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第26話「凍り付く世界」

『撃て——』

 号令と共に、引き金を引いた。これまでで最大の火力が一斉に放たれ、残存するタイラントたちに襲い掛かる。

 ビーム、爆発、あらゆる光の乱舞が視界を埋め尽くし、その壮大さに自分の意識が発散していくようだった。それから現実に引き戻したのは、タイラントが接近する警報だった。

 すぐさま〈カラドボルグ〉をブレードモードに切り替え、下方から突進してくるタイラントを両断する。

 それを発端に、防衛線のあちこちで接近戦が開始された。タイラントたちは、正面から全火力を投入すると見せかけて、下方から回り込ませようとしていたのだ。

 ミナトたちタハティの部隊は何とか二方向からの攻撃に対処できていたが、それ以外の木星軍の戦力は瓦解しようとしていた。

『隊長! このままでは!』

 〈アルキオネ改〉の甲板上で射撃をしていたリリーが、ガルダに指示を請うた。前線で得意のバウンスマニューバで敵を翻弄していたアカネも、機体の限界に合わせて後退してくる。

 全身から展開された放熱フィンは赤熱し、その動きもどこかガクついているような違和感があった。

『〈カメリア〉も、どうも限界みたいです......』

 荒い息を吐きながら、アカネも通信を入れる。周囲では有人無人を問わず、いくつもの艦艇が炎上しているのが見て取れた。

 ミナトは今にも機体が壊れそうなアカネのフォローに入り、一緒に近づくタイラントを迎撃する。

『......ありがと』

 背中合わせになると、自動で接触回線が繋がり、アカネの言葉が聞こえてきた。

「今度は無理をしなかったな?」

『当然でしょ......まだ死にたくないしね』

 息も絶え絶えだが、その受け答えができるならまだ戦えるなと、ミナトは確信した。だが、タイラントの勢いは弱まる気配もなく、作戦時間はあと二分残っていた。

『各機、我々は〈アルキオネ改〉と共に後退しつつ、ギリギリまで敵を抑える! 全員船から離れるなよ!』

 ミナトたちが了解と答えるのを合図に、〈アルキオネ改〉は百八十度の回頭を始める。いくつかの艦もそれに追随する動きを見せるが、もはや防衛線は壊滅状態だった。

 その網をすり抜けたタイラントがシャトルの一機に突撃し、爆発する。バランスを崩したシャトルはそのまま隣のシャトルに激突し、互いにもつれ合いながらコロニーのアーチにぶつかってへしゃげ、炎の柱に包まれた。

 その様子を横目に、〈アルキオネ改〉と共に脱出シャトル群に追いついたものの、〈ハルシオン・ブルー〉の戦力で守り切れるのは、その大きさからおよそ二、三機が限度だろうというのは、言われなくても分かった。

 タイムリミットが迫る中、アカネに横方向から急接近するタイラントがいた。だが、センサーの故障か、あるいは本人が気づけないのか、避ける気配はない。ミナトも〈カラドボルグ〉、背中のビームキャノン共に強制冷却中で使えず、止む無く接近戦を挑むことになった。

 アカネの後方から回り込むように敵の軌道に割り込んで、剣を振るう。だがその瞬間、タイラントは正面からパックリと四方に分割して急制動をかけた。

「何?」

 分かれた先端部が四方に広がり、まるで人体を模すかのように『変形』した。それには確かに四肢と胴体、そして頭部があるように見えたのだ。

 『それ』は両腕を前方に突き出すと、ミナトの〈ジャッカル〉は高エネルギー反応を捉えていた。すぐさまミナトとアカネは左右に飛びのき、その間の空間をビームが穿った。

「SWSだっていうのか! タイラント版の!」

 明らかに他のタイラントとは違う、新たな脅威に対応せざるを得なくなり、ミナトたちは挟撃を仕掛ける。

 ミナトがビームキャノンで敵を牽制し、その逆方向からアカネがその高機動を活かして接近戦に持ち込む。だが、人型タイラントはビームを紙一重で躱したかと思うと、右腕からブレードのようなものを生やして、アカネの〈エクスカリバー〉を防いだ。

「そんな!」

 驚愕するに値する光景だったが、今のミナトたちにはそんな暇すら与えられていなかった。そうでなくとも〈アルキオネ改〉との距離はみるみるうちに離れ、その分防衛が手薄になるのだ。

 ガルダたちもミナトとアカネが離れていくのは分かっているはずだが、救援に駆け付けることも許されない状況ならば、二人でこの未知の敵を倒すしかなかった。

 タイラントの頭部に光が灯り、散弾状のエネルギーが放出される。直撃した衝撃に圧され、アカネの身体が弾き飛ばされると、ミナトは敵の直上からビームを撃ちまくった。

 敵はブレード左腕にも生やすと、頭上に掲げる。それから両腕をクロスして、ビームの雨を防ぐ。あれは〈エクスカリバー〉のみならず、ビーム兵器も無効化できるようだった。

 それはつまり、奴の全身も同様の素材で覆われている可能性があることを示している。

 しかし、と敵と切り結んだミナトは考えた。いくら無敵の鎧を着込んでいようが、弱点は必ずある。そう、鎧の弱点は即ち、関節などの可動部だ。

 タイラントから距離を取り、追撃のビームを避ける回避運動をした。アカネもそれに気づいてくれているかは分からないが、それでもやるしかなかった。

 弧を描く軌道を取り、キャノンと〈カラドボルグ〉で攻撃しつつ再びタイラントに接近する。だがビームの弾幕は思ったより濃く、頭部から放たれる散弾の攻撃も厄介だった。

 アカネも〈エクスカリバー〉をキャノンモードに変形させ、ビームを撃ちつつ近づく。タイラントの弾幕がアカネにも向けられ、弾幕が薄まった。

 その機を逃さず、一気に接近を試みる。タイラントのビームが胸の先を擦過し、装甲を灼いた。

 一瞬死の気配が喉元にまで迫ったものの、ミナトはその懐に飛び込むことに成功した。

「そこだッ!」

 手元でブレードモードに変形させた〈カラドボルグ〉を振り上げ、タイラントの肘を切り裂いた。ミナトの読みは当たっていたのだ。

 驚いたようにタイラントの頭部がこちらに向けられ、散弾攻撃をしようと発光する。しかしミナトの意図に気づいたアカネが、もう片方の腕を斬り落とした。

 両腕を失ったタイラントの頭部から光が失われると、ミナトはキャノンモードにした〈カラドボルグ〉の切っ先をその胴体に向けた。

「うおおおおおおっ!」

 全推力を集中させて〈カラドボルグ〉をタイラントに突き刺し、出力をオーバーロードさせた。そして抜け出そうともがくタイラントの胴体を蹴って離れると、暴走した〈カラドボルグ〉が爆発した。

 それと同時にタイマーがゼロを示し、作戦は終了した。

「はぁっ、はぁっ......」

 息を切らしながら上を仰ぐと、裂け目の光が一面に広がっていた。〈アルキオネ改〉とはかなり離れてしまったようで、レーザー通信が届くギリギリの距離にいた。

 アカネがミナトの肩に触れ、接触回線が開いた。

『ミナト、ここは急いで戻ろう!』

 あぁ、と言って彼女の方を見ると、そこにはグレスがいた。

「は——?」

 そして、ミナトの思考は凍り付いた。

「ミナト、ここは急いで戻ろう!」

 肩に手を置いて、ミナトにそう言った。だが、こちらを振り向いた彼はどこか違う気がした。

「何......?」

 すると、ミナトはアカネの手を振り切ってコロニーの方に飛び出してしまった。〈アルキオネ改〉からは撤退の光信号が放出されていたが、アカネは彼を追って機体を加速させた。

 それから腕からワイヤーを射出し、再び通信を試みる。

「ミナト! 急にどうしたの?」

 炎上する街並みの上を飛びながら、〈ジャッカル〉はきりもみ回転してワイヤーを外す。そして背面のスラスターコーンのカバーが外れ、そこから矢じりのような形をしたドローンが放出された。

 同時に、その装甲の表面で何か紋様のようなものが青白い光を放出し始めた。だが、アカネの〈カメリア〉は、正面にタイラントの群れを捉えていた。

 何が起きたにせよ、今すぐにでも連れ帰らないとこの宙域に取り残されることになる。

「ダメだよ! ミナト! もう作戦は終わったんだよ!」

 ブリーチ干渉で無線が通じなくとも、アカネには叫ぶしかなかった。しかし必死の叫びも空しく、〈ジャッカル〉は紋様を一際大きく輝かせると、群れに向かって加速をかけた。

 その脈打つような光に呼応するかのように、放出されたドローンが起動し、ミナトの進行ベクトル上に一直線に飛んで行った。

「なんなのよ! こうなったら、力づくで止める!」

 機体は限界ギリギリの状態で、今すぐにでも帰投してメンテナンスを受けねばならないが、今のミナトを止められるのは自分しかいなかった。

 ガタガタの〈カメリア〉に鞭打って〈ジャッカル〉に追いつこうとするも、当の〈ジャッカル〉はそんなアカネを無視して群れに突っ込んでいった。

 ドローンが機体と同じ光を放ち、それ自体がまるで刃のようにタイラントを切り裂いていく。タイラントたちは〈ジャッカル〉に触れることもなく、ドローンに切断されて爆発していった。

「すごい......でも、どうして今なの? あれをミナトが動かしているっていうの......?」

 おかげでアカネはタイラントの攻撃を受けていないものの、〈ジャッカル〉はどんどん加速していき、その距離を離していく。

 このままでは止めるどころの話ではない。

「でも、止めないと——」

 アカネも彼に追いつこうと加速をかけようとした。そして〈カメリア〉の全ての動力が切れた。

「——え」

 最後に見たのは、こちらに突進してくるタイラントの姿だった。


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