ミナトは帰りの電車でうつらうつらとしながら、席に座っていた。隣のアカネもどこか眠そうだった。日は落ちかけ、糖分をプリンで摂ったなら、眠くなるのは当然のことだった。
たまには、こういうのも悪くないと思う。しかし、戦っている以上、いつか彼女たちを失ってしまうかもしれない。
もちろん、自分が先に死んでしまう可能性もある。
果たして、俺はそれに耐えられるのだろうか。
次に大切なものを失えば、いよいよ自分は壊れてしまうだろうな、という直感はあった。
そうして色々考え込んでいると、何かが右肩に当たったような感触があった。
「......?」
視線を落とすと、肩に乗っかっていたのはアカネの頭部だった。とうとう眠ってしまったらしい。
突然のことに驚きつつも、懐かしい感触に自然と心が落ち着いた。そして、ミナトも彼女に体を預けようとした、その瞬間、電車が急停止した。
車内の照明が一斉に落ち、急な揺れに体を震わせたアカネが寝ぼけ眼で周囲を見回す。
『ただいま、コロニー内にて停電が発生しました。コロニーの生命維持機能を保持するため、次の駅に手運転を休止いたします。お客様におかれましては、案内があるまで車内でお待ち下さい』
アナウンスを聞いて、思わず呆れる。
「コロニーで停電って......何やってるんだか」
「おおかた、よく分からない実験でもしたんでしょ」
アカネは慣れているのか、あくびさえしている始末だった。よく分からない実験って、と言いかけて、リリーの顔が思い浮かぶ。
「まさか、リリーが関係してるんじゃ......」
「ない、とは言い切れないのが怖いね......」
非常用の照明が点灯し、申し訳程度の明かりが車内を満たした。それからガタン、と揺れたかと思うと、ゆっくりと走り出した。
「どれで、どうするつもり?」
「どうするって?」
「寮まで遠いでしょ」
「あぁ、確かに」
次の駅まで電車が動いてくれるといっても、道程は半分ほどだ。歩いて帰るとなると、それなりの時間がかかる。まぁいい腹ごなしになるかと思っていると、アカネが恥ずかし気にもじもじとしだした。
「あ、あのさ、私の家、次の駅から近いんだけど......」
「家? 寮じゃないの?」
サテンカーリに向かうとき、アカネだけ途中で合流したことを思い出した。
「リリーと住んでるんだけど、寮じゃ狭くて」
「でもリリーは基地から来てるよな?」
そうなの、とアカネはげんなりとした様子で言った。
「あの子って、実験とか言って全然帰ってこないんだから」
腕を組んで、ちらりと視線だけをこちらに向けてくる。で、どうするの、と言っているようだった。
「そうだな......じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
アカネの頬が少しほころんだ気がしたが、照明が少ないせいなのかもしれないと思った。
◇◆◇
「えーっ! ちょっと困るでしょうが! そういうのは!」
修復作業中の〈アルキオネ〉、そのブリッジで監督をしていたメリルは通信機に向かって怒鳴っていた。人工重力をカットしたブリッジで急に立ち上がったために、天井に思い切り頭をぶつけてしまう。しかもクルーたちがそれに驚いて振り返ったので、メリルは苦笑いして席に座った。
「勝手にうちのエンジン持ち出しておきながら、壊したっていうのはさ、どうなのよ......」
なんなんです、とブリッジに戻ってきた副長がメリルの椅子に取り付いた。
「ほら、調査開発部からCPドライブを貸してほしいって」通信機を元の場所に戻しながら、メリルが言った。
「ああ、ありましたね」
「あれ、壊したんだって」
副長もまた、メリルと同じ叫び声を出して、クルーたちに眉を顰められる結果になった。
「どうしてそんなことになったんです?」
「新技術の開発でっていうことらしい。コロニーも停電だってさ」
「でもだからって、追加の艤装までやってるっていうのに......酷いタイミングですね」
「しかも、替えのエンジンが来るのは、この前の採掘基地の件もあって遅れるってさ」
ため息をついて、背もたれにもたれかかったメリルは、思わず額を押さえた。
「船体がモジュール式だから、修理が終わるのも早いと思ったのに、これですか」
だからこそ、あそこまでの被害を受けながらも数日で船内の気密を保てるまで修復できたのだ。
「ま、そういうこと」
船窓の向こう側には、〈アルキオネ〉に積んであった予備機の〈コヨーテ〉が飛んでいるのが見えた。しかもその背中には大きな箱のようなものを積んでいた。
「あれ、〈マルチツール・バックパック〉って言うんでしょう? 誰が乗ってんです?」
「ミゲル・ナバスクエスっていう、この前入った新人クンだよ」
話している間に、ミゲルの背面に格納されていた大型のアーム、〈パワー・アーム〉が展開し、スラスターブロックの一部を掴んでいた。
「へぇ、すごいパワーですね」
「あのバックパックは追加バッテリーも付属してるから、適合率が低い彼でも扱えるっていう話らしい」
傍を通ったクルーから水の入ったボトルを受け取り、ストローを咥える。
「まぁ頑張るのはいいんだけどさ......」
やらせてください、と頼み込んできたミゲルの顔を思い出し、そう呟く。メリルはそれを拒まなかったし、新装備を与えもしたのだから、いよいよの時は責任を取らないとな、と考えていた。
◇◆◇
アカネの家に上がったミナトは、無造作に手渡されたエナジーバーを齧っていた。簡素な部屋はあまり女の子っぽさを感じさせず、部屋の中央に置かれたロウソクの明かりが、心もとなくユラユラと揺れていた。
「まったく、迷惑な話よね。いくら何でも好き勝手しすぎでしょ」
「こういうのやりたいから、会社はコロニーを買ったのかな」
「さぁ? あの社長、マトモに見えて全然そうじゃないから。それに全然老けないし。不思議な話じゃない?」
備蓄のミネラルウォーターを飲みながら、アカネは言った。
タハティの社長が不老不死ではないかという話は、ここで働いていると時折聞こえる都市伝説だった。
証拠として、ここ三十年全く歳を重ねていないように見えるのだ。
「吸血鬼だっていうの?」
「だったらニンニクが嫌いだったりして」
冗談に笑おうとしたが、エナジーバーのせいで口が渇いていたのか、酷く咳き込んでしまう。
「あ、ほら、水飲む?」
アカネがミネラルウォーターを差し出し、ミナトはそれをありがたく受け取った。だが、それに口をつける寸前で、重大なことに気が付いた。
このボトルは確か、ついさっきアカネが飲んでいたものと同じものなのだ。
「あ......」
彼女の方に視線を向けると、アカネの目線がこちらに釘付けになっていることに気づいた。それからしばしの沈黙があって、「やっぱあげない!」とボトルをひったくられてしまった。
だが、ミナトはそれよりも早くペットボトルの水を口に含んだ。
「ッ!」
アカネはそれに驚いたように口をぽかんと開けていた。それでも水を飲み続け、空になったボトルを握りつぶす。
「——うまかった」
そう言ってアカネの方を見やる。耳の先まで真っ赤に染めた彼女は、目を伏せた。