棺を見送った後次々とクルーたちが解散していく中で、ミナトは直立したまま動かないでいるミゲルの姿を見つけた。
「ミゲル......大丈夫か?」
手すりを掴んで体を固定すると、ふわふわと漂っているミゲルの腕を掴んでやった。このままではどこかに漂い続けて、いつか見失いそうな、そんな不安を感じたからであった。
「え? あ、あぁ......まぁな」
そばまで引っ張ると、ありがとな、と小声で感謝しつつ、ミゲルも手すりを掴んだ。
「なぁ、お前もこんな感じだったのか......?」
何が、と言いかけて、その意味を理解したミナトは、当時のことを思い出そうと瞼を閉じた。
「凍り付いた彼女の身体を抱いた時、冷たいと思ったんだ。ハードスーツ越しで、本当はそんなわけないのにさ、なんかこう、死ぬっていうのがこういうことなんだって、分かっちゃってさ......すごく怖かった。今でもまだ怖いと思ってるけど、動かないとどうにかなってしまいそうで、それで〈ジャッカル〉も動かせたんだよな」
確証はないけどね、と付け加えると、手すりを掴んだミゲルの手が震えているのが見て分かった。
「......俺っちによくしてくれたデルマー先輩、遺体も見つからなかったって言ってたんだ......タイラントの奴がスラスターに突っ込んでくれたおかげで、バラバラになっちまったって......!」
「ミゲル......」
この時のミナトは、彼にかける言葉を見つけられないでいた。どんな言葉を言っても、それはただの気休めにしかならないのではと、思いついたからだった。
「だから俺っちは、戦うよ」
その声も震え、目には涙すら浮かんでいるが、ミゲルの言葉はしっかりと芯が通っているようだった。
「死んでいった先輩たちの分まで......!」
こちらを向いたミゲルは、ミナトの背後に何かがいることに気づくと、涙を拭いて直立のポーズをとった。
「た、隊長!」
ミゲルがそう言って敬礼をすれば、後ろにいるのがガルダだということはすぐに理解した。ミナトもすぐに倣って敬礼をすると、ガルダは「楽にしてくれ」と言った。
「ミナト、少し話がある......今いいな?」
「あ、はい......」
ガルダから個人的に呼ばれたのは初めてだったので、どういう話をするのだろうと不安がっていると、ミゲルがウィンクして背中を押してくれた。まるで自分なら大丈夫だ、と言いたげなようだ。
ミナトも頷き返して、ガルダの後ろをついていった。
それからガルダについて歩くこと数分。何も言ってくれないので、不安というよりかは困惑の方が勝ってきていた。
もしかしてこういうことに慣れていないんじゃないだろうかと考えだしたころ、駐車場にたどり着いたミナトは乗るように促されたジープに乗り込んだ。
キーを回し、小気味良い駆動音が薄暗い駐車場内に響く。地下の駐車場から抜け出すと、息苦しさがなくなって、緊張で重くなっていた気分が少しは晴れた気がした。
「まずは......感謝する。お前のおかげで、クルーが救われた」
「えぇ、でも......」
アイラからも、あまり気にするなと言われていたが、どうしてもそれだけでは納得できないでいた。
今思えば、最初動かせなかったのは自分に迷いがあったからではないのだろうか。兵器がそんな理由で動かれては困るのは分かるが、CPドライブが生体反応に呼応する性質があるのなら、ありえない話ではないのだろう。
だからこそ、ミナトは後悔していた。〈アルキオネ〉のクルーたちも、採掘基地を防衛していた人たちも、救えたのかもしれない。
「救えたかもしれない? 本当にそう思うか?」
思わぬ冷たい物言いに、ミナトは言い返すことができなかった。
「多少上手くいったからと言って、調子に乗るな。お前一人で何が出来る? それは傲慢というものだ」
「それは......分かってませんでした......」
「お前の働きには感謝しているが、俺たちはチームだ。決して一人で戦っているわけではない」
「そういうのって、そういうものだって......分かっていたつもりでしたけど......!」
「......そういうものだ」
気まずくなったミナトは背もたれに身体を預けて、しばらく体に当たる風を心地よく感じようとした。
アイラの励ましと、ガルダの叱咤。この二つのおかげで、今は少し気が楽になっていた。
「話って、それだけなんです?」
「あいや、そういうわけではないんだが......」
ガルダは後頭部を掻いて、何かを決意するように息を吐いた。
「お前に何があったのかは知ってる。グレスという子については......察しが付く」
その口から思わぬ名前が飛び出たことに、ミナトは驚いた。
「だからこそ言っておきたいんだが、あまり過去に囚われるな。特に死んだ人間にはな」
「グレスが、死んだって......理解は、してますよ......」
喉を震わせたミナトは反射的に顔を覆った。ガルダの言う通り、理解はしているつもりだったが、いつも傍にいるような気配がしているのだ。それが分かったから、〈ジャッカル〉だって動かせた。
「だったら、いいのだがな......」
ガルダもそれ以上追及するつもりはないようで、この件について何かを言うことはなかった。そして寮まで送り届けてくれると、一週間の休暇を言い渡したのちに走り去ってしまった。
「一週間か......まぁ仕方ないよな」
〈アルキオネ〉が大破したままでは自由に身動きが取れないし、〈ジャッカル〉の解析だって終わっていないのだ。今のミナトに出来ることはない。
部屋に戻ろうと後ろを振り返ると、そこに白いワンピースを着たグレスの姿が見えた。
「グレス......?」
彼女が何かを語り掛けることはなく、ただ微笑みを浮かべていた。
◇◆◇
自分のオフィスで豪奢な椅子に腰かけていたクータルは、アッシュブロンドの毛先を弄びながらホロディスプレイを眺めていた。
普段は基地の様子が一望できる窓ガラスは、現在は外からの光や、あらゆる電磁波などを完全に遮断していた。
「〈センティエント〉の稼働状況は問題なし、〈ジャッカル〉も動いてくれた......順調じゃないか」
はい、と答えたのは画面に映るメガネを掛けた長髪の男だった。彼が〈ケルベロス・ブラック〉の三姉妹を率いる隊長、カルマ・ブラマーだった。現在はアイドルでもある三姉妹と共にいくつかのコロニーを巡るライブツアーの真っ最中なので、通信での報告となっていた。
アルファ・ケンタウリ生まれのカルマは、現地との橋渡し役として活躍してくれているほか、技術面でのクータルの右腕とも言える存在だった。
〈センティエント〉、〈ジャッカル〉の開発、その他SWSの量産も彼とその故郷による力が大きかった。
『トロヤ群においての我が社の製品も、良い成果を発揮しているようです』
「それはそれは、結構じゃないか」
先日攻撃を受けた二つの採掘基地は結局放棄され、残された基地に防衛力を集中させることになった。そこにはもちろん、最近編成されたSWS部隊があてがわれることになっていた。
「これでUNIの連中も理解しただろう。これからは人が再び戦場で戦う時代になるのだということが」
ブリーチ技術のもたらしたブリーチ干渉によるレーダーの無効化、それによる有視界での戦闘。そしてこれまでの既存兵器を上回る、機動性と柔軟性を持ったSWSの登場。それが人間の戦いの歴史を、中世時代にまで巻き戻させる。
その流れに対応出来なければ、この先の世界で生き残ることはできないし、タハティ、いやクータルは世界を動かす権力の一端を担うことができるのだ。
もっとも、この目論見が外れることも考えれば、様々な業種に手を出しておくことも必要だった。
『そして、これはまだ確認中の情報なのですが、冥王星付近に巨大な物体が出現したようです。おそらく、アイラ女史の予測していた〈マザー〉かと』
これまで発見されていたタイラントの個体は全て先兵のようなものであり、その背後には全てを統率するであろう〈マザー〉がいるという話は、クータルの耳にも入っていた。
「ま、いいんじゃないかな。別に」
『いい、とは?』
さすがのカルマも困惑するような表情を浮かべた。
「だってさ、そんな正しいかも分からない情報、信じる人いないでしょ?」
『えぇ、まぁ、それはそうですが......』
それにさ、とクータルが身を前に乗り出す。
「みんなにはもう少し危機感を持ってもらった方がいいと思うんだよねぇ」
明らかにカルマの表情が固くなったのが分かって、クータルはそれが面白くなって笑った。
「別に完全に口を閉ざすなとは言ってないよ! まぁ例えばさ、アングラのネットに流したりすればさ、どっかがちゃんと調べたりするかもよ?」
『......手配します』
「はいはい。よしなに」
あしらうようにそう返すと、カルマが一礼した後に、画面が暗転と同時に窓から光が差し込んだ。
椅子をクルリと反転させて立ち上がったクータルは、窓際まで歩いて基地の様子を睥睨した。
まるで、下界の様子を眺める神のように。