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ロスト・グラビティ
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七時雨
SF宇宙
2025年03月25日
公開日
6.9万字
連載中
裂け目(ブリーチ)技術によって人類が星々を渡るようになって1000年。宇宙パイロットの候補生だったミナト・ヒイラギは、突如襲来した不明物体による襲撃で仲間と恋人を失ってしまう。唯一の生き残りとなったミナトは、自身が実験台となることと引き換えに最新鋭パワードスーツ『SWS』を手に入れ、謎の侵略者への復讐を決意する。
そして太陽系最大規模のPMCである〈タハティ・インターナショナル〉の実験部隊、〈ハルシオン・ブルー〉に所属することになったミナト。そこで彼を待ち受けていたのは、同年代の少女2人だった。
太陽系を股にかける骨太SFアクション開幕!

第1話「宇宙の重さ」

『接近する熱紋を検知......数は、四』

 宇宙ステーションの陰に隠れていたミナトに、観測している仲間からの声とデータが届く。強化ガラスのバイザーに敵の予測進路が表示され、思わずライフルを握る手に力がこもった。

 冥王星の衛星軌道にある、三十年前の戦争で放棄された宇宙ステーションに、未知の宇宙船が接近していると報告されてから八分。周囲をパトロールしていたミナトたち第三小隊は、来る敵に備えて息を潜めていた。

 こちらの熱紋を探知されないために、装甲宇宙服(ハードスーツ)の動力はほとんど切られていた。ヒーターも最小限しか動いていないため、呼吸をするたびにバイザーが曇る。この曇っては晴れ、という繰り返しは、実戦前で緊張するミナトの心を落ち着かせる効果があった。

 すでにワープ後に放出される干渉波と似たブリーチ干渉波が、レーダーの類を無効化していた。それ故にミナトたちが頼れるのはぼんやりとした熱紋と、自分たちの目だけだった。

『分かった。もう少し引き付けてから仕掛けましょう。カウントと同時に攻撃開始』

 そう言ったのは、観測していた男とは違う、少女の声だった。第三小隊の隊長であり、士官学校の首席、グレス・アルティラ。

 この密閉された小さな布地と複合装甲の外は、何もない真空だ。そんな真の静寂の中で、自分の心臓が鐘のようにガンガンと鳴っているような感覚に陥った。宇宙に上がってからしばらく経ったつもりだが、こういう時に頼れる足場がないというのは、それだけで不安にさせた。

 そして、グレスのカウントがゼロを告げるのと同時に、ミナトは手すりを掴んでぐい、と自分の身体を上方へと押し出した。スーツのパワーアシスト機能で強化された腕力は、普段では到底到達出来ないスピードを、ミナトに与えた。

 スラスターを全開にしてさらに加速しつつ、ライフルの引き金を引く。ココココン、とライフルのくぐもった作動音が耳朶を打ち、敵の四人のうち一人が、ペイント弾の鮮やかな水色を体表に咲かせた。

 残された三人は牽制射撃をしながら、ミナト達からの射線を切るようにステーションの遮蔽物へ隠れる。それに合わせて急制動をかけると、空間を蹴るようにしてグレスの元に体を流した。

 それと同時に、無線機からうめき声が聞こえ、その声の主を見やった。そこには赤いペイントで染まった仲間の一人が、妙な体勢で漂っていた。牽制の射撃が、運悪く当たってしまったようだ。

 これで数は再び対等になった。このまま膠着状態が続いても、埒が明かない。防衛側は、援軍が到着するまでの残り五分を生き残れば勝利だ。その間に、敵は必死にこちらを倒そうとしてくるだろう。

 どこかで必ず、仕掛けてくる——

 そしてその瞬間、ふと横を見たミナトは、ステーションの陰から接近しようとしていた敵と、目が合った。

「っ!」

 危険が迫っていることを叫ぼうとしたが、思わず舌がもつれて、引きつったような音が喉を鳴らしただけだった。

 ミナトはとっさにライフルを構えて眼前の敵に狙いを定めるも、マガジンは既に空になってしまっていた。そうこうしている間に、敵はナイフを引き抜いて一気にこちらに距離を詰めてくる。

 突き出されたナイフを手の甲で弾いてから、反対の手で掴みかかろうとした腕を、逆に掴んで押さえようとする。それから相手の両手を押さえるようにした形だが、ミナトの方が明らかに力負けしていた。

 関節のアクチュエーターが嫌な音を立てるのが、ミナトの心を不安にした。

 そしてミナトの腕を振り払った敵は、ナイフでバイザーを切り裂いた。目の前に赤い直線が引かれ、戦死判定を認識したハードスーツが全ての可動部をロックした。

 凍り付いたように宇宙空間を漂うミナトは、ただ味方が全滅していく様を、見ていることしか出来なかった。


◇◆◇


 新暦(M.D.)一〇四二年。ブリーチ技術によってワープ航法を実用化した人類は、死にゆく地球から脱出し、太陽系中に生存領域を拡大。さらに外宇宙へまでも進出した。

 しかし宇宙開発において一丸となっていた人類も、ある程度環境が落ち着いてしまえば、再び戦いの歴史を刻み始めるのは、当然のことと言えた。

 第二の地球とまで呼ばれた火星の独立戦争、木星圏の技術者クラスタとの冷戦、そしてアルファ・ケンタウリにあるコロニー群が作った外宇宙コロニー条約機構(OCTO)との戦争。

 そういった数々の戦乱を乗り切り、現在は穏やかで平穏な時間を迎えていた。

 星間連盟(UNI)の宇宙空母〈ニュー・ホライズンズ〉は、冥王星の衛星軌道にあって、太陽系外縁にあるカイパーベルト——太陽系を包むように存在する円盤状の小惑星群だ——の監視と警備を行っていた。

 特にこの辺りでは三十年前の戦争の残骸がまだあちこちにあるので、不穏分子やテロリストといった不届き者たちが隠れるのにはうってつけなのだ。

 ミナトたち士官候補生たちはそこで、空間戦闘の訓練を受けていた。そして現在、その第三小隊は格納庫で自分たちのハードスーツに付着したペイントの汚れを必死に落としていた。

「全く、初っ端から撃たれるなんて、ほんっとついてねぇよ」

 そう愚痴ったのは、最初の牽制射撃で撃たれてしまったマルクだった。短く刈った金髪に、角ばった顔立ちはいかにも自信に溢れる兵士そのものに見えた。

 それから汚れを落とすためのスプレーを『空中に』置こうとして、落ちていったスプレーがカランカランと音を立てる。マルクは小さく悪態をついて、「これだから地球産は......」と文句を言った。

「運も実力のうちって、よく言うじゃないですか」

 言い返したのは、観測手を担当していたロンだ。小柄な体躯に、若干癖毛のある茶髪なので、どこか子供っぽさを感じさせる。

「そもそも、どうしてこいつなんかがいるんだ! 適合率はぶっちぎりの最下位のくせに!」

 ロンを無視して、マルクがギロリとミナトを睨みつける。しかしミナトはそんな彼を一瞥すると、無視するように自分の作業に戻った。といっても、ペイントの跡はバイザー部分に引かれた線だけだったので、作業自体は既に終わっていた。

 今でもこうして残っているのは、一人だけ帰ってしまうのが嫌だったからだ。

「お前なぁ!」

 その反応が頭にきたのか、マルクは立ち上がってずかずかとミナトに近づくと、その襟首を掴んだ。予測出来ていた行動なので、特に慌てるようなことはせず、まっすぐに相手の瞳を見つめる。

「お前の適合率が低いから、敵にパワー負けするんだ! それくらい、自分でも分かってるだろ!」

 それは図星だったが、気取られるワケにはいかないと、相手をにらみ返す。

「自分だって、最初にやられたくせに」

 逃げだとは分かってはいつつも、そう言い返さずにはいられなかった。張り詰めた空気に、ロンはアワアワとハードスーツを固定するガントリーの陰に隠れ、グレスは淡々とスーツの汚れを落としていた。

 そしてマルクの顔が力んで歪むと同時に、拳が振り上げられた。

「二人とも! そこまでにしなさい!」

 いつの間に近づいてきていたグレスが、プラチナブロンドの髪をなびかせながら二人の間に割って入った。マルクは反論したげな様子だったが、さすがに首席が相手だと分が悪いと考えたのか、舌打ちをして元いた場所へと戻っていった。

 制服の襟首を整えていたミナトは、グレスの水色の瞳に見つめられていることに気づき、ばつが悪そうに目を逸らした。

「ミナトも、ああいうのは相手にしなくてもいいでしょ」

「本当のことだろ。俺の適合率が低いのは」

 ここにいる候補生たちは皆、士官学校で優秀な成績を示した者たちだ。無論、ミナトもその例には漏れない。しかし彼らとの大きな違いがあるとすれば、それは『適合率』と呼ばれているものだった。

 ハードスーツに使われている動力源、掌性ポテンシャル(Chiral Potential)ドライブ。通称CPドライブは半永久稼働機関として、現代の人類の生活を支えている。それは空間から無尽蔵のエネルギーをくみ出す傍らで、近くの生体反応に呼応するように出力を増大させるという特性があった。

 そして、その『適合率』が高いほど出力が大きくなり、特にハードスーツのような小型端末では『適合率』の高いか低いかで、はっきりと違いが出るのだった。

 ミナトがあの場で力負けしたのも、全ては適合率によるものだ。しかしだからといって、今更どうこうできる問題でもなかった。

「でも......」

「とにかく、まぁ、次はうまいことやるよ」

「ハードスーツでなくとも、やれることはあるでしょう?」

「それは......フォローになってない」

「それこそ本当のことだよ」

 ぐっ、と胸を射抜かれてしまったような感覚にミナトは口をきつく結んだ。それから手をひらひらと振って、ミナトはグループから離れた。機械油の匂いが充満する格納庫を抜け、寒々しい明りが照らす廊下を歩く。

 最初は、ただ市民権を得たいがために士官学校に入った。最後の戦争である火星独立戦争も三十年前には終結していたし、それに宇宙に行ってみたいという気持ちもあった。

 用意された二人部屋に入るや否や、ミナトはベッドに体を沈みこませた。

「グレスの言ってる通りだな」

 そう独り言ちて、仰向けにした顔に腕を乗せた。

 適合率に関しては、もはやどうすることもできない。だが、士官学校さえ出られれば、道はたくさんあるはずだ。戦闘機のパイロットを目指すのだって面白そうだ。

 それでも、身一つで宇宙空間を飛び回るあの感覚は、他の何にも代えがたい快感をもたらしてくれるのも事実だった。

「そういうの、分かっているつもりなんだけどな......!」

 すると、来客を告げるブザーが鳴った。帰ってくるのが早いな、と思いつつドアを開けたミナトは、思わぬ相手に目を丸くした。

「グレス、か」

 彼女は後ろ手に何かを隠し持っているかのような、不自然さを感じさせる体勢で、ドアの前に立っていた。

「ほら、あなた先週誕生日だったでしょ? 先週は色々忙しかったから......」

 そうだったか、とミナトはぼんやりと思った。冥王星での訓練や、他にもあらゆることに忙殺されていて、考える暇すらなかったのだ。

「だから、まぁ、大したものじゃないんだけど、これ」

 そう言って手渡してくれたのは、黄色と赤の糸で編まれたブレスレットだった。それを受け取ると、彼女は嬉しそうにはにかんでくれた。

「火星のお守りなんだ。香草を混ぜ込んであって、これがあなたを——」

 グレスが言葉を言い切る前に、ミナトは彼女の身体を抱きしめていた。グレスは突然のことに少し驚いたようだったが、やがて彼女の手が背中に回るのを感じた。

「ありがとう。大切にするよ」

 胸に顔をうずめたグレスが、頷いたのが分かる。こうして誰かに触れていられることが、ミナトには嬉しかった。生きているんだと分かるから。

 それからパッと顔を上げたグレスは、頬を上気させて、つぶらな青い瞳でこちらを見つめた。あぁ、そうか、と恋愛に疎い頭が答えを導き出し、ミナトは彼女の唇にキスをした。抱きしめた細い身体が震えたが、それは拒絶ではなかった。

 しばらくそうした後で互いの顔を離すと、グレスは目を背けながら、「こんなこと、見つかったら」と口ごもった。

 大丈夫、とミナトはその耳元で囁く。

「あと三十分は帰ってこないさ」

 その意味を理解したらしいグレスは、透明な金髪に縁取られた顔を背けたまま、目線を戻した。顔の角度のせいか、それは少し怒っているようにも見えた。

「時間に追われながらするの、好きじゃないんだけどな」

「多少のスリルはあってもいい。それに、もし今OCTOのミサイルがこの艦に直撃したら、きっとその時後悔する」

 彼女の頬に手を添えて、こちらを向かせながら、そう言った。そしてミナトの冗談が面白かったのか、グレスは笑ってくれた。

「フフッ、分かった......いいよ。その代わり、満足させてみせてよね」

「もちろん」

 ミナトは腰に手を回したまま、彼女を部屋に引き込むと、そのままドアを閉めた。


◇◆◇


 空間戦闘の演習から帰るべく、第三小隊は小型艇(ランチ)に取りついて〈ニュー・ホライズンズ〉に向かっていた。空母のように扁平な船体の向こうに、冥王星の明るい茶色の地表が見える。これだけ巨大に見えても、実際は地球の月より小さいということらしい。

 そう考えれば、人類というのはなんて矮小な存在なのだろうということを、思い知らされた。

 今日の演習では勝てたので、メンバーたちは浮かれていた。そんな中で、ミナトはランチの手すりから手を放して、左手首をコツコツと叩いてみた。そこには、昨日グレスがくれたブレスレットが巻いてある。

「お守りが効いたかな......」

 口元を緩めたミナトは、グレスを見た。彼女もこちらを見て、微笑みを返してくれた。どうも、満足させてあげられたようだ、と胸の内に充足感が広がっていくのが分かった。

 その時のことだった。

『おい! あれ見ろよ!』

 マルクの声に、全員が彼の指さした方向に視線を巡らせた。すると、どうやら〈ニュー・ホライズンズ〉が対空砲火をしているのが見て取れた。あちこちで連続した閃光が瞬き、数発に一発だけ混ぜられた曳光弾が光の尾を引いている。

『中尉! 一体何が起きているのです?』

 グレスがランチのパイロットにそう尋ねるが、『分からない!』という慌てたような声が返ってきた。

『ブリーチ干渉が酷すぎて、無線が通じないんだよ!』

「ロンには、何か見えているのか?」

 ミナトは、第三小隊の中で索敵に特化した装備を持っているのはロンなので、彼が何か見つけているのだろうと期待した。

『何か小さいものが、艦の周りを飛び回ってます!』

「小さい? 戦闘機じゃないってことか」

 必死の対空砲火も虚しく、〈ニュー・ホライズンズ〉はその船体のあちこちから火を吹いていた。人間サイズの敵なら、ハードスーツ部隊が対処に出ているだろうが、相手はすばしこいらしい。

『こっちは演習用の銃しかないってのに......どうするよ! 小隊長!』

『とにかく、艦に戻るまでは出来ることはなさそうね......中尉! お願いします!』

おうよ、とパイロットが応えると同時に、スラスターを全開にしてランチを加速させた。手すりにしがみつきながら、笑えないぞとミナトは思った。

 昨日の冗談が本当になったってこと、ないよな......?

 そこで、ミナトの故郷である日本では『言霊』というものがあることを思い出した。それによれば、言葉には霊的な力があって、現実的な事象に対し影響力を持つのだという。

「そんなの、冗談じゃない!」

 しかし、事態はより酷くなろうとしていた。ついにメインリアクターをやられたのか、〈ニュー・ホライズンズ〉は、船体に発生した亀裂から眩いばかりの光を放出して、爆発したのだった。


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