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第14話「黒の刃」

 ブリーフィングルームのミナトは、爆発の衝撃で椅子から放り出されていた。

「直撃! 何だ......いてっ!」

 天井に頭をぶつけた頭を押さえつつ、天井を蹴って出入口に向かう。それで廊下に出ると、船の後部に向かおうとしていたミゲルと鉢合わせした。ミゲルは宇宙服を着ているが、ヘルメットは首の後ろにあるアタッチメントに固定されていた。

「ミゲル! これは?」

 肩を掴んで引き寄せると、これまでのミゲルの楽天的な表情は消え失せていた。代わりにあったのは焦燥感と、絶望が入り混じった表情だった。

 事態は思ったより酷いと感じ取ったミナトは、ゾッとした。

「タイラントが襲ってきたんだよ! でもスラスターはやられてしまって、武装だって、あいつらには意味がないんだ......!」

 そんなこと、と言いかけて、そんな励ましは無用だと気付いたミナトは、ミゲルの両肩を掴んだ。

「だったら、俺が出る」

「......は?」

「〈ジャッカル〉を動かして、この船を助けてみせる!」

 だが、そんな決意を込めた言葉とは裏腹に、ミゲルの顔が晴れることはなかった。むしろ、何を言っているんだと言いたげなようだった。

「ついさっきの試験で動かせなかった奴が、今更何だよ! どうせまた失敗して、俺たちは死んじまうんだよ! 結局、俺っちは、俺っちたちは何も......」

 気が付くと、ミナトはミゲルの頬にビンタしていた。ほぼ反射的な行動だったが、ミゲルが静かになったのなら、効果はあったのだろう。ミゲルは驚いたように打たれた頬を押さえて、こちらをじっと見つめていた。ミナトはそんな彼を諭すように言った。

「だからさ、やれること、やっておきたいんだよ。無駄かもしれないけど、やらないよりはいいだろ?」

 ミゲルは、ミナトの言ったことを理解するのにしばらく時間がかかったようだが、すぐにいつもの表情に戻ると、頷いて見せた。

「......だな。悪かったよ、取り乱しちまって」

「大丈夫さ、友達だろ? さぁ行こうぜ」

 ミゲルを伴って、ハンガーへ向かう。その道中でブレスレットに触れると、ミナトはグレスを喪う直前のことを思い出していた。

 あの時も、こうして死が迫っている中でも、冷静に行動できていた気がするのだ。多分自分にはこういう火事場の馬鹿力みたいなものがあって、それが〈ジャッカル〉を動かせるような気にさせているのだと思った。

 ハンガーに入ると、ほぼ人は出払ってしまっていたが、気圧は保たれていたようだった。そんな中、〈ジャッカル〉はいくつものケーブルに固定された状態で佇んでいた。

 先にミゲルが取り付いて、そばのコンソールで固定状態を解除すると、装甲の前面が展開した。そこに足を入れると、感知したアーマーが自動で装甲を閉じた。

 すぐさまHUDが表示され、正面に心配そうな面持ちのミゲルが見えた。

『なぁ......頼むぜ』

 彼は弱々しい笑みを浮かべてヘルメットを被ると、親指を立てた。それが精いっぱいの強がりだと分かって、ミナトは嬉しくなった。それからミゲルが体を流して前方からいなくなると、気を集中させようと目を瞑った。

 以前〈ジャッカル〉を動かせなかった時、何かが足りないのは薄々分かっていた。それは恐らく、この脳に埋め込まれたナノマシン〈センティエント〉だろう。

 これまではその存在に慣れすぎてしまって、あまり気にかけることはしなかったが、それをこのマシーンに接続しなければならないのだ。

 その作業はまるで、抜けかかった歯を舌で探り当てるのと似た、むずがゆさを感じさせた。音が遠くなり、四肢の感覚が無くなっていく。

 これから自分がどうなったっていい。

 どれほどの罪を重ねたっていい。

 この状況を変えるだけの力を。

 だから今は、今だけは......

「グレス、力を貸してくれ......」

 祈るように呟く。

 そして、〈ジャッカル〉がその産声を上げた。

「......来た!」

 CPドライブに火が入り、だんだんと大きくなっていく駆動音が、自分の心臓の鼓動とシンクロしていることに気づいた。

「これは俺だ! 俺そのものなんだ! そうなんだろ? グレス!」

 〈ジャッカル〉を拘束していたケーブルを振りほどき、ガントリーから離れた機体が宙に浮く。〈コヨーテ〉とは違う、全身から漲ってくる力に、ミナトは高揚感すら感じていた。

「ミゲル! ハッチを!」

 『おうよ!』という声が耳朶を打ち、カタパルトのハッチが解放される。金属で囲われた世界の向こうに、漆黒が口を開ける。ミナトはそこに向かって飛んだ。

 宇宙に飛び出せば、後方から煙を吐き出している〈アルキオネ〉が急に遠ざかっていくように見えた。だがここで、ミナトは自分の武装が無いことに気づいた。

「そうだ! 何か武器は......ああっ!」

 警告音と共に、正面からタイラントが近づいてくることに気づいたミナトは、咄嗟に両手を前方に突き出していた。そしてボールをキャッチするように、タイラントを受け止める。予想していたよりも衝撃は小さく、両者の推力も拮抗しているように思えた。

「イナーシャル・キャンセラーがオートで動いてくれた? それなら、今度はこの機体のパワーを試す!」

 スラスターを全開にしてタイラントを押し戻すと、両手の指をその体表にめりこませた。

「千切れろよおおおっ!」

 両腕のアクチュエーターが唸りを上げ、タイラントを左右に引き裂かんとする。そしていよいよバリバリと音を立てたかと思うと、タイラントの体は真っ二つに裂けた。

 それを捨て去るように上昇し、〈アルキオネ〉へと戻る。〈ジャッカル〉のセンサーは、タイラントの反応を三つ捉えていた。

「〈ジャッカル〉の武器は......スラスターコーンがキャノンになっているんだから!」

 背面に背負った一対のスラスターコーンが回転し、先端部分が正面を向くと、それは巨大なビームキャノンになっていた。

 残っている三体のうち、先頭にいる一体に照準をセットし、キャノンを発射する。二本の光軸は真っすぐにタイラントへと突き刺さり、爆発した。さらにその前方を通ってやれば、こちらに引き付けるという効果もあったので、〈アルキオネ〉を守る結果にもつながった。

「よし! そのままこっちに来い!」

 〈カメリア〉並みのスピードで追ってくるタイラントを引き離し、上下反転して後方にキャノンの砲口を向ける。一直線に追いかけることしか能のないタイラントを二体同時に狙い撃ちするのは、そこまで難しいことではなかった。

 残った二体が爆ぜ、一息ついたミナトの通信機にノイズ交じりのメリルの声が入った。

『〈ジャッカル〉! まだ来るぞ! 十二時の方向!』

「はっ......!」

 〈アルキオネ〉の船首方向から、さらに四つのタイラントが接近しているのを、〈ジャッカル〉の広域スペクトルアレイが見つけていた。

「あいつら、分かってやっている? 隊長たちが見逃してるっていうのか!」

 ブリーチ推進の青白い光の尾を螺旋状に引いて、タイラントたちが迫る。何とか狙いを合わせようとするが、こちらに向かって円を描いている軌道を追うのは難しかった。四体による編隊攻撃を避け、上昇をかける敵に対し、ミナトは有効打を思いつけずにいた。

「狙いがつかない! 武器もこれしかない! どうする......!」

 キャノンを照射モードに変更したミナトは、編隊に向かって飛ぶと、螺旋の中央に入った。これまでの経験から、タイラントは急な方向転換が出来ないことが分かっていたからこそできた芸当だ。

「こうだーッ!」

 そして前後方向に向けたキャノンからビームが迸ると、そのまま自分の身体をきりもみ回転させて四体丸ごと輪切りにした。

 四つの爆炎に包み込まれながらもその場を脱したミナトは、大きく息を吐いた。それに合わせるように、定位置に移動した背面のキャノンも排熱を行う。

「やった......? グレス、俺、やったよ......!」

 両手足を大の字に広げながら、ミナトは声を詰まらせながら言った。潤んだ瞳から溢れる涙が、ヘルメットの中を漂って吸引されていく。

 胸の内から広がる充足感が、心地よく四肢に流れていくのを感じた。その時、手ひどくやられてしまっていた〈アルキオネ〉のことが脳裏をよぎった。

「そうだ......船は......」

 船は未だ煙を上げているが、すぐに爆発するようなことはなさそうだった。後退して、ブリッジの目の前に到達すると、その窓に手を触れた。船長席に座っていたメリルが通信機を手に取る。

『〈ジャッカル〉、接触回線は通じているな?』

「あっ、はい!」

『どうして今更動かせたのかは分からないが、とにかく隊長たちの様子を見てきてくれないか? 信号弾を上げたんだが、帰ってこない』

「了解!」

 反転した後、前線に向かう。光学センサーは、爆発の光とビームが飛び交っているのを捉えていた。

「やられちゃってる、なんてことないよな......」

 呟いて、まさか、と首を振る。ようやく見つけたかもしれない、大切な仲間を、また失うわけにはいかない。

 ミナトは前線へと一直線に〈ジャッカル〉を飛ばした。


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