ブリッジのオペレーターが『有人艦艇群の撤退を光学カメラにて視認!』と告げる。
それはつまり、作戦が第三フェーズに突入したことを示していた。
全員に緊張が走り、ミナトは〈カラドボルグ〉を正面に向けた。同時に無人艦であるアストルム級が敵の攻撃を引き付けるために前進を始める。
それから〈ジャッカル〉のセンサーが後退してくるソル級を捉えた。後退しながらも、いくつかの光軸が吐き出されているのは、タイラントを迎撃している証拠だ。
そしてミナトたちが見ている前で、そのソル級は内側から崩壊していくように、突如爆炎に包まれた。その他にもいくつかの爆発の光が見え、数百人のクルーたちが命を落とした。
「くっ......こんなあっさりやられるなんて!」
自分一人ででも助けに行きたいところだったが、ガルダから聞かされた言葉が脳裏に蘇る。
『俺たちはチームだ。決して一人で戦っているわけではない』
そうだ。〈ハルシオン・ブルー〉はチームで戦う。そして必ず後ろにいる人々を守ってみせる。
それが、グレスを守ってやれなかったミナトの償いになる。
通信にノイズが走り、タイラントのブリーチ干渉区域に突入したことが分かると、センサーが発光信号を見つけ出した。
最終防衛ラインにいるはずのソル級が、突撃の光信号を出したのだった。恐らく、後退してくる味方艦の救援に向かおうとしているのだろう。
「隊長......!」
ガルダの方に頭を向けると、彼は頷いて前進の合図を出した。〈コヨーテ・カスタム〉から発信されたレーザー通信が各機に届き、ミナトたちはアストルム級に追いつくように加速をかけた。
やがてアストルム級に追いつくと、コバンザメのように艦の右舷側にピッタリとくっ付いた。反対の左舷には、ソル級から発進した〈ケルウス〉の部隊が配置されているはずだ。
射撃統制システム(FCS)がタイラントの集団を捉える。こちらに気づいたタイラントが散開するが、過去数回の戦闘データから、タイラントの行動パターンはある程度特定できていた。
〈カラドボルグ〉、そして背中のビームキャノンの照準を合わせ、引き金を絞る。一斉に放たれたビームは、虚空に吸い込まれたかと思うといくつもの爆炎を咲かせた。
アストルム級の弾幕が展開されている中、第二射を放つ。今度は爆炎の数が増えている気がした。それはつまり、侵攻中のタイラントの集団がこちらに気づいて集結しつつある、ということだった。
そして第三射。しかし今度は全て撃破できずに、火線から逃れたタイラントたちが接近してくる。
ミナトたちは事前の打ち合わせの通りに、密集隊形からある程度散開し、接近戦の準備を整える。
本番はこれからだ。あとはどれだけここで持ちこたえられるかで、シャトル脱出までの時間が稼げるかが決まる。
はやる心臓を落ち着かせるように息を深く吐き、〈カラドボルグ〉を変形させた。ビームキャノンの砲身部分が刃となり、〈ジャッカル〉に匹敵する大きさの大剣になる。
「......来い!」
フックのようにカーブを描きながら接近するタイラントに向かって、剣を横に薙ぐように振った。ガツン、と岩にぶつかったような衝撃が全身を襲い、その後にはバターを切るようにタイラントを両断した。
上下に分割されたタイラントは慣性のままミナトの後方に流され、爆発する。そのすぐ頭上をアカネの〈カメリア〉が通り過ぎたかと思うと、その軌跡に沿っていくつもの爆炎が見えた。
二門の〈トルニ改〉で援護するリリーの〈レフティー〉に背後を任せ、ミナトは〈カラドボルグ〉をキャノンモードに切り替えて、ガルダと共に前線に向かった。
不規則にジグザグな軌道を描いているのは、〈カメリア〉のバウンスマニューバだろう。だが、それでも捌ききれなかったタイラントが大挙として押し寄せてくる。
〈コヨーテ・カスタム〉のミサイルポッドのカバーが一斉に開き、そこから大量のマイクロミサイルが死の雨のようにタイラントに降り注いだ。球状の光が狂い咲き、ガルダは空になったミサイルポッドを分離した。
それでもまだ、殲滅しきれなかったタイラントが迫ってくる。リリーの援護もあって、それなりの数も迎撃しているはずだが、それでも敵の勢いが収まる気配はなかった。
「この数、これまでの比じゃないぞ......! タイマーは?」
ビームキャノンを撃ちながら、視界の端にあるタイマーに目をやると、あと十分残っていた。
「耐えられるのか? この数、この時間で?」
だめかもしれない、そういう悪寒が背筋を貫き、噴き出た冷や汗に全身が震えた。こんなものがコロニーを攻撃したら、恐らく十分でどうこうという騒ぎではない。
崩壊するコロニーの大地、爆炎に包まれるシャトルの姿が、脳裏に鮮明に映し出される。そして、そこで死んでいく大量の人々が。
だが、ミナトたちの防衛網をすり抜けたタイラントが、後方のアストルム級に向かっていくのが見えてしまった。
「しまっ——」
リリーの迎撃も虚しく、そのタイラント艦首に近い部分に直撃した。それから直撃部に一番近い砲塔が爆発したが、艦の航行機能に問題はないようで、未だに稼働していた。
ホッとしたのもつかの間、左舷側から赤い信号弾が打ち上げられたのが見えた。それは防衛線が崩壊したことを告げていた。
同時に、左舷でいくつかの爆発の炎が上がり、ミナトたちが防衛していたアストルム級は燃え上がりながらへし折れて行くのが見えた。
「そんな......! まだ八分は残っているんだぞ!」
しかもそれは、シャトルが打ち上げられるまでの時間だ。ワープ可能位置に移動することも考えると、とても八分では足りない。
アストルム級から離れつつ、ミナトは悲鳴を上げるように言った。そしていよいよ燃料タンクに引火したのか、後部から連鎖するように船体が爆炎に包まれながら轟沈した。
飛んでくる破片を避けながらも左舷側の生き残りがいないか探すが、それらしき反応は見えない。
爆発でセンサーが妨害されているのか、それとも——
「——クソッ!」
追いすがろうとするタイラントを二体ほど撃ち落とすと、ミナトは捜索を打ち切ってガルダたちに続いて撤退を始めた。
その合間にも、あちこちで赤い信号弾が打ち上げられているのが分かって、その絶望感に腹の底が冷たくなったような感覚に襲われた。
このペースでは、最終防衛ラインも突破されるのにもさほど時間はかからないだろう。それに脱出シャトルにもCPドライブが積まれているとなれば、タイラントたちはそちらを優先的に攻めることになる。
そうなれば終わりだ。
ミナトたちの進行方向から、援護のための艦砲射撃が行われ、後方でいくつかの光が瞬く。砲撃を免れたタイラントが頭上を追い越して行くのを見れば、それはミナトたちが撃ち落としていく。
だが、〈ルキナ・コロニー〉はすぐ目前に控えていた。それと同時に見えたのは、アーチとアーチの隙間から発進するシャトルの群れだった。
「予定を繰り上げたのか?」
〈アルキオネ改〉にたどり着いたミナトは、反転して防衛に備える。そして近距離通信が回復したのか、ガルダの声が聞こえた。
『見ての通り、木星は予定を繰り上げた! 我々はここで踏ん張って、何としてでも彼らが脱出するまでの時間を稼ぐ!』
そこに、ミゲルの〈コヨーテ〉がマルチツール・パッケージを背負って現れた。一対のアームの先にあるのはガルダ用の装備のようで、熟練のピッとクルーのごとくテキパキとそれらを取り付けていく。
やがて全ての作業を終えると、一瞬だけミナトの方に頭部を巡らせてから、頷いて船に戻っていった。
ミナトも彼に頷き返し、装備のチェックを行った。武器、冷却、センサー、各システムは異常なしを返し、まだまだ戦えることを告げていた。
『来るぞ! 何としても食い止めろ!』
ガルダの叱咤する声が頭に響き、ミナトは〈カラドボルグ〉を握りなおした。
何が何でも、残りの五分間を耐えきってみせる。でないと、ここまでで死んでいった人々の犠牲が報われない。
深呼吸し、照準を合わせる。
『撃て——』
号令と共に、引き金を引いた。これまでで最大の火力が一斉に放たれ、残存するタイラントたちに襲い掛かる。
ビーム、爆発、あらゆる光の乱舞が視界を埋め尽くし、その壮大さに自分の意識が発散していくようだった。