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第10話「緑の誘い」

 一時間後、リリーに指定されたのは基地からサテンカーリに向かう列車のホームだった。タハティが接収したあとに増設された路線は、コロニーの外壁を通る。そういうわけで、ホームと言ってもいくつかのドアがあるだけの殺風景な場所だった。

 よそ行きの服を着てくるようにと言われたのでそれらしいものを見繕ってみたが、制服暮らしが続いていたミナトにはどうもしっくりこなかった。

 制服のようなかっちりとしたものを身にまとっていると、安心感すら覚えていたのだ。しかし私服はどうもふわっとしていて、何となく落ち着かなかった。

「ごめん! お待たせ!」

 そう走り寄ってきたリリーは、レース付きの白いブラウスにスカートというシンプルな出で立ちだった。しかし〈ハルシオン・ブルー〉のジャケット姿しか印象がなかったので、思わずドギマギしてしまった。

「大丈夫?」

 緊張で固まってしまっていたのか、リリーが心配そうに声をかける。

「いや、ただ、あまり慣れてないから......」

「あぁ、なんかそんな感じだもんね」

 つまりモテそうに見えないと言われたような気がして、ミナトは少しだけへこんだ。

「とりあえず、早く行きましょ!」

 リリーに導かれるがままに列車に乗り込む。他人から見ればカップルのデートのように見えるだろうが、そういう自覚があるからこそ少し罪悪感も抱いていた。

「ごめんなさいね。強引に連れてきちゃって......でもこうでもしないと、きっと来てくれないだろうって」

「それはそうかもしれないけど......どうして?」

「あのままじゃ、きっといつか持たないだろうって思ったから」

 窓の外に流れる景色を見てはいるが、リリーの表情は真剣そのものだった。

「大変な決断をしてここに来たことは分かってる。でもだからこそ、無理してほしくないの。これは、あなたの同僚からの忠告。それと、あなたのことを知りたいと思うのは、仲間のとしての私の気持ち」

「それは......感謝すべきなのかな?」

「存分にね」

 そう言って笑った若草色の髪に縁取られた彼女の横顔は、どこか本能に訴えかけるような優しさがあった。

 ミナトは気まずそうに目を逸らしたが、それで胸の罪悪感が消えることはなかった。こんな気持ちは無駄だということは分かっているつもりだが、忘れられる訳もない。彼女を喪ったという事実は、今でも胸の中に墓標のように立っているのだ。

「それ、火星のお守りでしょ?」

 リリーが言っていたのは、ブレスレットのことだった。どうも無意識の内に触っていたらしい。

 こうしてブレスレットに触れていることが、最近癖になりつつあるのだろう。

「え? まぁ、そうだな......火星に詳しいのか?」

「しばらくの間滞在したことがあってね。素朴でいいところだと思う。それにあの〈ペースメーカー〉の壮大さといったら! ......でも、確かあなた地球出身よね?」

 あぁ、とミナトは首肯した。

「日本っていう小さな島国だけどな。あそこは田んぼしかない辺鄙なところさ」

「田んぼってことは、文化保護区ね? 一度行ってみたいわ」

「そうか? 何にもないところだぞ?」

「それは住んでた人が言うことよ」

「そういうもの、か......」

 それから列車に揺られること十数分、サテンカーリにあるターミナル駅に着いた二人は、さっそく近くにあるショッピングモールに向かうことにした。

「ところでその服って、もしかしてレプリケーターで作った?」

 モールに向かう道中、リリーはそう尋ねた。

「ん? ああ......」

 自分の身体を見下ろして、唸るように答える。よそ行き、とは言っていたものの、そんな服は持ってきてなかったので、寮のクローゼットに備え付けられていたレプリケーターに合成してもらったのだ。

 プリントしたての服は少しゴワゴワしていて、着心地はあまり良くないが、これしかないので仕方がなかった。

「ダメだよ! ちゃんとした服を着なきゃ!」

「え、でも、別に機会ないし......」

「あなたまでアカネと同じことを言う!」

 ほら、とリリーはミナトの手首をとって走り出した。突然のことにびっくりするも、彼女はそれにも構わないようだった。

 そうなってくれば、ミナトの胸の内にあった罪悪感も多少は薄れて、今の状況を楽しもうという余裕も生まれてきた。

 そして数時間後、ミナトの両手は大量の買い物袋を握っていた。このうちのいくつかはミナトのために選んでくれたものだったが、ほとんどはリリーが自分に買ったものだった。

「いやー、買った買った! やっぱり実際に見て買った方がいいね」

「休みって、あんまりないのか?」

 うーん、とリリーは考えこんで、

「〈ハルシオン・ブルー〉のみんなといるのも楽しいから、ついつい後回しにしちゃうのよね」

 屈託のない笑みは、年相応のものに思えた。

「だから、一緒に来てくれて良かった」

 彼女から向けられた笑みに、思わず気恥ずかしくなってしまったミナトは顔を逸らした。

「こ、こっちも、久々に楽しかった、気がする」

「もー、照れちゃってさ......」

 リリーは他の何かに意識を取られたように顔を動かすと、足を止めた。ミナトもそれにならって立ち止まる。そこはモール内にあるゲームセンターのようだった。

 騒がしい音と色とりどりの光が一気に押し寄せてくるような感覚に、脳がクラクラするようだった。

「ねぇ、ちょっと寄っていこうよ」

 いいよと答えようとした矢先に、彼女は返答を聞く前にゲームセンターの中に足を踏み入れていた。今思えば、さっきから妙にソワソワしているような気がしていたのは、気のせいではなかったようだ。

 迷いのない足取りで様々な筐体の間を潜り抜けていく様子から、まぁまぁの頻度で通っているらしいことが分かる。

 そしてたどり着いた先は、複数のキーが設置されたゲーム機だった。音楽に合わせてボタンを押すタイプのゲーム、つまり音ゲーのようだった。

「やったことある?」

 端末をかざしてクレジットを払いながら、リリーが尋ねた。テキパキと設定する手つきは慣れていて、画面に表示されたアカウントのレベルは百を超えていた。

「うーん、なんか難しそうでさ」

「そんなことないよ! ほら、一緒にやろうよ」

「いや、見てるだけでいい......」

「つれないこと言わないの!」

 腕を掴まれ、無理やりリリーの隣に立たされる。この筐体は二人プレイに対応しているらしく、キーも二人分用意されていた。

 まともに楽しめるだろうかと思案していると、リリーが「ああっ」と声を上げた。

「ケルベロスの新曲がもう出てる!」

 画面には『デモニック・ラヴ』というタイトルが表示され、歌っているのはケルベロスというグループなのだが、どちらも聞いたことがなかった。

「有名なのか?」

 それを聞くなり、リリーは信じられないという表情でこちらを見つめた。

「ウチの実験部隊の〈ケルベロス・ブラック〉は知ってるでしょ?」

「確か三姉妹だって......あ」

 表示されたジャケットには、似たような顔の三つ子の少女が映し出されている。それに気づけば、どういう意味なのかは分かった。

「『戦う広報部』、それが彼女たちの別名ってこと」

「手広いんだなあ」

 まぁね、とリリーはゲームをスタートさせた。静かにイントロが流れ始め、画面上に表示された譜面の上部からノーツが降ってくる。これに合わせてタイミングよくボタンを押すのが、このゲームの基本的なルールだ。

 しかし、涼しい顔でボタンを次々と押すリリーとは対照的に、ミナトは流れてくるノーツを追うのに必死で中々ボタンを押せないでいた。

「くそっ......早いな......」

「動きを追おうとしないで、リズムを読み取ればいいの」

「それは、分かっている人が言うことでしょ」

「文句言わないの。とりあえずやってみればいいじゃない」

 リズムを読み取る、か。ミナトは一旦手を止めて、音楽に集中してみた。それからサビに入ろうかというタイミングで再びボタンを押す。すると最初の方とは打って変わって、それなりの精度でやれるようになっていた。

 曲が終わり、結果はあまり良いとは言えなかったものの、悔しさのようなものはあまりなかった。むしろ、楽しいとさえ思えていた。

「ね? もう一曲、やってみましょ」

「ああ!」

 選ばれたのは、同じケルベロスの楽曲で、タイトルは『複雑性トライアングル』というものだった。さきほどの『デモニック・ラヴ』とは違い終始アップテンポな曲だったが、それでも七割ほどの精度なら、ミナトも楽しめた。

 その後ゲームセンターを離れ、モールから出た二人は帰路についていた。空はオレンジ色に染まり、地球の夕暮れ時を再現していた。少し冷え始めた風が、屋内で温まった頬を気持ちよく撫でている。

 駅のホームからそれぞれの寮に向かう途中、リリーが言った。

「今日は付き合ってくれてありがとね。楽しかったわ。本当に」

「こっちも、いい気分転換になったよ。ありがとう」

 リリーは顔をうつむけさせると、頬を緩めた。

「アカネは強敵だけど、あなたも腕は悪くないと思う。素質はあるわ。あなたの仲間として、心強く思う」

「驚いたな......ミゲル以外に初めて褒められた気がするよ」

 それは本当のことだったというのもあるし、訓練の様子を見られていたことにも驚いたので、はにかんで頬をかいた。

「だからこそ、期待してるわ。そしてそれを裏切らないことを願ってる」

「あぁ、やってみせるよ」

 ミナトは、自信たっぷりに大きく頷いた。何より、アカネの隣で戦ってきたリリーに認められたのが嬉しかった。

 まだまだ道のりは長いかもしれないが、着実に近づいていっている。そういう実感が得られたからだ。

「じゃあ、また明日ね」

 分かれ道で彼女を見送ったミナトの足取りは、心なしか軽かった。


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