ゆっくり歩いて十分程で二人は、砦の町、トリンの中心部に辿り着いた。広い通りの両脇には、布を広げて商品を並べた無数の露天商達が、通行人に向けて声を張り上げている。 先の方には、普通の店も見えた。集まった声は言葉ではなく、騒めきとして辺りに満ちている。
「ほほう‥‥」
マリーは立ち止まって、物珍しげに周囲をきょろきょろと見渡す。ボアジェクの王女も、今は傍目にただのおかしな少年にしか見えない。
「どうだマリー、セミディアルも捨てたもん じゃないだろう?、だけど王都はもっと凄 いんだぜ。このトリンなんかとは比べもの にならないぐらいに大きいんだ」
「まあ‥‥‥」
マリーは眉をしかめた。
「だがボアジェクの町は こんなにごみごみ はしてはいないぞ」
「負け惜しみ。それはただ人が少ないだけさ」
「違うぞ!、ボアジェクが一番!」
「分かったから、そんな大声だすなよ」
赤い布の上に、小さなアクセサリーが並べられてあるのを見たマリーは、走って近寄る。
「綺麗‥‥‥」
「安くしとくよ、坊っちゃん」
「何!、誰が坊っちゃんだ!」
露天商の言葉に、マリーはカっとなる。
「おいおい勘弁してくれよ‥‥他に誰もいないだろ」
「ぶ、無礼者!‥‥‥私は‥‥‥もが!」
ジュリオに口をふさがれたマリーは、両手をじたばたさせた。
「あー、悪い、悪い。ちょっとこのコ、おか しくてさ」
「おかしいって頭がか?‥‥‥はー、まだ若 いのにかわいそうにな」
「そういう事、騒がせて悪かった‥‥‥あ、 痛っ!」
マリーに手を噛まれるが、そのままずるずると引きずって路地裏に入る。
「痛いだろうが!」
手を引き抜く。甲にはしっかりと歯形がついていた。
「むーっ!、どうして私の頭がおかしいなど と嘘を言うのじゃ!」
「嘘なんかつくかよ」
「‥‥‥それは私の頭が本当に変だと言っ ておるのか!」
「まあまあ、せっかくの街見物なんだし、こ んな事してたら時間がもったいないから、 他に行くぞ」
「それは‥‥‥そうだが‥‥」
「そういう事」
背中を押して大通りへと戻す。やれやれと一息ついた辺りで、服屋へと入った。
「随分、たくさんあるのー」
「好きなの選んでいいぞ」
「よいのか?」
「いいんじゃない。どうせ、大使の滞在費用 は、セミディアル王国持ちだしな」
「よ、よし」
「女の子だと分かる様に、帽子と眼鏡はとっ てけよ」
言うが早いか、マリーは店内へとすっ飛んでいく。
「やれやれ」
ジュリオは入り口近くの壁に寄り掛かり、出てくるのを待つ事にした。
”お客様、そっちは駄目です!”
”何だ、ここは物置ではないのか?”
「まったくあいつは‥‥‥何やってんだか」 店内の雑踏を余所に、顎に手をあてて、門番の騎士の言葉を思い返してみた。
マリーを見張り、行動を制限しようとしたのは、ブライアン団長の命令である事は分かった。だが、外に出さない事に、何のメリットがあるのかを考えたが、これといって何も思いつかなかった。
ブライアン団長の人となりについて今、一度思い返してみる。
叩き上げの騎士である彼が、第二十三代、セミディアル騎士団団長を襲名したのは、今から五年前。実力主義で、家柄や出自にこだわる事なく、公平な目で見る事から、下からの信頼も厚く、国王も深く信頼している。根っからの騎士であり、それ故に『陰謀』という言葉からは最も縁遠い人物である。
「‥‥おかしいな‥‥‥誰にも何の得もなら ないのに、物事が脇道へ反れる訳はないん だけど‥‥‥」
”これが気に入ったぞ”
”お、お客様、それは売り物ではないので”
”これがいいの!”
「ったくもう‥‥いい加減にしてくれよな」
仕方なく、店の奥へと入った。案の定、マリーは店員の前で暴れている。
「どうしたんだよ?」
「ジュリオ、この者が服を譲ってくれぬのだ」
「ですから、これは展示用のものでして‥‥ ‥」
店員は困り果てた顔になっている。問題の服は藍色のドレスだったが、どう見てもマリーには大きすぎている。
「我はボアジェクの第三王女、マリアンデー ル、ライゼリート、ボアジェク三世なるぞ!」
「え?」
「分かったら、さっさと‥‥‥むぐっ!」
ジュリオはまたマリーの口をふさいだ。
「ぎゃっ!」
今度はすぐに噛まれ、手を離した。さっきやられた所と場所は同じである。
「あ痛たたたた‥‥‥」
「無礼者がっ!、私は‥‥‥」
「そうやって権力を振りかざして、物事をご り押ししようなんてひどいと思わないのか?
「私は権力をふりかざしてなそおらん。ただ 名乗っただけだ」
「‥‥あのな‥‥‥」
その場を何とかおさめ、ジュリオ達が迎賓館への帰途についたのは日が傾きかけた頃であった。
「どうしたのだ、ジュリオ?、顔色が優れ ぬ様じゃが?」
「‥‥疲れたんだよ」
ジュリオは両手に大荷物を持っている。これらは全てマリーの買物の品である。他にもまだまだあったが、とても持ちきれる量ではなく、後日、店から直接迎賓館に送ってもらう事になった。
「もう、病気寸前、休みをとりたいね」
それらは確かに重かったが、ジュリオが疲れた原因はマリーにあった。
「どれどれ、屈んでみろ」
「んー?」
ジュリオは荷物をおろして膝を屈める。マリーは帽子を取っておでこを突き合わせてきた。
「‥‥‥熱は無い様じゃな‥‥‥病気ではな いぞ」
「‥‥‥」
マリーは離れるとニコと笑った。
「母もこうやって熱をはかってくれた」
先に歩きだしたマリーに、ジュリオは荷物を持ってついていく。
「母は私が三つの時に亡くなったが‥‥他の 事はあまり思い出せんのに、なぜかその事 だけは不思議とよく覚えている」
「ふーん‥‥‥」
ジュリオには、そんなものかとうなづいた。
「‥‥‥あ!」
突然立ち止まったマリーの背中に、ジュリオはぶつかって荷物を落とした。
「ど、どうした?」
「ジュリオ‥‥‥お前は孤児院出身だった‥ ‥‥親の話などをしてすまなかった」
「いや、そんな事、気にしちゃいないよ。そ れより驚いたな」
「?‥‥‥何がじゃ?」
「いや‥‥‥」
ジュリオが驚いた理由は、ただのわがまま娘と思っていたマリーが、意外な心遣いを見せたからである。
「まあ、だとしても、一週間後にはセミディ アルの見習い騎士に戻る俺には関係ない話 だが‥‥‥」
「‥‥‥何か言ったか?」
「いや、このネックレス一つで、俺の収入の どれぐらいに当るのかって考えてね」
よっこらせと鞄をおろし、中から宝石の散りばめられた長い金属の鎖を出した。
「お前は、そんなに貧しい暮らしをしている のか?」
「そんな貧しいって訳じゃないけどね。まあ、 騎士見習いとしては普通だな。これでも家 を借りれる程には給金もらってるし」
「‥‥‥」
マリーは黙って何かを考え始めた。
「なら、そのネックレスはお前にやる」
「そりゃ、ありがたい話だね。だけとやめと くよ」
「なんで?」
「馴れない贅沢は病気の元、これは孤児院の 神父が言ってた口癖でね」
笑って誤魔化したが、実際の所は、収支のリストはきっちり提出する事になっており、個人的に譲渡されたものとなれば、セミディアルの国庫から払われた品は、返却せざるをえず、知らぬ顔で懐に入れればねこばばの誹りを免れなかったからである。
「意外に無欲じゃな」
「そうでもないけどね」
砦近くの並木道に着いた時は、荷物を半場ひきずっていた。
「はあはあ‥‥‥やっぱり、もちっと体力つ けないと‥‥‥いかんな‥‥‥」
「全くだ、それぐらいで根をあげるとは情け 無い奴」
「おい‥‥‥そう思うなら、少し持てよ。だ いたい送ってくれるって言ってんのに、な んで持って帰る必要があるんだ」
「届くのは明日の夜になってしまうからの。 仕方ないのだ」
「はいはい、そうでしょうとも」
やれやれと荷物を地べたにおろしたその時、”その荷物を置いていってもらおうか!”
「‥‥‥」
何処からともなく、そんな台詞が響くや否や、幹の陰やら枝の上から、無数の男達が現れ出た。
「‥‥‥盗賊?」
現れた十人程の男達は、全員が灰色の布で顔を隠しており、表情を伺う事は出来ない。 首領らしき先頭の男が腰の野太刀を抜き鞘を捨てた。それを合図に、他の男達も太刀を抜き、白刃の光を眩しく光らせる。
「わ、分かった、金目のものならやる!」
ジュリオは鞄の一つを、放り投げた。
「こっちのは換金しても大した事ないんだ」 蓋を開けてみせる。熊の縫いぐるみが顔を出した。男達は顔を見合わせる。
「だけど、どうしても欲しいとしいうなら、 もちろん止めたりはしないが‥‥‥」
「こらジュリオ!」
「うわっ!」
マリーが脛を蹴った。
「何を情け無い事、言っておる!、お前はボ アジェクの騎士なのじゃぞ!、騎士なら戦 って野盗ごとき倒すのじゃ!」
「無理無理、一対一でも勝てないのに、あん な人数相手に何が出来るんだよ」
「剣を持ってきてないのか?」
「ああ、持っててもどうせ役に立たないから な、はっはっ」
ジュリオは肩をすくめる。
「そういう事で、有り金全て置いていきます んで、自分達はこれで‥‥‥」
マリーの手を掴んで男達の包囲の輪から出ようとしたが、
”待てっ!”
首領が行く手を阻んだ。
「さっきから聞いていれば、そこの子ども‥ ‥‥ただの童ではない様だな」
「いやいや、こんなのはただのハナタレのガ キで‥‥‥」
「何じゃと!」
「ぐ!」
同じ所を攻撃され、ジュリオは足を押さえた。
「私を誰と心得る!、私こそボアジェクの‥ ‥‥」
「わー、ストップ、ストップ!」
ジュリオが慌てて口を押さえる。
「ふふん、そうだな、ではそのコもこっちに いただくとするか‥‥そこの男は命だけは 助けてやるので、何処へなりとも消えるが いい‥‥‥おい捕まえろ!」
”はっ!”
縄を持った男達がヂリヂリと近づいてくる。
「‥‥おかしいな‥‥‥」
ジュリオは唇を噛み締めた。行き交う人々から金品を巻き上げる野盗は、脅かす為、ナイフなどの最低限の装備しか持たないのが普通であり、かさばるロープなどを持っているのはおかしな事である。他にも、一般の人の通行がほとんどなく、騎士団関係者が利用する事の多いこの道を襲撃地としてわざわざ選んだ事、野盗にしては徒党を組む人数が多すぎるという事等々、不自然な点が色々と浮かんできた。
「‥‥んー‥」
つまりは初めからマリーが目当てであり、金品などではないという事である。観察した所、確かにほとんど者は盗賊の様であったが、首領一人だはそれとは違うと思われた。
「て、事は‥‥‥盗賊達は雇われただけかも しれないな‥‥マリーを拉致する為?」
「小僧!、さっきから何をごちゃごちゃ、言 ってる!、さっさと消えないとたたっ切る ぞ!」
「へえ、出来るのか?」
ごほんと咳払いする。
盗賊に王女をさらわれた‥‥‥そう宣伝する為の人間はどうしても必要であり、それゆえに、自分の身は安泰である‥‥‥安全だという結論に至ったジュリオは常に無く強気だった。
「おーい、後ろの君達ー!」
口に両手を添えて、大声を出す。
「こいつにいくらで雇われた?」
”五十!”
のん気な声が返ってきた。
「ば、馬鹿な、何を言う!」
首領は後ろを向いて盗賊達に怒鳴った。
「それで命を落とすには安すぎるんじゃない かー!、一応、この子はー!、こう見えて もボアジェクの王女でなー!」
「こう見えても?」
マリーに脇腹をボス!、と殴られる。
「もし王族をかどわかしたとなれば、捕まっ たら死刑!」
”俺達は捕まる様なヘマはしねぇ!”
「いやいや!」
チっチっと、舌を鳴らして指をたてる。
「もし誘拐されたら、ボアジェクはセミディ アルと協力して、騎士団総出で犯人探しに 乗り出すだろうな!、そうなったら絶対に ‥‥‥オストファーレンの国境にたどり着 けなんかしない!」
”そんな事は初めから承知の上だ!、この旦 那は、騎士団の追求はないと保証してくれ たんだ!”
「こ、この、余計な!」
首領の動揺は小さなものではなかった。ジュリオは目を細めて首領を睨みつけた。
「へー、騎士団がねー」
思った通り、色々と裏がありそうだった。
「面倒な事は嫌いなんだよ‥‥‥」
頭をぽりぽりとかく。
「‥‥それで諸君!、報酬は前払いなのか?」 ほとんど全員が首を横に振る。
「だろう?、もらえるとしたら、後々の話だ。 それよりも‥‥‥ここで王族を狙う不届き 者を捕まえたら‥‥‥なあマリーいくら出 す?」
「そうだな、千は出してもよいぞ」
ザワザワと盗賊達の間にどよめきが広がる。毎月五枚で部屋を借りてるジュリオも一緒に驚いた。
「き、聞いたか?、国賊の汚名を着る事もな く、それだけの金を手に入れられるんだ、 これはもう‥‥‥」
”うおおおおっ!”
”ば、馬鹿な!、やめろ”
それ以上何も言う必要は無かった。盗賊達は先を急いで、逃げる首領の男を追いかけていく。
あっと言う間に、誰もいなくなり、日の落ちかけた茜色の森の中を、風の音だけが吹き抜けていく。