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第12話「襲来」

 トロヤ群にあるタハティのムリウス基地。その直径約三十五キロメートルの小惑星に、基地がクモの巣状にへばりつくように存在していた。その中央部から伸びる巨大な塔は、最初にこの小惑星に打ち込まれたドリルだ。

 そこで働く通信技師は、そろそろ来るであろう輸送船の連絡を待っていた。

 狭い通信室の中にはジャズの音楽がゆったりと流れ、口から吐き出された紫煙が辺りを漂っている。

 手に持っている本は、もうすでに何週も読んでしまった。しかし、次に帰れるのが明日だと知っていれば、そこまで苦しいものでもなかった。

「......遅いな」

 配送の担当者とは知り合いだが、ここまで送れることは滅多にない。こちらが見落としてしまっているのだろうか。

 フィードを確認するが、連絡はいつまで経っても来ない。レーダーにもそれらしき姿が見えないとなれば、何か起きたのだろうかと不安になる。

 それで現場監督に通信を入れようとした時、ノイズにまみれた音声がスピーカーから流れだした。

『だ......来て......! あいつら......』

 通信が途切れると同時に、けたたましいサイレンが流れ始める。

 それは大規模なブリーチ干渉を警告するものだった。

 つまり、敵が来たのだ。


◇◆◇


 〈アルキオネ〉内ハンガーにて、ミナトたちは〈ジャッカル〉の起動実験を行おうとしていた。

 〈リンクス〉に比べて全体的にシャープな印象を持つ外殻に、光の反射を極力抑えた黒いマット塗装。それらが放つ機能的な美しさと兵器ならではの威圧感を、見る者に与えた。

 アーマーに身体を収めたミナトは、今まで使っていた〈コヨーテ〉とは違うフィット感に、寂しさと嬉しさを覚えていた。

「すごい......ピッタリだ」

 当然だ、とメリル艦長が言った。彼女は現在、宇宙服(ノーマルスーツ)を着てタブレットを操作している。その隣では、アカネとリリーが並んでその様子を眺めていた。

「量産型の〈コヨーテ〉とは違って、〈ジャッカル〉はキミ専用機なんだ。もちろん、今までの戦闘データをフィードバックさせて、各種パラメータは調整済み。〈センティエント〉経由の神経リンクも、問題はないはずだ」

 アーマーとヘルメットが閉じ、システムが起動する。それと同時に全身を襲ったヒンヤリとした感じは、恐らく気密ジェルが注入されている証拠だろう。

 これさえ動かせれば、タイラントを倒してグレスの仇も取ってやれる。そう思ったのもつかの間、昨日のアカネの言葉が思い出された。

 いつか人も撃たなきゃならない、という言葉が、ミナトの胸をキュッと締め付ける。

 その時は、この機体でやるのか、やらなきゃいけないのか。

 そんなこと、とかぶりを振ると、HUDモニターが点灯して、周囲の状況が映し出される。

 今そんなことを考えたって、どうしようもない。今はただ、この〈ジャッカル〉を動かしてみせるのが先だ。

 そう自分に言い聞かせて、試しに一歩踏み出そうとしたが、体はびくともしなかった。

「な......どうして......」

 メリルに視線を向けると、彼女は抱えたタブレットとにらめっこして、首を傾げていた。周囲を取り囲む落胆の雰囲気が装甲越しに伝わってくるのが分かり、ミナトは焦燥感に駆られた。

 無理に身体を動かそうとしても、アーマーは凍りついたように動かない。まるで、ミナトがこのアーマーに拒絶されているかのようだった。

 その時、出撃を告げるアラートと共にガルダの放送がハンガー内に響く。

『本船はこれより、トロヤ群採掘基地防衛任務のため、緊急ワープを開始する。〈ハルシオン・ブルー〉は全員ブリーフィングルームに集合。〈アルバトロス〉は、後部デッキにて発進準備を急がせろ』

 ガルダの言葉が終わると同時に、ハンガー内に喧騒があふれ出す。だがミナトはそのただ中で一人どうすればいいのか分からず、取り残されていた。

 とにかく動力を切り、重い両腕を動かしてヘルメットを脱いだ。独特の緊張感が漂う船内の空気が肌に刺さり、居心地が悪そうに目線を落とす。

 その正面をアカネたちが横切っていくが、かける言葉が見つからなかったのか、同情するような視線を投げかけるだけだった。

 手に持ったヘルメットを見つめるが、それが何か語り掛けてくれることもなかった。


 ジャケットを急いで着ながらブリーフィングルームに入ると、ホログラムで表示された見たことのない女性が笑顔で手を振った。浅黒い肌と、着ているジャケットはえんじ色に近かった。

『そっちも、揃ったみたいね』

 女性がそう言うと、「始めてくれ」とガルダ。アカネはミナトの横顔に顔を近づけると、「彼女がアイラ隊長だよ」と耳打ちしてくれた。

 しかし〈ジャッカル〉を動かせなかった事実で頭がいっぱいで、「え?」と眉をひそめることしか出来なかった。

『今から十分前、トロヤ群の採掘基地であるムリウス基地とクロアントゥス基地からの連絡が途絶えた。皆も知っている通り、ここはCPドライブに必要なカイラリウムが採掘されている場所だよ。ここが、何者からかの襲撃を受けた』

 ガルダは顎に手を当てながら、最後に確認された小惑星の周辺地域のホログラムを見つめる。

「ムリウス、クロアントゥウスの採掘基地といえば、確かエーテリウムの?」

 エーテリウムとは、CPドライブの核となる希少金属(レアメタル)の一種で、今のところ地球や火星といった惑星には存在せず、一部の小惑星にのみ埋蔵されている。

 中でも木星軌道上トロヤ群にある小惑星には多く埋蔵されていることが分かり、その採掘権を巡る戦いが木星技術連合(ユピテル・テクノクラート)の独立を招く結果となった。

『残念だけど、あそこの防衛部隊は全滅したと考えてるわ』

 全滅という言葉に、にわかに空気が重くなった気がした。タハティの防衛部隊が全滅したとなれば、敵は相当強力であることは明白だった。

「敵は?」

『詳しいことは不明だけど、私はタイラントだと思ってる。もし人間のやったことなら、大した度胸だよ』

 やれやれというように首を振る。その様子に焦りは見られなかった。

「しかし、目的が分かりません」と、リリー。

『それについては、仮説があるんだ』

 アイラがそう言うと、全員の視線が彼女に集まった。アイラは得意げに笑って、手に持ったリモコンのスイッチを押すと、粗い画像が表示された。黒い紙の上に白い塊が乗っているようにも見えるそれは、ゆっくりと動いていたので映像だと分かる。

『これは、冥王星軌道に残してきたカメラと監視対象のCPドライブ......』

 それから、生徒に講義を行う教授のように歩き出した。

『そもそも、タイラントとは何か? これまで太陽系にも、アルファ・ケンタウリでも見つからなかった生物。他の太陽系から来たなら、それはかなりの労力だったはず。では、なぜそこまでしてこの太陽系に来たのか? これが、その答え』

 すると、映像に映っていた白い塊がフッと消え、眩しく光ったかと思うと画面から完全に消失していた。

「爆発した......?」

『いや、あれはブリーチが開いた光だよ』

 画面が切り替わり、ブリーチ干渉のヒートマップになる。赤く染まった中央部に、何か干渉波を発している物が近づいて、爆発したように画面がホワイトアウトする。

『タイラントは、CPドライブを取り込んでどこかに消失した。爆発して死んだんじゃない。私の推測では彼らはエネルギーを取り込んでどこかに運んでいる。そこで、よく目撃されるタイプを〈ハーベスター〉と名付けることにした。恐らく、どこかに母体である〈マザー〉がいるはず』

 画面が消え、襲撃された小惑星の3Dモデルに戻る。

『つまり、彼らはエネルギー資源を手に入れるため、高純度のエーテリウムのある採掘基地を襲ったってワケ』

 言われてしまえば、そこまで複雑な事情ではないと分かってしまった。だが、人類もこのエネルギーが必要であることや、コミュニケーションの手段がないとなれば、戦うしかないという現状は変わらない。

「社長には、このことを?」

『概論は伝えたけど、結論を出すには時間がかかるって』

「......なるほど」

『とにかく、私たちの任務はこの二つの採掘基地からそこの労働者を連れ帰ること。あなたたち〈ハルシオン・ブルー〉には、ムリウス採掘基地の担当をお願いするわ』

「了解した......気をつけろよ」

 ガルダの言葉に一瞬驚いたように目を見開いたアイラだが、すぐに頬を緩めて『あなたもね』と返して、通信が切れた。

 それとほぼ同時に、『隊長、ドッキング作業終了。いつでも発進できる』とメリルからの放送が鳴り響いた。

「〈マイア〉に準備完了と伝えてくれ。後部デッキの方はどうなってる」

 〈マイア〉は、〈アルキオネ〉と同じプレアデス級の輸送船で、〈サラマンダー・レッド〉の母船でもある。大きな違いは、〈アルキオネ〉のものよりも巨大な推進器だろう。

 それにより〈マイア〉は他のプレアデス級よりも二倍以上のワープ速度を誇り、今回はそれに牽引してもらうことで迅速に防衛線に到達できるというわけだった。

『救助部隊の編成はできてる。〈アルバトロス〉も、いつでも飛ばせるそうだ』

「分かった。俺たちはハンガーで待機してる......行くぞ」

 ガルダ達につられて、ミナトも部屋を出る。すると、前を進んでいたガルダがくるりと反転し、ミナトの肩を掴んだ。

 急なことに動けないまま慣性でブリーフィングルームに押し戻され、ドアが自動で閉まると完全に二人きりになる。

 何を言われるのか、大体予想できていた。だからこそミナトを一層不安にさせ、胸に重しを乗せたように息が苦しくなった。

「お前はブリーフィングルームで待機だ」

 分かりきっていたが、しかし、と言いかけたミナトをガルダが無理に遮る。

「予備機の〈コヨーテ〉でどうにかできる敵ではないし、はっきり言って足手まといだ。それに、お前に死なれるのは困る。まだ〈ジャッカル〉を動かせないのではな」

 最後の一言が、ミナトがここにいる理由を思い出させた。

「俺は所詮、モルモットってことですか......」

 何か言おうとしたガルダは視線を逸らし、「否定はできないな」とだけ言うと、ブリーフィングルームから去った。

 ただ一人残されたミナトは、漂いながらワープ開始の放送を聞き届けることしかできなかった。


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