「まだ来るか!」
弧を描いて旋回するタイラントめがけて、一直線に〈カメリア〉を飛ばす。いくらタイラントと言えど、ワープ時に使うプラズマ・ラムと同等の機能を持った〈カレトヴルッフ〉に、斬れぬものはない。
タイラントもこちらの存在を認め、正面衝突するコースに乗る。それはまさに、中世の馬上槍試合を彷彿とさせた。
衝突の瞬間、中段に構えた大剣を振りぬく。走行する車にバットをぶつけたような衝撃が全身を襲い、フレームが軋むのがはっきりと分かった。
上下に分割されたタイラントが、アカネの後方で爆発する。それを確認するまでもなく、すぐさまその場を後にする。あとどれだけの数が残っているか分からないのだ。
だがその瞬間、別のタイラントが目の前を掠めて下方に飛んでいった。全身が粟立ち、背中から冷や汗が噴き出るのを感じたアカネは、慣性制御装置(イナーシャル・キャンセラー)を全開にして急停止した。
同時に機体が通常航行モードから高速機動モードに転化し、格納されていた放熱フィンが展開する。
それから上下反転すると、タイラントを追う。高速機動モードになった〈カメリア〉は、フィンを展開して熱レーダーに探知されやすくなる。代わりに、イナーシャル・キャンセラーと各部に増設されたスラスターにより他の追随を許さないスピードと、敵を翻弄する機動力を発揮することが出来た。
タイラントに後方から近づき、振りかぶった〈カレトヴルッフ〉を袈裟懸けに振るった。背面を斜めに切り裂かれたタイラントは、斬撃の衝撃で螺旋を描きながら爆散した。
「これで三つ......」
ふと視線を巡らせると、護衛機の〈コヨーテ〉が呆然とした様子でこちらを見ているのに気付いた。
「あんたは後退する! でないと本当に死んじゃうよ!」
無線が届いているのかいないのか、後退するように手を大きく振ると、我に返ったように輸送船の方に戻っていった。
「体当たりしか能のない連中に殺されるのは......誰だってゴメンでしょ」
その背中を見送りながらアカネは呟き、センサーの示す次の標的を追跡していった。
リリーは高速で移動するタイラントをしっかり照準に合わせると、ビーム砲〈トルニ〉のトリガーを引き絞った。
長い砲身から放たれたビームの光条は、タイラントの中央に吸い込まれるように流れていって、それを貫いていた。
それから間髪入れずに二射目、三射目と繰り返し、次々と目標を撃破していく。続いて四体目に狙いを定めるが、連射したせいで砲身がオーバーヒート寸前になっていた。
「やっぱり砲身の冷却は何とかしないとね......」
脳内のメモに冷却問題と書き記すと同時に、冷却カートリッジを排出、そして背面に収められていたサブアームがすぐさまカートリッジを再装填した。
その隙にタイラントがこちら目掛けて急接近してきていたが、クルリとターンしてそれを回避した。
「次は照射モードを試してみようかしら?」
直後に放たれた〈トルニ〉のビームがタイラントを穿ち、ビームを放出したまま薙ぐように砲口を移動させると、旋回しようとしていた他のタイラントを引き裂いていた。
だが照射モードに砲身が耐えきることができず、オーバーヒートしてしまった。
「ありゃ、やっぱりやりすぎちゃったか」
警告音がひっきりなしに鳴り響くヘルメットの中で、リリーはペロッと舌を出した。
「これで六体目!」
アカネは大上段で〈カレトヴルッフ〉を振り下ろしてタイラントを撃破すると、加熱した機体の放熱のために一時後退した。
接近戦用にカスタムされ、高速戦闘を求められれば、機体の熱処理問題はかなり重視されていたはずだ。しかし開発者たちは、高速で動き回って体当たり戦法をするエイリアンと戦うなどとは想定していなかったのだろう。
それはアカネも同じで、帰ったらすぐに文句を言ってやろうと決めていた。
今送られてきた〈アルキオネ〉からの観測データでは、タイラントとされる目標は残り五体。その時ふと、ガルダのことが心配になった。
高火力の武装を持つリリーの〈レフティー〉と違って、ガルダの〈コヨーテ〉は指揮官機仕様に改造されているだけだ。通常のプラズマキャスターでは傷一つ付けられないとなると、彼の身が心配だった。
レーザー通信を頼りにガルダの元に向かうと、すでにタイラントと交戦しているようだった。やはり隊長機といえど、〈クレルヴォ〉の攻撃は有効打にはならず、撃っては体当たりを躱す、ということを繰り返していた。
「隊長! 今行きます!」
その時、ガルダの背後から別のタイラントが接近するのが見えた。
「っ......!」
ガルダはそれに気づいていないのか、振り向こうともしない。
すぐさまコンピューターがタイラントの進行ルートと交差するコースをはじき出し、アカネはそれに沿って飛んだ。
「次も間に合わせる!」
〈カレトヴルッフ〉を突き出し、タイラントの腹部を貫いた。そのまま裂くようにして剣を振り下ろすと、爆発から逃げるようにしてその場から離れる。
ガルダの方は、体当たりしてきたタイラントを避けたところで、その背面めがけて〈クレルヴォ〉を放っていた。だが今度は弾かれることなく、タイラントはバランスを崩したようにクルクルと回転しながら爆発した。
カン、と金属がぶつかる乾いた音がして、ケーブルが機体の表面に吸着されたことに気づく。
『背中は、がら空きらしいな......アカネも、よく間に合ってくれた』
接触回線を通じて、ガルダの声が聞こえた。
「気づいてたんですか?」
『当然だ。その上で任せた』
恐ろしい人だ、と思うと同時に、自分の能力を信じてくれたことに嬉しさを覚えていた。
その時、二人の上方を光軸が横切り、小さな爆発が咲いた。あれは恐らく、リリーの〈レフティー〉が放ったビームの光だろう。
『隊長、アカネちゃん。無事ですか?』
二人が顔を上げると、〈レフティー〉がこちらに近づいてきているのが見えた。通信が聞こえてきているのは、タイラントが全滅してブリーチ干渉が弱まっている証拠だろう。
『あぁ、これで全部か?』
慎重に減速しつつ、リリーが報告する。
『タイラントの熱紋は探知されず。〈アルキオネ〉からも、同様の観測データが来てます』
『了解した。これから我々は輸送船の護衛任務に就く。輸送船の状態を確認する間、〈アルキオネ〉はしばらくその地点から周辺宙域の監視を行っていてくれ。アカネとリリーは、俺と一緒に輸送船に乗船する』
『〈アルキオネ〉、了解』と船長のメリル。
『では、向かうとしよう』
ガルダが輸送船に向き直ると、その方向から量産型の〈コヨーテ〉が両手を振りながら近づいてきた。護衛部隊の機体だろう。
それを視認したガルダ機が頭部からワイヤーを射出して、有線通信が接続された。
『私はこの船の護衛部隊隊長、アルバート・レイヤーです。救援に、感謝します』
『こちらはタハティ実験部隊〈ハルシオン・ブルー〉隊長、ガルダ・スラヴだ。そちらの状況確認のため乗船したいのだが、構わないな?』
『あぁ、もちろんだ。ついて来てくれ』
ワイヤーを巻き取り、こちらに頷きかけたガルダに従って、二人は輸送船のハンガーに向かった。その途中で目線をコンテナ搭載部に向けると、SWSの前身とも言える無重力空間用のパワーローダーが、散らばったコンテナを回収していた。
こういうものが存在していたにも関わらず、これまでSWSのような兵器が出現しなかったのは、動力源の問題だとされている。
元々、SWSは人間サイズで戦闘機並みの火力を持たせることをコンセプトとして開発されていた。居住性を無視し、徹底的に小型化することで相手の懐に潜り込んで敵を撃破するという、一撃離脱の戦法を得意としている。
しかし従来のバッテリーやジェネレーターは起動時間の関係上、大型化せざるを得ない。それでは人間サイズの兵器というアドバンテージが失われてしまう。
そこでタハティは太陽系外への入植を果たし、独自の技術を発展させていたOCTOの協力を得て、小型かつ出力の大きい新型CPドライブを開発した。
もちろん適合率問題は未だに残されているが、その欠点を克服したドライブの開発も進んでいるという話は、アカネの耳にも入っていた。
正面にあるハンガーの出入り口が開かれ、誘導用のドローンがこちらに向かって飛んでくる。
『輸送船??—4438の船長、ミナス・ヨーシーだ。まさか本当に来てくれるとはな。全クルーを代表して感謝する』
アカネはプールのビート板を掴むように、ドローンに付属するハンドルを握った。
『隊長のガルダだ。こちらこそ、受け入れに感謝する』
減速をかけたドローンが、割り当てられたガントリーに誘導する。赤色灯が光り、HUDの気圧計がほとんど一気圧に近づいていけば、ようやくホッと一息つけた。
ガントリーがアカネの機体をアームで保持し、役目を終えたドローンが飛び去って行く。通常灯が点灯すると同時にヘルメットを開けたアカネは、ハンガーに注入されたばかりの空気を肺いっぱいに吸いこんだ。
吸湿性の高いアンダースーツと、ヘルメットが汗などの水分を吸引してくれるおかげで、汗一つかいていない。しかし戦闘の興奮で火照った肌は、未だに熱を持っていた。
早くシャワーに入りたいと、アーマーを脱ぎながらアカネは思った。
「アカネちゃん!」
一足先にアーマーを脱ぎ終えていたリリーが、こちらに流れてくる。まだ下半身をアーマーに突っ込んだままでいたアカネは、その手を取ってやった。
慣性に流されて行ってしまいそうなリリーをこちら側に引き寄せると、汗とシャンプーが混じった甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「ね。そっちはどうだった?」とリリーは、未だ戦闘の興奮が冷めやらぬという様子で言った。
「六体だけ。そっちは?」
「私は十体!」
リリーは嬉しそうに両手を開いて見せた。
「えーっ、ほとんど二倍じゃん!」
「アカネちゃんはまだまだだってことだねぇ」
「あーあ、また負けたよ......」
〈カメリア〉の脚部から自分の両足を引き抜きながら、アカネは言った。こういったように、戦闘が終わるたびに互いの戦果を競い合わせるのが、二人の習慣だった。それは訓練時代からのものである、というのもあるが、戦場の悲惨さを少し紛らわせる意味もあった。
正直アカネはこの習慣が少し苦手だった。今回の相手はエイリアンだったからまだいいが、これまでは人間を相手にしてきていたのだ。
それが任務だと分かっていても、拭いきれない罪悪感が胸の内に残っているようだった。
その時、二人の上方からガルダの二人を呼ぶ声が聞こえた。隣にいる見慣れない男は、おそらく護衛部隊の隊長だろう。
「おい! ここの船長に会いに行くぞ!」
逆さまになっているのは、上下方向にSWS用のガントリーが設置されているからである。ガルダは丁度彼女たちから言えば天井にあたる面に、ガントリーが割り当てられたのだろう。
こういった宇宙船は無重力環境での使用が前提とされているので、空間の有効活用はしなければならないということだ。
「了解です!」
リリーより少し遅れる形で、アカネも隊長の元に向かう。その際、空いているガントリーに整備クルーが集まっているのが見えた。恐らく、アカネたちが到着する前にやられてしまった機が収まっていた場所だろう。
あともう少し早く到着すれば助けられた、そう思わずにはいられない。しかしながらそういった仮定の話をしたところで、失われた命は戻らないということも知っていた。
ガルダに合流し、ハンガーの出入り口である重力室に入る。ここで無重力空間と人工重力がかかっている船内を行き来するのである。
照明がある方が天井にあたるので、自分の足がしっかりと床についていることを確認する。リリーがレバーを上げると、ビーッというブザーが鳴り響いた後に、体が床に押し付けられた。
宇宙船にこういった重力区画があるのは、クルーたちの健康のためである。
というのも、ブリーチ航法によるワープが可能になったとはいえ、どこへでも一瞬で辿り着けるわけではない。
光速以上のスピードで移動できるとはいえ、星々を渡るにはかなりの時間がかかるのだ。
そういう事情があって、こうした輸送船の多くは重力区画を設けている。
船内を歩いていると、コンテナの回収作業についての放送が頻繁に流れていた。それだけ重要な荷物らしい。それも、危険な宙域に留まる必要があるほどの。
ブリッジに入ると、アカネを含めた四人は敬礼した。それに応じて、船長の男も敬礼を返す。
「船長、〈ハルシオン・ブルー〉の方々を案内しました」
「あぁ、ありがとう。アルバート。残った護衛隊は、休ませてやれ......構わないな? ガルダ隊長」
「よく持ちこたえてくれたからな......周辺宙域の監視は〈アルキオネ〉にさせている」
「そういうことだ。不測の事態が起きれば、また頼む」
ハッ、と小気味よく踵を鳴らしたアルバートは、踵を返してブリッジから出て行った。
「さて、君たちには感謝してもしきれないな。まさかあのタイラントを退治してくれるとは」
「社長から言われれば、そういうこともしてみせるのが〈ハルシオン・ブルー〉ですよ」
そう、この救出作戦は社長直々の命令だったのだ。木星軌道上トロヤ群での試験中に急に呼び出され、アカネたちが新装備を抱えたまま現場に到着した形だった。
「そうか、社長が......」
ミナス船長は驚いたように目を少し見開く。
「何か心当たりが?」
抜け目のないガルダは、その船長の様子の変化を見逃さなかった。
「この船の積み荷は、量産型SWSに使う、CPドライブなんだ。しかも、かなりの量になる」
「それでまだ編成されたばかりのSWS部隊を護衛にしたってことか......それで積み荷は、本当にそれだけか?」
ガルダはこの事態をただの偶然だと思っていないようだった。確かに、これまでの半年間でこのような状況が発生したのは初めてだ。そこには何か理由があると踏んでいるのだろう。
ミナスの表情が何かを見透かされたように、一瞬固まる。それから気まずそうに目線を下げると、おずおずと口を開いた。
「実は......木星ワインを一箱積んでいる」
「ワイン?」
さすがの返答に、ガルダは素っ頓狂な声を出した。木星に行くついでに貰ったのだろうが、もちろん、命令違反ではある。
「し、仕事中は飲んでない! ただ、ああいうものは、士気の向上に繋がるというので......」
はぁ、とため息をついたガルダに、アカネたちも苦笑するしかなかった。
「まぁ、タイラントがワイン欲しさに襲ったとも考えられないしな。黙っておく代わりに、〈アルビオン〉に着いたら、一本貰えるか?」
「もちろんだ! しかし、一本でいいのか?」
後ろのアカネたちを見たガルダは、首を横に振った。
「ここで飲めるのは、俺だけだからな」
アカネは不服そうにリリーを見ると、仕方ないというように肩をすくめただけだった。
「それで、この船は航行できそうなのか?」
「いや、不安定になってるプラズマフィールドを保持するので精いっぱいだ」
「大変なんだな?」
「これからの戦いに必要になる。そうだろう?」
「......だな。こちらの船に曳航させよう。準備させてくれ」
「了解した」
二人のやり取りを聞きながら、アカネは天井を仰いだ。
これからの戦い。それはつまりタイラントとの戦いが本格的に始まるということだ。
人類史上初となる、異星生物との大規模戦争。これがどういった結末を迎えるのか、今のアカネには全く想像もできなかった。