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第2話「冷たい眼」

『まずい! 全員ランチの後方に!』

 大声を発したグレスの指示は、爆発する〈ニュー・ホライズンズ〉に目を取られていたミナトたちの意識をはっきりとさせた。宇宙空間での爆発は、地上でのそれと違って空気や重力といった障害がないので、破片は飛び出したときと同じスピードを保って直進する。

 そんなものが直撃すれば、いくらハードスーツといえど簡単に装甲を貫通するだろう。

 そして爆発の光が見えてから数秒のタイムラグがあって、ランチが激しく揺れた。耳を聾する金属同士がぶつかった音に、全身から血の気が引いていく。

 ミナトは、バイザーに表示された速度計に目をやった。破片の衝撃で速度は多少落ちているものの、ランチが減速している素振りは見えない。が、それがかえって不安にさせた。目的地である〈ニュー・ホライズンズ〉がなくなった今、すぐに方向転換するべきなのに、そうしようとする意図が感じられない。

 もしかして、という悪い予感に突き動かされるように、命綱がしっかり固定されていることを確認してから、ランチの前方に回った。

『ミナト!』

 グレスが突然の行動に声を上げる。

「パイロットの様子を見ないと!」

『破片はまだ飛んできているんだよ!』

「分かってる」

 短くそう返して、キャノピーを覗き込んだ。すると、すでにガラスは粉々に粉砕されていて、そこにいた二人のパイロットの宇宙服には大小様々な破片が突き刺さっていた。恐らく、即死だっただろう。

 ぎくりとしたのもつかの間、グレスのためにもやらねばと自分を奮い立たせる。

 ミナトは割れたキャノピーからコックピットに身体を滑り込ませた。そして小さく祈りの言葉を唱えながらパイロットの身体をどかすと、シートに座った。どうにか軌道を変えて、冥王星の衛星カロンにある基地に接近できないかと考えたのだ。

 しかしコンソールは完全に死んでいて、操縦桿は何をしても反応しなかった。

『ミナト、どう?』

「パイロットはダメだったよ......それにランチのシステムも、動かない......他にも帰投途中のランチはあったんじゃないのか?」

『......分からない』

 グレスの意気消沈したような声音に、ミナトは「分からない?」とオウム返しをしていた。

『だって、どこにも見当たらないんだもの!』

 悲鳴交じりの返答に、彼女はヒステリーを起こしたのか、とミナトは思った。通信システムはまだかろうじて生きているようだったが、どのチャンネルも雑音だらけだった。それでも、どうにかならないものかと試していると、燃料漏れを示すランプが点滅していることに気づいた。

 この部分は燃料タンクと直結しているので、ランチのメインシステムの影響を受けなかったらしい。アナログなシステムは、こういう時に役に立つものだ。

「が、そう悠長なことも言ってられないか......」

 燃料が漏れだしているとなれば、どのタイミングで爆発してもおかしくはない。それに、例え離脱しても行く当てがないとなれば、もはや遅かれ早かれ死んだも同然だった。

 なのに、どういうわけか恐れはなかった。

「グレス、ここから離脱しないと」

『え......?』

「燃料が漏れてる。これじゃいつ爆発してもおかしくない」

『そ、そうだね......分かった』

 腰に繋がっている命綱を外している間も、ミナトは冷静そのものだった。どうしてなのだろうと自問して、きっと平等だからだと自答した。

 死ぬのは自分だけじゃない。彼女もいるんだ。グレスが一緒なら、怖くはない。燃料の残量を示す計器を、震える指でそっと撫でる。

 直感では、生き残れないのだと分かっているが、それでも希望を抱きたくなるのが人間だったし、ミナトもその例には漏れなかった。

 コックピットから外に出て、スラスターを吹かした。ほかの隊員たちもすでにランチから離れているようだった。スラスターの小さな光が三つ、漆黒の海に輝いているのがその証拠だ。

 これからどうなるかは全く見当もつかないが、彼女と最期の時まで一緒に居られるなら、それはそれでいいとさえ思った。

 だがその時、ミナトの背中を強い衝撃が襲った。高速で飛んできた何かがぶつかったのだ。反射的にスラスターを操作してクルクルと回る身体を安定させると、彼女の方を見た。

「グレス!」

『ミナト! 私——』

 しかし、グレスがこれ以上の言葉を言うよりも早く、彼女の頭部に何かがぶつかって、腰を中心に縦回転し始めた。

 破片が当たったのか、という直感が悪寒に変わり、ミナトはその身体に取りついて回転を止めた。

 バイザーは頑丈だ。簡単には割れないようにできている。きっと無事なはずだ。

 そう何度も自分に言い聞かせて、グレスの顔を覗き込んだ。

 しかしそんなミナトの希望は、簡単に打ち砕かれてしまった。まるで、全身の神経という神経が、全て砕けてしまったようだった。ミナトの呼吸音に、小さな嗚咽が混じる。目から零れた涙が、ヘルメットの機能で吸い出されていく。

 つい昨日まで触れていた頬は凍り付き、ブルーの瞳は虚空を見つめていた。ミナトはどうすることも出来ず、その身体をぎゅっと抱きしめた。そうしたら、またあの時のように腕を回してくれるんじゃないかと、思わずにはいられなかった。

「そんな......どうして、こんな......」

 その時、バイザーに表示されていた酸素メーターが急激に下がり始めた。同時に、酸素レベルが低下しているという警告音が鳴った。だが、ミナトにはそんなことどうでも良かった。

 そして呼吸が段々と難しくなり、息を吸おうにも吸うべき空気がないと、水の中とは違う息苦しさをもたらした。ブラックアウトしていく視界の中で、ミナトは霜が降りている彼女の目を閉じてやった。

「俺も、すぐ......君の......隣に......」

 世界が暗闇に覆われ、ミナトの意識はその暗闇の中へと霧散していった。

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