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第8話「新入りたち」

 まどろんでいた意識が自我の表層に急浮上し、ミナトは瞼を上げた。機械油の匂いに、全身を包み込む無重力の感覚は、まさしく〈アルキオネ〉のハンガーだった。

 ミナトの身体は寝袋のような無重力用のベッドにくるまれていて、手足を自由に動かせないのがフラストレーションだった。

「よぉ、お目覚めかい?」

 整備クルーを示すオレンジ色のツナギを着た青年が、ミナトの顔を覗き込んだ。軽く焼けた肌に、特徴的な癖っ毛があった。笑った顔は人好きにさせるものがあり、ミナトより少し年上に思えた。

「誰って顔してるな? 俺っちはミゲル・ナバスクエス。よろしく」

 何とか寝袋から腕を引っ張り出すと、差し出された手を握り返した。

「俺はミナト・ヒイラギ。こちらこそよろしく......噛みそうな苗字だな」

「へへっ、よく言われる」

 握手のあと額に手をやると、そこに湿布が貼られていることに気づいた。そして気絶する前に何があったのかも思い出した。

「そうか......俺、あいつに蹴飛ばされて......」

「そうそう! いい蹴られっぷりだったよ! ほら!」

 そう言ってミゲルが放り投げたのは、ミナトが被っていた〈コヨーテ〉のヘルメットだった。ちょうど額の辺りが大きくへこんでおり、その時の衝撃の大きさを物語っている。

「あげるよ。初撃墜記念ってことで」

「いいのか?」

「どうせあの〈コヨーテ〉は予備部品の寄せ集めだったし、この部分はアカネたちの〈リンクス〉や隊長の〈コヨーテ・カスタム〉にだって互換性はないからね」

 感謝すべきかどうか迷っていると、ミゲルがついてきなよというように手招いた。寝袋から抜け出し、そばに固定されていたジャケットを羽織りつつミゲルの方へと身体を流す。そこには黒塗りのSWSがガントリーに固定されていた。

 頭部にある耳型のセンサーなどは〈リンクス〉に似ているが、それよりも全体的に鋭い印象を受けた。

「これが〈ジャッカル〉。あんたの機体だよ」

「これが......」

 手を触れてみると、金属特有の冷たさを感じた。まるで包丁を触ったようだ、というのがミナトの印象だった。

「なぁ、あんた新入りだろ? どうしてこんな最新機貰えたんだ?」

「え、なんでって......」

 思わず右のこめかみにある、〈センティエント〉の接続ポートに手を触れる。

「実験動物なんだよ。分かるだろ?」

「〈ハルシオン・ブルー〉だもんな」

「そういうこと」

「実は俺っちも最近入ったばかりなんだ。実は同じ寮だったりして」

「本当か? 気が付かなかった」

 基地のすぐ横にある寮に案内されたのが昨日の深夜で、それまで色々な書類にサインしたり、やれ身体チェックしたりと忙しかったのだ。それに朝も他人なんて気にしてられないほど緊張していたのだから、ミゲルみたいな人間を見落としているのも当然だと思えた。

「なぁ、SWSのシミュレーター動かせるか?」

 ここの整備員なら動かせると踏んで、ミゲルに尋ねる。アカネに頼むのは気が引けたし、今頼れるのはミゲルだけだと思ったのだ。

「まだやるのか? 今日はもう休めよ」

「一日でも早く......見返してやりたいんだ。アカネ・フアイアを」

「そうかい。まぁ、やってみよう」

「ありがとう」

 ミゲルは呆れた様子で肩をすくめると、ついてくるように言った。

「早速アカネ・フアイアと喧嘩したんだろ?」移動しながら、ミゲルは続ける。

「大変な人をあてがわれちまったな」

「喧嘩っていうほどのものでもないさ。ただ、そりが合わないだけだ」

「でも操縦技術は一級品だ。見たろ? 彼女の得意技のバウンスマニューバは」

 あの時、アカネは急停止して、跳ね返るように膝蹴りを繰り出してきた。恐らくあれがミゲルの言うバウンスマニューバなのだろう。

「確かに。認めるしかないよな」

「あの速度でお前の顔面に膝蹴りを命中させるのは、隊長ですら難しいはずだ。しかもとっさにできるってのがすごい」

「詳しいんだな? SWSの担当?」

「いやいや、実はドローン担当なんだ。ほら、発着用のドローンだよ」

 シミュレーター室に入ると、誰もいないようで明りが点けられていなかった。ミゲルがスイッチをオンにすると、制御用コンソールと〈コヨーテ〉が数台置かれていた。

「意外だな......てっきりSWSの整備をやってるんだと」

「まぁ、最初はSWSパイロットになりたかったんだけど、適合率が低すぎてね......ほら、そこに入んなよ」

 ミゲルがコンソールを操作すると、訓練用〈コヨーテ〉の装甲が開いた。この〈コヨーテ〉は通常のものとは違い、両脚のスラスターモジュール、腕部の〈クレルヴォ〉が取り外され、より人間に近い形をしていた。

 ジャケットを脱いで、〈コヨーテ〉の中に入る。それと同時にヘルメットが閉じて生体認証を開始、ミナトを認識するとシステムが動き出した。

『聞こえるか?』

「あぁ、よく聞こえてる」

『それで、せめてSWSの整備だけでもって思ったんだけど、最初はドローンからだって言われたのさ』

 システムチェックがすべて完了し、モニターの映像が宇宙空間に切り替わる。

『よし、宇宙で良かったよな?』

「それで頼む」

『了解......で、どこから始める』

「アカネ・フアイアのデータを呼び出してくれ。彼女のことをもっと知りたい」

『なるほど。険しい道のりになりそうだな』

 CGで再現された〈カメリア〉が目前に浮かび上がり、かかってこいというように指を曲げた。

「望むところだ」

 そう返して、ミナトは〈コヨーテ〉のスロットルを全開にして飛び出した。


◇◆◇


 〈アルビオン〉にある中心街、サテンカーリ。『雨の弧(sateenkaari)』、つまりフィンランド語で虹の名を持つ街は、タハティの多様な業務を表すかのように、あらゆる子会社やその店舗が置かれている。それは地球圏のみならず、火星や木星の経済圏、さらにOCTOのものまで存在する。

 ある意味、現代の人類文化のハブとしての側面もあった。

 そしてこのサテンカーリの裏路地に、ガルダが通っているバーがあった。

 ガルダはバーボンを飲みながら、ミナト・ヒイラギについて書かれたファイルをめくる。本来なら機密扱いの書類だが、ここに来る客はほとんどいない。それにここのマスターがガルダの友人で、元軍人なら身元は固かった。

 そういうわけで、この場所はガルダの隠れ家的な場所なのである。

「ミナト・ヒイラギ、十七歳。出身は極東の文化保護区C—13......両親はコロニー開発公社の現場監督と環境維持技師。当人が三歳の頃に事故で他界。以後父方の祖母に引き取られる......」

 だが、ファイルを読めば読むほど、ミナト・ヒイラギは士官学校で成績が優秀であるだけの、普通の人間にしか思えなかった。

「生き残らなければ忘却に飲み込まれていた人間、か......」

「......厄介事か?」

 コップを丹念に磨きながら、マスターのローランド・ファーマンが尋ねる。元UNI宇宙軍の戦闘機パイロットで、ガルダのウィングマンだった男だ。

「まぁ、新入りが来たんでな」

「こんな時に、珍しいな」

 ローランドは少し驚いたようだったが、細長い仏頂面が少し揺らいだ程度だった。

「あの社長のすることなんて、分かるわけないだろ」

「相変わらず振り回されてるようだな」

「いつもの事さ......もう慣れた。子守りもな」

「お前にはつらい仕事だな」

 含みのある言い方に、ガルダは眉をひそめる。だがローランドはそれを意に介していないようだった。

 その時、来客を告げるドアベルが鳴り、ローランドが「いらっしゃいませ」と言った。

「彼と同じものを」と発せられた声は、ガルダにも聞きなれたものだった。

「......アイラか」

 振り向くと、そこには〈サラマンダー・レッド〉隊長にして、研究開発(リサーチ・アンド・デベロップメント)部主任のアイラ・クマールが立っていた。浅黒い肌に、宇宙のような漆黒の髪は後ろでまとめられている。額の赤い点はビンディと言うらしい。

 着ているタハティのジャケットに付けられたワッペンは、深紅のトカゲの意匠が施されていた。

「帰ってきてたのか」

 ついさっきね、とガルダの隣に座った彼女は、出されたバーボンを飲んだ。

「木星行ったあと、あなたたちが戦ってた冥王星軌道の宙域に行ってたの」

「どうしてそんな場所に?」

「ワープ中のインターセプトなんて聞いたことないからね。原因を含めて、色々調査してきたってワケ」

 アイラ率いる〈サラマンダー・レッド〉は、新技術開発と調査が主な任務である。そのため、高い独自性を持つ実験部隊の中でもより特異性のある部隊といえた。

「で、何か分かったか?」

「いや、あまり収穫はなかったな。タイラントの襲撃もなし。ちょっとした実験をしたくらいかな」

「実験って?」

「結果が出るまで秘密」

「......そうかい」

 バーボンを飲み干したガルダは、ローランドに木星ワインを出してくれるように頼んだ。

「木星ワイン? よくそんなものが手に入ったね」

「輸送船の船長から譲ってもらったんだ。お前も飲むか?」

「もちろん!」

 ワイングラスに注がれた赤い液体はゆらゆらと揺れて、繊細な香りがした。

「うーん、高重力って感じ」

 それがアイラの感想である。

 ガルダも一口飲んでみると、確かに希少なのが納得できると思った。しかし軍の質素な食事に慣れてしまった舌では、どう表現するべきか分からなかった。

 それと同じで、今何が起きているのかも分からないのは、平和に慣れすぎたからだろうというのが、ガルダの実感だった。

「それで、〈ジャッカル〉の方は動かしてみた?」

「いや、まだだ。独自規格のシステムなんで、〈アルキオネ〉とのシステムリンクがまだ確立してない。メカニックが文句を言ってたぞ」

 ククク、と喉を鳴らしたアイラは、もう一口飲んだ。

「だろうね。そんな気はしてた」

「お前が作ったんじゃないのか?」

「悔しいけどね」

 R&Dの主任であるアイラが関わっていないとなると、相当の曲者らしい。ガルダは心の中にメモをした。

「あれには、ブリーチ通信機のプロトタイプが搭載されているんだ」

 アイラはそう言葉を続けた。

「〈ケルベロス・ブラック〉の三姉妹から得たデータを利用してる。実用化できれば、世界の在り方は大きく変わる代物さ」

「だから独自規格が多いと?」

「かもね......少なくとも、私の見立てではそうなる」

「で、使えるのか?」

 なんとも、とアイラは首を横に振った。

「CPドライブとおんなじで、まだまだ未解明の領域が多いんだよ。ブリーチ技術には」

「そういうよく分からないことも利用してみせるのが、技術者のやることか?」

「社長に言われれば、とりあえず形にするってのが、私たちの仕事でね」

「詳しい理屈はその後か」

「まぁ、あの人なりに考えがあるんだよ」

 妙に煮え切らない返事に、アイラも不満らしいものを抱えているのが分かった。思わぬ収穫だったが、あの社長が何か裏で企んでいるということがはっきりとしてきた。

「......だな」

 グラスに注がれた赤い液体は、血のように見えた。


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