「約束しましょう。執政官の名にかけて」
クライスは頭をさげた。それからまたジュリオに顔を向ける。
「反乱分子をどう集めるかは、お前に任せる。が、三日後の正午をもって、一斉に攻め込む手はずになっている」
「降誕祭の日にですか?」
「期限はその時までだ」
それだけ言うと、クライスは口元を歪めて、出て行った。護衛の兵も去ってからも、しばらく誰も口を開かなかった。
「‥‥‥うっ」
「マリー!」
倒れかけたマリーを、ジュリオは支えた。
「‥‥‥どうだジュリオ‥‥‥これで皆の命を救ったぞ‥‥‥」
「‥‥そうだな‥」
「でも‥‥‥これで二日は一緒にいられる」
「‥‥‥」
「ジュリオ‥‥‥私は‥‥‥お前が好き」
「‥‥‥ガキが生意気、言ってんじゃないっての」
ぎゅっと力強く、マリーを抱きしめる。
「ランダース‥‥ガロンド‥‥‥これ以上、君達に迷惑をかけられない‥‥‥今のうちに、何処かへ逃げ‥‥‥」
「そりゃ、ない」
言葉が終わる前に、ガロンドが肩に手を回してきた。
「さっきのお前の言葉‥‥かっこ良かったぜ。俺は何処までもお前についていく。ジュリオール騎士団長殿にな」
離れて、敬礼してきた。
「不満のある貴族を二日以内にまとめるのは、難しい事だ‥‥‥」
ランダースが難しい顔で、呟く。
「ボアジェクの騎士は、一度誓った事を違えたりはしない」
ガロンドの隣に並び、同じく敬礼の仕種をする。
「我々は、マリアンデール王女、並びにジュリオール騎士団長に、忠誠を誓う者」
「‥‥ったく、馬鹿だな‥‥‥」
ジュリオは頭を振って、マリーを抱いたまま二人に体を向けた。
「マリー王女‥‥‥」
ランダースが顔をしかめる。
「主君が、配下の騎士にその様に、恋愛感情を顕にするのは、関心しませんな」
「‥‥‥」
マリーは顔を真っ赤にして、ジュリオの胸に顔を隠した。
「で、団長、これから具体的にどうする?」
「‥‥うん」
ランダースの質問に、即答する事は出来なかった。
このままクライスの話に乗る事はたやすい。が、そうする事は絶対に出来ない。
「街からの抜け道ならいくらでも知ってるぜ」
ガロンドが自信ありげに言った。
「‥‥‥いや、例えここから逃げ出せたとしても、タイ、ホー、セミディアルの両国で手配されてる。とても逃げ切れるもんじゃない」
「それなら、オストファーレンに向かうか?」
「‥‥‥それも考えた‥‥‥一時的にはそれ もいいけど、将来的にはどうかと思うんだ」
「どういう事だ?」
提案したランダースが眉をひそめる。
「うん、ボアジェクがセミディアルに併合されて、ここで勢力バランスは大きく傾いてる。このままだとオストファーレンが敗れるかもしれない。そうなると‥‥‥」
「大陸、何処に行ってもお尋ね者‥‥‥という事になる訳か‥‥つまり逃げる事は出来ないのだな」
「ああ、完全にはめられたよ」
「じゃあ、お前‥‥‥やっぱりあのおっさんの言う通りに‥‥‥」
「そんな事出来るもんか」
ジュリオは腕の中の温もりを確かめる様に、背中を撫でた。
「なら‥‥‥どうするんだよ?」
「‥‥考えてる」
「私の事なら、心配するな」
マリーが顔をあげた。
「だから、生言うんじゃないっての」
「でも‥‥従う以外に手はないのであろう?」
「‥‥‥今の所はね、だけどきっと何か手は あるはずさ」
「頑張れ‥‥‥将来の美人がついてるから」「何だよそれ、他人事みたいに」
笑おうとしたが‥‥‥。
「‥‥‥ん、まてよ!」
「わっ!」
マリーを放り出し、真顔で唸り始める。
「‥‥‥そうか‥‥いや‥‥まて‥‥‥」
一人でぶつぶつと言い始めたジュリオに、ランダース達は顔を見合わせる。
「分かったっ!」
ジュリオはポンと手を打つ。
「そうか、それでいいんだよ!、何だ!、ハ っハっ!」
ついには大声で笑いだした。
「ど、どうした?」
「ハっハっ!、いやー、何ね‥‥‥」
「お、おい」
ガロンドの手を取り、それから楽しそうにぐるぐると回った。
それからピタと止まった。
「見つかったんだよ!、マリーの夢を叶える方法が!」
三人はぽかんと口を開けた。
一夜開けたその日の朝から、すぐに行動を始める。
「しかし、一歩間違えれば、大変な事になるな」
ジュリオから計画を聞いたランダースは、呻き声をあげる。
「だからタイミングが命なんだ。比喩じゃなくて、ほんとにね」
支度金として、クライスにもらった金袋を手渡す。ずしりと重く、中身はかなりのものである。
「これだけあれば、向こうでも不自由しないだろう」
「確かに‥‥‥しかしサクラを雇っての陽動が、どれほどうまくいくか、難しい所だ」
「その辺の所は任せるよ、ランダース。こう いう細かい作業は、俺よりずっと得意なん じゃないないのか?」
「では姫様の為に、全力を尽くすとしましょ う」
国境を舟で越える前、マリーにもらった木の枝のお守りを懐から出して、ニっと笑った。 一休みする暇も無く、ランダースはオストファーレンへと向かっていった。次に会う時は、降誕祭の後である。
「えーっと、これとこれとこれ‥‥‥」
酒場のマスターに買い付けの注文を書いた紙を渡す。
「‥‥‥大層な注文だな。カクテルとは偉い違いだ」
「他に頼める人がいないんだ。頼むよ。んで、 これ、代金ね」
「こりゃ、ずいぶん‥‥‥多い」
「夕べの飲み代、部屋代、それからしばらく マリーがやっかいになるから、その分」
「王宮に行くなら、私も一緒に行く!」
そのマリーが服の裾を引っ張る。
「遊びに行く訳じゃないんだって」
「違う!、皆が働いてるのに、私だけここで待ってるのは嫌なんだ。私にも何かやらせてくれ」
「今回の主役はマリーなんだ。そん時になったら、大活躍してもらうから、今はここにいてくれ‥‥‥じゃ、マスター」
「ああ、任せておけ、タイ、ホーの兵士には 指一本触れさせない」
”俺達もいるしな!”
昨日、ガロンドと飲み比べをしていた男達が、ハハと大きな声で笑った。
「じゃ、そろそろ行くとしますか‥‥‥」
ガロンドに荷物を持たせて、まだ納得していないマリーを残して二人は酒場を出た。
まだ朝も早い時間であったが、祭りを三日後に控えているという事もあって、街道沿いには多くの商人達が、行き来していた。
「‥‥‥いい所だよな」
道の端を流れる水道を見下ろし、そこに写る自分の顔を見る。
「この分じゃ、祭りもすごそうだね」
「十月の祭りは、ボアジェクの祭りの中で最も盛り上がるんだ。だがな‥‥‥どうも活気が無え様に見えるんだがな」
「仕方ないさ。今の王様は、去年の祭りがあった時の王様とは違うんだし‥‥‥不安とか、色々あるんだろうしさ」
ジュリオは次第に近付いてくる、ガラス細工の様な王宮を見上げる。革命が起こったとは思えない程に耽美な姿を青空に伸ばしていた。視線を少しずらすと、大きな輪の形をした建物があった。
「あそこで、祭りの開始を王が宣言するのか」
「ああ、当日は国中の人が集まる。その後に 催される出し物もかなりのものだ」
「たいへん、結構!」
何度か人にぶつかりそうになりなからも、ほくほく顔で城門に向かう。
「あのー、余興の出し物に出たいのですが?」「真っすぐ、行って右に受け付けがある」
「どうも、どうも」
荷物を抱えていた二人は、特に怪しまれる事もなく、出場の為の受け付けをすませた。
「これでよし‥‥‥」
「おい‥‥‥大丈夫なのか?」
帰り道、ガロンドが耳打ちしてくる。
「俺達は別に何もする訳じゃない。舞台に立つのはマリーなんだし」
「‥‥しかしな‥‥詳しい事は何も話してないんだろう?」
「こういう事は打ち合せても仕方がないよ」
「‥‥‥それで大丈夫なのか?」
「なーんだ、意外に心配性だな」
「実際に剣を打合せる訳じゃねえからな‥‥‥お前といると、どうも調子が狂う」
「すぐに戦って片付け様とするのは、騎士の悪い癖」
肩をすくめる。
「誰も傷つかないのが一番だろ?」
「‥‥‥まあな」
ガロンドは首をひねった。
「しかし、セミディアル軍が到着すれば、戦うしかなくなるだろう」
「そうならない様に、ランダースが行ってるんだろ?」
「‥‥‥うーむ‥‥そうなんだが‥‥」
「心配いらないって、絶対うまくいくさ」
「やけに自身があるじゃねえか」
「他にいい方法が見つからないんだ。失敗し た時の事をうだうだ考えるのは建設的じゃないしさ‥‥それに‥‥」
足元の小石を蹴りあげる。
「それに‥‥‥俺達が暗くしてたら、マリーも不安がる。今、一番、心細く思ってるのはマリーなんだから」
「‥‥そうだな‥‥すまん‥‥」
「そういう訳で‥‥俺達はやる事をやる」
「分かった」
大きくうなづく。
「それで団長、俺は次に何をすればいい?」
「そうだね、とりあえず、晩飯の材料買ってきてくれる?」
「あぁ?」
「よろしく」
ジュリオは片目をつぶった。
セミディアル本国に戻る途中、クライスは事前に伝えていた通り、途中の小さな町に止まり、そこでギルバート達の追撃部隊と合流した。明後日にはブライアンの率いるセミディアル本隊が到着する手筈になっていた。
「報告は聞いている」
町の宿を借りた仮の本陣で、クライスはギルバートとワイアードの二人を呼んだ。
「ギルバート君‥‥‥君は、わざとジュリオールを見逃したそうだな」
「‥‥‥」
ギルバートは弁明する様な事はせず、黙って頭を項垂れた。
「君を隊長に任命したのは、ツーロック執政官だが、現状から言って、君がそれにふさわしいとは思えない。陛下の裁可は得てある。‥‥‥ワイアード君!」
「はっ」
白面の男が、ギルバートの隣に立った。
「ギルバート君は更迭、後で到着する本隊ともども、君が指揮を取る様に」
「はっ」
ワイアードはわずかにに目を細めただけで、いつもと同じ様に、特に感情を表に出す事はなかった。
ギルバートはこの特異な人事の意味を黙って考える。
自分を任命したツーロックに対するあてつけから、ワイアードを抜擢したに違いなかった。が、ブライアン団長を差し置いて彼を上座につけるその意味はどの辺にあるのか。
考えられる事は一つしかない。
クライスが突然言い出した、ジュリオの反乱は、確実に起こる事であり、そしてその反乱は速やかに鎮圧する事が出来ると言う事である。一つの可能性として、叩き上げの武人で、融通のきかないブライアン団長に代わり、ここで比類なき戦功をあげたワイアードを代わりにすえるという事も十分に考えられる。 いずれにしても、これで政敵を追い落としたクライスの立場は強化される事になる。
「ギルバート君は、副官として任につく様に」
「‥‥‥はい」
素直なギルバートの反応に、クライスはうなづく。
「タイ、ホーとの同盟がなった今、大陸の統 一は目前に迫ったと言っていい。それに半 旗を翻す事は、平和へ続く橋を打ち壊す行 為に等しい」
「‥‥‥」
ギルバートはうなづいた。
それは正しい見解であった。ジュリオがあれほど望んでいた戦のない世界が、すぐそこまで来ている。そのジュリオがなぜ、反乱を企てる事になるのか、詳しい説明はされていない。
「首謀者を捕らえ後、その処理は如何いたし ましょう?」
ワイアードが淡々とした口調で、質問した。
「旗印であるマリアンデール王女は処刑。加担者であるボアジェク騎士団長、ジュリオールも同じだ‥‥だが‥‥‥」
クライスはギルバートに顔を向けた。
「打ち破る事が出来れば、それは定かではないな‥‥‥」
「‥‥‥」
ギルバートは息を吸い込む。
「出来なければ、その場で討たれる。言っている意味が分かるな?、君が彼を打ち破る事だけが、彼が生き残る最後のチャンスなのだ」
「‥‥はい‥」
「では、諸君らの健闘に期待する」
立ち去る後ろ姿に、残された二人は敬礼する。
「ではギルバート」
ワイアードは後ろ手に振り向く。
「すぐに作戦会議を始めます。部隊の隊長に召集をかけて下さい」
「‥‥‥分かりました」
ギルバートは頭をさげた。