念に同意してくれるのなら、一緒に戦ってくれると心強いです。苦しめられる人々を、どうか私たちと一緒に救ってほしい」


 静かな熱意を込めてユダは訴えかけた。

 ペトロは視線を下げ、しばらく考え込んだあと、口を開いた。


「……使徒の素質があるとか言われても、実感湧かないし、自分が戦うとか想像できない……。だけど、オレにも忘れることが許されない過去がある。それを、生きるために別の力にできるなら……」

「それじゃあ……」

「だけど。もう少し考えさせてほしい」


 突然、使徒の特性があると話され困惑したペトロだが、持っているトラウマがマイナスに働くのではなく、誰かを救うことでプラスに働くことはいい印象を抱いた。けれど仲間になることは、今一度よく考えたかった。


「わかりました。よく考えて下さい」


 たわやかに振る舞うユダは無理に引き入れようとせず、「いい答えを待ってます」とにこやかだった。




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