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第9話「順応」

 シミュレーターから出たミナトは、よろよろとその場に跪いて、ぜぇぜぇと肩で息をした。スーツの吸湿機能はもはや限界に達し、額からは汗が滝のように流れていた。

「いくらなんでも頑張りすぎだぜ......」

 そんなミナトの元に駆け寄ったミゲルが経口補水液を差し出すと、一気にそれを飲み干した。いつもならマズいこの飲み物も、今ならとびきり美味しく感じられた。

「まだまだこんなんじゃ、彼女に追いつけない......!」

 体力が限界に達した体に鞭打って、何とか立ち上がる。

「おいおいおい、普通の訓練ならまだしも、アカネ・フアイア相手にこれはやりすぎだ」

「でも、あそこまでコテンパンにやられたんだ。ムキにもなる」

「気持ちは分かるけど、みっともないぞ」

 その言葉に、ミナトは思わずキョトンとなった。彼がどの部分を指して『みっともない』と言ったのか、理解できなかったのだ。

「どうして?」

「女の子相手にさぁ、そんなムキになっちゃって」

 ああ、と納得してしまった自分が可笑しくて、声を出して笑ってしまった。そんなミナトの様子を怪訝そうに見るミゲルは、首を傾げた。

「そんなに面白いかよ?」

「いや、それも確かに正しいよなって気がしたのさ」

「なるほど。それで......」

「今日は奢るよ。付き合ってくれたしな」

「おお! いいねぇ! おすすめの店教えてやるよ」

 ミゲルの笑う顔は太陽のように明るいな、とミナトは思った。生まれ育った場所がどこであれ、彼のルーツがそう見せるのだろう。

 こうして〈ハルシオン・ブルー〉内での拠り所も見つけることが出来たミナトは、アカネの実技訓練をこなしつつ、ミゲルとのシミュレーター訓練と座学に明け暮れた。

 特に座学においてミゲルのSWSへの解像度は凄まじく、〈コヨーテ〉タイプの機体特性はもちろん、アカネとリリーしか扱えない〈リンクス〉タイプのことまである程度は把握していた。

 どうして知っているんだと質問すると、好きだからなという答えが返ってきた。ミナトはそれを意外だとは思わなかったし、だからこそSWSに乗れないことに同情した。

 アカネは相変わらず言葉はきついし、未だに名前で呼んでくれないものの、その指摘は鋭く、ミナトの胸にスッと収まった。そのおかげで目に見えてSWSの操作が上達すれば、彼女に対する敬意のようなものが芽生えてきていた。

 そんな日々が二週間続いたある日、ついに訓練で模擬弾をアカネに命中させることができた。

 しかし命中したといっても足に少し掠めただけで、しかもその後にしっかりボコボコにやられてしまえば、勝利とは程遠かった。

 訓練を終え、ハンガーでヘルメットを脱いだミナトは、大きく息を吐いて天井を仰いだ。

「よぉ! 今日は惜しかったな!」

 ミゲルがそう言いながら流れてきたので、手を掴んで引き留める。

「あぁ、でも、何となく分かってきた気がする」

「いや、ホントすげぇよ。たった二週間でここまでやれるなんてな」

「ミゲルのおかげだよ」

 それは本心だった。ドローン整備で忙しいはずなのに、毎日遅くまで訓練に付き合ってくれるミゲルがいたから、ここまで来られたのだ。

「ホントか? なんか照れるぜ」

 その時、「優等生!」とアカネのこちらに呼びかける声が聞こえた。初日こそ、『適合率最低男』と呼ばれていたミナトだが、流石に呼びにくかったのか、現在は『優等生』と呼ばれている。

 もちろん、皮肉を込めての名称だが。

 すでにアーマーを脱ぎ終えていた彼女は、アンダースーツのまま慣れた動きでミナトのガントリーを掴んだ。

「今日の動きはまだまだだったけど、正直、少し見直した」

「先生が良かったんだろう。ありがとな」

 感謝の言葉によほど驚いたのか、一瞬言葉を失ったアカネは、ふん、とそっぽを向いた。

「ま、精々頑張ることね。アンタを一か月で使えるようにするのが、私の任務なんだから」

「あぁ、頼りにしてる」

 顔を逸らしたまま目線だけこちらに向けてアカネは、そのまま何も言わずに身体を流していった。

 しかし次の日、アカネは高重力下用装備の試験のために不在だった。木星には〈アルキオネ〉で行ってしまったために、ドローンの整備クルーであるミゲルもいない。

 ようやくアカネに追いつけそうになっていたのに、拍子抜けしてしまったミナトは、少々この状況に戸惑っていた。

 することも特に見つからないので、〈アルキオネ〉の納まっていた格納庫で、物資の搬入を手伝っていた。トラックからの積み下ろしは精密部品が多いということで、人力でやらなければならないらしい。

「結構、量ありますね......」

 部品が大量に詰め込まれた箱を持ち上げつつ、ミナトは呻くように言った。

「タイラントとの戦闘が激化するだろうっていうんで、〈リンクス〉の予備パーツを取り寄せたんだよ!」

 答えてくれたのは、〈アルキオネ〉の整備クルーの一人だった。

「〈リンクス〉か......」

 視線を移すと、ガントリーに固定されたまま、いくつものケーブルに繋がれた〈ジャッカル〉の姿が見える。

 あれが動かせれば楽なのに、と思うのだが、未だにシステムが不調だという話しか聞いていない。

 ミゲルによれば、新型機のOSが〈アルキオネ〉に搭載されている戦闘統合システムと競合を起こしているのだそうだ。これは〈ハルシオン・ブルー〉各機とのデータリンクはもちろん、補給ドローンとの連携も行っているシステムなので、外せないらしい。

「〈ジャッカル〉はまだ動かないんだってな?」

「えぇ、まぁ......こんな時にタイラントが来たら......」

 箱を指定場所に置いたミナトは、左手首にあるブレスレットに触れた。

 これでは、仇討ちどころじゃない。

 思わず歯ぎしりする傍らで、クルーがため息をついた。

「今の〈コヨーテ〉タイプじゃ、どうも力不足感が否めないものなぁ」

「あの記録映像ですか?」

「ん? まぁな。〈リンクス〉は大した活躍だったけどさ」

 人類が初めてタイラントに打ち勝った、冥王星軌道に迷い込んだ輸送船の防衛任務。もちろんその映像はミナトも見た。ガルダがタイラントを撃ち抜き、リリーの〈レフティー〉が貫いて、アカネの〈カメリア〉が両断したあの映像。

 だが、〈コヨーテ〉タイプの武装では、タイラントに対して有効だったかどうかは疑問が残った。

 少数なら〈ハルシオン・ブルー〉や他の実験部隊で倒せるかもしれないが、もっと大勢で攻めて来られたら、勝てるかどうか分からないというのが現状だろう。

 そう考えこんでいると、背後からミナトを呼ぶ声が聞こえた。

「ミナト・ヒイラギ君?」

 振り返ると、そこにはリリー・ゾンマーフェルトが立っていた。

「暇なら、少し付き合ってほしいんだけど?」

 あー、と隣にいるクルーに目配せすると、行って来いよと頷いてくれた。

「いいけど......何するんだ?」

「ちょっと、ね」

 ミナトの問いに、リリーはいたずらっぽく笑ってみせただけだった。


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