真夏の空に浮かぶ黄色の球、それを目掛けて飛び上がったアカネのしなやかな身体に、ミナトは目を奪われていた。
直後、破裂音と共に放たれたバレーボールがミナトの真横を通り過ぎ、後ろで必死に追いつこうとしたミゲルも抜かされ、砂浜を穿った。
ハイタッチをして喜ぶアカネとリリー、そして彼女たちを囲んだ女性クルーたちをしり目に、ミナトは額の汗を拭った。アカネは紺色のレオタードに似た水着、リリーは白と黄緑色の配色が施されたビキニを着ていた。
ガルダとメリルは、近くにあるビーチパラソルの下で休んでいる。ほかのクルーたちも思い思いの時間を過ごしているようだった。
集中できないのはこの暑さのせいか、それとも肌色の多さ故か。
「ミナト! 相手が女の子だからって、手加減してないよな?」
ボールを持って詰め寄ってきたのは、ミゲルだった。
「してないよ......多分」
「まったく、しっかりしろよな」
やや乱暴にパスされたボールを受け取り、ミナトは思わず苦笑いした。ただ同時にミゲルの調子が良さそうで、ホッとしてもいた。
〈アルキオネ〉が攻撃を受け、クルーにも犠牲者が出た。その中にはミゲルの先輩もいて、彼はそれでも戦い続ける決心をした。それがどこか自分と重なっていて、心配していたのだ。
「にしても、新装備を取りに木星までわざわざ来たら、これかい......」
ミゲルが空を仰ぎながら呟いたので、ミナトはトン、と指先で回していたボールを頭上に放り投げ、それをキャッチした。
今ミナトたちは木星にある最大級のコロニーである、〈ルキナ・コロニー〉に来ていた。ここは〈ユピテル・テクノクラート〉の領域であるが、SWSの開発に協力している経緯があり、今回はその縁で新装備を開発してくれていた。
「トロヤ群の作戦から一か月経って、ようやく落ち着いてきたんだし、いいんじゃないか?」
「お前もここの所〈センティエント〉の検査やら何やらで忙しかったものな?」
だな、と笑うと、ミゲルは肩を叩いて白い歯を見せてニコリとした。
「頭の中を覗かれるのはあまりいい気分がしないよ」
「そりゃそうだ......そういや、お前とアカネ、何かあったか?」
「何かって、何?」
いや、とミゲルは気恥ずかしそうに自分の癖っ毛をわしゃわしゃとすると、目を逸らしながら言った。
「なんかほら、距離感が変わったよなって......」
それは勘違いだと言いたかった。しかしどうしても、彼女の姿が目に映る。するとこちらに気づいたアカネは、手を振った。しかし、ミナトは少し控えめに手を振り返すことしかできなかった。
それを見たミゲルは、少し表情を曇らせたかと思うと、踵を返してどこかに歩いていってしまった。ミナトはそんな彼を追うこともできずに、ただその少し寂し気な背中を見送ることしかできなかった。
「あれ、ミナト君、ミゲル君はどうしたの?」
「あぁ、まぁ、色々あってさ」
「もしかして、喧嘩でもしたの?」
腕を組み、意味深気な表情を浮かべて肘で突いてくるが、それから逃げるように距離を取る。
「まさか!」
「ま、私にはあまり関係ないけどさ。あーあ、もう一ゲームやろうと思ったのに」
「もう三回も勝ってるからいいだろ」
えー、と不満を露わにしたリリーに、ミナトはため息をついた。
「じゃあ、隊長でも誘う?」
そう言うと、今度は断固拒否と言わんばかりに勢いよく首を横に振った。その背後にアカネが寄って来きては彼女の両肩を掴んで、「何を話してるの?」と訊ねた。その声音には少し棘があるような気がしたが、きっと気のせいだろうと思うことにした。
「二対一はさすがになぁ......」
リリーがアカネにこれまでの経緯を伝える間、ほかに誰か誘えないものかと辺りを見回すと、ガルダがこちらに走ってくるのが見えた。サングラスのせいで表情はよく分からないが、何やら急いでいる様子だった。
「今すぐ兵器開発局に戻るぞ」
息を切らしながら、ミナトたちに告げる。その声音からただ事ではないと感じ取った三人は、すぐさま表情を引き締めた。
ほかのクルーたちは、メリルの指示に従って慌ただしく移動を開始していた。これはかなりの非常事態が起きたのだと、聞くまでもなく分かった。
「何があったんです?」
「つい先ほど、巨大不明物体がこのコロニーに接近中との情報が入った」
「巨大って、どれくらいなんですか」
次はアカネが訊いた。
「直径は、おおよそ一六〇キロメートルだそうだ」
「それって、ちょっとした衛星くらいの大きさじゃないですか!」
その巨大さに、リリーは目を見開いた。だが、それが仮に人工物だとして、これほど巨大な物体を作れる生産力を持った勢力は存在するはずがなかった。
「おそらくアイラが予測していた、タイラントのマザー級だと推測しているが、〈ユピテル・テクノクラート〉は情報不足だとして判断を保留している。だが、俺たちは万が一に備えて〈アルキオネ改〉にて待機するぞ」
了解、と三人は砂を蹴って走り出した。
ぎらつく太陽を輝かせる作り物の空が、ひどく脆く見えた。