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第22話「十億の重さ」

 ガルダの正面にあるデスクのブザーが鳴り、ブリッジからの通信が来たことを告げる。赤く点灯したランプの横に設置されているボタンを押して、通信を繋げた。

『隊長、社長から通信が入っている。そっちで聞くか?』と、メリル。

「いや、ブリッジで聞こう」

『了解した』

 今度こそ画面の電源を切り、ブリッジへと向かう。レバーを上げ、重苦しいドアを開けると、すでに等身大のホログラムで表示されていた社長のクータルが待っていた。ガルダが所定の位置に立つと、その両隣に〈サラマンダー・レッド〉隊長のアイラ、そして〈ケルベロス・ブラック〉隊長のカルマの姿が投影される。

 さて、とクータルは後ろ手を組んだまま、真っすぐ正面を見て話しだした。こんなにも真剣な表情をした彼女を見たのは久しぶりだと、ガルダは思った。それだけ、この状況を重く見ているということだ。

『諸君らも知っている通り、タイラントのマザー級と思わしき巨大不明物体が目下接近中だが、つい数分前に動きがあった』

 クータルの姿が消え、代わりに巨大不明物体の上にブリーチ干渉波のヒートマップを重ねた映像が表示される。最初は特に動きはなかったものの、ある瞬間に一気に画面が白に塗りつぶされた。

『ウチのチームに解析させたところ、どうやら数千体のタイラントがワープをしてきたらしいという結果が出た。連中が第一次防衛ラインに到達するまで、あと五時間ということも分かっている』

 数千体、という数字に、ブリッジの空気が一瞬で泥のように重たくなった。これは、この前のトロヤ群の作戦で現れた数よりも桁違いに多い。しかもこちらの戦力はまだ完全に整いきっておらず、配備されたSWSもろくに訓練できていないパイロットが使うことになる。

 そしてその最初の戦端が開かれるまで、あと五時間しかない。

 この時から、ガルダの脳からコロニーの防衛という文字は消えた。

『これは、これまで史上最大規模の攻撃だ。連中が目指している〈ルキナ・コロニー〉はもちろん、周囲のコロニーにも甚大な被害が予想される。そこで私は、〈ユピテル・テクノクラート〉に〈ルキナ・コロニー〉を囮とする作戦を提唱した。連中が欲しいのは恐らく大型のCPドライブだ。そこで〈ルキナ・コロニー〉を囮にすることで、防衛力を集中させ、他のコロニーが移動するまでの時間を稼ぐというわけだ』

 その発言に、クルー全体にどよめきが走るのが分かった。〈ルキナ・コロニー〉はこの〈ユピテル・テクノクラート〉の中でも最大規模のコロニーだ。一番に守るべき対象であるはずなのに、それを囮にしようとするのは、にわかに信じがたいことだった。

『しかしその作戦を実行するとして、どうやって〈ユピテル・テクノクラート〉を説得するんです?』

 アイラは信じられないというように、クータルに訊ねる。だが彼女の代わりに答えたのはカルマだった。

『それについては、私が手配しました。OCTOによる向こう百年間の復興協力と、〈ルキナ・コロニー〉の十億人の人口を居住させる新型コロニーの提供を条件に、彼らは作戦を受諾しました』

『そんな便宜を......』

『もちろん、我が社も協力を願い出たさ。植民星開拓技術がここで活きてくるというわけだな』

 一つの都市を身代わりにしてでも、会社の利益を考えて行動する。やはりクータルは生粋のビジネスウーマンなのだと、ガルダは思った。そこで浮かんできたのは、ミナトが先ほど言っていたことだ。

 でも、人命の方が大事でしょう......?

 それは、ガルダだって痛いほど理解している。しかし往々にして大人の世界は、人間が作り出したこの社会という構造は、それを是としない。

『すでに作戦は進行中だ。まず、木星の無人防衛艦隊が第一次防衛ラインで敵を可能な限り食い止める』

 クータルの説明に合わせて、航宙図に表示された戦艦の模型が浮かび上がる。

『やがて突破されるだろうが、次に第二次防衛ラインの有人艦と無人艦の混合艦隊が、無人艦を盾にしつつ敵を迎撃。その後有人艦が最終防衛ラインにまで撤退したところで、君たちの出番になる。避難はすでに始まっているが、作戦開始までに間に合う見込みはない。つまりコロニーの住民約十億人を全員避難させられるかは、君たちにかかっているというわけだな』

 説明された作戦内容に、思わず唾を飲み込む。これまでにも、正規軍との共同作戦は行ったことはある。しかしここまで大掛かりな作戦は初めてだ。しかも失敗すれば、かなりの人間が死ぬことになる。もちろん、ここにいるクルーたちもだ。

『これは、私たちの未来を決める大きな戦いになる。じゃ、戦果を期待してるよ』

 完璧な笑顔を浮かべ、ラフに手を振ったかと思うと、通信が終わった。大きくため息をついて、ふと横を見やると、アイラが頷いたのが見えた。それにガルダも頷き返し、ホログラムが消える。

 本当に俺たちで守り切れるのか。そう言いたくなる弱音を飲み込み、固唾を飲んで聞いていたブリッジクルーたちに振り返った。

「みんな、聞いていた通りだ。これから俺たちは、〈ハルシオン・ブルー〉最大規模の作戦を行うことになる」

 そこで一旦言葉を切り、クルーたちの表情を眺めた。皆、思いつめているように表情に影が差しているのが、目に見えて分かる。

 十億人の命が自分たちの手にかかっているのだと思えば、それは当然のことだった。それでも、ガルダにはこの〈ハルシオン・ブルー〉の隊長として、皆の士気を高めなければならなかった。

「残念ながらコロニーを守り切ることは不可能だが、十億人の命を救うことならできる。それを成し遂げた暁には、俺たちは歴史にその名を刻むことになる。この宇宙では、俺たちはちっぽけな存在かも知れない。だが、それでも団結すればとてつもない力になることを、連中に教えてやろう......だから、頼むぞ」

 十億の重みを背負った右手を掲げ、敬礼する。それに応えてくれたクルーたちの表情は、どれも決意が込められていた。


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