格納庫に入ると、「どうして出してくれないんです!」というミゲルの声が聞こえた。その音の方に首を巡らすと、どうもガルダと言い合っているようだった。ミナトは野次馬たちに混じって、その様子を見る。
「お前が動かしたと言っても、ただ部品を運搬しただけだろう。正式な訓練をしていない奴を、戦場に送るわけにはいかん」
「しかし、戦力は少しでも多い方が......!」
「その戦力にもならんから、出るなと言っているんだ」
完全に言い負かされ、ミゲルから反論も出ないと分かると、ガルダは「全員持ち場に戻れ」と静かに言った。ガルダは自分の〈コヨーテ〉に向かい、野次馬たちが離れて出撃前の喧騒が戻ると、悔しそうに床を見つめるミゲルの姿が残された。
「ミゲル......」
どう声をかければいいのか迷ったが、ミナトはその肩に手を置いた。
「ああ、ミナトか......恥ずかしいところ、見られちまったな」
ミゲルはミナトの方を見てから、視線を上方にある〈コヨーテ〉の予備機に向けた。
「俺っちも戦えればと思ったんだけど、やっぱり無理だったな」
「さっき動かしたって言ってたけど、本当か?」
ミゲルはうなずいて、目線を伏せた。
「メリル船長に頼んで、〈コヨーテ〉の試作装備を貸してもらったんだ。それで先輩たちの仇も取れるって......」
「そんなことが......」
彼は本気だった。本気で仇を取るつもりでいた。それはミナトも同じだったし、いくつかの偶然が重なって、今こうして前線に赴こうとしている。
だからこそ、ミゲルにもチャンスがあるのだと信じたかった。
「隊長は、もしこの船に何かあったら守って欲しいと思ってるんじゃないか?」
「えっ、本気かよ」
困惑気味な表情を浮かべるミゲルに、自分でもさすがにこじつけだと思ってしまった。しかしそんなこじつけでも、気持ちを前向きにさせると思うから、突き通すことにした。
「本気さ。だからさ、その時は頼むよ」
その頑なな態度にプッと吹き出したミゲルは、「その時なんか来ない、そうだろ?」と拳を突き出した。
「そうだな。守ってみせるさ」
ミナトも拳を突き出してミゲルのそれにぶつけると、反作用で後方に移動した。同時に「全機発信準備!」というガルダの号令が響いた。
一気に慌ただしくなる格納庫の中で、ミナトはミゲルに敬礼をする。
「じゃ、行ってくるよ」
「あぁ! 俺っちの分まで、奴らをぶっ飛ばしてくれ!」
ミゲルも敬礼して、それに応えたのだった。
格納庫内を滑るように移動し、〈ジャッカル〉に乗り込む準備を始めた。その背面には新しく支給された、実体剣とビームキャノンが一体化した〈カラドボルグ〉がマウントされており、脚部と腰回りには木星圏用の追加ブースターが配置されていた。
ズボンを穿くように下半身を脚部に入れ、上半身の装甲が閉じるとアンダースーツの首部分のアタッチメント、背面のランドセルがスーツに固定される。そしてヘルメットの前面が顔を覆うと、頭部を除いた全身に気密ジェルが注入されて、発進準備が完了した。
「CPドライブの出力、システム良好。気密もチェック......完了」
照明が赤色灯に切り替わり、周囲から音が失われていく。静けさに満たされた世界では、動力部の唸るような音と、通信機の微かなノイズだけが流れていた。
カタパルトハッチが開き、ガントリーがカタパルトに向かって移動を始める。ガルダを先頭に、アカネ、リリー、ミナトの順番で並んでいく。
ミナトの〈ジャッカル〉同様、それぞれ木星圏用ブースターと、新装備が搭載されていた。まずアカネの〈カメリア〉には、〈カラドボルグ〉の正式採用タイプである〈エクスカリバー〉、リリーの〈レフティー〉には冷却問題を解決したビームキャノン〈トルニ改〉が二門、そしてガルダの〈コヨーテ・カスタム〉は〈コヨーテ〉用のオプション武装をかき集めたストライク・パッケージ装備となっていた。
『進路クリア。発進どうぞ』
オペレーターの通信があると、次々とSWSが射出されていく。ミナトも宇宙に飛び出すと、真っ先に目に飛び込んできたのは、木星の有無人混合艦隊だった。
無人仕様のアストルム級駆逐艦は、ソル級巡洋艦に比べてかなり小ぶりに見えるが、人間を乗せるスペースを必要としない分、より多くの艤装を備えていた。
タイラントはCPドライブ、特にその核となっているエーテリウムにおびき寄せられる性質がある。そのために無人艦を囮にすることで、人的被害を最小限に抑え、迎撃しやすいようにしている。
特に木星圏は地球圏に比べてオートマチック化が進められており、アストルム級のような無人艦が大量に配備されていたのだ。
またソル級の近くで待機しているSWSは、木星独自の改造を施された〈コヨーテ〉のカスタムタイプである〈ケルウス〉だ。高重力下に対応するために数が増やされたスラスター類と、〈コヨーテ〉よりも丸みを帯びた装甲が特徴的だ。
その腕に抱えられている槍のような武装はビームランサーといって、〈カラドボルグ〉や〈エクスカリバー〉の原型となった槍とビームキャノンを一体化した武装だ。
一応ハードスーツと操作系は似ているので、それを修得していればある程度動かせる。が、やはり出力が段違いなので、そこかしこで練度不足が見られた。
『各機、第二フェーズ終了まで所定の位置で待機せよ』
メリルの通信で、ミナトたちはフォーメーションを保ったままその場で停止した。第一次防衛ラインでの戦闘開始から二時間が経過し、作戦はフェーズ2の最終段階である有人艦艇群の撤退まで進んでいた。
『メリル、住人の避難状況は?』
『全区画での避難完了の報告が来ている。現在、脱出シャトルの最終チェックを行っているそうだ』
『シャトル発射までの二十分間と、ワープを開始するまでのさらに五分間、我々が守り切るというわけだな』
『そういうことだ。シャトルがワープをしたのを確認した後、我々も現宙域を離脱。そこでミッション終了だ』
制限時間は二十五分。短いようで、とても長い。しかも相手の正確な戦力も分からないままでの防衛戦は、それだけで不安にさせた。
その時、『ガルダ隊長!』というリリーの声が耳朶を打った。
『どうした?』
『実は、この作戦が終わったらみんなで蟹を食べに行きたいんですけど、どうでしょうか?』
あまりにも唐突に告げられた、予想外の提案に、さすがのガルダもしばし沈黙せざるを得なかなった。
『......そうだな。許可しよう』
『ホントですか!』
『ただし、一つだけ条件がある。それは、必ず全員生き延びることだ』
リリーの提案で若干和らいでいた空気が、再び張りつめる。だが、それは嫌な緊張感ではなかった。むしろ全員の心が一つになったような、そんな心地よさすらあった。
『じゃあ、その時は隊長に奢ってもらおうか』
そう言いだしたのはメリルだった。それに賛成するように、『お願いします!』とアカネが追従し、リリーもそれに続いたとあれば、ミナトも流れに乗ることにした。
ガルダはしばらく言葉を失っていたようだが、ややあって降参したように『分かったよ』と言った。
だが歓喜に沸いたのもつかの間、ブリッジのオペレーターが『有人艦艇群の撤退を光学カメラにて視認!』と告げた。
それはつまり、作戦が第三フェーズに突入したことを示していた。