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第十三話 自由への道を探していたはずが、鎖の数が増えていくんだが

セミディアルの落ちこぼれ‥‥という伝言で、ランダースはいとも簡単にクライスへの面会が許された。

「‥‥なるほど‥‥‥」

 話を聞いたクライスは、タイ、ホー滞在中に与えられた、仮の宿舎の中で大きく首肯く。

「ジュリオールは、ツーロックの封鎖の網を越えて来たか‥‥‥」

「この上は、速やかにマリアンデール王女を引き取られる事をおすすめ致します」

 ランダースは、あくまでも騎士としての礼節をもって話をすすめながらも、目の前の執政官をじっと観察する。

「そうされる事で、閣下はツーロック執政官に対する鍵を持つ事になります」 

「‥‥‥それは君自身の考えかな?」

 頬杖をつきながら、細長い眦をランダースに向ける。

「いえ、ジュリオール団長の考えです」

「だろうな」

 クライスは眉をひそめた。

「では、その考えに乗る事にしよう」

「恐れ入ります」

「別に感謝される言われは無い。私は体裁を繕うという事が嫌いなだけだ」

 クライスは口元を歪める。

「では、マリアンデール姫の場所を教えてもらおうか」

「はい、西区三番の酒場、西風亭です」

「‥‥‥そうか、では護衛の兵を向かわせるとしよう」

 クライスは呼び鈴を鳴らした。




「ふあー、食った、食った」

 酒場の二階にある宿屋の部屋につくなり、ジュリオは両手両足を広げてベットの上に俯せに倒れこむ。そう広くはなかったが、よく掃除されており、想像していたよりはるかに居心地はよさそうであった。

「‥‥‥何でガロンドが騎士団をやめたか分かった‥‥‥」

 枕に顔を埋めたまま、もごもごと呟く。

「何で?」

 隣のベットに腰をおろしたマリーが、答えを聞いてきた。

「ほら、あれだから‥‥‥」

 ジュリオは手だけを伸ばして、床を指す。

 時間的にはもう夜と言っていい程であったが、下からはガロンド達の陽気な声が響いてくる。

「なるほどの‥‥‥あんな騎士はおらぬな」

「そういう事‥‥」

 仰向けに体勢を変え、天井の模様を見つめる。

「しかし、ジュリオも人が悪いの」

「んー、何が?」

「ここの部屋はただなのであろう?」

「いいんじゃない。マスターは、ランダース達の知り合いなら、それでいいって言うんだからさ。それでいいじゃないか。‥‥‥ しかし妙な事もあるもんだな」

「?」

「マリーがそんな事を心配するなんて」

 くっくっと笑った。

「わ、私だって、金の心配ぐらいするぞ!」

「マリーも苦労して大人になったって事かな」 

ジュリオは起き上がって脇に置いてあった鞄の蓋を開け、中からネックレスを出した。

「これは元々、これはマリーが俺にやるって 言ったネックレスなんだ。徴収されそうになった時、後で何かの役に立つかもしれな いと思って、友人のギルバートにこれたけ 払い戻してくれる様に頼んだんだ」

「‥‥‥」

「ランダースとガロンドという心強い助っ人 が出来たのも、ここに泊まれてただで飲み食い出来たのも、みんなそのネックレスの おかげさ‥‥‥」

 そのネックレスをマリーに手渡す。

「はい、プレゼント」

「え?」

「誕生日のプレゼントさ。考えてみれば何も やってなかったし、丁度いいだろ」

「‥‥‥」

 マリーは手の中のネックレスと、ジュリオの顔を交互に見つめる。

「まあそういう事で‥‥お休み」

 ゴロっとまた横になる。

「待って!」

「んー?」

 枕の腕に更に腕枕していたジュリオは、半開きになっていた目をまた開いた。

「どうした?」

「‥‥‥その‥‥‥ありがとう」

「どういたしまして‥‥‥ふわあっ‥‥」

 あくびをして再び寝ようとしたが、

「ね、寝るな!」

「‥‥‥おい‥‥‥明日は、忙しくなるんだぞ‥‥‥早く寝とけって」

「でも、明日になれば‥‥‥」

「明日になれば、マリーはもっとちゃんとしたベットに寝れるって‥‥‥」

「ジュリオ!」

「んぎゃ!」

 いつもの様に、マリーは腕に噛み付き、ジュリオは悲鳴をあげた。

「こ、こらっ!、せっかく前のが目立たなくなってきたのに、またこんなくっきりと」

 ジュリオは歯形のついた腕を突き出す。

「だって‥‥そうしないと寝てしまうから‥‥‥」

「‥‥ん?」

 妙にしおらしくなったマリーに、ジュリオはいからせていた肩を下げた。

「明日になれば、私は、どこかに連れて行か れるのだろう?‥‥‥そして、お前は何処かへ行ってしまう‥‥また、一人ぼっちになってしまうのに‥‥‥」

 よくよく見れば、マリーは泣いている様だった。

「お、おい‥‥‥」

「一緒にいられるのは、このたった一晩しか無いのに!」

「‥‥‥」

 ぼかぼかとジュリオの胸を叩く。

「‥‥そんなに子供は嫌いか?」

「いや、そう言う訳じゃ‥」

「なら、私の事が嫌なのか?」

「そうじゃない‥‥‥そうじゃないんだ‥‥」

「だったらどうして!」

 泣いているマリーを前に、ジュリオは何も言えなくなる。

「それじゃ、その辺の子供と同じだろう?、そういうの嫌ってたじゃないか」

「同じだよ!」

「‥‥‥」

 ジュリオの服を引っ張る。

「子供なんだよ!、まだ十一歳の!、誰もいない所で、一人でいて淋しく思わないわけない!」

「‥‥‥」

「‥‥‥お願いジュリオ‥‥‥私と一緒にいて‥‥」

「それは‥‥」

 引き取られる先が何処になるのか‥‥‥恐らくは名のある貴族ではあろうが、どちらにしても小さな女の子がその中に一人で放りこまれる事は確かである。

「‥‥‥俺は貴族じゃないし、もちろん、マリーの様な王族じゃない。悪いけど、そんな生活に馴染めそうにもない」

「‥‥‥」

 涙を一杯に浮かべた顔で、ジュリオを睨む。

「そんな顔、しないでくれよ‥‥‥何か勘違 いしている様だけど、俺は、ほんとにいい 加減で、自堕落な男なんだ」

「‥‥知ってる」

「だったら‥‥‥もっとかっこよくて、勇敢 で、誠実な王子様は、他にいくらでもいるのは分かるだろう?、マリーにとっての俺 はそれじゃないんだ」

「‥‥‥」

「これからマリーの行く先にいるさ。きっと ね」

「‥‥‥では、ジュリオにとっての理想の女性はどんな感じ?」

「‥‥‥そうだな‥‥いつもにこやかで‥‥‥美人で‥‥」

「うむ」

「‥俺が昼寝してたら、優しく 起こして‥‥‥」

「うむうむ‥‥‥それで、美人というのは、具体的に?」

「‥‥‥髪はサラサラのストレートで‥‥って、おい、何してるんだ?」

 マリーは、ジュリオの言った事を紙に書き留めていた。

「‥‥な、何でもない‥」

 その紙きれを大事にしまった。

「‥‥‥ジュリオ‥‥‥」

「ん?」

「最後に一つだけお願いがある」

「何だよ、あらたまって」

「お前の事を‥‥‥話してくれないか?、今晩、ずっと‥‥‥」

「ずっと?、俺の事って何を?」

「何でもいい‥‥‥子供の時の事‥‥‥今、思ってる事‥‥将来の夢‥‥」

「‥‥って、言われてもな、一晩も話す事なんて‥」

「何でもいい‥‥‥」

「その前に‥‥」

 ジュリオの腕を掴んでひっぱり、マリーは自分の肩にまわす。そうしてから寄りかかって、ぴったりとくっついた。

「もう‥‥闇は恐くないんだな?」

「‥‥うん‥‥‥ジュリオが一緒だから」

 ジュリオはゆっくりと話し始めた。

 両親がいた頃の昔の事、戦争でそれらを失った事、その時のやるせなさ。初めて孤児院の門をくぐった時の緊張感。いじめっ子を言い負かした時の周りの喝采、誇らしげな気持ち‥‥‥思いつくままに話していくその内容はとりとめがなく、時間だけが刻々と過ぎていく。

「‥‥幾つになっても‥‥‥一人は淋しいよな‥‥‥」

 明け方近くになり、カーテン越しに空が白み始めたのが分かる頃、傍らで静かな寝息をたてているマリーに声をかける。

 安心しきったその顔には、暗闇が恐いと言っていた頃が嘘の様に、笑みさえ浮かべていた。

「‥‥俺のしてる事‥‥‥間違ってるのかな ‥‥」

 明日‥‥‥正確には、もう数時間もすれば、彼女は引き取られ、恐らくはそれで二度と会う事はないはずである。

 彼女はその別れを独りぼっちになる事だと言っている。

「違うよ」

 今、マリーが自分に抱いている思いは、王族であった時の思い出を見ているに過ぎない‥‥‥ジュリオはそれを分かっていた。宮廷の様な生活を与える事はもちろん出来ようはずもなく、希望通り、一緒にいる事が、彼女の為になるとは思えなかった。

 元の様な貴族の生活に戻る事が、マリーの為‥‥‥腕の歯形を見つめながら、それを確信していた。

「俺も‥‥‥ちょっとは淋しいかな‥‥‥ちょっとだけな‥‥‥」

 夜明けの光が部屋を満たすまで、マリーの頭を優しく撫でていた。




「‥‥ん‥」

 誰かが扉を激しく叩く音に、うとうとしていたジュリオはハっと目を覚ました。

 ”ジュリオ!、俺だ!”

 寝呆けた頭で、その声がガロンドのものだと分かるまで数秒かかった。

「‥‥んー‥」

 マリーの手をはずして、ベットから立ち上がり、かけていた鍵をあける。

「‥‥‥何だよ?、俺は朝、弱いんだ」

「お待ちかねのクライス執政官が来たんだ。寝てる場合じゃねえだろう」

「‥‥早いな‥」

 頭をかいて、あくびをする。

 ミシミシと半分腐った階段を降りていく。そこには昨夜の喧騒の後がまだ残っており、ガロンドが壊したらしいテーブルが引っ繰り返っている。

「‥‥‥」

 視線を少しずらしていく。入り口付近に、秋口にしては分厚いコートを着たクライス執政官がジュリオを見上げている。その隣にランダース、両端にセミディアル軍の制服姿の護衛の兵が二人いるのが見えた。

「やれやれ‥‥」

 ため息をついて下まで降り、クライス達の正面に立った。

「お久しぶりです、クライス校長」

「お前も息災の様だな」

「まあ、何とか」

 他に言う事もなく、後ろ頭をかく。

「話は、彼から聞いた。随分な目に会った様だな」

 クライスはあこに手を当て、辺りを見渡した。

「お前のその話、乗らせてもらう事にしよう‥‥私にはそうするしか選択肢が無い様だしな」

「ありがとうございます」

 頭をさげる。

「‥‥それで彼女の受入先は?」

「‥‥‥旧王国の王女を公然と受け入れてくれる者はそう易々とは見つかる事は無い。説得するにしても長い時間がかかるだろうと予想される」

「でしょうね」

「そこで‥‥君たちには一芝居うってもらう」

「‥‥‥どういう事です?」

「反乱だよ」

「‥‥‥」

 ジュリオは唇を噛んだ。

「ボアジェクには、半ばセミディアルの植民 地と化した現在のタイ、ホーに対する根強い反発がある。マリアンデール王女を掲げて反旗を翻す事で、大義名分を得た多くの土着の貴族がそれに倣うのは必定というも のだ」

「‥‥そうでしょうか」

 ジュリオは、ギルバートの言葉を思い出した。

「ボアジェクの貴族にとって、大儀などより、タイ、ホーの存続に意味を見出す者が多いと思いますが?」

 ジュリオは正直にその疑問を口にする。

「ほう、なぜそう思う?」

「両国の貴族の多くは、タイ、ホー設立に投資しているはずです。大枚を叩いてつくったその国を、自らの手で壊す様な真似をす るとは、とても考えられませんし」

「‥‥なるほど‥‥‥」

 クライスは目を開く。

「君は調べ物は苦手だと思っていたが、なかなか事情に精通している様だ」

「‥‥‥」

「確かに、君の言う通り、ここでマリー女王が王位の正当性を唱えた所で、賛同する貴族は少ないだろう」

「‥‥なら、どうして‥‥‥」

 ジュリオはあごを引いてクライスを睨んだ。

「少ないからと言っても、反乱分子は必ずいる。その者達をまとめる為、求心力としての王女の存在は欠かせない」

「その為に‥‥‥俺を‥‥‥彼女の護衛役として‥‥任命したのですか‥」

「その通り、私の睨んだ通り、君は立派にその役目を果たしてくれた。国境を突破し、私の元に連れて来てくれたのだからな」

  開かれたクライスの目は何処までも冷たい。

「君達はここで反乱を起こす。王女が首謀者であるから、彼女が死亡したと発表したツーロックの面目はなくなる。私はその反乱を速やかに鎮圧する‥‥‥という筋書きだ」

「‥‥‥」

 全ては最初からしくまれていた事だったと気づき、ジュリオは握った拳を震わせる。

「お断りします!」

「それでも構わない。だが、その場合、君達全員は反逆者としてこの場で処罰される事になる」

 クライスが銃を向けると、護衛兵が槍をもちあげて構えた。外にも兵士が待ち構えているに違いない。

「反乱後の君の身柄は保証しよう。加担した貴族達も財産没収のみとする事を、約束する」

「‥‥マリーはどうなるのです?」

「首謀者は処罰せざるをえない。最低限、仕方ない処置だ」

「そんな‥‥‥」

 ランダース達、全員の視線がジュリオに集まる。

「彼女はまだ十一の女の子なんですよっ!」 

力の限り叫んだ。

「本当なら、友達とその辺で遊びまわってる 歳じゃないですか!、そんな子を駒として 使い捨てにするなんて、政治云々の前に、人間としての資質を疑います!」

「‥‥‥以前に言ったはずだな、ジュリオール。これが現実というものだ。現実は直視しなければならないとな」

「‥‥‥」

「それが出来なければ、敗者となって消えていくのみだ‥‥ここで消えるか、ジュリオール?、それもいいだろう」

「‥‥‥」

「では、答えを聞こうか」

「‥‥‥」

 反乱を拒否すれば、ここで全員が処断される。承諾すれば少なくともジュリオ自身と、ランダース達の身は助かる。が、どちらにしてもマリーを助ける事は出来ない。とても答えを返す事など出来なかった。

 ガロンドが息を飲み込み、後は沈黙の時間が長く続く。

 ”その話‥‥‥受入れてもよい”

 破ったのは、階段から聞こえてきた小さな声であった。

「マリー‥‥‥」

 いつからそこにいたのか、マリーが青白い顔で踊り場に立っていた。

「それで、皆の命が助かるなら、受け入れてもよい」

 マリーは階段を降り、ジュリオの隣に並んだ。

「その代わり、この者達の身柄を保証するという話‥‥‥」

「約束しましょう。執政官の名にかけて」

 クライスは頭をさげた


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