採掘基地での作戦から二日経って、ミナトは〈センティエント〉の定期メンテナンスのためにラボにいた。
頭部にリング状のセンサーをはめ込んでいるだけで、あまり大掛かりな設備ではないのだが、このセンサーが拷問器具のように見えてあまり落ち着かなかった。
目の前に座ってコンソールを操作しているのは、以前ホログラムで見た〈サラマンダー・レッド〉の隊長であるアイラだった。
「そういえば、この前の作戦ではお手柄だったってね?」
「え、まぁ、はい......」
「謙遜かい? 経緯はどうあれ結果的に助かってる人たちがいるんだ。素直に喜べばいいじゃないか」
「でも、最初から動かせていれば......」
確かに、アイラが言っていることは正しかった。しかし、最初から動かせていれば、〈アルキオネ〉が攻撃を受けることも、それでクルーたちに犠牲が出ることもなかったかもしれない。
そう思わずにはいられないのだ。
「まぁそれは、結果論ってやつだね。仮に最初から動いたとしても、被害を減らせたかどうかは分からないし、逆に悪化してたかもしれない。君はあの時やれることをやったんだ。それで、いいんだよ」
アイラはそう言ってニッコリと微笑むと、ミナトの頭に手を伸ばした。撫でられるのかと思い、一瞬身を固くしたものの、彼女が手に取ったのは頭部のセンサーだった。
センサーが取り外され、頭部にあった不快感が消えると同時に、痛いことは無かったという安堵が胸中に広がった。
ホッと息をついたのもつかの間、それで、とミナトはある疑問を口にした。
「〈ジャッカル〉がどうして動いたのか分かりました?」
それに対してアイラははにかむと、
「分かんないや」
そう肩をすくめたのだった。
◇◆◇
「——敬礼!」
〈アルビオン〉の軍港で、ガルダの号令に合わせてタハティの制服を着たクルーたちが、一斉に敬礼した。
目の前を運ばれていく棺には、それぞれの出身地域やコロニーの旗が巻き付けてあった。
採掘基地での作戦から二日後、タイラントの襲撃で喪ったクルーたちの葬儀が行われていたのだ。戦死者数は五名。どれも遺体が見つからないか、誰のものか判別できないほど酷い損傷具合だった。
それに〈アルキオネ〉もスラスター部の損傷や、ジェネレーターの故障により航行不能の状態にまで陥っていた。〈マイア〉の助けで無事帰還できたが、いつ轟沈してもおかしくない状況であったのは確かだった。
ムリウス、アントゥウス採掘基地の防衛隊も壊滅。それに合わせて両基地の放棄も決定し、新たに編成されたSWS部隊が残りの採掘基地に配備される手筈となっていた。
〈ハルシオン・ブルー〉の隊長となってから、ここまでの被害を受けたのは初めてだった。ミナトのおかげで切り抜けたものの、いくつもの偶然が奇跡的に重なり合ったに過ぎない。
厄介なことにタイラントは、こちらの出方を学習しているらしい。それはつまり、戦いが長期化すればこちらが受ける被害も大きくなるということだ。アイラの予測が正しいなら、どこかにいるであろう〈マザー〉を叩いてしまう方が、この戦いを終わらせるカギとなるのだろう。
ちらりとミナトたちの方を見やると、三人はやはりまだ疲れているような様子が見て取れた。特に彼は〈ジャッカル〉が起動した件で、帰還してからもずっと調査続きだったので、特に顕著だった。
しばらく休息を与えるべきであろうと考えるのは、当然のことであった。
棺が無事に輸送機に運ばれたことを見届けると、視界の端にアイラの姿を認めた。彼女はいつものえんじ色のジャケットではなく、タハティの制服姿だった。
「どうした?」体を流しながら、ガルダが尋ねる。
「あ、うん。彼を送り届けたついでさ」
そう視線でミナトの方を示し、「それに」と続ける。
「あまり邪魔にならないようにって思ってね」
いつもの飄々とした態度はどこへやら、彼女の態度はいつになくしおらしく感じた。彼女なりの気遣いなのだろうというのは、すぐに気づいた。
「邪魔には、なってないだろう」
「そういう不器用なの、好きよ」
思わぬ反応にどう答えるべきか迷っていたガルダに、アイラはため息をついた。呆れられたな、と思ったガルダは話題を変えようとした。
「〈ジャッカル〉、どうして動いたのか分かったのか?」
「分かっていれば、苦労はしないんだけどさ」
「戦闘記録を見たが、あのパワー......ミナトの適合率を考えればありえないことだ」
タイラントを受け止め、真っ二つに引き裂いてしまうほどの出力。適合率が歴代で最低の彼に出来ることではない。
「うん、どうも〈センティエント〉が彼と〈ジャッカル〉のCPドライブの親和性を高めているようなんだけどね、詳しいことは分からないんだよ」
「〈ジャッカル〉は今どうしてる?」
「アイドリングのまま、〈マイア〉で保管してるよ。社長も今のところは、手を出してくる気配はないね」
「そうか......では、引き続き調査を頼む」
マイアは首肯して踵を返したが、思い出したように首を巡らせて、「グレスっていう名前の子、知ってる?」
「グレス? 知らないな」
「彼がね、話してたのよ。あの〈ジャッカル〉が起動するときに。でも通信記録にはそういう相手がいたというのはないし、一応聞いておこうと思ってね」
独り言にしては良くない兆候だというのは、すぐに分かった。状況から考えれば、相当親しい人物だったのだろう。
「〈センティエント〉の不具合が出ているんじゃないか?」
自分を鼓舞しようとしただけなのか、幻覚を見ているのかもしれないと考えれば、一番真っ先に思い浮かんだのはあのナノマシンだった。
「チェックはしたけど、何の問題も無かったし、なんか幻覚か幻聴があれば言う......わけないか」
「恋人だったりしたかも知れないんだろ? 名前からしてさ」
「......かもな」
だがガルダは、あまり部下のプライベートに首を突っ込むようなことはしたくなかった。変に肩入れすれば、隊の全滅すらあり得る。
多くを生かすために、時には非情な決断を迫られることもあると理解していた。
「君の主義は尊重する。でも彼らはまだ子供だ。君のように何でもかんでも割り切れないだろう」
そう言って、アイラは手に持っていた茶封筒をこちらに差し出した。それを受け取り、中身を取り出すと、そこに書かれていたのはグレス・アルティラの情報だった。
「彼女は、ウチに内定が決まっていたそうだ。なんでも、彼女のCPドライブ適合率は歴代でもトップ、私たち実験部隊よりも高かったらしい」
家族構成は戦闘機パイロットの父親と、一般人の母親、そして二つ離れた妹がいるらしい。父親は三年前に起きた火星の内戦において戦死。それ以来、母親は水鉱山で働いて生計を立てていたようだ。
そしてグレスはここにスカウトされた際、家族をこのコロニーに移住させることを条件に内定を承諾。あとは卒業を待つだけだったが、タイラントとのファースト・コンタクト時に死亡した。
「ミナトは、死んだ彼女を抱きかかえた状態で発見されたんだったな?」
「えぇ、相当辛かったでしょうね。自分だけ生き残ってしまったんだもの。死ぬことよりも残酷なことって、あるものね」
それからガルダは黙ったまま、資料を封筒に戻した。まったく、と肩を竦めたアイラは、ガルダの両肩に手を置いて、押し出した。作用と反作用で急激に遠くなっていくアイラが手を振る。
「部下のメンタルは、隊長が見てやるんだよ!」
分かっている、と言いかけたが、あっという間に小さくなってしまったアイラにはもう届かないだろう。彼女に背を向けて、ガルダはミナトたちの方へと向かった。
かつて火星独立戦争で、幼いながらも銃を持たされたガルダは、幾多の死線を潜り抜けてきた。そんな彼にとって、自分と同じように子供が戦場に立つことを許せるはずもなかった。
だからといって自分がこの立場を捨てても、彼らが平和な生活を送れるはずもない。すぐに誰か代わりがこの立場をやるだけだ。
それがこの会社のシステムだし、重要な戦力となるならUNIも見て見ぬふりをしている。
ならば、彼らの命だけでも守ってやるのが、ガルダの責任であると感じていた。
それに部下のメンタルを看てやるのも隊長の責任だというのなら、果たすほかなかった。