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第七話 姫の気まぐれに従い、森の中で予期せぬ大騒動が始まる

  いつもは厳しい表情しか見せない迎賓館も、赤、白、様々な色のテープで飾り付けられ、華やかという意外な一面を見せていた。

「こりゃ凄い‥‥」

 大広間に置かれた幾つかのテーブルの上には、特別に作られた料理が、所狭しと並べられている。黒服に真っ赤な肩帯をかけてボアジェク古来の正装をした‥‥‥と、言うより、させられていたジュリオは、大使付きの騎士として歓待される側として、場内の最後のチェックを行なっていた。まだ早朝ではあったが、大勢の人間が王女の誕生会の準備に勤しんでいた。

「ここのテーブルにある料理の代金だけで、 俺の何日分の食費なんだろうな」

 左右を見渡して、誰も見ていない事を確認してから、山の様に盛られていた骨付き肉の一つを口の中に放りこむ。

「うん、中々いい肉だ‥‥‥」

「ちょっと、何やってんのよ!」

「ぐっ!」

 突然、背後から声をかけられ、驚いたジュリオは喉を詰まらせた。

「う、げほ、ごほ‥‥‥いや、その、ボアジ ェクの騎士として毒味をしとかないと‥‥」

「あれ?」

 そこにいたそばかす顔の侍女とは顔見知りであった。クレアという名の藍色髪の彼女はジュリオより一つ上で、ギルバートの意中の人でもある。

「誰かと思えば、ジュリオじゃない!、やだ ー、そんな格好して、あの噂、本当だった の?」

「噂って?‥‥‥うぇ‥」

 涙目にむせていると、クレアはジュリオの背中をさすった。

「何、言ってるの、あなたが騎士になったっ て事じゃない」

「ああ、その事ね、なるほど」

「嬉しくないの?、同い年でここに入った中 で、あなたが一番じゃない。自称天才のワイアードなんか、それ聞いてすっごい悔し がってたんだから」

「‥‥あの鉄仮面男がね、そっちの方が冗談 みたいだ」

 ワイアードは、ギルバートと同じく貴族出身ではあったが、差別主義的な面が目立っている。孤児院出身のジュリオなどは蔑視される目標の最たるものであった。実際、彼は出自に恵まれている事だけに慢心する事なく、努力する事も怠らなかったので、成績はいつも上位に位置しており、年に一度の武術大会は彼の独壇場である。剣術の試合で、ワイアードと対する事になったジュリオは、剣を合わせ、始めの号令がかかる寸前に、仮病を偽って退場し、周りの失笑をかった事もあった。

「ボアジェクの騎士なんかになるつもりない のにな‥‥ただの逆恨みだよ」

「ならないのー?」

「ああ、どーにも、宮仕えは性に合わないか らな‥‥やめて、別の仕事探すさ」

「ふーん‥‥」

 クレアは何かを考えている様だった。

「ワイアード、大使の誕生会に出るみたいだ から‥‥ジュリオ、気をつけた方がいいわよー」

「気をつけるって何を?」

「後ろから、ざっくり‥‥‥」

 眉間にシワを寄せて、恐い顔で迫る。

「お、脅かすなよ!」

「冗談よっ!」

 笑って、ジュリオの背中を叩いた。

「それよりジュリオ、ボアジェクに行かない んだったらね‥‥‥明日、あなたの家に行 っていい?」

「な、何だよ?」

 クレアはジュリオに耳打ちする。

「‥‥‥言いたい事があるの?」

「何だよ。用事があるなら、ここでも‥」

 ”準備はどうなっておる!”

「うわっ!」

 二人の間に、誰かが無理遣り割って入ってきた。

「こんな所でさぼっておるとは、どういう事 だ!」

 そこには、何処から表れたのか、マリーが怒って両手を振っていた。

「え?、この子供が、ボアジェク大使?」

「無礼者っ!」

「きゃあ!」

 マリーは、剥出しのクレアの手に噛み付いた。

「も、申し訳ありませんでした!」

 咄嗟の事に、何が起こったのか分からぬまま、クレアは逃げる様に走っていった。

「むむっ、ジュリオ!」

 マリーは残ったジュリオを膨れ顔のまま睨んだ。

「な、何だよ?」

「あの侍女とは随分と仲が良さそうじゃな」

「え?、ああ、養成所に入った時からの知り合いだしな」

「‥‥‥今、あの者は、何を耳打ちしておったのじゃ」

「別に‥‥‥これっといった事は‥‥‥」

「私には言えぬ話か?」

 ギロ‥‥‥と、ジュリオを睨む。

「そうじゃなくて‥‥‥後で話があるから、 俺の家に来るって言ってきただけの事さ」

「‥‥むー‥」

 またマリーは考え込む。

「あの女‥‥‥お前の事を気に入ってるので はないか?」

「まさか」

「いや、間違いない」

「ガキのくせにナマ言うんじゃないって」

 ジュリオは困った様に笑い、さりげなくテーブルのシャンパンをグラスに注ぎ、一口に飲み込んだ。

「また子供扱いする!」

「はいはい、分かりましたよ。ここにいると 皆が気を使うんで、姫さまは出ていましょうね」

「こ、こら」

 背中を押して場外に出す。

「あ、あれ!」

「ん?」

 会場にかけられるタペストリーが運ばれてきた。そこに大きく書かれているマリーの十一歳を祝う言葉を見つけてマリーははしゃいだ。

「‥‥‥セミディアルとボアジェク、両国の 友好が永遠に続く事を願い、ここにマリア ンデール王女の誕生日を、心の底から祝す ものである‥‥‥か‥‥‥」

 ジュリオが文字を読み上げると、マリーは瞳を潤ませた。

「‥‥ジュリオ‥」

「‥‥ん?」

「セミディアルは‥‥‥いい所じゃの‥‥‥」

「‥‥‥」

 ジュリオは何も答えず、飾られていく会場を、見つめ続けた。

「じゃ、そういう事で‥‥‥」

 時間まで部屋で待っていようか‥‥‥そう口を開きかけた、その時‥‥‥。

 バン!と、勢いよく正面扉が開かれ、誰かが入ってきた。執政官付きの副官であった。”委員会の決定により、誕生会は中止となっ た。すみやかにホールを元の状態に戻す様 に!”

「‥‥‥な、何だって?」

 それまで働いていた人々は突然の命令の変更にざわめき始める。

「のう‥‥‥今のは‥‥‥どういう‥‥‥事なのじゃ?」

「‥‥‥」

 ジュリオは唇をかみしめ、上目遣いに遠くで咳払いする副官を睨んだ。

 同盟大使の歓待の為の会を中止する‥‥‥その意味する所は決して小さくはない。そもそもこの誕生会は、マリーの個人的な好意を得る為に催されたものではなく、その背後にあるボアジェクとの仲を取り持つ為のものである。何かの都合で会を中止するにしても、それらしい口実の元、事前に大使に説明するはずである。何の説明も無く、公然と中止を宣言してきた事‥‥‥それは、セミディアルを治める執政官達が、ボアジェクそのものを価値無しと判断したからに他ならない。セミディアル側に変化が無いとすれば、ボアジェクにその何かの変化が起こったはずである。執政官達は、マリーが到着したその日から、マリーを軟禁状態にしている‥‥‥ボアジェクに起こるであろうその変化を初めから予期していたという事になる。

「後で俺が聞いておくよ。今は部屋に戻ろう」 ボアジェクに何が起こったにせよ、それはマリーの好まざる変化に違いなかった。

「何を言う!、あんな勝手な言い草を許して おけるとでも思ったのか!」

「お、おい」

 マリーはあっと言う間にジュリオの手を振りほどき、副官の前へと肩をいからせて踏み出した。

「我は、ボアジェク第三王女、マリアンデー ルじゃ!、その方達が開くと言っておった 誕生会、楽しみにしておったものを、急に 中止とはどういう事なのじゃ!」

「‥‥うーむ‥」

 二人の副官は困った様に、顔を見合わせた。

「‥‥‥まことに申し訳ないとは思っている。 だがこれはセミディアル王の御意であられ るのだ。ボアジェクとの同盟は無きものに あいなった」

「なっ、なぜじゃ!」

「むー」

 副官はもったいをつける。

「‥‥‥先刻、ボアジェクに派遣していた部 下が戻った。話によると新たな国が生まれ たとの事だった」

 場は水をうった様に静まりかえる。

「‥‥フェリペス王と皇后は自害して果て、これによってボアジェクは滅亡した‥‥‥ 理由は以上だ」

 それだけ言うと副官達はその場から早足で出ていった。

「‥‥‥何て事を‥‥‥」

 ジュリオは握った拳に力を入れた。

 しばらくしてまたざわめきが戻りだす。それまでやっていた作業とは逆に、飾り付けの取り外しにかかる。マリーの脇を通る誰もが、興味ありげな視線をなげかけていた。

「嘘‥‥‥」

「‥‥」

「‥‥冗談‥‥‥であろう?、これも余興な のじゃな。だがちっとも面白くはないぞ」

「そうだな」

 前後の状況から、副官が真実を述べた事は間違いなかった。

「‥‥父様‥‥母様‥‥」

「‥‥‥」

 好奇の目から遮る様に、放心状態のマリーを抱き抱え、そのまま戸口へと向かった。

 寝込んでしまったマリーをベットに寝かせ、カーテンをひいて室内を暗くする。

 =‥‥この国は‥‥‥よい所じゃの‥‥=

「‥‥‥いい国なんて‥‥‥あるのかな‥‥ ‥」

 ふと呟いた自分のその言葉に、自分が傷ついていた。




 マリーが眠っている事を確認した後、ジュリオはクライスの執務室へと直行した。

「‥‥‥ジュリオか」

 クライスは事務机に頬杖をつき、ジュリオにあるのかないのか分からぬ目を向けている。

「‥‥‥ボアジェクの事は本当だ。王家に名 を連ねる者は今はいない。ルオーという者 が新たな王として、かの地にタイ、ホーと いう名の国を作った」

「‥‥‥その者はセミディアルにどんな利益 をもたらすのですか?」

「今後、タイ、ホーは、セミディアルに従属 する事になる。オストファーレンとの戦い に、全面的な協力を約した」

「それでですか‥‥‥つまり、セミディアル は旧ボアジェクを、その男に売った訳です ね」

「‥‥‥」

「閣下も、こうなる事を知ってらしたのです か?」

「‥‥知っていた。だが、揚揚として望んだ 訳ではない。そうせざるをえなかった」

 クライスは口元を歪めた。

「ツーロック執政官が提案した今度の事は、 陛下自身もかなり乗り気で、その御意は執 政官会議の前に伝えられていた。結果とし て私を含めた全員一致で決行に決まった」

「‥‥‥」

 計画に反対だったクライスが、賛成に票を投じたのは、反対しても無駄である事が始めから分かっていたからである。王の不興をかうよりは、素直に従った方が得策であった事は確かであり、それが分かったジュリオは、クライスを責める気にはなれなかった。

「では、フェリペス王が自害されたというの は‥‥‥」

「残念ながら本当だ。ルオーは、反乱を鎮圧 した後、残った王族全てを処刑している。 ボアジェク王家で残っているのは、ここに いるマリー王女一人だ」

「‥‥‥‥‥‥」

 ジュリオは息を大きく吸い込む。クライスは上目遣いにそんなジュリオを睨んだ。

「‥‥これが現実的な外交というものなのだ」「人を犠牲にする事がですか?」

「そうだ、国というものは、全体の総意であ るが、まるで一つの生きものの様に、何を犠牲にしてでも利益を純粋にむさぼり続け る」

「‥‥‥」

「戦って他者を侵食するのは国の本能。だか らいつまでも戦は終わらない‥‥‥だが、 私はそれではいけないと思っている」

「‥‥‥」

「私はこの養成所に入った時の君の言葉‥‥ ‥戦の無い世界がいつかくると信じている と言ったその台詞を覚えている。それに賭 けてみようと思い‥‥‥君をマリー王女の 護衛という特務官に任命したのだ」

「!‥‥‥もしかして‥‥‥マリーを‥‥‥ マリアンデール王女をここに招いたのは、 閣下ではないですか?」

「‥‥‥」

 クライスは静かに首を縦に振った。

「結局、私の力で助ける事が出来たのはあの 子一人だけだった。ああいう小さな子を犠牲にするのは、国の事を云々する以前の問 題だ」

「‥‥‥」

 マリーを助けた事は疑うべくもない事実である。だが、その事のみをもって、語るその内容を真実と受け取る事は早計ではないか‥‥‥ジュリオは今に至っても、まだクライスを信用すべきかどうか迷っていた。

「お前の任務は、ボアジェクの滅亡とともに 消滅した事になる‥‥‥かねてからの希望 通り、騎士団からの脱退も、このまま養成 所にとどまるもお前の自由にするがいい」

「‥‥‥」

「私はこれから王都に戻り、陛下の随員とし てタイ、ホーに赴かねばならない。帰って から私が責任を持ってマリー王女の後見人 を探す。君の返事はなるべく早く頼む」

「‥‥では、しばらく特務官のままでいる事 を許可してください」

 短くそれだけ答えた。


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