「今回も私の勝ちの様じゃな」
「お‥‥‥お前なぁっ!」
片手を頭に乗せたまま、ジュリオは大声をあげる。
「お前、何を怒っておる?」
「当たり前だ、いきなり何をするんだ!」
「不意の攻撃も避けられない様では、ボアジ ェクの騎士は務まらぬぞ」
「誰がボアジェクの騎士だ!、俺はセミディ アルの騎士なの!」
「ほう、騎士見習いでは無かったのか?」
「‥‥ぐ‥」
ジュリオは言葉に詰まってしまった。
「聞く所では、この国では、見習いから、予 備役騎士、準騎士‥‥‥正式な騎士になる までにはかなり大変らしいではないか。そ れを同盟大使の私の一言で、一気に身分を あげてやったのだ。感謝するがよいぞ」
「余計なお世話だ!、大体、それはお前ん所 の国でだろうが!、おかげで俺は、役払いになってしまったんだぞ!‥‥‥はあはあ ‥‥‥」
一息に怒鳴り、息継ぎの為に肩で息をつく。
「‥‥‥何をそんなに怒っておるのか、ちっとも分からぬが?」
「ボアジェクなんかに務めるのは御免だと言ってるんだよ!」
「な、何っ!」
王女の頬がブー!と、膨らむ。
「せ、せっかくの温情‥‥‥無にするという のか!」
「何が温情だ。そもそも騎士になんぞなって たまるかって言うんだ」
「ほう、そうかそうか、そう言う事を言うのか」
ふふと腕組みして余裕の笑みを浮かべる。
「我が命に背くという事は、我が父、フェリ ペス王に逆らうという事、これでボアジェ クとの同盟は無かった事になるぞ」
「‥‥‥」
「全て、お前の責任だな‥‥‥」
国家反逆罪、十年の牢送り‥‥‥という言葉が頭の中をチラつく。
「それでもよいのか?、あ、ほれ」
「むむむ‥‥‥」
王女は槍の柄で、ジュリオの脇腹をつつく。
「あ、どうした、ほれほれ」
「く‥‥‥こ、この‥‥クソガキ‥」
堪忍袋の尾が切れた。
「いい気になるなっ!」
「きゃあ!」
槍を奪う。一発殴ってやろうかと手をあげたその時、
”大使ー、何事ですかっ!”
ブライアン団長が、飛び込んできた。
「なるなーって‥‥‥え?、いや、あははは は」
両手を万歳の様にあげていたジュリオは、顔を強ばらせる。
「な、何をしているのだジュリオール?」
「いや、それは‥‥‥色々と‥‥‥ありまし て‥‥‥何というか‥‥‥」
うまい言い訳が思いつかづ、額から冷や汗が流れる。
「何でもないぞ。護身用にちょっと訓練をつ けてもらっただけだ」
「は?、そうでありましたか」
マリアンデール皇女が口を聞き、ジュリオはほっとする。と、同時に、何でそんな事を言うのか不信に思った。
「ジュリオールも、私の騎士として仕える事 を快く引き受けてくれたのであるからの‥ ‥‥のう、そうであろう?」
「は、はあ‥‥まあ‥」
もはや否定する事も出来ず、ジュリオはがくりと肩を落とした。
「しかし、マリアンデール姫、その者は‥‥ ‥何と言いますか‥‥‥一言で言いますと、 ただの怠け者です。楽をする事しか考えな い‥‥‥果たしてものの役に立つかどうか ‥‥‥」
「お主‥‥‥ボアジェクの騎士を愚弄する気 か?」
「い、いえ」
「私にその様な口を聞く者は、同盟締結の反 逆者という事になるが」
「し、失礼しました!」
反逆という言葉に、ブライアンと、その隣のジュリオも顔を青ざめさせる。
「では、ブライアン団長、お主は出ていけ!、 その暑苦しい顔は見飽きたぞ」
「は‥‥‥はい」
敬礼しながら、横目でジロとジュリオを睨み、早足で出ていった。ジュリオはやれやれとホっと胸をなで下ろす。
「ここは一つ、正直に話すけど‥‥‥ブライ アン団長の言っていた事は本当の事で」
慎重に扉を閉めて、小さな王女のすぐ正面に立った。
「馬術、剣術、礼法‥‥‥どれをとっても半 人前。ま、威張れたもんじゃない」
王女は首を傾げた。
「‥‥しかしお前は、この養成所に入ったで はないか。ここは、相応の能力がなければ 入れない所なのであろう?」
「普通はな。でも、孤児院出身者は別。希望 者‥‥‥て、言うか、強制的にこの学校送 りになる。俺だって別に騎士になりたいか ら、入った訳じゃない」
「お主に身寄りが無い事は、昨日ブライアン に聞いて分かったが‥‥‥そうで、あった のか」
「だから、立派な騎士を求めてるなら、悪い 事は言わない。他の奴にした方がいいな。 自分で言うのも何だが、俺は絶対、買いな 人間じゃないんだから。実は真面目な奴を 一人知ってるんだ」
「‥‥‥」
王女は黙ってうつむく。
「では‥‥‥お前が、昨日言ったあの事もで まかせだったのか?」
「昨日言った事?」
「此度の同盟に腑に落ちない事があるという あの言葉だ」
「ああ、あれ、なるほど‥‥‥」
ようやく全ての合点がいったジュリオは、いつもの癖で肩をすくめる。
「おかしいと思ってたんだ‥‥あれだけ怒ら せておいて、どうして俺を騎士になんぞに 引き入れたがるのか‥‥‥何だ、そういう 訳ね。話の続きが聞きたかった。だったら、 早く言ってほしかったよ」
ジュリオはササっと視線を室内に走らせ、それから壁を叩いて、耳をくっつける。
「‥‥‥どうかしたのか?」
「いや、聞き耳を立てられてたら、何かとや っかいだからさ。まあ、大丈夫みたいだ」 咳払いして椅子に腰掛ける。テーブルを挟んでマリアンデールも正面に座った。
「難しくて面倒臭い大人の話、聞きたい?、 俺だったら、ごめんこうむるけどねー」
「もちろんだ!、私を子ども扱いするな!」
「あ痛たたた、分かったって!」
籠に山積みされていたリンゴを投げられ、ジュリオは仕方なく机の上にあった羽ペンを手に取る。インクを垂らし、紙に大陸の図を描いた。
「ったく、物好きだな‥‥‥いいかい、今、 セミディアルはオストファーレンに押され てる。それは知ってるだろ?」
国境の端からササっとセミディアル側に向けて幾つかの矢印を描く。そこに新しい国境を描いた。
「だからボアジェクとしてはオストファーレ ン側につく方が、得策なはずなんだ」
それまで両大国の狭間にあったボアジェクは、左端の一部を残してオストファーレン内に飲み込まれてしまっている。その気になって、四方から攻められれば、ボアジェクは一たまりもない。
「それは父上が、セミディアルに義があると 思って‥‥‥」
「それなら、こうも戦局が悪化するもっと前 に結んでくるはずだ。中立政策をとってき たボアジェクが、その主義を変えなければ ならない程に、オストファーレンの勢力は 大きくなってる‥‥‥ボアジェクが平和を 望んでいるなら、勢力の強い方と結んで、 一気に大陸を統一してもらう選択をするべ きなのに‥‥‥」
「‥‥‥」
「その点がおかしいと言ったのさ」
「‥‥‥では‥‥‥では、この同盟の目的は 何なのだ?」
「そーんな事、俺が知る訳ないだろ」
話は終わりと言わんばかりに立ち上がった。
「‥‥これで俺への用事は済んだだろ。騎士 の話は無しって事で、じゃあね」
ポケットに手を突っ込んで部屋から出ようとしたが、
「まだ!」
「ん?」
服の端を掴まれ、ジュリオは足を止める。
「まだ何も分かっておらぬではないか!」
「だったら、帰って父上にでも聞けば?」
「いつ迎えが来るのか、分からぬ!」
「‥‥‥て、言われてもな‥‥」
「だからそれまで、お前はボアジェクの騎士 として私に仕えるの!」
「何でそうなるんだよ」
「お前は、異国にたった一人でいる女の子を かわいそうだと思わぬのか!」
「都合よく子供と大人を使い分けるんじゃな い!」
ふん!、と力を入れて王女の手を振り払う。
「待てジュリオール!、どうしても仕えぬと いうのなら‥‥‥」
その場に屈み、両手を顔に当ててシクシクと泣き始めた。
「お、おい、ちょっと待てって!」
「‥‥‥うっ‥‥‥うっ」
泣き声は次第に大きくなっていく。
”大使、どうなされたっ!”
力任せに扉が叩かれる。
「ブライアンか!、この者が狼藉を!、これ で同盟は‥‥うぷっ!」
「ま、まずい!」
慌てて王女の口を押さえる。
「あ痛っ!」
だが、すぐにその手をかじられ、引っ込める。
”大使っ!”
扉の金具が振動に弛んで落ちた。
「わ、分かった!、何でも言う事を聞く!」
「本当か?」
泣き真似をしたまま、顔だけをあげる。
「本当、本当!」
「ではボアジェクの騎士になるというのだな?」
「なるなる!」
「そうかそうか、ではお前には私の親衛隊長 を任命する。騎士に二言はないな」
「はいはいって‥‥‥えっ?」
”ご無事ですか!”
ブライアンの体当たりで、扉は破られる。
そにいた、きょとんとした顔のジュリオと、いつになく機嫌のよさそうなマリアンデール王女を見て、首を傾げた。
「どうかしたりか、ブライアン団長?」
「今、姫様の叫び声が聞こえたのですが?」 そう言って、ジュリオを横目で睨む。
「うむ、ジュリオが私の親衛隊隊長を引き受 けてくれると言ったのでの。あまりの嬉し さに大声をあげてしまった」
「親衛隊‥‥‥で、ございますか?」
更にきつく睨みつけられ、ジュリオは身を仰け反らせる。
「うむうむ、中々見所のある者じゃ。次期ボ アジェクの騎士団長候補として、父上に上 申しようと思っている」
「え?」
「は?」
男二人は同時に声をあげた。
「お考えなおし下さい。この者程にでたらめ な者はそうはおらず、度々行なわれている 試験の出来もそれはひどいものです」
「そうかの?、私の目には、おぬしよりもよ ほど出来る者に見えるが?」
「な、何を申される!」
隣のジュリオに顔を向けて歯軋りする。ジュリオは肩をすくめてハハ‥‥‥と、笑ったが、その軽い態度がまたブライアンの神経を逆撫でした。
「もうよい、下がれ!」
「は‥‥‥はい‥‥‥」
怒りに顔を真っ赤にしたブライアンが、渋々部屋を出ていった。
「まったく‥‥‥どういうつもりなんだよ」
「ピンチを助けてやったのだ。私に感謝して ほしいものじゃな」
「そのピンチも、元はと言えば姫さまが原因 なんだけどー?」
ソファーに腰をおろし、深いため息をつく。
「私との約束、違えるでないぞ」
「‥‥‥仕方がない。じゃあ同盟を結ぶまで って事で‥‥‥」
騎士と言っても、それまでこの子供の世話をやくだけの形だけの役職‥‥‥そう割り切る事にしたジュリオは、少しだけ肩の荷がおりた。
「よい‥‥‥ではよろしく頼むぞ」
「‥‥はあ‥」
「汝、ジュリオールを、我、マリアンデール、 ライゼリート、ボアジェク三世の名におい て、騎士に叙する」
マリアンデール姫は、小さな手を出した。騎士が就任する際には、主君となる者の手に口付けするのが習わしであった。
「‥‥‥ジュリオでいいよ」
観念した様に、顔を近付けた。
「ではジュリオ、私の事もマリーと呼ぶ様に。 我をこう呼ぶのは父上以外にはおらぬ、と ても名誉な事であるぞ」
「‥‥‥そりゃどうも。有り難くて、涙が出 てくるよ」
「そうであろう、そうであろう」
「‥‥‥」
ケタケタと笑うマリアンデール‥‥‥マリーに、ジュリオはがくりと肩を落とした。